風と舞う炎~その4~
アクセスしてくださっている皆様、いつもありがとうございます!
今回で転の第三章に決着。次回から結の終章に入ります。
なお、次回から更新は一週間後、毎週水曜日の午前0時に行います。
それでは本編へどうぞ。今回も楽しんで頂けましたら幸いです。
『やれやれ……いくら無謀な子どもと言えど、あれだけぶつかれば力の違いは理解するだろうに……』
構えるウィンダイナとシャルロッテの姿に、黒い粘液で作ったドラゴンの首を躍らせ、その先端で嘆息するラディウスの雷球。
『ハンッ! だからってはいご自由に。なんて言えるほど、アタシら全員お利口さんじゃあないってのさ!!』
『アムの言う通りだよ兄さん! ボクだって今まで騙された事には腹を立ててるんだ! 白竜として、兄弟として、兄さんのやる事に抵抗する!!』
シャルロッテの肩から、ラディウスへ噛みつくように叫ぶアム。そしてそれに続き、ルクスもトライクの内側から唸り声を交えて吠える。
『やれやれ……幼く、そして愚かなことだ……力持つ種族に名を連ねる者として、あるまじき愚かさだ』
弟たちの言葉に、ラディウスは繰り返し長い首を降らせながら、芝居がかった調子で嘆いて見せる。
そうして何度目かの往復を終えるや否や、なんの前触れも無く白い雷球が閃く。
「やぁ!」
「ハァ!」
それと同時にウィンダイナとシャルロッテは声を揃えて跳躍。地を穿ち、爆音を轟かせる白い雷撃を跳び越える。
「ライフゲイルッ!!」
「ザータン・フォイアーッ!!」
そしてまた同時に空中で前回りに一回転し、それぞれに旋風と炎を纏った杖を抜き放つ。
「全力で行くよッ!!」
「うむッ!!」
視線を交わして頷き合う二人。それを狙って雷撃が奔り襲いかかる。だがウィンダイナは重力に従って落下し、シャルロッテは赤い光を翼のように放ち上昇。駆け抜ける白雷を境に上下に分散する。
落下する勢いのまま、ウィンダイナは再び前回りに一回転。そして真下に滑り込んだルクシオンへ跨る。
『まったく、ちょこまかと』
唸りを上げて駆けるルクシオンと空を舞うシャルロッテ。それを眺めて黒く長い首を交互に上下させるラディウス。そしてウィンダイナの跨るトライクを雷球越しに見下ろし、それに白い雷を弾けさせる。
「ウンベゾンネン・グリューヴュルムヒェンッ!!」
だが高まる雷光が放たれるよりも早く、シャルロッテは右手の炎の杖を振るい、八発のマジックミサイルを一斉に打ち下ろす。
『む!?』
長い首から背中、翼へと連なり爆ぜる火炎。それにラディウスの操るドラゴンの人形は首をしならせ、その先端から溜めこんだ稲妻を放つ。
走るルクシオンの左前に落ちる白い雷。
雷撃に爆ぜ散る土と石。それをウィンダイナは右に避け、右手首を返して光刃を回転。
「セェエアアッ!!」
鋭い気合の声を上げて駆けるルクシオンの勢いに乗って前足の傍へ滑り込み、巨木の幹の様なそれへすれ違いざまにライフゲイルの刃を叩きこむ。
『おおっ!?』
剣閃に沿って連なり弾ける火花。その一撃に黒いドラゴンの人形は僅かにバランスを崩し、ラディウスの雷球から驚きの声が漏れ出る。
「燃えろォッ!!」
その隙に上空から降る黒い炎の塊。それが薄い膜の翼の間を撃って爆ぜ、その威力にラディウスの操る人形が更にその身を沈める。
「セィヤァッ!!」
頭上から圧し掛かるそれの下をすり抜けつつ、切りつけた足の対へ光刃を突き刺す。そして駆け抜けるままに、竜の足を突き刺した場所から真一文字に裂く。
『なんとッ!?』
頭上と足元。上下から挟み込むウィンダイナとシャルロッテのコンビネーション。それにたまらず足を崩し、胸を地面へ叩きつける粘液の塊。
