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魔法少女ダイナミックゆうか  作者: 尉ヶ峰タスク
吠える風、揺れる炎
34/49

風と舞う炎~その1~

新年一回目の投稿が10日だと、いつから錯覚していましたか?


とまあ冗談はさて置き、アクセスしてくださっている皆様。いつもありがとうございます。


本年も拙作をどうぞよろしくお願いいたします。

 つい先程まで激闘が繰り広げられていた公園。その中で裕香は歪にひしゃげた山の遊具のくぼみに腰掛け、その前にしゃがんだ月居は、傷だらけの教え子の体にそっと右手を翳す。

 孝志郎とルクス、そして愛が見守る中、月居は淡く輝く右手を裕香の体をなぞる様に動かしていく。

「はい。これでもう傷は大丈夫ね」

「あ、はい! ありがとうございます」

 そして月居は一通り裕香の傷をなぞり終えると、光に包まれた右手を払い伸ばす。それを受けて裕香は自身の体を見回し、肘を曲げ伸ばしして具合を見る。

「そう、良かったわ」

 その裕香の様子に、月居は目を柔らかく細めて微笑む。

『あの、それで……アナタは、いったい? ユウカの先生だとは聞いたけれど、ボクらの事を知っていて、戦う術も持っているなんて……』

 そこで一羽ばたきして前に進み出るルクス。問いかけられた月居はルクスを見やると、同じように疑問の視線を投げかけてくる愛、孝志郎、そして裕香の顔へ一通り目を通す。

「そうね。説明が必要よね」

 月居はそう言って頷くと、地面に置いた黒地に紅葉模様の描かれた鞘に納めた刀を、左手に提げて立ち上がる。そして右手を腰に添えると、今一度改めて教え子たち一同の顔を見回して口を開く。

「まず、私が何者か、と言う事だけど。私は12年前……この街に現れた幻想種パンタシアと戦った契約者だったのよ」

 月居の口から出た言葉の内容に、裕香たち一同は揃って目を丸く剥く。

「先生が、契約者……!?」

『じゅ、12年前……!?』

「俺、まだ生まれてないころだよ」

「じゃあ、先生も裕香さんと同じタイプの契約者なんですね?」

 戸惑う一同の中で、小首を傾げて尋ねる愛。それに月居は唇から小さな笑みを溢して首を左右に振る。

「契約者だった、よ。今は違うわ」

 自嘲気味な笑みと共に、あくまで過去の話である事を強調する月居。それに裕香はひしゃげた遊具に腰かけたまま二度、三度と瞬きを繰り返す。

「なら、さっき呼びかけていたヨシカゲ? っていうのは?」

「ああ、吉影ね。それは、これ。この刀よ」

 その裕香の問いに月居は左手に提げた一振りの刀に目を落とす。

「何なんです? その刀。普通のものじゃないんですよね?」

『聞いた事があるよ。強い心の力がこもった物品に幻想種パンタシアが一体化して曰くつきの品物として存在し続けているって……ルクシオンを作ってるのは実はこれの応用なんだ』

