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魔法少女ダイナミックゆうか  作者: 尉ヶ峰タスク
少女の手にした夢
3/49

少女の手にした夢~その3~

読んでくださっている皆様、ありがとうございます!

何とかギリギリ間に合いました。

今回も楽しんで頂けましたら嬉しいです。

 空が群青色に染まり、黄金の月が昇る夜。

 途切れ途切れの街灯に照らされた道。ガードレールを挟んだ傍らには、幅5mほどの浅い水路がある。その水路を流れるせせらぎに混じって、微かな足音が響く。

 体温を攫う様に吹き抜ける夜風。身を縮ませながら足を進める小さな影。やがて街灯の明りに晒されて、その姿が露わになる。

 小柄な少女だった。

 オレンジ色のカチューシャでまとめられた褐色のショートヘア。夜風に晒された額が街灯の明かりで白く輝く。その額の下では形の良い細い眉がハの字を描き、さらに続くぱっちりとした目は辺りを忙しなく見回している。

 年頃の少女が出歩く様な時間ではない。にも拘らず、小柄な少女は心許ない明りに照らされた夜道を一人で歩いている。

「本当に、やらなきゃいけないの?」

 おっかなびっくりという調子で歩いていた少女が、不意に足を止めて口を開く。

 左手側を向いたその視線の先には何もいない。

『おぉいおい、どんなことでもするって言ったのはおめぇだろぉ?』

 しかし少女の声に応えて、何もない空間から声が響く。

 いや、よく見れば街灯の光の中で青い靄のようなものが蠢いている。それは額を晒した少女の左手から立ち上っており、根元である左手の甲には文字の様にも見える青い紋様が浮かんでいる。