ウィンダイナはその重い地響きを背に受けながら、右足とライフゲイルを地へ突き立て、前輪を軸に機首を切り返すルクシオンと共に振り返る。
そして天へ雷撃を放ちシャルロッテを牽制するラディウスの偽竜へ向け、ライフゲイルの刃を回し払って再度突撃。
その突進を阻もうと、風を切って振り下ろされる尾。
「ルーくん! 孝くん!」
『ああ!』
「任せてよ!」
叫ぶウィンダイナに応え、車体を返し頭上からしなり迫る尾をかわすルクシオン。
そして白きトライクは一際鋭い咆哮を上げて勢いを増す。その上で、ウィンダイナは光刃を右こめかみから視線に添える形で引き構える。
「エェェアァアアアアアアッ!!」
鋭い叫びと走るルクシオンに乗せ、光輝く切っ先を突き出すウィンダイナ。
『調子付くなッ!』
だが怒鳴り声と共に、白い光が線となって偽竜の身に走る。直後、ライフゲイルの切っ先がその表皮へぶつかり、火花を散らして反発。受け止められてしまう。
「なッ!?」
『そんな!』
「嘘だろッ!?」
瞬時にその硬度を劇的に高めた粘液の塊に、刃を突き出した姿勢のまま驚きの声を漏らすウィンダイナ。
「ハッ!?」
そこへ不意に襲いかかる風切り音。とっさにウィンダイナは刃を引き、それを切り返して風切り音の迫る左へ差し込み盾にする。その直後横殴りの尾がウィンダイナの体をルクシオンもろとも殴りつける。
「うッ!?」
「痛ッ!?」
『ぐぅ!』
横殴りの衝撃に呻きながら吹き飛ぶウィンダイナとルクシオン。
「裕香ッ!? 少年ッ!?」
『ルクスッ!?』
空を舞うウィンダイナらの姿に、シャルロッテとアムが上空から叫ぶ。
『お友達の心配とは、随分と余裕があるじゃないか?』
「なッ!?」
そこへ不意に響く囁き声にシャルロッテが振り返る。すると同時に、赤いマントを纏ったその身をしなる首が叩き落とす。
「う、ぐ!?」
反応する間もなく襲いかかる一撃。さらにラディウスが大きく羽ばたかせた翼によって生じた風に煽られ、真っ逆さまに落ちるシャルロッテ。
「いおりさんッ!!」
だが、金の冠に飾られた頭が地面へぶつかるよりも先に、いち早く体勢を立て直したウィンダイナとルクシオンがその身を横合から攫うようにして助けだす。
「すまぬッ!」
ウィンダイナの左腕に抱えられたシャルロッテは、鋼鉄のスーツに覆われた友の体を掴み、それが跨る白いトライクのリアシートへ両足から飛び移る。
空いた右手をウィンダイナの肩に乗せ、テールスタビライザーへ続くリアシートの上に膝を曲げてしゃがむシャルロッテ。そこで不意に頭上で閃く白光。それに二人は揃って頭上を振り仰ぐ。
「まずいッ!?」
「ッ!」
自分たちを見下ろし、輝く白い雷球に危機感を露わに叫ぶシャルロッテ。その一方でウィンダイナは視線を前に戻し、ハンドルを掴む左手と体重移動でルクシオンの舵を切る。
その操作に従い、ルクシオンがコースを左へ逸らす。その直後、地面を焼く雷撃が奔るトライクの右脇を追い抜く。
ルクシオンを追い越した雷のブレス。天へ振り上げられたそれは、すぐさま切り返しての形でトライクの行く手を阻むように前方から襲いかかる。
「クッ!?」
体を右へ切り返し、ルクシオンの軌道を切り替えさせるウィンダイナ。だがそれはルクシオンの尻尾に似たスタビライザーの先端を掠め焼く。
『ぐッ!?』
「う、くッ!?」
呻き、バランスを崩すルクシオン。
「この……ヘレ・フランメッ!!」
逆時計回りにスピンするその上から、シャルロッテはろくに狙いもつけず火炎流を放り出す。だがそれはラディウスの放つ雷にぶつかり、一方的に撃ち抜かれる。
炎を撃ち抜き奔る雷。だがウィンダイナは回転するルクシオンを左足を錨に地面を削りながら制動。ハンドルを握りこみ、真直ぐに駆け降りる雷撃の下から逃れる。