 重ねて尋ねる裕香に、解説を挟むルクス。

 月居はそれに頷いて、左手に提げた紅葉柄の鞘に収まった刀を見える様に持ち上げる。

「ええ、そんなようなものね。これは籠手落吉影こておとしよしかげ。昔私がパートナーと封印した次々と持ち主を乗っ取る魔性の妖刀よ」

 そう言って月居が示した妖刀。するとそれに応える様に、その刃を包む鞘を彩る紅葉模様が歪み、いくつもの赤い手の様になる。

「よ、妖刀……?」

 震える声で呟く裕香。その周囲で息を、固唾を呑む音が響く。

 その一同の反応に、月居は刀を睨みつけて右手で柄尻を押し込む。

「止めなさい。子どもたちを脅かすのは。圧し折って海に流すわよ?」

 抑えつけながら低い声で威圧する月居。その言葉に妖刀吉影は抗議するように小さく震えて微かに鍔を鳴らす。

「あの、なんで先生は平気なんですか? それ、持ち主を乗っ取るんですよね?」

 愛はその様子に、恐る恐ると躊躇いがちに尋ねる。

 すると月居は抑えつけていた刀を下ろして顔を上げる。

「乗っ取るにも契約を介する必要があるからよ。契約できない私をこの刀が乗っ取ることはないわ」

「契約できないって……じゃあ、先生は契約を破壊する術で……!?」

 月居の説明を聞いて、裕香はルクスから受けた説明を思い出して腰を浮かせる。それに月居はスーツの内側に続く鎖をつまみ、服の内に隠れていたその先を露わにする。

「ええ……私は負けて、あの子を守り切れなかった。あの子が最後に残してくれた力で、私はまだ辛うじて戦う事が出来るのよ」

 そう呟く月居の指先では、ヒビ割れた青い珠の収まる崩れかけたペンダントが揺れている。

「す、すみません……無神経でした」

 その契約の法具のなれの果てと、月居の沈んだ表情を見て、裕香は頭を下げて謝る。そんな裕香に月居は表情を和らげ首を横に振る。

「いいのよ。話さなくてはならない事なんだから」

 そして胸元にペンダントのノードゥスを仕舞うと、服の上からそれに手を乗せる。

「それに、私のパートナーのノックスは、こうなってしまった今も、私に教え子を守る力を与え続けてくれている。彼の遺志は今も私の心を励ましてくれているわ」

「先生……」

 その月居の言葉に、裕香は自身の右手に輝く契約の指輪に手を添える。

『ちょ、ちょっと待って!? 今ノックスって!?』

「いきなりどうしたんだよ、ルクス?」

 月居の出した名前に、その大きな翡翠色の目を剥くルクス。それに孝志郎を始めとした一同は戸惑い交じりに目を向ける。するとルクスは瞬く目で一同を見回しながら口を開く。

『黒竜ノックスは法を犯して世界の壁を越えた罪人のはず。兄さんが傷を負いながらも討ち倒したって、ボクは……』

 言葉尻を弱めながら、月居の顔を窺い覗く。それに釣られる様にして集まる視線。それに月居は鞘を握る手に力を込めて目を伏せる。

「そう、やはりそういうことにされてるのね……ラディウス、よくも全てをノックスに押しつけて……!」

 低く抑えた声で呟き、下唇を噛む月居。

『ど、どういうことなんだ!? 兄さんが何をしたって言うんだ!?』

 服の上からペンダントを握る月居に、ルクスは羽ばたき詰め寄る。それに月居は顔を上げ、目の前にいる小さな白竜を見やる。

「貴方の兄は、私のパートナーを騙して物質界へ送り込み、その真意に気づいて立ち向かったノックスを殺し、全ての責任を押し付けたのよ」

『そんな、嘘だ、嘘だそんなことぉッ!? ボクの兄さんが、そんな……』

 繰り返し頭を振って叫ぶルクス。裕香はそんな取り乱したパートナーを腕の中に抱くと、改めて月居に眼を向ける。

「確か、なんですか? 死んだルーくんのお兄さんが、そんな……」

「死んだ? そんなはずはないわ。そうよね? 若い白竜?」

 その裕香の言葉に、月居は教え子の腕に抱かれたルクスへ目を落とす。するとルクスはびくりとその体を震わせる。そんなルクスを見据えたまま、月居は重ねて言葉を投げかける。

「さっきの大室さんを連れ去った白い雷光。あれから感じた力は間違いなくラディウスの物だった。かつて戦った私は元より、兄弟の貴方が分からないはずは、ないわね?」

「ルクス、そうなのか!?」

 確かめるように問う月居に続く形で問いかける孝志郎。それと揃って一同は裕香に抱かれたルクスへ目を向ける。するとルクスは体を震わせ、首を関節の錆びた人形の様にぎこちなく左右に振る。

