風と舞う炎~その2~
アクセスしてくださっている皆様、いつもありがとうございます!
ところで、2月から更新を毎週水曜日更新にペースアップしようかと思いますが、どう思いますか? メッセージ、あるいは活動報告など、なんでも構いませんので、御意見いただけましたら嬉しいです。
「好きにしろ」と、何の意見も頂けなかったり、「やっちまえ」とGOサインを頂けましたら2月から週一更新にします。「今更更新ペース変更なんてやめてくれ」という意見が多数でしたら現状のペース維持で行きます。あ、ペースアップしてもとんでもない事故が無い限りは更新が滞る事は無い程度にストックは溜まっていますから、その辺りは御心配なく。
それでは今回も、拙作が皆様の一時の楽しみとなれば幸いです。
「ルクス! ルクシオンを使おう! アレでどっちからでもいいからやっつけよう!?」
進路と退路、その双方を塞ぐ黒い壁を見比べ、打開策を挙げる孝志郎。
『分かった、それで行こう!』
孝志郎の提案に頷き、了解するルクス。それに裕香の抱いたアムも首を縦に振る。
『アタシも援護するよ』
力強く宣言するアム。それに続いて後部座席の一同は、顔を見合わせて頷き合う。そして裕香はシートベルトを外し、右手をドアにかける。
「先生、道を切り拓いてきます!」
ハンドルを握る月居へ叫び、ドアレバーを握る手に力を込める裕香。
「待ちなさい!? ここで消耗しては……!」
「大丈夫! そんなヤワじゃありません!」
静止する月居にそう返し、裕香はドアを押し開ける。
「アムッ!」
『おうともさ!』
開いたドアから身を乗り出し、手に掴んだアムを後方へ向ける裕香。その直後、アムは威勢のいい返事と共に火炎を後方から迫るヘドロの波へ向けて放つ。
壁を成した粘液へ激突する一筋の火炎流。それが僅かに流れを押し止めた隙に、光となったルクスと孝志郎が車を飛び出す。
『ルクシオォォンッ!!』
孝志郎と共に光の球となったルクス。その叫びに答えるかのように、次々と機械部品が精製、光となったルクスたちを中心に集まって行く。動力部やシートを備えたボディ。二つの後輪に、長いアームシャフトの先端に繋がった前輪一つ。組み上がっていくルクシオンを前に、裕香はアムを左肩から胸へ乗せる様にして体へ押し当てる。
「しっかり捕まってて!」
そして裕香はアムの返事を待たずに拳を握った右手を左手にぶつけ、車を跳び下りる。
「変身ッ!!」
輝きを灯した右手を円を描きながら突き出す裕香。螺旋の軌跡を描く光の帯。それが宙を駆ける裕香へ巻き付き、その身を包みこむ。
次の瞬間、繭となって裕香を包んだ光が内側から爆ぜる。飛び散る光の中から現れる白銀の装甲を纏った巨漢。
左肩にアムを乗せたウィンダイナは、左手を伸ばしてルクシオンのハンドルを握り、足を振り上げた側転の形でその上を乗り越える。そして右手でもハンドルを掴み、ガードレールを蹴りつけてシートへ飛び乗る。その勢いのままルクシオンは月居の操る青い車へ寄り、ウィンダイナが開け放たれたドアを掴んで押し閉める。
ハンドルを掴み直し、前方、続けて後方を見やるウィンダイナ。前方には空へ伸びる粘液が蠢き、後方からは以前としてヘドロの津波が二台を追い立てる。
『ユウカ、まずは前のを薙ぎ倒して進路を確保しないと!?』
そして前方へ向き直ったウィンダイナへ、ルクシオンの双眸を輝かせて提案するルクス。それにウィンダイナは頷き、ハンドルを握る手に力を込める。
「うん。前はお願いね、ルーくん、孝くん」
『え? ユウカ!?』
戸惑うルクスの声。それをよそに、ウィンダイナは走るトライクのハンドルの上で逆立ち。そのまま肘を曲げ、腕の力で自身の体を後方へ射出する。
『ちょ、おッ!?』
「裕ねえッ!?」
『何やってんのさ!?』
