吠える風、揺れる炎~その3~
アクセスしてくださっている皆様、いつもありがとうございます!
今回も拙作を楽しんで頂けましたら何よりです。
「オオオッ!?」
雄叫びと共に燃える杖を突き出すシャルロッテ。その鋭い突きをウィンダイナは右へ半歩ずれて回避。同時に輝く左手を開き、その前に空を握る右手を持っていく。
そこへ追いかけるように迫る横薙ぎの杖。だがウィンダイナは迫る炎の杖から目を外さず、握り手に収まるように生じた柄を握り込む。
「ライフゲイルッ!」
抜き打ち一閃。炎の杖を弾き逸らす翡翠色の光刃。
「ぬ!? ああッ!」
撥ね上がった杖の勢いに引かれながらも、左手から炎を放つシャルロッテ。
「遅いッ!」
しかしウィンダイナは振り上げた刃を返して縦一閃。放たれた炎を割り裂き、その隙間から蹴りを撃ち込む。
「ぐふぅ!?」
黒いボディスーツの胸を穿つ白銀の右足。シャルロッテはその重みに呻きながら、公園の外へ吹き飛ぶ。
宙を舞いながらも、空中で後ろ周りに回転するシャルロッテ。さらに民家の屋根を踏んで後ろへ跳ぶそれを追い、ウィンダイナは手首の返しで得物を回転させて跳躍する。
「キィイアッ!」
気合の声と共に空を裂くウィンダイナ。そして空中で杖を構え直すシャルロッテへ、大きく引いて構えた光刃を振るう。
「ぬ、うッ!?」
その鋭い一撃をシャルロッテは立てた杖で受け止める。激突と同時に火花が弾け、炎の杖に押し退けられるライフゲイル。
そしてシャルロッテは背中から赤い光を噴射。続いて右足をウィンダイナのあご目がけて蹴り上げる。だがウィンダイナはシャルロッテの蹴りに左手を乗せ、その勢いに合わせて腕の力で跳躍。黒い魔女の頭を眼下に跳び越える。
「セアッ!」
「なんとッ!?」
ウィンダイナは見上げてくるシャルロッテを逆立ちに見下ろしながら身を翻す。そして膝を曲げてくすんだ紺色の屋根を踏む。直後、光刃を薙ぎ払い迫る炎を切り払う。
「ハアッ!!」
立て続けに炎を放つシャルロッテ。ウィンダイナは迫るそれに手首を返して得物を回転。楕円形の壁を成した光の刃で炎を吹き散らす。
そして鋭く息を吸い込むと、左手へライフゲイルを持ち替え、それを指でバトンの様に回しながら足場にした屋根を右へ走る。
「クッ! おのれ!?」
追い立てるように迫る炎を、ライフゲイルの回転で作った光の盾で防ぎ走るウィンダイナ。そうして追い立てられるままに躊躇なく屋根の端へ向かう。
「キアッ!!」
そして屋根の端で体を返し、鋭い声をそれをかき消す様な踏切りと共に空へ躍り上がる。
「アアアアアアアアッ!!」
ウィンダイナは回転を止めたライフゲイルの柄を両手に握り直し、雄叫びを上げて左斜めへの振り下ろし、横一文字、左斜めへの振り上げと絶え間なく襲う炎を切り払う。そして切り上げた勢いのまま振りかぶり、跳躍の勢いを乗せた斬撃をシャルロッテの脳天目がけて見舞う。
「ぬぅッ!?」
辛うじて横倒しに構えた炎の杖で受け止めるシャルロッテ。だがウィンダイナの一撃は杖の防御もろともにシャルロッテの体を真下の屋根へ押し込む。
「ッ! アアッ!」
「ぬ、ぐぐぅ……ッ!?」
火花を散らす得物を絡ませ、屋根を足場に競り合うウィンダイナとシャルロッテ。
「いつもの力を感じない……そんなに力を鈍らせる迷いを抱えて、どうして戦うのッ!?」
