吠える風、揺れる炎~その2~
アクセスしてくださっている皆様、いつもありがとうございます。
今回もまた拙作が皆様の一時の楽しみとなれば幸いです。
ヒーローグッズの並ぶ裕香の部屋。その一角を埋めるベッドの上に裕香は腰を下ろしている。その右隣には翼を畳んだルクスが前足を揃えて座り、その逆側には孝志郎が腰掛ける。
シャルロッテに見逃された後、愛を家に送り届けた裕香は、孝志郎と共に帰宅。ベッドの上で俯きがちになりながら、パンタシア、そしてシャルロッテに痛めつけられた体を休めていた。
「……いおりさん」
腿に肘を乗せ、組み合わせた手の上に額を乗せる形で体を折り畳む裕香。戦いによる決着に固執する友の名を呟き、深い溜息を吐く裕香の左肩に、孝志郎はそっと手を乗せる。
「シャル様と戦わなくちゃならない、それで裕ねえは悩んでたんだね」
「うん……黙ってて、ごめんね」
柔らかな声音で尋ねる孝志郎。それに裕香は額を握り手につけたまま、あごを引いて頷き答える。それに孝志郎は首を左右に振る。
「そんな!? 裕ねえは悪くないよ! 同じ様な状態で俺だったら何も話せないよ!」
孝志郎からのフォローの言葉。それに裕香は組んだ手から頭を上げ、左手の幼馴染みへ力弱い頬笑みを向ける。
「ありがとう、孝くん」
「いいんだ。気にしないで」
頭を降って微笑を返す孝志郎。それに裕香は笑みを深める。
『過ぎたことだし、気に病まないでよ。ただし、次はちゃんとボクとコウシローには話してよ?』
そこで今まで黙っていたルクスから声が上がる。それに裕香は顔を向けて、微笑みのまま頷く。
「うん。約束するよ。ルーくんも、ありがとう」
その裕香の言葉にルクスは満足げに頷く。そして改めて裕香を見やり、その細長く尖った口を開く。
『それで、どうするの? シャルロッテ……イオリはどうしても戦うつもりみたいだけど』
問いかけるパートナーに、顔を正面に戻して俯く裕香。
「うん……私はどうしても、いおりさんと戦いたくはないんだけれど……」
俯き、垂れた長い前髪の奥で眉を顰める裕香。するとその左隣りに座る孝志郎が裕香の体を避けて、ルクスを覗きこむ。
「なあルクス。ちょっと気になった事があるんだけど、いいか?」
『うん? 何? ボクが分かる事なら答えるよ』
尋ねる孝志郎に釣られる様に、裕香もルクスの居る右を見る。それに続いて、孝志郎は一つ頷いてルクスへの質問を切りだす。
「俺達みたいにパンタシアに乗っ取られてた場合だと、杖で浄化されたらパンタシアだけが吹き飛ぶけど、裕ねえたちみたいなの同士が杖の直撃を受けたらどうなっちゃうんだ?」
「そう、よね。どうなるの、ルーくん?」
『ああ、そうか。それは気になるよね』
二人から向けられた視線に、ルクスは座ったまま首を縦に振り、一度背中の翼を伸ばす。
『例えばユウカがシャルロッテの杖の技を受けてしまった場合、ボクらの契約は強制破棄されてユウカは二度とパンタシアと契約する事が出来なくなる』
「え……強制、破棄?」
呆けた声で問う裕香に頷くルクス。
『うん。そもそも杖を使用した浄化魔法はパンタシアと契約者の繋がりを破壊して、融合した幻想種もろとも抹消するものだからね。もしユウカが直撃を受けても、過剰な力を加えられない限り、ユウカの方は、一応今まで見てきた結果とそう変わらないよ』
「裕ねえの方は? って言うと、お前の方には何かあるのか?」
ルクスの言葉の端を聞き留めて、尋ねる孝志郎。それに倣って裕香もルクスへ前髪の隙間からのぞく目で問いかける。するとルクスは小さく頷いて口を開く。
『うん……コウシローの言うとおり、そうなったらボクはただじゃすまないね。契約で出来た繋がりを破壊された時のエネルギーで、まず消し飛ぶだろうね。運が良くても幻想界に強制送還かな』