爆発を背に受け、トライクの上で歯噛みする二人。そして同時にウィンダイナは体を傾けて車体を右へ逸らし、シャルロッテは杖を振るい、空を振り仰ぐ。
「行け! 無謀なる蛍よッ!!」
左脇を追い抜く雷撃とすれ違いに、空へ昇る炎のマジックミサイル。弧を描いて空を走るそれは散り消える炎を躊躇なく掻い潜り、その上で連なり爆ぜる。
降り注ぐ爆音の中、ルクシオンは固定した前輪を軸に後輪で弧を描き振り返る。
「……どうだッ!?」
緊張した面持ちで赤黒二色の瞳で様子を窺うシャルロッテ。そこへ強い風が吹き、それに押し流された熱と煙がウィンダイナ達へ叩きつけられる。
「く!?」
「ウッヌ!?」
吹きつけるそれに、ウィンダイナはトライクに跨ったまま身を強張らせ構える。その後ろでシャルロッテは片目を瞑り、顔をそむけて目をかばう。
『この程度で、本気で私を退けるつもりなのか?』
ウィンダイナ達を前に、翼をはばたかせ、後ろ脚と尾を支えに身を起こす黒いドラゴンの人形。その高々と掲げられた首の先端で白い雷球が輝き、そこから太い雷撃が天へ放たれる。
「ッ! 走ってッ!!」
『あ、ああ!』
天へ駆け昇るそれにウィンダイナは息を呑み、停まっていたルクシオンを走らせる。直後、太い白雷は無数に分裂。山なりの軌道を描き、偽竜を中心に雨霰と降り注ぐ。
「うッ!?」
揺られ呻くシャルロッテを乗せ、降り注ぐ雷撃の合間を縫うルクシオン。さらに覆い被さる様に堕ちてくる前足の下から逃れ、煽る様な地響きの中をドラゴンの腹下へ滑り込む。
「クッ、このッ!!」
「ハアアッ!!」
気合の声と共に振動を堪え、揃って杖を突き上げる二人。風と炎、二つの杖はドラゴンもどきの腹を切り裂き、焼き切る。だがその裂け目から血と腸が零れる様に溢れ出した粘液と触腕が二人を跨るトライクもろともに埋め潰す。
「うぅぅああッ!!」
「だああああッ!!」
だが重なった気合に続き、二人を埋めた粘液が爆ぜる。燃える風に吹き散らされた粘液の欠片を吹き飛ばしながら、ドラゴンの後ろ脚と尾の合間をすり抜ける二人を乗せたルクシオン。
そこへ右手から横殴りの尾が襲いかかる。それを二人はそれぞれの杖をぶつけて相殺。直撃を防ぐ。
「散るぞ裕香。このまま固まっていてはいい的だ!」
「分かったッ!」
そうして杖と尾との間に火花を散らしながら目配せする二人。そして頷き合うと同時に、シャルロッテが火炎を放ち、それに合わせて二人は尾を押し返す。
「ハッ」
続けて短く声を張り上げ、シャルロッテがリアシートを蹴って跳躍。そして炎を翼の様に広げ、飛翔する。
「食らえッ!!」
叫び炎の翼からミサイルを放ち、同時に杖の先端から火炎流を繰り出すシャルロッテ。それを翼で受け止めながら、ラディウスの操る人形はその長い首をもたげて空を舞うシャルロッテを見やる。
『フ……まったく、うっとおしい小娘だ』
受けた炎を振り上げた翼もろとも笑い飛ばし、首の先端に雷に力を漲らせるラディウスの人形。そこへシャルロッテは火炎流をぶつけ、同時にマジックミサイルを放ちながら空を飛び回る。
そうしてシャルロッテがラディウスを引きつけている間にウィンダイナはルクシオンをターン。前かがみに車体に密着する。
「行くよ、二人ともッ!!」
『分かった!』
「いっけぇええッ!!」
そして揃って声を張り上げ、ラディウスの人形目がけて走り出す。
シャルロッテを追う偽竜の尻へ猛然と迫るルクシオン。長い尾の右に滑り込み、それに並走する。するとそれまでシャルロッテの動きを追っていた首が、翼ごしにウィンダイナらを一瞥。背後からの接近を認める。
『だと思っていたぞ』
背中側からの強襲を一笑に付し、ウィンダイナらを迎え撃つべく尾を左へ振りかぶるドラゴンの像。
「おおおッ!」