シャルロッテを押し込みながら、得物越しに紅のバイザーを見据えるウィンダイナ。それをシャルロッテは下唇を噛んで堪える。
「どうしてッ!? 答えてッ!?」
押し黙るシャルロッテをさらに押し込みながら、重ねて問うウィンダイナ。
「我は! 迷ってなどいないッ!!」
上体を引き、膝を曲げた瞬間、雄叫びを上げて杖全体から炎を放つ。
その火炎にとっさに身を引くウィンダイナ。そして炎を纏ったまま迫る追撃の杖をライフゲイルで迎え撃つ。
続けて振るわれる切り返しの一撃、それもまた光刃で弾くとウィンダイナはシャルロッテと揃って屋根の上を走り出す。
「ごまかされないよ! 迷いは心の力を大きく落とす! 私相手にその違いを隠せると思ってるの!?」
「馬鹿なッ! 我は戦いを望んでいるのだ! 迷う筈などあるかぁッ!?」
言葉と共に右、左と斜めに杖をぶつけ合い切り結ぶ。続けて横薙ぎの光刃と縦の炎杖が激突。反動で跳ね返った得物を揃って振りかぶり、突き出された杖の石突を叩き伏せる。
交差する杖と杖から火花を散らしながら屋根の上を駆け抜ける。
「オオオッ!」
「アアアッ!」
雄叫びを上げて杖を弾き、その反動に乗って同時に離れる二人。
ウィンダイナは空中で後ろ周りに一回転。手近な屋根に着地。そしてすぐさまライフゲイルを振り上げ、頭上に迫る炎の杖を弾く。
「ウゥッ! アアッ!!」
上から圧し掛かる一撃を身をかがめながら堪え、全身を解き放たれたばねの様に伸ばし押し返す。
「チィ!」
舌打ちと共に身を翻し、牽制の火球を放つシャルロッテ。だがウィンダイナはそれを正面から真っ二つに切り裂き跳躍。
だが空を走るウィンダイナを、シャルロッテは赤い光の尾を引いて身を翻し回避。そのままウィンダイナの背後に回り、構えた杖を左手で撫でる。
「ウンゾベンネン・グリューヴュルムヒェンッ!!」
鋭い詠唱と共に放たれる八発のマジックミサイル。
「ハッ!」
ウィンダイナは背後から迫るそれを一瞥。翡翠色の文字列で出来た魔法陣を背後と左へ展開。左に生じた壁を蹴り砕き、頭を軸に空中で側転。空に残した魔力壁にぶつかり、爆ぜ広がる炎を後に空を舞う。
立ち込める爆煙を突き抜けて追いすがる火炎弾。それをウィンダイナは認めると、爪先の向かう先に魔法陣を展開。緑色に輝くそれを足場として、迫るミサイルを横薙ぎ一閃。眼前に広がる煙を跳び越える。
空中で前回りに一回転。足から屋根に降り立つ。そしてすぐさま身を切り返して横一閃。追尾していたマジックミサイルを切り裂き散らす。
風に炎が流れる中、空を滑り、ウィンダイナの背後へ回るシャルロッテ。だがウィンダイナは足場にした屋根からスピンジャンプ。背後からの薙ぎ払いを跳び越え避ける。
その勢いに乗せてウィンダイナは舞い降りながら牽制の回し蹴りを繰り出す。
「ヌウ!?」
横っ面に迫る蹴りに、とっさに身を引いたシャルロッテ。その隙にウィンダイナは同じ場所へ膝を曲げて着地。シャルロッテと真正面から対峙する形になる。
「えぇあッ!」
着地の直後、ウィンダイナの顔面目掛けて迫る燃える石突。その高熱を帯びた突きをウィンダイナはライフゲイルの刀身に滑らせて流す。
そうして杖をやり過ごすと、ウィンダイナは右足を前に出しながら立ち上がり、半身に構える。
「クッ!? やぁあ!」