「じゃあ!? もし私達がライフゲイルとかを使って倒したり、倒されたりしたら……」
慌てて身を乗り出す裕香。それにルクスは神妙な顔で頷く。
『ボクかアムは死ぬか、少なくともこの世界からはじき出される事になるだろうね』
「そんな、死ぬって……」
ルクスの予想を聞いて、目を伏せる孝志郎。それにルクスは口の端を柔らかく持ち上げる。
『そんな顔しないでよ、コウシロー。ボクはこっちに来る前に、討たれる覚悟は決めてるから。でも、心配してくれてありがとう』
「そりゃ心配ぐらいするさ。俺達は二人とも裕ねえのパートナーなんだからさ」
孝志郎からのその言葉に、ルクスは笑みを深めて頷くと、目線をずらして裕香の顔を見る。
『ユウカ、いくらイオリと戦いたくないって言っても、イオリは明日には戦いで決着をつけるつもりだよ。その前に覚悟は決めておいた方がいいよ』
「そう、だね……でも、私には……」
ルクスのその言葉に、裕香は目を伏せて唇をかみしめる。そんな裕香の様子に、ルクスは軽くため息を吐いて重ねて言葉を開く。
『ユウカが実際にどういう形で向かい合うにせよ、今のままじゃ絶対に危ないから。それはボクもコウシローも、メグミも心配してる。それに、イオリも望んではいないと思う』
「それは俺もルクスと同じだよ。裕ねえの事は心配だし……でも、だからこそ裕ねえが思う様に、納得出来た道を行けばいいと思う」
そんなルクスと孝志郎の言葉に、裕香は左右の二人を交互に見やり微笑む。
「うん。心配かけてゴメンね、孝くん、ルーくん」
そうして裕香は孝志郎の両肩に手を回して抱く。
「ありがとう、孝くん。昔、ヒーローの事で迷った時も同じように元気づけてくれたよね。いつも、ありがとう」
「うん。裕ねえが迷った時は、俺がいつでも力になるから」
裕香の腕の中で照れたように頬を染め、頷く孝志郎。そんな幼馴染みを抱く腕を裕香はまた一層に狭める。そんな二人の姿をルクスは笑みを深めて眺める。
※ ※ ※
一夜明けて翌日。放課後の山端中学校。
裕香と愛は同じように帰路につく生徒たちに混じって、校門を抜け出る。
二人はそのまま、下校する生徒たちの流れに乗って歩を進めていく。その内に二人を包むように歩いていた生徒たちは次第にその数を減らしてまばらになっていく。
「ねえ、裕香さん。いおりさんのところに、行くの?」
やがて一番近くを歩く生徒とも五歩程度の距離が開けたところで、愛がおずおずと切り出す。
それに裕香は小さくあごを引いて首肯する。
「うん。いおりさんがどうしてあんなにこだわるのかは分からないし、どうしたらいいのかも分からないけど、それでも、行かなくちゃきっと後悔するから」
「そう、なんだ」
裕香の言葉を聞き、沈んだ声を零して俯く愛。そうして並び歩きながら、裕香はそんな友達を横目で窺う。
「ねえ、愛さん。一つ訊いていい?」
「うん? 何?」
首を傾げ、聞き返す愛。それに裕香は小さくあごを引き、軽く息を吸ってから話を切り出す。
「いおりさんが、その、幻想種を愛さん達に契約させてたことは、どう思ってる?」
裕香が恐る恐ると、探る様な調子で尋ねる。それに愛は小さく頷き口を開く。
「あ、うん。そのことね。確かに驚いたけど、私はあの子との契約そのものはそんなに気にしてないよ」
「そうなの?」
愛の答えに目を瞬かせて覗きこむ裕香。それに愛は微笑みながら頷く。
「うん。あの事がきっかけでアーノルドと出会えて、暴走を止めてくれた裕香さんとも親しくなれたわけでしょ? だから大室さんは、私にとってはダニーの事から立ち直るきっかけをくれた人だから、今は、むしろお礼を言いたいくらいかな」
「そうなんだ。凄いね愛さん」
「そんな事ないよ。お父さんがいつも言ってる事の受け売りだから。逆に考えるんだ、って」