瞬時に距離を開けるウィンダイナとルクシオン。後ろ飛びに宙を舞う裕香と前進するトライクとの間に、ルクス、孝志郎、アムの疑問符が飛び交う。
だがウィンダイナはそれをよそに、足の向かう先に立ち上がった粘液の津波を見やる。
「私が後ろを食い止めて、ルーくんたちが道を切り開く。こっちは任せて」
真一文字に空を駆け抜けながら、落ち着いた声音で三人からの問いに返すウィンダイナ。
その勢いのままヘドロの高波へ揃えた両足から飛び込み、激突。続けて深く沈みこんだ打点を中心に、翡翠色の光で出来た文字列が円を描いて展開。それを核に粘液の波が音を立てて爆散する。
ウィンダイナは巻き起こる爆発を蹴り抜き、足と左手とでアスファルトを削りブレーキ。そして一早く蹴りを受けた部位を切り捨てていた塊を追い掛けて駆け出す。
「スゥ……ッ!」
仮面の隙間から鋭い呼気を鳴らし、拳を構えて道路へ落ち広がった塊へ突っ込む白銀の戦士。
ぬるり、と上半身のみの曖昧な人型となって立ち上がるヘドロの化物。綱の様な腕を広げ、別の塊を先に行かせるための壁として立ちはだかろうとするそれ。だがウィンダイナは行く手を阻む黒い人型へ、躊躇なく振りかぶった右拳を叩きこみ、その接点から展開する魔法陣もろともに殴り抜ける。
勢いを微塵も緩めずに壁を抜いたウィンダイナは、目の前に現れた粘液塊を左のチョップで真っ二つに叩き割る。そしてまたも壁となろうと立ち上がる人型を前に踏み切る。
「セアッ!」
短い気合の声と共に空を舞い、立ち上がった粘液の怪物を足場に更に跳躍。爆発を後に宙返りし、左手に浮かぶ塊を肘で撃ち抜く。そして立て続けに右下から手を伸ばすヘドロの化物の顔面を蹴り、その反動に乗ってさらに前へ行く。
ウィンダイナはその勢いのまま、鋭い呼吸と共に突き出した右拳で正面の粘液を打ち砕く。そのまま爆ぜ散る黒い飛沫を装甲で弾きつつ着地。そして地を踏むや否や降ってくる黒い滴が触れるよりも早く、地面を踏み割って走り出す。そしてその踏み込みの勢いのまま、前方の黒い人型目がけて飛び蹴りを繰り出す。
ヘドロ塊の胸へ蹴り込み、輝く魔法陣を刻み込むウィンダイナ。そのそしてすぐさま反動に乗って後ろへ背を反らして跳躍。爆発を真下に、抱きこもうと伸びてきたヘドロの触腕を跳び越える。
「イィヤァアアッ!」
そのまま腕を広げた形で後ろ回りに一回転。さらに続けて膝を抱えもう一回転。そうして腕を伸ばした人型を中心に寄り集まりつつ粘液を、回転と膝を叩いた勢いを上乗せした両足蹴りで踏み潰す。
濁った水音を響かせて潰れ広がる粘液。その隅々までウィンダイナの蹴りを中心とした、光を含む亀裂が走り抜ける。そして裂け目から漏れる光が強まり、広がった粘液が内側から膨張。爆発する。
爆ぜ昇る光の柱。その半ばから枝の様に光が弾け、そこからウィンダイナが飛び出す。
ウィンダイナは光を銀の装甲に照り返しながら宙返り。両腕を広げて空を舞い、そのまま白く染まった道路へと落ちていく。その視線の先で、蠢く粘液の柱五本が基礎から弾け倒れ、その根元を隠す爆炎を貫いて白いトライクが現れる。
爆発を背に、二等辺三角形を描く三つの車輪で路面を蹴り駆けるルクシオン。それは対向車線を走る青い車とすれ違うや否や、行きと帰り二つの車線を分かつ線を乗り越える。
そうしてウィンダイナが見下ろす下で、ルクシオンは前輪を軸に反転。そのまま路面とタイヤとの間に火花を散らしながら、ウィンダイナを迎える様に後ろ滑りにその鋼鉄のボディを滑り込ませる。
受け止めに来たルクシオンへ、ウィンダイナは両手を伸ばして飛び込む。逆立ちの形でハンドルを掴み、深く肘を曲げて衝撃を相殺。
『まったく! いきなり飛び下りるなんてびっくりするじゃないか!』
そしてルクスがそう言ってトライクのアクセルをかけると同時に、ウィンダイナは足を開いて肘を伸ばし、腰をクッションの利いたシートへ乗せる。