シャルロッテは素早く杖を引き戻し、再度突きを繰り出す。だがウィンダイナはライフゲイルを握る右手首を切り返し、またも突きの軌道を光刃に滑らせて逸らす。そしてすぐさま、返す刀でライフゲイルを突き出す。
それにシャルロッテは息を呑み、光刃の切っ先から身を反らしつつ下がる。そして下がりながらも、合わせて引いた炎の杖をウィンダイナの足元へ突き出す。
追撃を防ごうとしての突き。それにウィンダイナは既に戻していたライフゲイルを切り返す。火花と共に弾き払い、間髪入れず反撃の突きを繰り出す。
鋭い突きはシャルロッテのこめかみから伸びる巻角の左のものを削り抉る。
シャルロッテは削れた角から白煙を上げながらまたも後ろに下がり、足場の屋根すれすれに低く構えた石突きを振り上げ、細かな突きと薙ぎの連撃を繰り出す。
火の粉を散らし、縦横無尽に迫る杖。そのことごとくをウィンダイナは僅かな手首のスナップで操る光刃で払い、流していく。そればかりか生じた隙に合わせて踏み込みつつ切っ先を突き出し、シャルロッテを屋根の端へと追い詰めていく。
「こんな鈍い突きしかできないで、迷ってないなんて強がらないで!」
言いながらウィンダイナは顔面狙いの突きを受け流し、カウンターでシャルロッテの右角を削る。
「ッ! 強がりなどでは、強がりなどではないッ!!」
ライフゲイルの突きに怯みながらも、反撃の突きを繰り出し、攻撃の手を緩めぬシャルロッテ。
「遅いよッ! そんな鈍い攻撃じゃ、迷いを曝け出すだけッ!!」
だがウィンダイナは光刃を握る手を切り返して燃える突きを捌く。
「迷ってなどいないッ!! この闘争こそが我が望みだッ!!」
シャルロッテの叫びに続き、杖から炎が爆ぜウィンダイナを襲う。
「グッ!?」
至近距離での爆発に、ウィンダイナは呻き声を零し吹き飛ぶ。しかし白煙の尾を引きながら空中で身を翻し制動。
「キィイアッ!!」
そのまま屋根の端へ両足を揃えて着地すると、一気に前方のシャルロッテ目掛け踏み込む。
「ぬぅあッ!?」
踏み込みの勢いに乗せて体ごとぶち当たる様に繰り出す斬撃。それをシャルロッテは辛うじて両手に構えた杖で受け止めたものの勢いに押し負けて屋根の端からウィンダイナもろともに落ちる。
「ぐぅッ!?」
背中から道路へ激突し、上からのしかかる重みに呻くシャルロッテ。しかし苦悶に唇をゆがめながらも足を突き上げ、巴投げの要領で得物ごと圧し掛かるウィンダイナを押し退ける。
投げ飛ばされ空を舞うウィンダイナ。だがそのまま投げの勢いに逆らわずに身を捩り、壁を蹴って跳ね返る。
「ッ! このッ!!」
ボールの様に跳ね戻る白銀の戦士。それにシャルロッテは起き上がりながら火炎の壁を張る。
「えぇやぁあ!!」
気合一閃。視界を遮る紅蓮の幕を飛び込み様に切り裂く。だが割れた業火の壁の先にシャルロッテの姿はなく、ウィンダイナはシャルロッテの居た場所に身を低くして着地。
その頭上から降る赤い光の粒。それにウィンダイナは息を呑み、得物を振り上げ顔を上げる。
光刃を受けて真っ二つに割れ、左右に逸れた火炎はそれぞれに爆ぜる。
更に降り注ぐ火炎を、左、右としなる光刃を振るって切り払い、地面を蹴って跳ぶウィンダイナ。
手首の返しで刃を回転。それで迎撃に降る火炎を弾き流しながらウィンダイナは飛翔。しかしシャルロッテはその軌道から赤い光の尾を引いて逃れる。