俯く裕香に笑みのまま頭を振る愛。
そんな愛に裕香は俯いたまま唇を自嘲気味に歪める。
「それでも、そんな風に考えられるって羨ましいよ。私は戦わなきゃ、でも嫌だ、なんて自分のことばかりで……」
小さく頭を振り、呟く裕香。それを見て愛はため息混じりに軽く肩をすくめる。
「私は、いつも二人の事を、羨ましいって思ってたんだけどな」
「え?」
愛の言葉に足を止め、弾かれたように顔を上げる裕香。その長い前髪の隙間から覗く目の先で、愛は振り返り、再び肩を竦めてみせる。
「裕香さんと大室さん。いつもまるで相手が何を考えてるか分かってるみたいに息が合ってて、ホントに心から通じ合ってる感じがして、私、いつも羨ましいって思ってたんだから。正直な話、私は裕香さんを取られた、くらいに思ってたんだからね?」
そう言って軽く首を傾げる愛。それに裕香は視線を左右に泳がせて、とっさに頭を下げる。
「え、えと、ご、ゴメンね!? そんな、愛さんをほったらかしにしてたつもりはなくて!」
慌てて謝る裕香。それに愛は笑みを溢して首を横に振る。
「いいのいいの。私にとっては、二人とも大好きな友達なんだから。だからむしろ、また仲のいいコンビに戻って欲しいな」
愛はそう言葉を締めくくると、笑みを深めて首を傾げる。だが裕香はその表情を曇らせてまたも俯く。
「でも、私たちはそもそも趣味が通じてるってだけで、私、いおりさんが何を考えてるかも全然分からないし……」
顔を前髪の奥に隠して沈む裕香。愛はそんな裕香に歩み寄ると、腕を上げて肩に手を乗せる。
「え?」
肩に乗った感触に、裕香は戸惑いながら、見上げてくる愛と目を合わせる。すると愛は裕香の肩に手を置いたまま口を開く。
「そんなの当たり前だよ。相手が何考えてるのかなんて、わかるわけ無いんだから」
「え? でも、愛さんさっき」
瞬きを繰り返し、戸惑うままに愛と向かい合う裕香。だが愛はお構い無しに、立て続けに言葉を投げ掛ける。
「上手く息や気持ちが噛み合う相手だからって、全部分かるかって言うのとは別問題でしょ? 裕香さんも大室さんも、お互いに息が合うって感覚に頼りすぎだったんじゃない?」
愛の指摘を受けて、目を見開く裕香。そこへ愛は勢いを緩めずに言葉を続ける。
「お互いにちゃんと向き合って気持ちをぶつけ合わなきゃ! 大丈夫! あれだけ通じ合えてた二人なら、分かり合えるから!」
裕香の肩に乗せた手を弾ませて、鼻息も荒く言い切る愛。そんな友達の顔を見て、裕香は溢れ出るままに笑みを浮かべて頷く。
「ありがとう、愛さん」
「うんうん。やっぱり裕香さんは塞ぎこんだ顔よりその方がいいよ!」
そう言って愛は笑みを深め、繰り返し裕香の肩に乗せた手を上下させる。
「裕ねえ! 三谷の姉ちゃん!」
そこへ不意にかかった声に愛が振り返り、裕香は顔を上げて愛の頭の上からその声の主を窺う。
「孝くん!」
裕香が名を呼ぶ中、ランドセルを背負った孝志郎が二人へ駆け寄る。
「どうしたの、こんなとこまで?」
愛の前に出て、息を弾ませて駆けてくる幼馴染みを迎える裕香。孝志郎はその目の前で立ち止まると、両膝に手を突いて息を整える。
「はあっ、はあっ、さっき、帰ってる途中でシャル様に会ったんだ!」
「え、いおりさんに!?」
目を剥く裕香に、孝志郎は喘ぐ息を整えながら頷く。
「……うん! 今日は、必ず決着を付けるから、迷いは捨てて来い、って。でないと……」
「でないと?」
度々呼吸で息をつまらせながら、いおりからの伝言を伝える孝志郎。それに裕香と愛は声を揃えて続きを促す。
「……抵抗しなくても容赦は出来ない。一方的に裕ねえを、倒すことになる、って」