「でもこうして手分けしたから、一度に挟み撃ちを蹴散らせたでしょ?」
先を行く青い車の尻を見据えながら返すウィンダイナ。その言葉に肩に乗ったアムが苦笑交じりに首を左右に振る。
『やれやれさね……いおりと一緒で振りまわしてくれるじゃないのさ』
『……まあ、このユウカの直感には助けられてるんだけどね』
「とにかく結果オーライって奴だし、いいじゃないか」
アムの言葉に、ルクシオンのヘッドライトを明滅させながらフォローを入れるルクスと孝志郎。
その間にルクシオンは月居の車に追い付き、その左隣りに並走する。
「愛さん、先生、怪我は?」
ルクシオンのシートの上から、ウィンダイナは窓から青い車の中を覗きこむ。それに助手席に座る愛が窓を開けて頷く。
「私も先生も大丈夫! 裕香さんのおかげだよ!」
笑みを見せて答える愛。それに裕香は頷き返し、ルクシオンのハンドルを強く握り直し、奥の運転席を目を向ける。
「先生、襲ってくる敵は私たちに任せて下さい! このまま行きましょう!?」
道に燻る炎をタイヤが踏み越える中、力強い声で露払いを申し出るウィンダイナ。だが月居は右サイド、バックのミラーを順に一瞥。
「……いいえ、駄目よッ!」
そして月居は拒否の言葉と共に間髪入れずブレーキを踏み込み、右へハンドルを切る。
「先生ッ!?」
大きく後輪を振り、横滑りにブレーキをかける青い車。ウィンダイナは背後のそれを右の肩越しに見ながら、ルクシオンの尻を大きく振ってブレーキ。右足を錨に地面を削り止まりながら、青い車の持ち主を叫び呼ぶ。だが横になって止まる車の向こうからは、カニに人の上半身を合わせた様な怪物が迫ってきている。
三対の足を備えた、キチン質の甲殻に覆われた体。通常のカニであれば顔のある部位から生えた人型の上半身はその両腕に大振りの鋏を備えている。
『お前ッ!? ラディウス側に着いたってのかいッ!?』
車へ迫るカニの怪物へ、ウィンダイナの肩から叫ぶアム。
それに対して化けガニの幻想種は両腕の鋏を持ち上げ、二度三度と打ち鳴らす。
『何を言ってる? 俺は最初からあの御方の指令を受けてお前に着いてきていたんだ。別に裏切ったわけでもなんでもない、だろ?』
あごを鳴らしながら歩み寄る化けガニを前に、妖刀を携えて車を降りる月居。そして刀の柄に手をかけ、カニの怪物を見据えたまま、踏み止まるウィンダイナへ叫ぶ。
「行きなさいッ! こんなところで貴女がこれ以上消耗するべきではないわ。ここを受け持つのは私の方よッ!」
「でも、先生ッ!? 二人を置いてなんてッ!?」
先を急ぐ様に促されながらも、月居と愛を置いていく事に躊躇うウィンダイナ。だがそれに月居は振り向かぬまま言葉をぶつける。
「何のためにここに来たのッ!? 大室さんを、友達を助けるためでしょうッ!?」
「私達の事は良いから! 早く行ってあげて!?」
月居に続き、躊躇うウィンダイナの背中を押す愛。二人からの後押しに、ウィンダイナはルクシオンのハンドルを強く、固く、音が鳴るほどに握りこむ。
「……分かりましたッ! いおりさんを助けて、すぐに戻ってきますッ!!」
ウィンダイナは躊躇いを振り切る様に叫び、アスファルトを抉り踏みしめていた右足で、後ろ髪引く未練もろとも路面を蹴ってルクシオンの機首を切り返す。
「急いでッ!!」
『ああ! コウシロー!』
「任せてくれよッ!」
ウィンダイナの掛け声に応えルクシオンはタイヤを高速回転。鋼鉄の唸り声を響かせて駆け出す。
吠えるルクシオンの背後から響く硬い音。それにウィンダイナは、ルクシオンのハンドルを握る手に力を込め、振り返らぬよう顔を前に固定する。
そのウィンダイナの見据える先に現れるくすんだ鳥居と石段。そこから放たれる迎撃の光弾。