『それは、確かにあの光は……でも、兄さんはアムが……』

 ルクスは破られつつある兄の姿に、頭を振り続ける。それに月居は小さく息を吐いてルクスへさらに問いかける。

「貴方は、ラディウスに勝てるの?」

『へ? いや、不意打ちをしても、まだ成体じゃないボクじゃ、逆立ちしたって兄さんには……』

 月居の問いに、ルクスは半ば呆けたような顔を上げ、できる筈が無いと首を横に振る。月居はそれに僅かにあごを引いて頷き、口を開く。

「なら、どうしてあの黒竜のお姫様に貴方のお兄さんを殺せるの? 幻想種最強種族である白黒二種の竜族、その成体であるラディウスを?」

 それにルクスは目を剥いて息を呑む。

 そんな言葉を失った若い白竜を見据えたまま、月居は更に言葉を重ねる。

「アイツは自分の目的のために、弟である貴方をも騙して裏から糸を引いていたのよ。私はノックスの遺志を継いで、奴の計画を阻むためのチャンスを待っていたのよ」

『そんな、兄さんが……じゃあボクは、いったい何のためにアムと……アムにあんなひどいことを言って……』

 あごの震えるままに歯をかち鳴らし、俯くルクス。その角の生えた頭に、裕香はそっと右手を乗せる。

「ルーくん」

 そうして裕香は相棒を呼び、乗せた手を柔らかく弾ませる。そして裕香はその手を止めぬまま、目の前の教師へ向き直る。

「その、ルーくんのお兄さんの目的って言うのは、何なんですか?」

 その教え子からの問いに、月居は頷き口を開く。

「この世界を、心の力を吸い上げる牧場とすることよ。その為にアイツは12年前、そして今も多くの幻想種と人間たちを利用しているのよ」

「じゃあ、大室さんとそのパートナーのアムも、利用されてるだけって事になるんですか!?」

 それを聞いて、月居を見上げて尋ねる愛。それを月居は僅かにあごを引いて肯定する。

「ええ、承知しているかどうかはともかく、あの子たちもアイツの考え通りに動く様に仕向けられているだけなのよ……」

 そう言って下唇を噛む月居。その怒りを滲ませた口元を見て、裕香も歯噛みする。

「いおりさんの心を踏みにじって、無理やり戦わせて……しかも、そんなことのために……!」

 怒りを湧き上がるままに乗せて呟く裕香。その周りでは孝志郎が眉根を寄せて拳を固め、愛がスカートの裾を握り歪める。

 困惑するルクスを中心にして、それぞれに怒りを滲ませる一同。

 そこへ降り迫る微かな羽ばたき音が一つ。

 それに一同が顔を上げると、黒い流星が公園へ真っ逆さまに落ちてきていた。

「孝くんお願い!」

「う、うん!」

 その姿を確かめるや否や、裕香は抱いていたルクスを傍らの孝志郎へパス。戸惑いながらも受け止めた幼馴染を後に、月居と愛の合間を縫って飛び出す。

 宵闇の空の中、微かな光にその身を艶めかせる翼持つ黒い獣。真直ぐに落ちてくるそれから裕香は眼を離さず、ひしゃげ歪んだ滑り台の階段を駆け昇る。

「ハッ!」

 裕香は短い気合の声を放ちながら、滑り台の頂点で踏切り空を舞う。そして落ちてきたものを空中で受け止めると、そのまま全身で包み込むように前転。そうして砂場へ片膝を突いて着地する。

 だがその瞬間、裕香の頭上へ躍りかかる巨大なヘドロの手。

「吉影落とせェッ!」

 しかしそれは、気合と共に月居の抜き放った妖刀の一閃が払い、裕香へ触れる事なく消え失せる。

 濁りなく澄んだ鍔鳴り。それを背に受けながら、裕香は腕の中にしっかりと抱きとめたものを覗き込む。

「アム!? やっぱりアムだったのね!?」

『アムッ!?』

 抱き止めた黒い獣の姿を認め、その名を呼び掛ける裕香。それにルクスは孝志郎の腕を飛び出して、裕香とその腕に収まったアムに向かって羽ばたく。それを追う形で孝志郎と愛も小走りに駆け寄る。