大きく息を吸い込み、伝言の全文を伝える孝志郎。そうしてもう一度深く息を吸い、呼吸を整える孝志郎を前に、裕香はその長い前髪の先を右手で弄ぶ。
「裕香さん」
目を伏せ、無言で前髪を触り続ける裕香。愛はその左隣りに出て、顔を見上げる。
「お互いに向き合って、気持ちをぶつける……いおりさんの願い、望み……」
伏し目がちなまま、低い声音で呟く裕香。
愛はその横顔から目を逸らし、眉根を寄せて考え込むように俯く。
そんな二人を前に、孝志郎は深呼吸を繰り返しながら体を起こす。
「シャル様が思うとおり、思いっきり本気のケンカして見たらどうかな? うらみっこなしってことでさ」
「もう、孝志郎くん。今時そんなのマンガでも見ないよ?」
孝志郎の提案に呆れ交じりに肩をすくめる愛。それに孝志郎は唇を尖らせ首を捻る。
「えぇ……いい案だと思ったんだけどなぁ」
心底不思議そうに眉を寄せる孝志郎に、笑みを零す愛。だが裕香は右手を前髪から放して顔を上げる。
「……ううん。孝くんの言うとおりかもしれない」
「えぇっ!?」
裕香の口から出た言葉に、愛はその大きな目を見開いて驚きを露わにする。そして孝志郎もまたそれにつられる様に裕香の顔を見る。
「戦うんじゃなく、ケンカ……うん! いおりさんと、文字通りぶつかり合わないといけないかも知れない!」
そうして裕香は真直ぐに正面を見据え、右手に作った拳を左手にぶつける。
「裕ねえ!」
「裕香さん……」
乾いた音を響かせた裕香を見て、顔を明るくほころばせる孝志郎。それに対して、愛は心配そうに裕香を窺う。
そんな対照的な二人に、裕香は孝志郎、愛の順で視線を送り、微笑み頷く。
※ ※ ※
くろがね市北区の一角にある公園。
お椀を逆さにしたような柔らかな弧を描く小山に、砂の波打つ砂場。そして大人の背丈程度の滑り台に、赤い柱に支えられたブランコ。
それらの遊具の中、ブランコの一つに座る人影。子ども向けの遊具には不釣り合いな、黒いワンピースに包まれたスラリとした体躯。ブランコを吊るす鎖を握る両手の内、左手のみを包む黒い手袋。その頭からは、真直ぐで艶やかな長い黒髪が項垂れたままに垂れ下がっている。
「ここで友情を感じた時は、こんなことになるとは夢にも思わなんだな」
揺れるブランコに身を預けた黒い少女いおりは、俯いたまま呟き、口の端を歪める。そして自嘲気味に表情を歪めたまま、いおりは軽く地面を蹴り、ブランコを揺らす。
「ククッ、半身の事があったとはいえ、戦いを拒んだ裕香を襲った我が友情か……下らぬ冗談よな」
鎖を軋ませて前後に揺れるブランコ。いおりはそれに揺られながら、自分自身を鼻で笑い飛ばす。
そうして小さく振り子軌道を繰り返すブランコの上で、いおりは長い黒髪をかき分けて、左の手を左耳へ持っていく。そしてそこにある契約のイヤリングを摘まみ、指先で弄ぶ。
「アムとの交信は絶たれているが、繋がりは確かに感じる。アムがまだ無事な事は確かなようだ」
いおりは耳から下がる契約の法具を介してアムの安否を確かめる。そうしてイヤリングを触りながら、顔を険しく顰める。
「……我が孤独を埋めてくれた半身にして初めての友……必ず奴の手から取り返して見せる! 例えこの身が果てようとも」
いおりは低い声で呟いて、自身のノードゥスを握り締める。そして再び地面を蹴ってブランコに勢いを乗せると、握った手をほどいて、口の端を吊り上げ緩める。
「ククク……いっそ、砕かれ果ててしまった方が、我には都合が良いかもしれぬな……」
俯いたまま自身を嘲り笑ういおり。そのまま歪めた唇から言葉を続ける。
「三谷らに我のしてきたことを知られたこと、そして裕香の想いを裏切り傷つけたこと、それらを背負って生き続けるなど……我には、恐ろしくてたまらない」
そう言っていおりは嘲り笑いの顔のまま頭を振る。