『ユウカッ!?』
「クッ! アムは火の息で迎撃してッ!」
『任せな!』
雨霰と放たれ迫る迎撃。それにウィンダイナは上体を右に倒しつつアムへ指示を飛ばす。その体重移動に従いコースを逸らすルクシオン。それに跨るウィンダイナ、さらにその肩の上からアムが火炎を口から放ち、迫る光弾を逆に焼き払う。
しかしそれでもなお、避けた先を塞ぐように光弾の雨が注ぎ続ける。
「クッ」
それにウィンダイナは歯噛みし、体を切り返してルクシオンの軌道を切り替える。そこからさらに再び体を返して立て続けに軌道を変更。さらに避けた先を塞ぐ魔力弾を避けて攻撃の嵐を掻い潜る。
その一方でアムは真直ぐに、また頭を振るいながら火炎を放って降り注ぐ光弾を薙ぎ払い、弾幕に穴をあける。
アムがこじ開け切り開くコースへ加速するルクシオン。そのまま石段の寸前に滑り込み、すぐさま前輪を押し込んでそのサスペンションの反発と合わせて車体を引っ張り跳躍。鋼鉄の唸り声を響かせながら鳥居を潜り、境内へ躍り込むウィンダイナの跨るルクシオン。
参道に敷かれた朽ちた石畳を削り飛ばしながら、横滑りにブレーキをかけるルクシオン。土の剥き出しになったタイヤ痕の上で静止。それと同時にウィンダイナが顔を上げ、正面の拝殿を睨む。
手入れする者を失い、腐り朽ちていく一方の木造建築。そしてその中に横たわる人影が一つ。
「いおりさんッ!?」
それを見つけたウィンダイナは、ルクシオンを飛び下りて朽ちた拝殿、否その中で倒れるいおりへと駆け寄る。
「ハッ!?」
だが文字の剥げた賽銭箱を目前に、ウィンダイナは背筋に走る悪寒に従って足を踏ん張りブレーキ。そして間髪入れずに地面を蹴りバックステップ。
その一瞬遅れに拝殿から伸びた黒い粘液の塊が、賽銭箱もろともにウィンダイナの居た場所を踏み潰す。
硬いものを噛み砕く音の響く中、ウィンダイナはバク転。腕の力での跳躍から、ルクシオンを真後ろに左膝と左手を突いて着地する。
「これは……ッ!?」
着地の姿勢から顔を上げるウィンダイナ。その視線の先ではヘドロの塊が鈍い破砕音を鳴らしながら蠢き続けている。ウィンダイナはそれを見据えながら立ち上がり、左拳を前に右拳を腰だめにした半身の構えを取る。
ウィンダイナが構え、見据える先。そこで蠢き続ける黒い塊の上に不意に白い雷が閃く。
轟く雷鳴と閃光。それにウィンダイナは息を呑み、ピクリと身を強張らせる。
『こ、これは……この気配は……!?』
ルクシオンの内側で呻くルクス。その間に粘液の上で閃く雷光はその勢いを増していく。
『フフッ……ようこそ、魔装烈風ウィンダイナ。私の招待に応えてくれた事、礼を言わせてもらう』
やがて球を成した雷から響く声。それにウィンダイナは握った拳を強く固める。一方、アムはその肩から身を乗り出し、歯を剥いて唸る。
『ラディウスッ!? さっさといおりを返しなッ!』
白い雷球へ向けて吠えるアム。対して雷球は光を放ちながら笑みを零す。
『フフフ……案内の礼として返してやりたいところだが、あいにくとそういうわけにはいかんな。フフッ』
『テメェ……ッ!?』
からかう様に笑みを零す雷球へ、歯軋りするアム。その一方でルクシオンは後輪を振って機首を真正面へ向ける。
『兄さん! なんで、どうしてこんな事をッ!? どうしてアムが殺したなんて事にッ!?』
ルクシオンのヘッドライトを明滅させ、叫ぶルクス。
『ルクス……我が弟よ。今までご苦労だった。それに答えるなら、全ては必要なことだったからだ。私の起こす革新のためにも、その計画を遂行するためにもだ』
そう言いながら、白い雷球は徐々にその高度を下げて、真下で蠢き続ける粘液の塊へ近づく。
『その革新って何なんだよ!? ボクたち白竜一族は、世界を繋ぐ門を管理して、二つの世界のバランスを保つのが使命だろッ!? その一族の指名を踏みにじってまでやる革新って、何なんだよッ!?』