ウィンダイナは、靡く紅のマントを靡かせるそれの行く先を目で追いながら、跳躍の軌道のままに屋根へ降り立つ。そしてすぐさま左足を軸に身を翻し更に跳躍。距離を取ろうとするシャルロッテを追う。
繰り返し振り向きざまに腕を振るい、追跡wするウィンダイナへ火炎弾を放つシャルロッテ。前方から迫る輝く熱の塊のことごとくを正面から切り伏せながら、屋根、塀、壁を蹴り、あるいは走ってジグザグの軌道を描きシャルロッテの背中へ迫る。
真直ぐに飛翔するシャルロッテ。対する後続のウィンダイナはより長い距離を駆けているにも関わらず、その距離を一蹴りごとにじりじりと縮めて追い詰めていく。
「キィイァアッ!!」
シャルロッテの背中を射程内に捉えた瞬間、道としていた屋根を踏み切り跳ぶ。
「甘いッ!!」
だがシャルロッテは急速に赤い魔力光を逆噴射。ブレーキをかけてウィンダイナの跳躍軌道から身を逃がす。
「我が闘志の炎を受けよッ!!」
一瞬で位置が逆転。背後を取る形になったシャルロッテは杖を突き出し、ウィンダイナの背へ黒い火炎流を放つ。
だがウィンダイナは背中へ迫る熱に一瞥もせず、前方の電信柱へ向かい、身を丸めて空中で前転。両足を揃えて柱を踏むや否や、愛刀を突き出し身を捻りながら膝を伸ばす。
身を捩るままに螺旋を描き、ネジが木の板をこじ開ける様に黒炎を穿ち進むウィンダイナ。
「なあッ!?」
黒い炎を突き破る白銀の戦士。シャルロッテはその姿に声を上げ、とっさにその身を光輝く切っ先から逸らす。そこへウィンダイナはすれ違いざまに回転の勢いを加えた右の蹴りを叩きこむ。
「ぐッ! ウッ!?」
脇腹を撃つ衝撃に呻き、シャルロッテはその重みに押されるまま空を流れる。対してウィンダイナはその蹴りの反動に乗って逆側へ跳び、その先にあった民家の屋根へ着地。そしてすぐさまライフゲイルを振るい、右手から迫る火炎弾を切り裂く。
その火炎弾の出所。道路を挟んだ対岸の民家の塀の上で杖を構えるシャルロッテ。その姿をウィンダイナが認めるや否や、シャルロッテは歯噛みし火球を放ち駆け出す。ウィンダイナは迫る炎の塊を切り裂くと、シャルロッテに僅かに遅れる形で屋根の上を走りだす。
すぐにウィンダイナが追い付き、道路と言う川を挟んで並走する形となる白銀の戦士と黒い魔女。
「ハアッ!」
やがてシャルロッテはあと数歩で途切れる塀を踏み切り、それと同時に火炎弾を三連射。
対してウィンダイナは先頭を切って迫る一球を打ち返して跳躍。道路の上でぶつかり合い弾ける炎。その爆音と光を後に、電信柱の頂点を立て続けに踏み跳んで次の屋根へ跳ぶ。
足場を跳び移る間にも襲いかかる火炎弾の連射。その内、真直ぐに迫る火炎を切り捨てていくウィンダイナ。そして着地の瞬間を狙い迫る火球を打ち返しつつ駆け出す。
「セェアッ!」
「チィッ」
戻ってくる火炎弾を、舌打ちと共に左手で受け止めるシャルロッテ。それを握りつぶしながら、さらに炎を走るウィンダイナ目がけて撃ち出す。
その間にもウィンダイナは光刃をしならせて火炎弾を迎撃。打ち返して後続の火球にぶつけて砕く。
両者の間で連なり爆ぜる炎。その紅蓮の輝きを挟みながら、ウィンダイナとシャルロッテは時を揃えて跳ぶ。両者は熱の塊を跳び越えて、それぞれの杖を交差。火花を散らして切り結びながら二人はすれ違い、そのままコースを入れ替える。