「ククッ、とんだ臆病者よな……思いのままに、流されるままに動き、そのツケの恐ろしさから逃げるために、またさらに裕香の心身を傷つけようとしている……」
揺れるブランコの上で徐々に声の調子を落としていくいおり。そして両足で抉れ削れた地面を削り、揺れにブレーキをかける。そして両手で作った仮面に顔を埋める。
「私だって本当は、裕香と戦いたくなんか、ないッ!! 裕香たちを失いたくなんか無かったッ!! でも、アムを失うのも絶対に嫌!!」
掌の仮面の奥で、声を上げて嘆きながら、長い髪を振り乱して頭を振るいおり。やがて肩を震わせながらその動きを止めると、両手を顔から外し、大きく背筋を反らして天を仰ぎ見る。
「どういう結果になっても、私、裕香たちの前から姿を消そう……それ以外に私が償う方法なんて……」
赤い骨組みを見上げての言葉は、さあっと吹いた風に流されて散る。
そしていおりは目元を左手で荒っぽく拭うと、ブランコを蹴るようにして立ち上がる。
その見つめる先には公園へ歩み寄る裕香たち三人の姿があった。
※ ※ ※
「いおりさん」
正面の公園で待ち受ける黒い少女の姿に、裕香はその名前を口にする。
そしてブランコを背に立ちつくすいおりを見据えながら、孝志郎と愛を引きつれて歩を進める。
徐々に狭まる両者の距離。
その間に公園の中のいおりは、赤い光を灯した左手の指を空に走らせ、文字を描く。その赤く輝く文字列が空へ溶けると同時に、熱を帯びた風が裕香たちの頬を撫でて後ろへ流れる。
「う……」
「これは、結界?」
背後へ流れる異様な熱風に、顔を逸らす愛と孝志郎。裕香はそんな両脇の二人へ交互に顔を向ける。
「孝くんも愛さんも、危ないから少し離れていた方がいいんじゃない?」
心配そうな裕香の言葉に、孝志郎と愛は揃って笑みを浮かべて、裕香の顔を見上げる。
「私の事は気にしないで、力が無くたって、友達の事は見届けたいもの」
「そうだよ。俺は、俺たちは裕ねえの味方として、離れず見守ってるから!」
帰るつもりはないと目で訴える愛と孝志郎。そんな二人の姿に裕香は小さくあごを引いて頷き、右手を上げて相棒を呼び出す。
「ルーくんお願い。二人を守っていて」
『分かった。任せてよ』
ルクスはそう言って契約の指輪から飛び出した勢いのまま宙返り、三人の頭上に羽ばたき浮かぶ。その姿を見上げていた裕香は、再度両脇の孝志郎と愛に笑みを向ける。
「ありがとう、孝くん。愛さん」
そう言って裕香は公園の入口を踏み越えた所で立ち止まり、公園の中にいるいおりと対峙する。
「よくぞ来た、裕香。我が宿敵よ」
左手で長い黒髪を掻き上げ、裕香の到着を迎えるいおり。それに裕香はルクスに守られた孝志郎と愛から一歩前に踏み出す。
「ええ、いおりさん」
小さく首肯し、いおりを見据える裕香。それにいおりは左耳のイヤリングに触れながら、一歩前に進み出る。
「ククク……その様子ならば、どうやら覚悟は決めてきたようだな」
イヤリングに手をやりながら、いおりは含み笑いを零す。そんないおりに裕香はまた一歩踏み出し歩み寄る。
「もう一度だけ確認させて……どうしても、戦わなくてはいけないの?」
「ッ! ふ抜けた事をまだ言うかッ!? 我等には最早戦うほか道はないッ!」
裕香の問いに、いおりは言葉を詰まらせるが、すぐさま右腕を振るって声を張り上げる。
「そう……」
そんないおりの言葉に、裕香は一度目を伏せる。しかし、拳を握って顔を上げると、足を肩幅に腰を落とし、右腕を腰だめに左腕を体の前でVの字を描く様に構える。
「後悔は、ないのね……?」
右の頬に添えた拳を固めながら、重ねて問いかける裕香。対するいおりは右手を前に伸ばし、左手で髪を持ち上げてイヤリングに添える。
「我自身の選んだ事……躊躇う権利も、悔む権利も、我には許されてはおらぬ!!」