ルクシオンの双眸を激しく明滅させ、その勢いどおりに叫び問うルクス。
だが雷球は無言のまま高度を下げ、蠢く粘液へと沈む。
『答えてよッ! 兄さんッ!?』
叫び、問いを重ねるルクス。それに粘液へ半分沈んだ雷球は自身の収まった粘液へ稲妻を走らせる。
『フフフ、使命に愚直なお前には分かるまい。私の思い描く、より優れたバランスを生み出すために、これは必要な事なのだ』
その言葉に続き、白い雷光を帯びた粘液が二筋、拝殿の奥へ伸びる。
「なッ!?」
声を上げ、慌てて踏み込むウィンダイナ。だが二歩目が地を踏むと同時に、電光を帯びた触腕は朽ちた拝殿からいおりを引きずり出す。そしてそのまま、気を失ったいおりを雷球の真上に十字を描いた姿勢でぶら下げ、四肢の半ばまでを取り込む様に黒い粘液がまとわりつく。
「クッ!」
磔にされ、盾にされるように押し出されたいおり。ウィンダイナそんな友の姿に歯を食い縛りブレーキ。踏み込みの勢いを力任せに殺す。
『いおりッ!? ラディウス、テメエッ!?』
怒りに任せ、パートナーを拘束する黒い十字架の土台へ火炎を放つアム。
「アムッ!? そんなことしたらいおりさんまでッ!」
『しまった!?』
急いで火の息を止めさせるウィンダイナ。だがその心配をよそに、アムの放った火炎はいおりを捕らえる十字架に弾かれ、その後ろへ流れていく。
流されるままに朽ちた拝殿へぶつかり、火をつける炎のブレス。それは下から上へと朽ち木を辿り昇り、神社をみるみるうちに呑み込んでいく。猛る紅蓮を背に浮かび上がる、いおりを磔にした粘液の十字架。まるで真後ろから焙る熱を幻だと言わんばかりに、それはただ静かにその場に佇んでいた。
『まったく……血が上っていたとはいえ、契約者もろともなどと、酷いことをするものだ』
涼しげに呟く土台に収まった雷球。そうして白い雷は再び放電。いおりを磔にした粘液全体へ雷光を走らせる。
「う、ううっ……」
「いおりさん!?」
『いおりッ!』
気を失ったまま、苦悶の声を洩らすいおり。それにウィンダイナとアムは、揃って囚われの友の名を叫び、駆け出す。
『フッ……無駄なことを』
だが囁くような嘲りの声に続き、いおりを磔にした黒い粘液がまるで堰をきったかのように溢れ広がる。
「ぐぅッ!?」
津波の如く広がるそれは、いおりの身を掴もうと手を伸ばすウィンダイナを弾き、押し飛ばす。ウィンダイナはその衝撃にうめきながらも、空中で身を翻して足から地面へと降り立つ。
「これは!?」
両腕を八の字に広げて着地。そしてすぐさま顔を上げたウィンダイナは、眼前の光景に息を呑む。
山と見間違うような、見上げるほどの巨塊。
燃えていた神社を押し潰してそびえるドーム型のそれからは、まるでイソギンチャクのように、数え切れぬほどの触手が伸びている。否、触手のように見えるそれは、よく見ればその全てが明確な関節を備え、それに従って蠢いている。
犬や猫の前足にも似た、肉食獣のそれを模したもの。蹄を持つ、強靭さとしなやかさを兼ね備えたもの。そして、人の腕を思わせるもの。無数に、不規則に生い茂ったそれらは、何かを探し求めるかのように虚空をかき回し続けている。
そうして餓え、求める様に蠢く数多の手足。その全てに走る白い帯状の光。先端へ向かって流れていくそれを辿り遡ると、その光の流れを生み出す源泉には、四肢をドーム状の巨塊に埋められたいおりの姿があった。
『いおりッ!?』
「いおりさんッ!!」
声を張り上げ、友へ呼びかける二人。だがまぶたを閉ざしたいおりはそれに目覚めて答える様子も無く、巨塊の中に四肢を埋めて項垂れている。そのいおりの足元。白光の文字列の作る円に縁取られた雷球が鼓動を刻むように明滅する。