 少女と繋がった青い靄は、後ろ首から右肩へ回り込みながら固まって明確な形を形作る。

『死んだ飼い犬を生き返らせるためによぉ?』

 額に斜め十字の傷をつけた青い猫の顔。少女の右肩に乗ったそれが、金色の瞳を細めながら口の端を歪めて牙を見せる。

「それは、でも……」

 右肩に乗った青猫の笑みに、左へ目を背ける少女。だが青い猫はそれを許さず、少女が目を背けた先に回り込む。

『言っただろぉ? あの犬一匹から獲れた力だけじゃあ、お前の望みにゃあ足りねぇんだよ』

 口の端を歪めたまま、少女の鼻先へ詰め寄る青猫。それに身を縮ませながら、躊躇いがちに目を伏せる少女。そこへ青い猫は畳み掛けるように言葉をぶつける。

『それによぉ、あの犬コロがやられたってことは、追手がもう来てんだよ』

 その言葉に、少女は目を伏せたまま体を震わせる。そんな少女へ、青猫は笑みを深めて続きの言葉を口にする。

『もう時間がねェんだよ。で、このまま飼い犬は諦めんのか? さぁ、どうすんだ?』

 真正面から重圧をかけるように問う青猫。それに負けて少女は水路に目を落とす。

 その視線の先には、鋭い鉤型になった口を持つ大型の亀がいた。

 濁った輝きを宿した目でこちらを見上げるワニガメ。額を晒した少女は、そんな獰猛な顔立ちの亀へ青い紋様の刻まれた左手を伸ばす。

『よぉし……んじゃ、続けようぜぇ? お前の望みの為になぁ』

 笑みを深める青猫。その金色の瞳が妖しく輝く。それに続いて、少女の手に刻まれた紋様から魔法陣が広がり、夜の道路を青い光が照らす。


※ ※ ※


 東の地平を彩る山吹色の輝き。

 空の端は白み始めているものの、未だに空の頂きと町中には暗さが残っている。

 フォグランプをつけた白い軽自動車が一台、エンジン音を立てて道路を走り抜ける。

 それに続いて、一つの影が軽快な足音を鳴らして駆け抜ける。

 体にフィットした白い半袖のシャツと黒いスパッツ。肘と膝のプロテクターの他には装飾らしい物は無く、豊かなボディラインがはっきりと主張している。

 力強い腕の振りに合わせて、スパッツから伸びた長いしなやかな足が地を蹴る。その踏み込みの度にぐんぐんと速さが伸びる。

 長い黒髪が後ろになびき、揺れた前髪の隙間から黒い瞳が覗く。

 息を弾ませて薄暗い町を駆ける裕香。その進行方向には、一台の歩道橋が階段の裏側を見せて立っている。

 裕香は眼前の障害物にぶつからないように、爪先を右へずらし、その脇をすり抜ける。

「ハァッ!」

 と見せかけて、掛け声を一つ。手摺に左手をかけて跳び越え、階段の上に躍り乗る。

 そのまま大きく足を伸ばして、階段を二段飛ばしに跳ね昇る。そうして天辺を踏むと同時に身を捩り、まばらに車が通る道路の上を走る。

 固い音を立てて歩道橋を駆け抜けた裕香。昇りきった時と同じように身を翻して階段を駆け下る。

「ハッ!!」

 そして階段の中ほどにある踊り場で大きく踏みきって跳躍。グンと四肢を伸ばして宙を駆け、膝裏を抱えるようにして前転。

 舗装された地面を踏むや否や、前のめりに右手をついて膝、右肩と順に地に触れて衝撃を分散しつつ前転。再度地に足が触れると、その勢いを殺さぬままに走りだす。

 眼前に迫る箱形のオブジェ。裕香はその直前で踏切り、星、あるいは大の字を描くように四肢を伸ばして空中で側転。眼下にオブジェの天蓋を見送りながら、オブジェを越えていく。

 両足を揃えて着地。同時に膝へ蓄積したバネを解き放って駆け出す。そして腰よりもやや高い生垣を前に踏み切ると、捻りを加えた宙返りでそれを跳び越える。

 芝生を踏んで衝撃を殺す裕香。軽く膝を曲げた姿勢で前髪の奥で視線を巡らせる。

 敷地内に人影がないことを確かめた裕香は、大きく息を吸い込み、振り払った汗を残して踏み出す。

 加速が不十分な内にぶつかったベンチは、背もたれを左手で掴んで跳び越え、石畳のランニングコースを横切る。

 草葉に覆われた地面と、並び立つ木々。裕香は長い髪を靡かせ、その合間に掛け込んでいく。

 双子のように並び立つ二つの幹の間を抜ける裕香。続けて行く手を遮る木を、体を左に捌いてその脇をすり抜ける。

 目線の位置に突き出た枝を身を低くして潜り、足を取るように土から顔を出した根を飛び越える。さらに左脇の木の幹を蹴って、張り出した枝に向かう軌道を逸らす。

 障害物を避け、柔らかな地面へ降りる裕香。その反動で浮き上がった足が再度地を踏むと同時に、しなやかな足に力を込めて推進力を生みだす。

 木立を走り抜け、再び舗装された遊歩道に出る裕香。その勢いのまま遊歩道を横切り、敷地と歩道を区切る生垣の直前で跳躍する。裕香は空中で独楽のように身を翻しながら宙返りし、生垣を越える。そして両足を揃えて着地。そこから素早く背筋を伸ばして、両手を左右に広げた体操選手のフィニッシュポーズをとる。

「フゥゥゥ……」

 一拍ほどその姿勢を保った後、両手を下げながら、大きく息を吐く裕香。そして呼吸を整えながら、右手の甲で顎先にたまった汗を拭う。そのまま額に汗で張り付いた長い前髪も右手で拭い退けて、左手首の内側に付いた時計に目を落とす。