「そう……分かった」
裕香はいおりの叫びに低く抑えた声で応えて頷き、握った拳を一度開いて再び握り固める。
そしていおりは無言のまま、構えを解かずに身を低く沈める。
対峙する両者。
その間を流れる風。
互いを射抜く視線を外さぬまま、深く息を吸って、吐く裕香といおり。
ただ風の音だけが両者を包む中、不意に軋み揺れるブランコ。
その音に弾かれる様に、裕香といおりは同時に動きだす。
「変……」
「わが身を変じよ、黒き炎……」
大きく両腕を回し、左手に右拳をぶつける裕香と、イヤリングを弾いた腕を振るって、生じた黒い炎をマントの様に翻すいおり。
裕香は右拳から弾けた光を横薙ぎに振るって円を描き、対するいおりはそのまま炎のマントを自身に巻きつけるようにその場でターン。
「……身ッ!!」
「……アウラ・シュバルツ・フランメッ!!」
そして鋭い言葉と共に、裕香は自身を囲う光輪の中心で、輝く拳を突き上げて光の柱に包まれる。対するいおりもまた巻き付けた黒い炎に包まり、炎の繭を形作る。
直後、爆ぜ散る光と黒炎。
その残滓がまだ残る中、激突する白銀と黄金。激突の火花に従って押し流された風が光の粒と火の粉を押し流す。
光と炎が流れ散り、露わになる右の拳と左の爪をぶつけ合うウィンダイナとシャルロッテの姿。
競り合い軋む拳と爪。それを挟み、バイザー越しに睨み合う両者。
「セ、ア!」
「ヌウ!?」
競り合いは体格と膂力に勝るウィンダイナに軍配が上がり、押し負けたシャルロッテは自ら後ろに跳んで間合いを取る。
「燃えよ!」
それを追おうと足を踏み締めるウィンダイナ。だがそこへ、シャルロッテの跳び退きざまに放った炎が迫る。
だがウィンダイナは鋭い息と共に炎に構わず突進。合わせて繰り出した左拳で炎を打ち砕く。
こじ開けた道。その先にいる黒い魔女を追い掛け、地を蹴るウィンダイナ。
「そうこなくては!」
だがシャルロッテは追撃に不敵に口の端をつり上げると、ブランコの支柱を踏むと同時に腕を振るい、火炎弾を発射。続いて自身も追いすがるウィンダイナへ向かい跳躍。
「く!」
火球と共に迫るシャルロッテ。それにウィンダイナは歯噛みし、先立って迫る火炎を右のフックで打ち払う。そしてすかさず右肘を続くシャルロッテへ突き出す。
「ぬ!?」
迎撃の肘に左腕をぶつけるシャルロッテ。その激突の反動に両者揃って弾かれ、僅かに距離を置いた形で踏み留まる。
「キイィア!」
間髪入れず踏み込み、右拳を突き出すウィンダイナ。
「く! この!」
空を引き裂く白銀の拳。しかしそれをシャルロッテは体を右へ流して避け、その勢いのまま右手に灯した炎を下から放る。
「キ、アアッ!」
だがウィンダイナは左掌で火球を払い除け、その勢いに乗せて右の蹴りを振るう。
「ぐぅ!?」
シャルロッテがとっさに割り込ませた左腕を打つ蹴り。その一撃は防御もろともにシャルロッテの体を蹴り上げ浮かす。そしてウィンダイナは、体を折って浮かんだシャルロッテの脇腹へ、膝から先を振り戻した右足を叩きつける。
「アァラア!」
「ごふっ!?」
無防備な横腹を穿つ一撃。それにシャルロッテは濁った声を溢して、公園の端まで真一文字に空を走る。
だがシャルロッテは敷地の境目ギリギリで身を翻すと、赤い光の尾を引いて地面に触れんばかりの低さで飛翔する。そのまま山型の遊具の陰に滑り込むと、その上を飛び越える形でウィンダイナへ躍りかかる。
「炎よ!」
その一声と共に空を舞いながら両手に炎を灯すシャルロッテ。そしてすぐさま右手のそれをウィンダイナへ投げつける。
ウィンダイナは迫る炎を半身を引いてかわし、装甲を焙らせてやり過ごす。そして間髪入れずにバックステップ。続く炎の爪から跳び退く。
「チィッ!」