『フフ……よしよし、想定通りだ。幼いとはいえ、竜族との対等な契約を行えるだけの事はある』
その呟きと共に、輝きを増す雷球を核とした魔法陣。
「ううっ……!?」
同時にいおりの口から微かな呻きが零れ、数多の手足全てへ流れる光の勢いが増す。
『さて、これだけでも問題はないが……贅沢を言えば、もう一人は欲しい所……だな』
明滅し、呟く雷球。それに伴い、指先まで力を送られて踊っていた手足たちは、急に一矢の乱れも無く一斉にウィンダイナへ構える。
降り注ぐ攻撃の意志。ウィンダイナはそれに息を呑み、とっさに肩に乗っていたアムをルクシオンの待機している方向へ放りだす。
「アム、離れてッ!」
『ゆ、裕香ッ!?』
驚き声を上げ、空を舞うアム。ウィンダイナはその小さな黒から目を外し、膝を軽く沈めて身構える。その瞬間、ドーム型の塊から生えた手足の群れが一斉に、文字通り伸び迫る。
『友と共にこの中で私の力となるがいいッ!!』
四方八方からウィンダイナを捕らえようとゴムの様に伸びた手が殺到。だがウィンダイナは仲間との合流を図らず、逆に群がり迫る触手の中核を目指し踏み込む。
『フッ、自ら踏み込んでくれるか、歓迎しよう』
雷球越しにほくそ笑むラディウス。手足の群れはそれに従い、網を作る様に交差。形成した包囲網を狭めつつ、前後左右隙間なく走るウィンダイナへ手を伸ばす。
「あいにくだけど、すぐに帰らせてもらうッ! いおりさんと一緒にッ!!」
ウィンダイナは吠え、真正面から迫る手足の束を着地と同時の右フックで薙ぎ払う。
千切れ飛び散る黒い雫。ウィンダイナはそれに眼もくれず、左足を軸に旋回。その勢いに乗せて振り上げたた右踵で背後からのものを薙ぎ払う。さらに回転の勢いを殺さぬまま、両掌を突き出し挟み撃ちを迎撃。続けて右足が地を踏むと同時に、上体と入れ替える様に振り上げた左足で真上からの襲撃を蹴り潰す。
「エェアアアアッ!!」
そのまま鋭い雄叫びと共に、身を支える右足で左へ跳ぶ。そうして身の捻りのままに繰り出した足で更に上から降り注ぐ手足を蹴り抜く。
薙ぎ払いながらの跳躍で足場を移動。直後、ウィンダイナの足跡を殺到した触腕が埋める。
そして着地から間を置かずに、ウィンダイナは鋭い呼吸と共にターン。遠心力を上乗せした左裏拳で跳ね上がってきた触腕を打ち砕き、同時に右の回し蹴りで逆側から迫るものを蹴り倒す。
蹴り足を地を下ろしながら、右のチョップで正面から迫るものを真っ向から斬り伏せる。そこを狙い、背後から迫る寄り集まってできた太い塊。足元から突き上げる様に迫るそれを、ウィンダイナは左足で踏むように蹴りつけ、その勢いに乗って跳躍する。
空間を囲う粘液の天蓋。ウィンダイナはそれを突き破らんばかりに上昇。そんな白銀の戦士を無数の黒い手足が追い掛け、天井と挟み込もうと螺旋を描いて突き上げる。
「イィヤアッ!!」
だがウィンダイナは天井の直前で宙返り。両足で天井を蹴りつけ、下方向から追いすがる触腕の寄せ集めを両の手刀で切り裂きながら急降下。
引き裂いた触腕の隙間を抜け、身を丸める様にして空中で一回転。さらに着地と同時に前転。その勢いのまま地面を殴る様に叩きつつ、踏み込む。
爆音にも似た地鳴りを残し駆けるウィンダイナ。
『素晴らしい……幼い弟の契約者にして置くのが惜しいほどだ』
猛然と迫るウィンダイナを前に、称賛の言葉を零す雷球。
「はぁあああああああああッ!!」
だがウィンダイナはそれにただ裂帛の気合を叩き返し、続けて振りかぶった拳を正面の雷球へ撃ち込む。
雷球を撃ち抜き、その土台となる巨塊へ沈む白銀の剛拳。肩まで沈んだそれを中心に、翡翠色の魔法陣が白いそれを上書きする様に展開。
「いおりさんを返してもらうぞッ!!」
高速回転を始める光越しに、ウィンダイナは雷球を睨めつけ吠える。