「アム!? いったいどうしたの!? しっかりして!?」

 血で固まり纏まった黒い体毛。耳を包む様に巻いた角は端々が欠け、烏に似た翼も羽毛をむしられ乱れている。そんな痛々しい姿のアムへ、裕香は繰り返し呼びかける。

『う、うう……』

 その周りを取り囲む仲間たちが心配そうに見守る中、アムは裕香の腕の中でそのまぶたを震わせる。

『アム!?』

「目が覚めた!?」

 ルクスと裕香に続き、傷だらけの黒竜を覗きこむ一同。するとアムは右のまぶたを持ち上げて、その赤い瞳の片割れで自分へ集まった視線の源を見返していく。

『ル、クス……って、ことは……?』

 呟き、裕香を見上げるアム。その赤い瞳に裕香は頷く。

「うん。私がルーくんの契約者……ウィンダイナ」

 アムは裕香の名乗りを聞いて、口の端を緩めて微かに息を零す様に笑う。

『ハハ……まさか本当に女だったとはね。あのでかい体の中身が、まさかこんな……ッ!?』

「そんな体でしゃべったら!? ルーくん、アムの手当を!」

 体の痛みに笑い声をを遮られ、顔を顰めるアム。それに裕香は弾かれる様に傍らに浮かぶパートナーへ振り向く。

『そ、そんな事は後回しにして、聞いてほしい事があるのさ!』

 だがアムはそれをルクスが返事を返すよりも早く口を挟んで制する。それに裕香が向き直ると、アムはその顔を真直ぐに見上げて口を開く。

『恥を忍んで頼むよ……いおりを、アタシの相棒を、助けてッ!?』

「いおりさんを!?」

 助けを求めるアム。裕香は自身の腕の中で痛みに堪えるそれに聞き返す。

『いおりは、アタシを盾にアンタとの戦いを急かされてたのさ! それで、今はいおりがアイツに掴まってさ……虫がいい話だとは分かってる! でも、頼れるのはアンタだけなんだ! いおりを、アタシが巻きこんじまったあの子を、助けてやってほしいのさ! 頼む、頼むからさ……!』

 震える声で訴え、裕香の胸に縋りつくアム。裕香はそんなアムを真直ぐに見返して口を開く。

「どこへ行けばいいの?」

『へ?』

 裕香の口から出た言葉に、呆けたように瞬きするアム。そこへ裕香は立て続けに言葉を放つ。

「頼まれなくたって助けに行くよ! だから、案内して!」

 一切の迷い無く言い放つ裕香。アムはそれを見返しながら一度、二度と瞬きをする。そうして口を柔らかく緩めると、その隙間から笑みを漏らす。

『フフ、いおりが信頼する訳さね。とんだお人好しじゃないのさ』

「どういたしまして。とにかくいおりさんを助けにいこう」

 笑うアムにそう返しながら裕香は立ち上がる。そこへ月居が一歩歩み寄る。

「待って、吹上さん。これはラディウスの罠よ」

「そんな、先生!?」

 引き止める月居。その言葉に裕香は振り返る。その腕の中で、アムは慌てて頭を左右に振る。

『アタシはそんな! アイツに手を貸すつもりなんか!?』

 疑いを否定するアムの言葉。それに月居は片手を翳して小さく頭を振る。

「言い方が紛らわしかったわね、ごめんなさい……私が言いたいのは、ラディウスの奴なら脱出の成功も織り込み済みで、貴女たちの友情を利用して一カ所に集めようとする、ということよ」

 訂正する月居に、アムは身を引いて裕香へもたれかかる。

『まったく、脅かすのは無しさね……』

 裕香は安堵の息を吐くアムを抱え直しながら、改めて月居を真直ぐに見返す。

「先生の言うとおり、罠は張られていると思います。でも! だからと言って私は助けにいくのをやめません! 罠があるのなら、それを踏み潰してでも必ず助けに行きます!!」