燃え盛る爪を受けて焼き切れる地面。焦げて煙を上げるそれを足元にシャルロッテは舌打ちを一つ。そしてすかさず地を抉る爪を振り上げ、ウィンダイナを追いかける。
「ハアア!」
気合の声と共に迫るシャルロッテの炎の爪。ウィンダイナはそれを右半身を引いて回避。シャルロッテの足元を狙って迎撃の左蹴りを突き出す。
「ハッ!!」
その直撃の前に跳躍するシャルロッテ。そしてその勢いのまま錐揉み状に身を翻しての爪の振り上げがウィンダイナを襲う。
迫る熱を帯びた爪をウィンダイナは息を呑んで上体を反らして回避。その勢いのままバク転の要領で足を振り上げる。
だがシャルロッテはその蹴りを右腕で受けて空へ舞う。そして赤い魔力光を振りまいて空中で身を翻し制動。振り向きざまに炎を灯した左手を着地したウィンダイナ目がけて突き出す。
「受けて見よ!!」
爪の形を保ったまま放たれる炎。眼前へ迫るそれに、ウィンダイナは着地の姿勢から側転。
「キアアッ!!」
そして回避からすぐさま地面を叩き、地響きを残して跳躍。空中のシャルロッテへ突っ込む。
「なんとッ!?」
驚き身を引くシャルロッテ。その肩を目がけウィンダイナは大きく引いた右足を横薙ぎに振るう。だがシャルロッテがとっさに体を傾けた為にその一撃は空を切る。しかしその直後、追撃の左踵が黒い魔女を撃つ。
「キィイアッ!!」
「ぐぅッ」
くぐもった声を上げ空を横切るシャルロッテ。その勢いのまま空中で身を翻し、受け身を取って着地。そこを目がけ、先に着地していたウィンダイナは拳を構えて踏み込む。
「エエアァッ!!」
「ウゥア!」
裂帛の気合と共に拳を放つウィンダイナ。それをシャルロッテは鉤爪を備えた左手で辛うじて受け止める。
地面を削り、魔力光を逆噴射して勢いを相殺するシャルロッテと、それを拳を突き出したままに押し込むウィンダイナ。シャルロッテの踵が敷地と道との境目すれすれに踏み止まり、黄金の爪に握られた白銀の拳が、黒いボディスーツの胸元の前で受け止められる。
拳を捻じ込もうとするウィンダイナと、それを受け止めるシャルロッテ。そのままの姿勢で両者が対峙する中、シャルロッテは黒いルージュを引いた口の端を吊り上げる。
「ク、ククク……いいぞ! 素晴らしいキレだ、宿敵よ。嬉しいぞ! もはや迷いの全ては振り切ったようだな!?」
拳を受け止めたまま、大声で笑うシャルロッテ。だがウィンダイナは競り合いの姿勢のまま、シャルロッテの姿をバイザー奥の双眸で見据える。
「逆に……」
「む?」
鋼鉄の仮面の奥から洩れる小さな声。シャルロッテはそれを聞き留めて笑い声を止める。
「逆にそっちはキレが鈍いね。動きに迷いがある」
「な、んだと……!?」
少女の声のまま、指摘するウィンダイナ。それにシャルロッテは頬を引きつらせて唇を震わせる。
「いおりさんも本当は戦いたくはないんでしょう? 迷いを抱えて戦うくらいだったら……」
「黙れェッ!!」
柔らかな声音で説得を試みるウィンダイナ。だがシャルロッテの叫びがそれを遮り、握った拳に炎を灯す。
「熱ッ!?」
腕を呑む灼熱の炎に、ウィンダイナは力任せにシャルロッテを振り払って身を引く。
煙を上げる右腕を抑え、シャルロッテへ向き直るウィンダイナ。その視線の先では、シャルロッテが炎を灯した右手を翳している。
「来たれ、魔王の火……ザータン・フォイアー……」
その呼び声に応え、棒状に伸びる炎。そしてシャルロッテはそれを握り締めて横薙ぎに振るう。すると鞘の様に包んでいた炎が剥がれ、炎の杖が姿を現す。
「我が、迷っているだと……そのような戯言は、我が杖を受けてから言えッ!!」
呼び出した杖を突きつけ、吠えるシャルロッテ。対するウィンダイナは焼けた右腕を抱える左手を輝かせる。