『フ、フフフ……』
「何がおかしいッ!?」
渦を巻く暴風の中、零れる笑い声。それにウィンダイナは戸惑いを押し退ける様に叫び問う。
『フフ、まだ強まる、まだ深まる……私の考えていた以上だ』
その声に続き、回転する翡翠の光は吸い込まれる様にして消え失せる。
「な……ッ!?」
不意に消えた魔法陣に、驚き息を呑むウィンダイナ。その直後、雷球とその奥の塊へ埋まっていた右腕が消える。
「う!?」
呻き、身を離すウィンダイナ。それに続き、消えたはずの右腕が白い光の球から抜け出る。だが光に包まれたそれは、大柄で筋骨逞しいウィンダイナの体には不釣り合いな、しなやかに鍛えられた女のものであった。
「う、奪われた……!? 吸収されたってこと!?」
ウィンダイナは地を踏むと同時に、正体を曝け出された右腕を抑えながら大きく後ろへ跳び退く。そして着地と同時に右腕を渦巻く光で包み、はがされ奪われた右腕の力を補う。
右腕を繭のように覆う光を振り払い、白銀の装甲に包まれたウィンダイナとしての腕を露わにする。
白銀の戦士としての体格に釣りあう太さと長さを取り戻した右腕の先に拳を固め、身構えるウィンダイナ。その真正面でドーム状の巨塊のそこかしこがうっすらと裂ける。笑む様に開いたその裂け目は立て続けに小さくすぼまり、空気を吸い込む。
「クッ!?」
その吸引に歯噛みし、足を踏ん張るウィンダイナ。だが体はその吸引に耐えるものの、変身を維持する力が光の粒となって剥がれ、大気と共に吸い込まれていく。
そうして吸引を堪えて身動きのとれなくなった所へ降り注ぐ触腕の束。
「ウッグゥッ!?」
ウィンダイナは頭上から迫るそれに、とっさに交差した腕を傘にして受け止める。天蓋とをつなぐ柱の土台にされ、圧し掛かる重みに呻くウィンダイナ。そこへ更にゴムの様に伸びた手足が殺到。その先端にある蹄が装甲を叩き、爪はその接ぎ目に食い込む。
「ぐ、うぅ……グゥ!?」
白銀の仮面から苦悶の声が漏れる間に、触腕は次々とウィンダイナへ取りつきその身を隙間なく埋めていく。
巨大な黒い柱に取り込まれたウィンダイナ。その根元はうっすらと輝き、明滅を繰り返す度に吸い上げられるように柱を昇って行く。
『フフフ……安心するがいい。このまま戦う力を奪い、友人と同じ所に纏めてやろう。だが安心するがいい。二人だけでは寂しいだろうから、ルクスもアムも、他の友人たちもすぐに同じようにしてまとめよう』
柱、天井と経由して吸い上げた力を受けながら、雷球越しに笑みを零すラディウス。
だがその次の瞬間、力を吸い上げていた黒い柱に亀裂が走る。
『ふむ?』
それに怪訝そうな声を溢す雷球。直後、周囲を取り囲む粘液の幕を突き破り、光が突入する。
「裕ねえええッ!!」
『ユウカッ!!』
『裕香あ!?』
その双眸を輝かせて突っ込むアムを乗せたルクシオン。それに黒い巨塊の核であるラディウスの雷球は瞬きする様に明滅する。
『フッ……自分から捕らわれに来たか……?』
その呟きに続き、新たに作り出される触手。
「デェエ・イィイ・ヤァァアアアアアアアアアアアッ!!」
だがその刹那。ウィンダイナを取り込んでいた柱の土台が、轟く咆哮と共に爆散。爆ぜ広がる翡翠色の光の中心にウィンダイナが現れる。
『ほう?』
その姿に感嘆の声を上げるラディウスの雷球。その間にウィンダイナは叫び声を途切れさせずに、支えを失い振ってくる黒い柱を拳で迎え撃つ。
白銀の拳に打ち上げられ、細切れに変わって降り注ぐ黒い粘液の柱だったもの。その残骸の合間を縫ってウィンダイナはその場を跳び退き退避。そのまま後ろ回りに宙返りし、駆けこんできていたルクシオンへ搭乗する。
ウィンダイナを乗せたルクシオンは突入の勢いを微塵も緩めず、ドーム状の巨塊、その核を目指して走る。