 裕香は月居へきっぱりとそう告げる。そしてアムを抱えたまま踵を返し、公園の出口へと向き直る。

「アム、とにかく案内をお願い。少しでも早く助けたいから」

『あ、ああ! 分かったよ』

 頷くアムに頷き返し、足を踏み出す裕香。

「焦らないで」

 そこへ背後からかかる月居の引き止める声。それに裕香は長い髪をなびかせて振り返る。

「止めないでください! 助けて貰いましたけれど、こればかりは聞けませんから!」

 裕香は振り返りざまに、引き留める声を撥ね退けるように断固として助けに行くと宣言する。だが月居はそれに苦笑を浮かべ首を左右に振る。

「落ち着きなさい。その黒竜の娘といい、早とちりは良くないわよ?」

「え?」

 その月居の言葉に、拍子抜けしたように聞き返す裕香。月居はそんな教え子の右隣をすり抜けながら、裕香の肩に軽く手を弾ませる。

「罠を踏み潰して押し通るなら、力が必要でしょう? 私も手を貸すわ」

「せ、先生……!」

 そう言って微笑む月居。それに裕香は表情を和らげる。

「車で送るから、移動中に少しでも体を休めておきなさい」

 そんな裕香に、月居は笑みを深めて公園の外に向かって足を進める。

「ありがとうございます!」

 裕香は先に行く月居の背中に礼を言い、パートナーを引きつれて小走りに追い掛ける。

「あ、裕ねえ!?」

「先生、裕香さん、待って!」

 それに続いて、孝志郎と愛も地面を蹴り公園の外へ向かう。



「アム、どうかしら?」

『ああ、確実に近づいてるよ。やっぱりラディウスの奴、アタシらを移動させたこの先にある古い神社跡で待ち構えてるみたいさね』

「そう、ならこのままね」

 青いボンネットの鼻先に伸びる道。それを正面に、車をアムの案内通り道なりに進ませる月居。

「あの、先生? 本当に私たちも着いてきて良かったんですか?」

 その隣の助手席から運転席へに訊ねる愛。

「俺てっきり、足手まといだから留守番してろって言われるかと思ってたんですけど?」

 それに続いて、助手席の真後ろから孝志郎も戸惑い半分に問いかける。すると月居は、正面から視線を外さぬまま頷く。

「そうね。でも、奴の事だから離れたところで人質にとるかも知れないわ。なら手の届く場所に居てくれた方が気が楽よ」

「そうですね。私もそう思います。」

 孝志郎の右隣、運転席の後ろから、裕香は体を僅かに傾げながら月居の言葉を首肯する。そしてシートの合間から見える前方に続く道から、自身の太腿に乗る白黒一対の竜に視線を落とす。

『ねえアム……やっぱりこの事件の首謀者は……兄さん、なんだね?』

 右腿に座るルクスは、左腿に伏せるアムへ癒しの力を込めた魔力光を浴びせての治療を行いながら、確かめる様に問いかける。そのルクスからの質問に、アムは僅かに体を起こして躊躇いがちに頷く。

『ああ……アタシは、餓えた同胞のためにっていうアンタの兄貴の口車に乗って、心と命の力を集める前線指揮官の役目を請けたのさ……』

『同胞たちが飢えてるって、そんな……!? エネルギーはどうにか足りてるはずだろッ!?』

 アムの答えに、ルクスは治療の手を緩めぬまま身を乗り出す。そうして質問を重ねるルクスに、アムは軽く鼻を鳴らす。

『上からの話を、何から何まで疑いもせず信じ込んでたってのかい? ホントにアンタは昔っから馬鹿がつくくらいに素直だね。足りてるわけがないだろうさ』

 そこで一度言葉を切るアム。それを受けて声を詰まらせるルクス。するとアムは長い尾を一振りして、重ねて口を開く。

『アンタは知らなかっただろうけどさ、今幻想界で飢えずに暮らせてるのはほんの一握りだけなのさ! ほとんどは僅かなエネルギーを分け合って、細々と日々を凌いでるのさ!』

『そんな……そんな事になってたなんて、ボク……』

「ねえ、アム? どうしてそんな事に?」

 目を伏せ、絞り出す様に呟くルクス。そんな相棒の姿に、裕香は代わってアムに問いを投げ掛ける。それにアムは裕香の顔を振り仰いで答える。

『元々少なくなっていってたのが、前にあった大きな戦いを境に、一気に減っちまったのさ』

 裕香はそのアムの返答を聞いて、正面のシート、そしてバックミラー越しにハンドルを握る月居の様子を窺う。

「……私がノックスと共に戦った戦いの事ね」

 抑えた声で言いながら、ギアを切り替える月居。そして車を加速させながら言葉を続ける。

「12年前。あの戦いで私とノックスは世界を繋ぐ門を意のままにしようとするラディウスに傷を負わせたものの敗北。私はパートナーと力の大半を失ったわ」

『で、幻想界では流れてくるエネルギーが激減した上に、その原因の全てがノックスに押しつけられていたってことさね。それでアタシは……餓えた同胞を救えて、黒竜一族に着せられた汚名を晴らせるのならって、思っちまってさ』