同時にそれぞれの足場となる民家の屋根を踏み、二人は駆け出す。そして勢いづいた所で両者はまたも同時に跳躍、再び光の刃と炎の杖で切り結び、すれ違う。
さらに両者揃って着地と同時に跳躍。またも互いの得物を交差させてコースを入れ替える。
「イィヤァアアアアッ!!」
「ハァァアアアアアッ!!」
そこからウィンダイナは白銀の装甲の煌きを残し、シャルロッテは赤い魔力の残滓を振りまきながら、杖の交差を繰り返して軌跡を編み上げていく。
火花弾ける激突を繰り返しながら、戦いの始まった公園へと向かう両者。
「エェヤアッ!」
「オオオッ!」
そして鋭い雄叫びと共に、両者揃って道の切れ目を前に踏み切り、それぞれに振りかぶった得物をかち合わせる。
火花を散らし拮抗する光刃と炎杖。そのままぶつけ合った得物を押し込むように身を乗り出す。
「キアッ!」
「ハアッ!」
互いにバイザー越しに睨みあい、競り合わせた得物を引くウィンダイナとシャルロッテ。そしてウィンダイナは、シャルロッテの振り戻してきた炎の杖を左へ切り払い、すぐさま右へ切り返して迫る石突の側を刃で弾く。
さらに続けて脳天への振り下ろしを寝かせた刃を振り上げて受け止め、撃ち出した膝蹴りをぶつけ合う。
そしてウィンダイナは刃を振り上げて燃える杖を押し返し、その流れのままお互いに振りかぶった杖をぶつけ重ねる。
そうして一塊となったまま、公園の敷地へ突っ込む両者。
戦いを見守るルクス、孝志郎、愛たち三人の傍を通り抜けて、二人は地面へ激突。巻き起こる砂煙の中で分離し、地面を転がりその勢いを利用して立ち上がる。
「裕ねえ! シャル様!」
『ユウカッ!?』
「二人とも、大丈夫!?」
砂煙の散る中、口々に叫び駆け寄ろうとする仲間たち。
「来てはダメッ!!」
それをウィンダイナは鋭い声と翳した左手で制する。制止の指示に従って足を止めた三人。その姿を、ウィンダイナはヒロイックな仮面に覆われた顔を向けて確かめると、前方のシャルロッテへライフゲイルを構えて向き直る。
「フン……随分と余裕ではないか」
炎を散らして杖を振るい、一歩前へ進み出るシャルロッテ。それにウィンダイナはライフゲイルを突き出し構えたまま、仲間たちから距離をとる様に右へじりじりと横歩きに進んでいく。
「いおりさんならこの隙に仕掛けてくることはないし、みんなを好き好んで襲うはずはないから……」
ウィンダイナの確信を込めた言葉に、シャルロッテは杖を横へ振るい、口の端を吊り上げる。
「クク……敵相手に随分と気を許したものよ」
自嘲気味な笑みを交えて言うシャルロッテ。それにウィンダイナは手首を切り返してライフゲイルを回転。右半身を引き、顔の横から刃を視線に添えた形に構える。
「何度も戦ってきた貴女だからこそよ。例えどちらの姿でも、どんな姿であっても、あなたの心があるなら、この信頼は変わらない」
その言葉に対して、シャルロッテは唇を笑みの形に歪めたまま長い髪を揺らして頭を振る。
「ぬるい事を……そのぬるい考えが命取りになるぞ?」
「ぬるいなんて、いおりさんには言われたくないよ。こんな迷いを抱えた、負けたがってるみたいな戦いをしておいて……!」
「な、んだと……!?」
苛立ちを滲ませたウィンダイナの低く抑えた声。それにシャルロッテはピクリと肩を震わせて聞き返す。