だがその刹那、ウィンダイナは気合を張り上げてルクシオンの車体を真上に引く。直後、前輪から跳ねたルクシオンの真下を黒くしなる尾が通り過ぎ、空を蹴る三つの車輪は十分な太さを備えた部位を踏み、それを腰へと遡る形で走りだす。
『ほう? 取りついたか』
尾を道として上り、腰に辿り着いたウィンダイナとルクシオン。その姿に、ラディウスは意外そうに呟きながら、シャルロッテの放つ火炎に雷のブレスをぶつける。
そしてその背にある一対の翼を大きく広げて上下。体全てを包み込むような暴風を巻き起こす。
「クッ!」
吹き荒れる暴風をライフゲイルで切り裂き、相棒の操るマシンと共に堪えるウィンダイナ。そこで足場とした黒全体が揺れ、周囲の景色がわずかに下がる。
「飛ぶ?! 振り落とす気なの!?」
激しさを増す一方の暴風。それに合わせて襲ってくるかすかな浮遊感。それらからウィンダイナはラディウスがこのドラゴンの像に取らせる行動を推測。右足と右手に握るライフゲイルを強固に硬質化した黒に突き立てて踏ん張る。
殴り付けるような風の中で顔を上げて、前を見るウィンダイナ。その先には飛翔を押さえようと、雷撃をかわしながら炎を撃ち込み続けるシャルロッテと、風を巻き起こす翼の根元がある。
「孝くん、ルーくん。二人とも、あの翼の根元まで頑張ろう!」
ルクシオンを操り、その燃料ともなっている二人を励まし、行くべき場所を告げるウィンダイナ。
『わ、分かった!』
「うん! 任せてよ!」
そう言って、二人がルクシオンのヘッドライトを明滅させると、ルクスの姿を模したトライクは唸り声を上げてタイヤを回転。翼の合間を目指して突き進む。
『断りなく登ってきておいて勝手を……』
ルクシオンの行く手を阻もうと、背中から鋭く触腕を突き出すラディウスの人形。だが迎え撃とうと槍ぶすまを作る黒い棘に、ウィンダイナは上体を左へ傾けてルクシオンの機首を逸らす。
「ハッ!」
正面の棘を避けてすぐに上体を逆へ切り返しながら、右手側の棘をライフゲイルで切り裂くウィンダイナ。光刃が切り拓いたその先を押し広げる様に、上空から炎が降り注ぐ。
燻った炎を踏み散らし、拓かれた道を走るルクシオン。そこへ炎を突き破り、改めて生えた黒い棘が右から襲いかかる。
「くッ!?」
次々と襲いかかるそれを、ウィンダイナはライフゲイルを振るって切り払いながら車体もろともに左へ逃げる。しかしその先、緩やかに坂となった所で、ウィンダイナらを待ち構える様に黒い棘が群れとなって生える。
「セェエアッ!!」
ウィンダイナはその棘の待ち伏せを蹴りつけ、その反発で落ちかけたルクシオンを背の上に戻す。
「キィィイイイアアッ!?」
その勢いのままルクシオンは羽ばたく黒い翼の間へ滑り込み、トライクの背に跨ったウィンダイナがライフゲイルの刃を翼の根元へ叩きこむ。
『なんと!?』
右の翼の根元を、火花を上げて深く切り裂くライフゲイル。支えを失って暴れ出す片翼に、驚きの声を上げるラディウス。
その間に突進の勢いに助けられた斬撃が、翼を完全に切り飛ばす。直後、切り離された翼は空を待って飛び散り、バランスを失った黒い巨体は落下。重い地鳴りを響かせて地面へ激突する。
『ぐぅお!?』
「あぐ!?」
下から突き上げる衝撃に、愛車もろとも空へ投げ出されるウィンダイナ。空中で体勢を立て直す間に、地に伏せたドラゴンの像はもがきしなる首の先端を空を舞うウィンダイナらへ向け、そこに収まった雷球を強く輝かせる。
『おのれ、次から次へと……!』
苛立ちを滲ませ、ブレスを放つラディウスの雷球。
猛然と迫る稲妻の迸る吐息に息を呑むウィンダイナ。だがその刹那、その間にシャルロッテが割り込み、左のマントを出して受け止める。
「む、ぐぅ……ッ!」