 アムは月居の説明を継ぐ形で語り、ため息と共に頷いて言葉を締めくくる。

 ルクスはそんなアムと月居のシートを交互に見やって、アムに視線を向け直しておずおずと口を開く。

『……それじゃあ、物質界こっちに出る時に、門を管理してた兄さんを襲って殺したって話は……?』

 それにアムは尻尾と首を揃って左右に振り、ため息を零す。

『ハァ……っとにアンタは。ちっとは自分でも判断しなよ。アタシに殺せるわけが無いじゃないのさ。アイツの偽装のために痛めつけろって指示で怪我させただけさ……まぁ、こうなっちまった今となっちゃ、やっとくべきだったかとも思うけどさ』

 アムはそう言って身を起こすと、ルクスの姿を窺いながら、裕香の太腿を前足で押し解し始める。

『けど、さ……アタシに出来るわきゃないだろ? アンタに……親兄弟の仇として憎まれたくなんか、ないしさ……』

 尻すぼみの声でそう言いながら、裕香の腿を揉み押し続けるアム。だが、そこで何かに気がついたようにあご先を弾き上げ、ルクスへその鼻先を突きつける。

『って、ちょっと待ちなよ!? ってぇ事は何? アンタアタシを兄弟の仇と思ってたってことかい!?』

 烏似の翼を広げて荒げた声をぶつけるアム。

『そ、それは……ホントにゴメン! ボクも冷静じゃなくて……』

 白い翼で縮めた体を包むようにして謝るルクス。そんな、すっかり委縮して平謝りするルクスに、アムは鼻息を一つ。乗り出していた身を戻しす。

『……ったく! 昔っからだけど、イイ子ちゃんにも度が過ぎてるさね!』

 そう言ってアムは、もう一度荒っぽく鼻を鳴らす。ルクスは翼で体を抱く様にしたまま、そんなアムの方を覗きこむ。

『でも、どうして何も言ってくれなかったんだよ?』

『そ、それは……』

 そのルクスの問いに、アムは目を逸らして口をもごつかせる。そうして再び裕香の腿を押し揉み始めるアムへ、更にルクスは言葉を続ける。

『相談の一つくらいしてくれたってよかっただろ? そりゃ、昔から助けられてばかりのボクじゃ頼りないかもしれないけれど……』

『いや、その……そんなことは、ないさ。ない、けどさ……』

 先程までとは打って変わり、歯切れ悪く呟くアム。それにルクスは不思議そうに首を傾げる。そんな二人の姿を見下ろし、唇を柔らかく緩める裕香。そして助手席の愛がシートの合間から後部座席のそれを覗きこむ。