「迷ってないと言い張って! 迷いを隠しきれずに戦いをつづけるいおりさんの方が、よっぽどぬるいよッ!!」
前に出した左手を固く握り、吠えるウィンダイナ。それにシャルロッテは歯を剥き、髪をぶわりと逆立たせる。
「言ってくれたなぁッ!?」
激昂のままに叫ぶシャルロッテ。その咆哮に続き、黄金の装甲に包まれた足元から黒い炎が渦巻く。
「そんな、二人とも!?」
駆け寄ろうと身構える愛。だがそれをウィンダイナは目の前で怒り猛るシャルロッテから目を外さず、無言のまま左手で制する。
その一方でシャルロッテは右手の杖を高く掲げる。それに伴い、穂先にある飾りへ巻き起こった黒炎が集い、球を成す。
「この炎を受けても、まだぬるいなどと抜かせるかッ!!」
叫ぶシャルロッテの頭上で毛糸玉を作る様に固まる炎。ウィンダイナは周囲の空気を揺らめかせる熱の塊を見据えながら、構えを解いて大の字を描く様にシャルロッテへ対峙する。
「やってみればいい! そんな迷いだらけのぬるい炎が、私に通じると思うならッ!!」
「な、に……ッ!?」
さらに右手のライフゲイルを風の中に散らし、無防備な姿勢を晒すウィンダイナ。そうしてあえて身を晒して煽る姿に、シャルロッテは戸惑い息を呑む。
「どうしたのッ!? 撃てばいい! 迷っていないというのならッ!?」
ウィンダイナはそう叫びながら、両腕を広げたまま一歩踏み込む。それにシャルロッテは歯噛みし、杖を握る手に力を込める。そこへウィンダイナは更に一歩踏み込む。
「さあッ!?」
「うぅ……あぁああああああああッ!?」
強い語調でさらに促すウィンダイナに、シャルロッテは叫びながら杖を振り下ろし、黒い炎の塊を放つ。
ウィンダイナへ真っ直ぐに降り、白銀の装甲に覆われた巨躯を呑みこむ黒い炎。着弾に続いてそれは球形を失い、その内に捉えたものを中心に渦を巻いて柱となる。
「ど、どうだ、宿敵よッ!? これでもまだ我が炎がぬるいと言うかッ!? 迷いを含んだ半端ものと言うかッ!?」
天を貫き焦がさんばかりに伸びる黒炎を前に、叫び問うシャルロッテ。
それに続いて、ルクスの張った防御結界の内側で愛が黒い炎の柱、その内側に呑まれたウィンダイナに目を向ける。
「ゆ、裕香さんッ!?」
炎に巻かれた友達の名を呼ぶ愛。それにシャルロッテは目を向け、黒いルージュを引いた唇を吊り上げる。
「ク、クク……案ずることはない。我が宿敵ならば死ぬことはあるまい。もっとも、ただでは済まぬだろうがな……?」
「大室さん……」
微かに頬を強張らせ、笑みを引きつらせるシャルロッテに、愛はその正体である友人の名を呟く。
「それはどうかな、な? ルクス?」
『そうだね、コウシロー』
愛の半歩後ろで、特に慌てた様子も見せずに顔を見合わせる孝志郎とルクス。
「クク、何を言っている。いかに我が宿敵と言えど、ただで済むはずがあるまい? これを受けてはいかに甘い事を抜かすあいつと言えど、本気を出さざるを……」
そう言って、シャルロッテは己の放った炎の柱に目を向ける。だがその黒い炎を見た瞬間、シャルロッテの唇が半開きで固まる。
炎の流れが乱れ、苦しみ悶える蛇のように荒れ狂う炎の柱。
「……ィィイヤアアアアアアアアアアアッ!!」