「いおりさんッ?!」
辛うじて防御障壁を維持してはいるものの、撃ち込まれ続ける雷のブレスにシャルロッテはたまらず押し流され呻く。そのままウィンダイナとシャルロッテは、揃って太い雷に飲み込まれる。
白煙の尾を引き、一塊となって飛び出す白と黒。そうして流星の様に空を流れると、重い音を響かせて二人を乗せたルクシオンが地を踏み跳ねる。
『く、ウウ……』
「うぐ……」
地を踏みしめながら、ルクシオンは両目をチカチカと点滅。そのヘッド部から、核となっている二人の苦悶の声が漏れ出る。
「みんな、大丈夫?」
そんなトライクのシートの上で、ウィンダイナは自分の跨る愛車と、自分にもたれかかるシャルロッテとその相棒を交互に見やる。
「ありがとう、いおりさん」
「……フ、ククク……この程度、お前たちの苦難に比べれば、どうという事はない」
『ハンッ、いおりの言うとおりさ。アタシらに心配は無用さね』
シャルロッテは未だに煙の燻る体にウィンダイナの支えを受けながらも、相棒と揃って笑みを返して見せる。しかし両者共に強張った頬は、その身に受けたダメージが決して軽いものではないことを物語っている。
『フ、強がることもあるまい……』
そんなシャルロッテたちを笑い飛ばす言葉に続いて響く地鳴り。それにウィンダイナ達一同が顔を上げれば、右前足で地面を鳴らしながら歩み寄って来るドラゴンの像の姿がある。
ルクシオンとそれに跨るウィンダイナから背を離し、身構えるシャルロッテ。対して、地響きを鳴らしながら前足を揃えて止めたドラゴン像の首先で、白い雷球は明滅。余裕を匂わせた言葉を放つ。
『元より私とキミたちとの間には、文字通り大人と子どもほどの力の差があるのだ。弱音を吐いた所で恥にはならないぞ?』
だがそのラディウスの言葉に、シャルロッテは長い髪を払い、口の端を薄く吊り上げて鼻を鳴らす。
「クク……戯言を抜かせ。貴様如き相手に強がる必要などどこにある?」
『……なに?』
シャルロッテの微塵も笑みを崩さない返し。それにラディウスは白い雷球越しに冷えた声を零す。そしてそこへ、ルクシオンを降りたウィンダイナが地を踏みしめながら、右手に持ったライフゲイルの切っ先を指す様に突き出す。
「いおりさんの言うとおりだよ。お前みたいな直接姿を現しもしない卑怯者相手に、私たちが弱音を吐いたりするものか!!」
ウィンダイナは叫び、突き出したライフゲイルを手首を返して回転。柄を顔に並べ、左手を光刃に添えた形で構え直す。
バイザー奥で輝く目で睨み据えるウィンダイナと、その左隣りで杖の先端に炎を灯すシャルロッテ。そんな両者の視線を真っ向から受けながら、ラディウスはドラゴン像の首と尾を左右にしならせる。
『フ……下らん挑発だな……だが、あえて乗ってやる。その上で踏みつぶしてやろう』
そう宣言し、人形を前進させるラディウス。足下を駆け抜け広がる地響きの中、ルクシオンが三つの車輪を動かして、歩み寄る黒い像へ向かい合う。
『そんなこと、させるものか!』
「ああ! 裕ねえも、シャル様も、お前なんかに潰させるかよ!」
傷付いたトライクの両目を輝かせ、叫ぶルクスと孝志郎。それにドラゴンの像は左前足を地面へ沈めつつ、その首を高々と持ち上げる。
『フン……愚か者が』
弟たちの言葉を鼻で笑い飛ばし、雷撃を放つラディウス。
「キィイアァッ!!」
だがウィンダイナが眼前へ迫る白光を光刃で縦一閃。雷撃を真っ向から弾き散らし、爆ぜる光の中でルクシオンのハンドルを掴む。
「行くよ、いおりさんッ!!」
「うむッ! ぬかるなよ!」
言葉と共に交差する二人の視線。直後、ウィンダイナは地を蹴り、浮かんだ体をルクシオンに左へ引かせ、シャルロッテは背中に弾けた赤い光を残して右へ飛ぶ。