「ルクスくんを巻きこみたくなかったってことよね?」

「ああ、そういうことか!」

 そして微笑みながらそういう愛と、それに続いて察しがついたように頷く孝志郎。そんな二人に、裕香も笑みを深めて頷く。

「そうだね。聞いちゃうのは野暮じゃないかな、ルーくん?」

『そ、そうなの?』

 そんな一同の言葉を受けて戸惑うルクス。その一方でアムは後ろ足で立ち上がり前足と翼を振りまわす。

『ちょ、な!? 何言ってんのさ!? 変なことは言いっこなしさね!』

 慌てふためくアムと、それにまたも不思議そうに首を傾げるルクス。それに裕香と孝志郎、そして愛は表情を和らげて笑みを零す。

「とにかくよかった。ルーくんとアムの誤解も解けて、仲直りが出来て」

『うん。それは、そうだね』

『まあ、ね……アタシだってルクスと戦うのなんざゴメンだったしさ』

 微笑みながら言う裕香に頷くルクス。その一方で、アムもまた腿の上に座り直し、椅子にしたそれを押し揉みながら頷く。

 和やかな空気に満たされた車内。

 だがそんな和らいだ雰囲気が、不意に異世界との境界を跨いだかの様に張りつめる。

「ッ!? これは!?」

 圧迫感を帯びたものへと一変した空気。それに裕香は弾かれた様に顔を上げ、窓の外を見る。

『あいつの結界に入ったみたいさね』

 そのアムの言葉を裏付ける様に、窓の外では町を染めつつあった宵闇が、白く染め返されていた。

「白い、夜……?」

「何か、気持ち悪いよ」

 同じように窓の外を見て、その光景に思い思いの感想を呟く愛と孝志郎。

 裕香は唇を引き締めて、車内へ視線を戻す。

「ッ! 掴まってッ!」

 刹那、突然の警告と共に車が急加速。同時に左へ車体が流れ、その勢いに裕香たちの体が右へ傾く。

「う、わ!?」

「危ない!」

 裕香はとっさに倒れ込んできた孝志郎を支え、膝の上でよたつく白黒一対の竜を抱える。

「平気!?」

「う、うん!」

『ボクも!』

『すまないね』

 安否確認に対する返事に頷く裕香。そして立て続けに襲いかかる振り戻しの中で顔をあげ、運転席を真後ろから見やる。

「先生、いったい何が!?」

 だが月居が答えるまでもなく、裕香は自身の目が見た光景で状況を理解した。

「黒い粘液の化物!?」

 裕香が叫ぶ間に、手に似た形に先端を広げ、真正面から迫るヘドロの怪物。

「掴まってて!?」

 それに月居は車内へ警告しながら右へハンドルを切る。車はそれに従って対向車線へ飛び出し、そのボディの端にヘドロを掠めて引きちぎる。

 他に走る車の無い、白に染め上げられた道路。その上を黒いヘドロが跳び跳ねて、後ろへ流れていく。

 裕香はその様を、孝志郎越しに目で辿り、後部ガラスから尾を引いて離れていく塊を見送る。そんな裕香の顔の左隣に、黒い翼を羽ばたかせたアムが並び飛ぶ。

『ラディウスの奴め! 暴走させた時にちょろまかしてたとして、こんな短い間によくもこんなに増やしたもんじゃないのさ!』

 後に伸びる道路を睨みながら、憎々しげに歯を剥くアム。その逆側にルクスが羽ばたき浮かび、同じように車の後ろを見る。

『また来るよッ!?』

 声を上げて警告するルクス。その言葉通りに、白く染まった道路の上を黒い粘液が蛇の様に這いずり追い縋る。

『チッ! 裕香!』

「う、うん」

 その追跡に舌打ちし、叫ぶアム。それに顔を向けて頷く裕香へ、アムは間髪入れず言葉を放つ。

『窓を開けて、アタシを掴んで外へ! 離さないどくれよ!』

「え!? わ、分かった!」

 アムの指示に裕香は慌てて頷き、窓の開閉スイッチを押しこむ。その間にもじわじわと距離を詰める黒い粘液。

『まずい、追い付かれてる!?』

『クッ!? 急いで!』

 窓越しに並走しようとする粘液の怪物に、叫ぶルクス。それに追い立てられるように裕香を急がせるアム。

「うん!」

 開いた窓から風の吹きこむ中、裕香は急かされるままにアムの体を掴む。だがその一方で鎌首をもたげた粘液の帯が、開かれた入口から滑り込もうと躍りかかる。

『ユウカァッ!?』

「こ、のォ!?」

 今まさに車内へ跳びこまんとする粘液。それに裕香は掴んだアムを向ける。

『オオオッ!!』

 照準が合うや否や、アムの口から放たれる炎の吐息。それは粘液の侵入を真っ向から迎え撃つ。

「やったあッ!」

「アムちゃん凄い!」

 火の粉と共に風に流れる燃えカス。それに孝志郎と愛が喝采を上げる中、アムは煙を上げる口元を拭う。

『ま、代わりに防御術はからきしだけどさ』

 そう言って照れ笑いを浮かべるアム。

 だが安堵の空気に包まれるも束の間、背後の道に黒い粘液が津波の様に立ち上がる。

『なッ!? まだ来るよッ!?』

 塞がれた道に叫ぶルクス。

「前からもッ!?」

 その一方、前方へ向き直った愛も悲鳴にも似た声を上げる。それを確かめるべく前の道を覗けば、五本の粘液の塊が、まるで手を握ろうとする指の様に立ち上がってきている。

『ちっと、シャレになんないね……』

 アムはその前後の道を塞ぐものを見比べて、口元を引きつらせる。

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