そして黒い炎の蛇を腹の内側から破裂させ、姿を現すウィンダイナ。その白銀の装甲は焦げ痕を残し、煙を上げてこそいるものの、地面をしっかりと踏んで体を支える逞しい足からは、まったくダメージが見えない。
肩を一度上下させ、深く息を吸い込み、吐くウィンダイナ。そして僅かに焦げたシールドバイザー奥の双眸を輝かせ、シャルロッテへ一歩踏み出す。
「ば、馬鹿な……」
「どうしたの? 本気で戦いを望んでこの程度なの?」
ウィンダイナは静かな声で問いかけながら、さらに一歩、驚き戸惑うシャルロッテへ近づく。
「ッ!? 黙れェッ!!」
歩み迫るウィンダイナへ火球を放つシャルロッテ。だがその炎はウィンダイナの肩の装甲にぶつかり弾け散る。そしてウィンダイナはその衝撃に肩を押されながらも、構わずに歩を進める。
「これならばッ!!」
そんなウィンダイナの姿にシャルロッテは息を呑み、突き出した左手から火球を連射。しかしウィンダイナは撃ち込まれ続ける炎のことごとくを装甲に当たるに任せ、舞い散る火の粉を後ろに流して歩き続ける。
「ぬるいッ! こんな躊躇いながらの炎で、私を焼けるものかッ!!」
叫び、大きく一歩踏み出すウィンダイナ。それに気圧される様にシャルロッテは左足を後ろに引く。そして下唇を噛み締めると、足を引いたまま左腕を大きく引き、右手の杖をウィンダイナへ向ける。
「こ、のォッ!!」
そして弓を引く様に引いた左手に灯した黒い炎を、怒りの声に乗せて押し出す様に放つ。
津波の様な黒い火炎流。それはウィンダイナを呑みこみ、その身を押し流す。そうしてその先にあった滑り台へ叩きつける。
「グッ!?」
滑り台に張りつけられ、呻くウィンダイナ。そして融け歪んだ遊具に体を沈ませながらも顔を上げる。するとそこには、紅のマントを靡かせて杖を掲げ、その穂先に八つの火球を踊らせたシャルロッテが立つ。
「ならばッ!! 我が全霊の一撃! 受けて見るがいいッ!!」
シャルロッテは叫び、穂先に八つの火球の舞う杖を振り下ろす。
「ライフゲイルッ!!」
刹那、遊具から体をはがし、左手から居合の要領で抜いたライフゲイルを投げ放つウィンダイナ。そしてまっすぐに空を横切る得物から一瞬遅れで駆け出す。
「な、あッ!?」
ライフゲイルの投擲が炎の杖を直撃。激突に続き、二つの杖は一際大きな火花を散らして離れる。
シャルロッテが怯んだ隙に、ウィンダイナは踏み込みで生じた風と音を置き去りに、間合いを瞬く間に詰めて肉薄する。
「は!?」
「キイィア!」
動きを切り替える事も出来ず驚きの声を漏らすシャルロッテ。その弾かれ上がった杖へ、ウィンダイナは立て続けに踏み込みざまの右蹴りで蹴り上げる。
「ぐ!? しまったッ!?」
立て続けの連撃に手から離れ、宙を舞う炎の杖。シャルロッテはそれを追い、弾かれたままに手を伸ばす。だが蹴りの勢いのままにその脇をすり抜けたウィンダイナがそれを許さず、杖との間に割り込む。
「おのれェッ!!」
「キィアッ!!」
シャルロッテは魔力光を振りまきながら身を捩り、行く手をこじ開けようと放った火炎がウィンダイナを襲う。だがウィンダイナはその炎へ自ら踏み込み、右の拳で突き破る。
しかし炎を破った拳は、シャルロッテが盾にした右腕にぶつかり止まる。そしてすかさず繰り出される黄金の装甲を纏った右の蹴りを、左腕を立てて受け止める。
「エェア!」
「はあ!」