『いい加減、お前たちに付き合うのも飽きてきたよ』
ラディウスは左右に別れた白と黒を見やり、雷撃を上空へ放つ。
天から落ちる無数の稲妻。柱となったそれを前にウィンダイナは自身を引っ張るルクシオンへ跨り直し、体を傾けて二本の雷の合間を抜ける。
「受けて見よッ!!」
そうして雷撃の合間を縫うウィンダイナ達の逆側。シャルロッテは右腕が地面に触れるほどの低空飛行で白い光の合間を抜けながら、左手に掴んだ杖に灯した炎を放り投げる様にして繰り出す。
しかし放り投げられた炎はドラゴン像の表皮に弾かれる。
『フ……その程度ではな』
炎を当たるに任せ、重ねて雷撃を放つラディウス。それにシャルロッテは息を呑み、空中で横転しながらさらに杖の先から炎を投げ放ち続ける。
ドラゴン像の上を飛び越える火球。放物線を描くそれは走るウィンダイナたちの頭上を目がけ落下。それをウィンダイナは右へ体を返して回避。その勢いのまま白い光の走る粘液塊の側面へ接近する。
「イィヤッ!」
ウィンダイナは短く気を張り上げ、ルクシオンから跳躍。ライフゲイルを振り上げ、ドラゴン像の横腹を縦に切り裂く。
『むぅッ!? 小癪な!!』
それに長い首を巡らせ、ウィンダイナへ雷撃を放つラディウス。だがウィンダイナは、奔り迫る雷を左手に作りだした魔法陣を蹴って跳びかわし、そのままドラゴン像の脇腹を踏む。すると間髪入れずに刃を叩きつけ、壁を走る様に腰側へ駆け出す。
「えぇええあぁあああああああぁッ!!」
振り抜いた光刃を戻しての切り上げ、後へ振り抜きながらの横一文字、そこから戻しての斜めへの切り上げと、走りながら斬撃を叩きこむウィンダイナ。そのまま火花の弾ける刀傷を後へ残しながら、炎と雷の飛び交う中を腰へ向かい駆け抜けていく。
そこへ迫る鞭のようにしなる尾。ウィンダイナは雷撃を帯びたそれを一瞥。そして鋭い息と共に一際強く黒い塊を蹴りつけ、迫る尻尾の鞭を大きく沿った背中の下にやり過ごす形で跳び越え、離脱する。
後ろ回りに宙返り。そして両足を揃えての着地から間髪入れずにターン。頭上へ落ちてくる雷撃を置き去りにドラゴン像の後ろへ走る。
尻尾の付け根から一直線に伸びたライン上。そこへウィンダイナが左足をブレーキに滑り込むと同時に、逆側から回り込んでいたシャルロッテがすれ違いに滑り込み合流。開始点と丁度真逆になる形で並び立つ。
『後ろに回ったか……』
地響きを響かせながら、ウィンダイナらを追い掛ける形で振り返るラディウスの人形。しかしそれが振り向き切った瞬間、ウィンダイナとシャルロッテは、それぞれの杖を突き出し交差。火花を散らして重ねる。
「渦巻け!」
「爆ぜよ!」
杖に続いて声を重ねる二人。その瞬間、ドラゴンの像の周囲に八つの黒い火柱が取り囲むように吹き上がり、その外周を走るルクシオンが風を巻き起こす。
『これはッ!?』
ラディウスの驚きの声に続き、首を巡らせる黒い粘液を固めた人形。急いで翼を広げようとするそれを、風に乗って渦巻く炎が閉じ込める。翼を焼き焦がす黒い炎、そしてそれを吹き飛ばすことなく包み込む輝きを含む風。流れ星の乱れ舞う夜空の様な。しかしそう形容するにはあまりにも暴力的な炎の嵐が渦を巻く。
『そんな馬鹿なッ!? 光と闇、対立する二つの力が、互いに反発するどころか完全な調和の中で、互いに高め合うだと……ッ!? こんな馬鹿なことはあり得ないッ!?』
戸惑い叫び、首や尾を炎の嵐にぶつけさせて脱出を図るラディウス。だがその度に炎がその表皮を焼き、鋭い風が深く切り裂く。そして幾度目かの激突に続き、もがくドラゴン像の足元に円を描く赤い文字列が展開。外側に翡翠色の光で出来た魔法陣が浮かび上がる。