「うん。また少し時間は縮まったかな」

 デジタル計に表示されていた時間を見て、満足げに頷く裕香。

「もう少し時間が縮まったら、アクションの内容とコースの延長も考えないと」

 そうして裕香は一人呟いて、豊かな胸の奥にある肺を膨らませて朝の空気を深く吸い込む。そして十分に膨らんだ肺を通して、交換の終えた空気を吐きだす。

 裕香はそんな深い呼吸を数回繰り返して、家に通じる方角へ目を向ける。体も視線に従って向きを変え、スパッツから伸びた足がまた大地を蹴り出す。



「ルーくん、起きた?」

 シャワーを浴びてセーラー服に袖を通した裕香は、自室の中を窺うように足を踏み入れる。

 ちなみに、現在裕香が着ているセーラー服はきれいな予備のものである。

 昨日の大立ち回りで埃と血の付いたものは、近所のクリーニング店に出されている。なおそのクリーニングチェーン店のキャッチコピーは、「衣類の汚れに滅びを!」であり、その力強くも物騒な言葉に違わぬ良い仕事をすると評判である。

『おはようユウカ。こんな朝からどこに行ってたの?』

 部屋に入ってきた裕香の姿を認めて、ルクスは勉強机に用意された寝床から白い毛に覆われた身を起こす。

 裕香は机の傍まで歩いていくと、床に置いた鞄に手を伸ばす。

「日課のフリーランニングだよ」

『フリー、ランニング? 気まぐれコースを気まぐれペースで?』

 長い前髪を揺らしながらの裕香の答えに、ルクスは犬に似た頭を傾げて言葉から受けたイメージを口にする。

「ああ、そうじゃなくてね」

 口元を柔らかく緩めながら、裕香は右手を軽く左右に振る。

「アクロバットで障害物を跳び越えたりしながら走るスポーツなの」

 そんな裕香の説明に、ルクスは得心が行ったのか繰り返し首を縦に振る。

『なるほど、それであんなに動けるんだ』

 そう言ってルクスは四つの足で体を支えて立ち上がり、尾と翼を伸ばして体をほぐす。

『それにしても元気だなぁユウカは。昨夜は寝る前にイメージトレーニングもしてたのに』

「私の場合、日課はきちんとやっておかないと逆に調子が悪くって」

 感心したように言うルクスに、裕香は照れ臭さから、長い前髪を触りながら言葉を返す。

「それにしっかり練習しなきゃ、岡崎一郎さんや高森正二さんみたいなスーツアクターになれないし」

 裕香はそう言うと、前髪から手を放して拳を作る。裕香が力を込めて挙げた名前に、再び首を傾げるルクス。

『誰だい、その人?』

 そんなルクスの問いに、裕香は顔を伏せて頬を指で撫でる。

「ああ……分かんないよね? 私にとってはずっと憧れてる神様みたいな人で、目標なんだけど。学校でも通じないから話題に出せないんだよね」

『ユウカ……』

 寂しさを帯びる裕香。ルクスは首を傾げたまま、前後の髪の長いパートナーの名を呼ぶ。

 それに裕香は顔を上げ、前髪の隙間から柔らかく細めた眼を向ける。

「ゴメンね、愚痴っぽくなっちゃって」

 裕香はそう言って、体操服を納めた布袋をルクスに見えるように挙げる。

「ところで今日はどうするの? 一緒に来る?」

 鼻先に出された布袋に、ルクスは苦笑を浮かべて首を左右に振る。