両腕を振るいシャルロッテの手足を振りほどくウィンダイナ。それに両者の間を遮る炎が裂け、その向こうから伸びる金色の爪があらわになる。
ウィンダイナは鋭い呼気と共に、迫る爪の切っ先を右腕の装甲に滑らせて捌き、反撃の左拳を繰り出す。が、シャルロッテはそれを身を屈めて潜り、下から右拳をアッパー気味に突き上げる。その拳をウィンダイナは素早く割り込ませた右掌で受け止め、その間から空気の破裂する音が鳴り響く。
火の粉を散らしながら交錯する攻防。その間にも空を待った二本の杖はそれぞれに重力に引かれて地面を目指す。
そしてシャルロッテは割れた空気の残響が残る間に、地面すれすれの蹴りを繰り出す。足を刈ろうとする蹴りをウィンダイナは右足の裏で蹴り止め押し返すと、そのまま右足を切り返してしなるそれをシャルロッテの体へ向ける。
「ハッ!」
だがシャルロッテは深く沈めた体から一気に魔力光を噴出。シャルロッテの瞬く間の飛翔に白銀の蹴りは空を裂く。
ウィンダイナは頭上を跳び越えるシャルロッテの軌道を顔を上げて追いながら、蹴りの勢いのままターン。
その視線の見据える先で、空を舞う炎の杖を取るシャルロッテ。そしてまたウィンダイナも、真上から落ちてきたライフゲイルを手に取る。
そして着地するシャルロッテと同時に、ウィンダイナは手首を返して刃を回転。杖を構え直すシャルロッテ目掛けて踏み込む。
「キィイアアアアッ!!」
「はぁあああああッ!!」
互いに必殺の杖を構える両者。その距離が縮む間に、炎の杖の周囲を飛び交う八つの火の玉が魔法陣を描き、輝く。
「受けて見よッ!!」
その声と共に更に強さを増す紅の光。だがウィンダイナはさらに強く地面を蹴り加速。刹那の迷いもなく真直ぐにシャルロッテへ突っ込む。
「キィイアァアアアアアアアッ!!」
踏み込みの勢いのまま、裂帛の気合と共に放たれる光刃。その切っ先は寸分違わずに魔法陣の中心。炎の杖の穂先を捉える。
「なんとぉッ!?」
「エェイヤアアアアアアッ!?」
激突する切っ先と穂先。反発から暴風と業火を周囲へまき散らしながらも、二つの杖は決して怯まぬ持ち手の意志に従い、先端をぶつけ合ったまま離れようとしない。
やがて軋む様な音と共に、亀裂の走る炎の杖。同時に、ウィンダイナの握るライフゲイルの柄も罅が入る。
それぞれの杖に走る内側から光輝く亀裂は、みるみる内に杖全体へと広がり駆け抜ける。そして互いの杖が揃って膨らみ光ったかと思いきや、爆音を轟かせた光が二人を吹き飛ばす。
「くうッ!?」
「うぅあッ!?」
爆発に弾かれたままに背中から地面にぶつかる二人。だが両者揃って後ろ周りに体勢を整えると、右手と両足で地面を削りながらブレーキをかける。
公園を深々と抉るクレーターを挟んで立ち上がり、向かい合う両者。その片割れであるシャルロッテはわなわなと震える右手に目を落とす。
「まさか、我が杖ザータン・フォイアーが砕けるとは……」
右手を見つめたシャルロッテの呆然とした呟き。ウィンダイナはそれに対して、右拳を腰だめにして左掌を前に翳して身構える。
「どうしたの? やっぱり、杖を無くした程度で止められる戦いだったの?」
腰を落とし、静かな声で問いかけるウィンダイナ。それにシャルロッテは紅のマントを払い、右拳を前に左手を引いて構える。
「戯言を! この程度で止められるはずが無かろうがッ!!」