ルクシオンが周回を続ける翡翠色の魔法陣。その端にまるで歯車を噛みあわせる様にウィンダイナとシャルロッテを中心に赤と緑二色の魔法陣が展開。小振りなそれを舞台に、白銀の戦士と黒の魔女は交差した杖を上下させながら揃って半歩外へステップ。
「暗き炎よ……闇にありて恐れを焦がせ。絶望を焼き尽くせ……」
そこからシャルロッテは詠唱に合わせて、杖を穂先に灯した炎で文字を描く様に振るう。
「輝く風よ……流れろ、思いのままに。希望へ続く道を開け……」
それに合わせウィンダイナもステップを踏みながら手首を返して光刃を振り回す。
二人の詠唱の間にも二つの杖は繰り返し重なり、その度に足元の魔法陣が勢いを強めて回転。それに連動するかたちで翡翠の魔法陣も回る。そしてさらにその内側にある紅の魔法陣が逆に回り始める。
『こんな!? こんな馬鹿な事が!?』
ドラゴン像を封じながら、回転に合わせて勢いを強める光と闇を含む炎の嵐。それを前に見据え、ウィンダイナとシャルロッテは内側へのステップと共にそれぞれの杖を掲げ、絡める。
「希望の風に舞えッ!!」
「絶望を焼く炎を運べッ!!」
その鋭い詠唱に続き、絡んだ二つの杖から輝く風を纏った黒い炎が伸び、雲を貫く。
「はぁあああああああああああッ!!」
そして二人は声を揃えて叫び、一緒に掲げ構えた風と炎の刃を、炎の嵐の結界へ振り下ろす。
『ぐぅうおお!? おぉおおおおおおおおおおッ!?』
真っ二つに割れたドーム状の結界から上がる声。そこへウィンダイナとシャルロッテは二人で抱えた刃を揃って強く握りこむ。
「キィイイアアアアアアアアアアアッ!!」
共鳴する裂帛の気合。それに伴い、その太さを増す炎嵐の刃。そうして猛然と雪崩れ込む二人のエネルギーの相乗は、叩き割った嵐の結界を爆発的に膨張。爆散させる。
『フ、フハハハハハハハハハッ!! 素晴らしい! 素晴らしいぞッ!? まさかこんな、これほどまでの力が生まれるとはな! 嬉しい誤算だったぞ!? ハハハ、ハァーハッハッハッハッハッ!!』
目を焼く様な巨大な火柱と、耳を壊す程に轟く爆音。だがその中から確かに響く、腹の底から吐き出される愉悦に満ちた高笑い。
その残響を後に残しながらも、身を叩く様な風に乗って散って行く爆炎とラディウスの結界。
黒く焦げ、深くえぐれた爆心地痕。刃を振りおろした姿勢のまま、それを油断なく見据え続けるウィンダイナとシャルロッテ。
そんな二人の間に、押し流された爆風に揺らされた枝葉、そして建物の軋む音が流れる。
「は、あああ……」
「ふうぅ……」
やがて爆心地に粘液の一滴分の残滓も残っていない事を確信して、ウィンダイナとシャルロッテは揃って安堵の息を零してへたり込む。
そしてその場に座り込んだまま、二人は本来の少女の姿へと戻る。
「……色々と、手間を取らせたな」
笑みを深め、裕香を見やるいおり。それに裕香は目元を隠す長い髪を掻き上げて微笑み返す。
「勉強合宿の約束もあったからね。迎えに来ないわけにはいかないよ」
その裕香の一言に、いおりは黒目がちな目を瞬かせると、口の端を吊り上げて含み笑いを零す。
「ククッ……そうか。そうだったな」
そうして笑いあう裕香といおり。そこへルクスを抱えた孝志郎が駆けよる。
「よかった、二人とも……」
『うん。アムも無事で嬉しいよ』
『……まあ、これでアタシらも含めて、元鞘ってことさね』
ルクスの言葉に照れ臭そうに顔を逸らすアム。それを一同が微笑ましげに眺める。
『ちょ、なに笑ってんのさ!? 止めなって!』
そんな一同の視線に気づき、歯を剥いて見せるアム。そんな中、裕香は孝志郎の助けを受けて立ち上がり、いおりに手を貸して立ち上がらせる。
そうして裕香は愛を連れて近づいてくる月居の姿を見つけ、合流しようとする仲間たちを右手を上げて迎える。