『いや、止めておくよ。もし見つかったら大変だし』

「そう……なんだ」

 ルクスの言葉に、裕香は沈んだ声を漏らして袋を下げる。対してルクスはあわてて体を立てて両前足を挙げる。

『いや、でも安心して! ノードゥスを通して話は出来るから! それにいざとなれば繋がりを利用してユウカの所に飛べるし!』

 翼を動かしながら焦ったようにフォローを入れるルクス。そんなパートナーの様子に、裕香は小さく笑みをこぼして頷く。

「ありがとう、ルーくん」

 裕香は礼を言いながら、白い毛に覆われたルクスの頭に手を伸ばす。そこで、不意に階下から声が響く。

「裕香ー? まだいいのー?」

「え、あ!? ありがとう、お母さん!」

 階下から呼びかけてくれた母に、裕香はドアへ顔を向けて、礼を投げかける。

「じゃあ、ルーくん。私、行ってくるから」

『うん、行ってらっしゃい』

 にこやかに送り出してくれるルクス。裕香はその頭を改めて撫でると、長い髪をなびかせて部屋の出入り口に足を向ける。

 裕香はドアを開けて、廊下に出る。そのまま廊下を真直ぐに進むと、階段を小走りに駆け降りる。

 階段を下りると、エプロン姿の母・純が腰に手を当てて待っていた。

「行ってきます」

 出発の挨拶をして、純の前を通り過ぎる裕香。

「はい、行ってらっしゃい」

 一人娘を送り出す純。裕香は母の声を背中に、右、左と順に愛用のスニーカーを履く。続けて踵を上げて後ろ手に足首回りを整える。

「裕香」

 そこで名前を呼ばれた裕香は、整え終えた足を下ろして振り返る。

「なに?」

 すると純は、娘を真っ直ぐに見詰めて口を開く。

「昨日は大した怪我も無かったから良かったけど、無茶しちゃダメよ?」

 心配そうに見詰めてくる母に、裕香は苦笑を浮かべて頷く。

「うん、心配かけてごめんなさい。昨夜はお父さんにも叱られちゃったし、気をつける」

「拓馬さんのアレは叱ってないでしょ。「孝志郎くんたちを助けたことは良くやったね」とか言ってたし」

『ユウカのお父さんって、半端ないね』

 律義に思念で突っ込んでくるルクスに裕香は何も言えずに苦笑を深める。

「でもその後、私が怪我をしたら何にもならないって、真剣な顔で言われちゃった」

 言いながら裕香は、普段穏やかな父の有無を言わせぬ眼差しを思い出して唇を結ぶ。

 そんな裕香の様子に、純は軽くため息をつく。

「分かってくれたならいいわ。とにかく、気をつけてね」

「うん、行ってきます」

 純にそう告げて、裕香はドアへ向き直ってドアノブに手をかける。

 押し開けたドアを抜けて家の外へ踏み出す裕香。

 同時に、隣の日野家のドアも開く。

「おはよう孝くん!」

 裕香は右手を上げて、隣家から出てきた少年の名を呼ぶ。

「裕ねえ、おはよ!」

 すると孝志郎も、右手を大きく上げて裕香に応える。

 互いに挨拶を交わし、揃って道路へ出る裕香と孝志郎。

 孝志郎は小走りに裕香に駆け寄ると、その周りを忙しなく見回す。険しい目をした弟分に、裕香は戸惑いながら声をかける。

「こ、孝くん、どうしたの?」

「あいつ、ルクスは?」

 ぼそりと探している相手の名前を呟く孝志郎。裕香はそれに一度首を傾げると、自宅の二階に目をやる。

「ルーくん? ルーくんなら家で待ってるって」

「そうなんだ! じゃあいいや。行こうよ裕ねえ!」

 ルクスがついてきていないと聞くや否や、孝志郎の表情が緩む。

「変な孝くん」

 裕香は笑みを零すと、急がせるように先行する孝志郎に続いて歩きだす。

 孝志郎に追い付いて、右隣に並び歩く裕香。すると孝志郎が、顔のすぐ横にある裕香の左肩を見、続いて顎を上げて顔へ視線を向ける。

「そうだ裕ねえ、肩はもう大丈夫?」

 見上げてくる弟分に、裕香は笑みを落として頷く。

「うん。変身してからすぐに治っちゃった」

 裕香はそう言いながら、荷物を持った左腕を前に上げて何とも無いとアピールして見せる。

「ルーくんが言うには、力のほとんどを体の強化に使ってるから怪我を治す力も一緒にパワーアップしてるんだって」

「へぇえ……そうなんだ」

 裕香の説明に、孝志郎は軽快に動く肩を見ながら感心したように呟く。

 そうしている内に、二人は黄と黒のロープで遮られた、山端公園の前に着く。

 門を封鎖するロープに掛った立入禁止の札を見て、裕香と孝志郎は眉根を寄せて唇をへの字に歪ませる。

「やっぱり、入れなくなっちゃったんだ」

「うん……あんなことがあったばかりだし」

 二人はロープの奥にあるひしゃげたジャングルジムを眺め、目を伏せる。

 裕香は軽く頭を振って顔を上げると、唇を柔らかく緩めて孝志郎へ向き直る。

「じゃあ明日は午後から家に来ない? 土曜日だし、一緒にDVD見たりしよう?」

 その裕香の誘いに、孝志郎ははにかみながら頷く。

「うん! じゃあ、明日! 約束だからね!?」

 孝志郎は背負ったランドセルのベルトに手をかけると、小学校に向かって走り出す。

 一度足を止めてこちらへ振り返り、右手を振る孝志郎。裕香は微笑みを浮かべて右手を振り返す。すると孝志郎は足取りも軽く小学校へ歩いていく。

 裕香は離れていく弟分の背中を見送ると、踵を返して自身の通う中学校へ足を向ける。

 通学路を一人歩く裕香。

 やがて幅広くも水量の少ない水路沿いの道に突き当たると、自身と同じセーラー服や学生服の少年少女たちが向かう方向へ足を向ける。

「あ、三谷さん」

 そこで裕香は一人の少女に目を止めて、その背中を追う様に駆け寄る。

「吹上さん」

 裕香の足音に気が付いて、目当ての少女が振り返る。オレンジ色のカチューシャで褐色の前髪を上げた少女、三谷愛みたに めぐみは、裕香の姿を認めて足を止める。

 愛の目の前で足を止める裕香。そうしてクラスメイトの白い額を見下ろす形で向かい合う。

「もう風邪はいいの?」

「う、うん……ありがとう」

 愛は具合を尋ねる裕香に歯切れ悪く答えながら、学校の方角に向き直って歩きだす。

 裕香も愛に続いて歩き出し、その左隣に並んで学校へ歩を進める。

 学校に向かいながら、隣りを歩く愛を見やる裕香。元々愛は裕香の鼻までの背丈しかない小柄な少女ではある。だが背を曲げて視線を落したその姿は、いつもよりも小さく見える。

「ねえ、本当に大丈夫? まだつらそうに見えるけど?」

 明らかに元気のない愛に、裕香は再び体調を尋ねる。

「そんなことないよ、大丈夫。 ありがとう、吹上さん」

 しかし愛は、笑顔を見せて首を左右に振る。だがその笑顔からは力が感じられず、無理をして作っている物のように見える。

 そんな級友の様子を窺う裕香の眼が、ある一点で止まる。

「三谷さん、その左手……どうしたの?」

 裕香の問いに、愛の包帯に覆われた左手がピクリと震える。

「う、うん、ちょっと……ね。大したことはないんだけど」

 目を逸らし、左手を庇う様に胸元に寄せる愛。そのまま唇を結び、黙ってしまう。

 それから無言のまま、裕香と愛は学校へ向かう。

 裕香は沈黙の重みに、唇をもごつかせながら前髪の奥で視線を泳がせる。

 そしてある話題を見つけると、右手側を歩く級友へ顔を向ける。

「ね、ねえ……体の具合って言えば、ダニーくんは元気? 前から元気が無いって言ってたけど」

 その裕香の問いに、愛は顔を強張らせる。

「三谷さん?」

 級友の名を呼びながら、右手をのばす裕香。だがその手が届く直前、愛は突然に走り出す。そして数歩分前に踏み出した所で足を止めて振り返る。

「ゴメン、先に行くね」

 愛はそう告げると、裕香の返事を待たずに再び走り出す。その背中を見つめながら、裕香は行き場を無くした右手を伸ばして立ちつくしていた。



 一日の授業を終え、帰り仕度をまとめる裕香。荷物を手に席を立ち、愛の席に目を向ける。すると、同じようにこちらを見ていた愛と目が合う。

 しかし愛は逃げるように踵を返し、教室を後にする。

「あ、待って! 三谷さん!」

 裕香は右へ左へと机とクラスメイトの合間を縫う様にして愛の後を追う。

 教室を出た裕香は、廊下を小走りに進んでいく愛の背を目がけて、駆け出す。しかしその行く手を、抜ける前方の教室から出てきた生徒たちに塞がれる。

 裕香は生徒の壁にぶつかる前にブレーキをかけて踏みとどまる。そして背伸びをして、離れていく愛の背中を確かめると、すぐさま体を切り返して、すぐ傍の階段へ向かう。

 自分を始めとした二年生のクラスの並んだ二階から一年生のクラスの並ぶ一階へ駆け降りる裕香。

 そこから裕香は中庭をまたぐ渡り廊下を抜け、特別教室の集中した別棟に入る。まだ生徒の少ない別棟の一階を小走りに抜けて昇降口を目指す。

「三谷さん!」

 昇降口に出ると、ちょうど校舎を出ようとする愛の姿が目に入る。

 裕香は急いで下駄箱に駆け寄り、外履きのスニーカーを出す。そうして上履きを脱いで下駄箱に収めると、直にスニーカーに履き替える。

 爪先で床を蹴って馴染ませ、愛を追って外に出る裕香。

 校門へ向かって走る愛の背中を見据え、裕香は地を蹴る足に力を込める。

 裕香の俊足に、みるみる内に愛との差が縮まっていく。

「待って! 吹上さん!!」

「わ!?」

 だが愛の背に手が届こうという所で、不意に割り込む影。行く手を阻む影にたたらを踏み、立ち止まる裕香。

「お願い! 今日こそ体操部に来て頂戴、吹上さん!!」

「や、山瀬先輩」

 長い髪をツインテールにまとめた三年生の女子、山瀬と、離れていく愛を見比べる裕香。

「お願い、あなたがいれば入賞も確実なのよ!?」

 行く手を塞いで入部を懇願する山瀬。裕香はそんな山瀬の体越しに校門を出ていく愛を見て、唇を結ぶ。そして上体を右に振る。

「ま、待って!?」

 それに応じてサイドステップで行く手を塞ぐ山瀬。だが裕香はすぐさま体を左へ切り返し、山瀬の脇をすり抜ける。

「ああ!?」

「ごめんなさい! 私、素顔で体操なんてできませんから!!」

 背後の山瀬に断りを入れて、裕香はしなやかな長い脚に力を込めて走る。

 校門を抜けて、山端中学の敷地外へ飛び出す裕香。水路沿いの道を行く愛。その背中を目がけて裕香は強く腕を振って地面を蹴る。

「きゃあああああッ!?」

 だが、不意に背後から響いた悲鳴に、裕香は両足を踏ん張って身を翻す。

 振り向いた先には、腰を抜かした山瀬と、腰を引き摺って後ずさる彼女ににじり寄るモノの姿があった。

「か、亀!?」

 体を支える太い四本の足に、山のように盛り上がった重厚な甲羅。その特徴はまさに亀。だがその体躯は異様に大きく、軽自動車程もある。

 鋭いくちばしにも似た口を備えた、短く大きな頭。ギラギラと紅く輝く目で山瀬を睨みながら、釣針のような爪の備わった前足、後ろ足を互い違いに動かして前進する。

「先輩!? させないッ!!」

 裕香は叫び、弾かれる様に駆け出す。その勢いのまま地を強く蹴って踏切り、山瀬を追い詰める亀の化物の甲羅へ飛び込み様の蹴りを浴びせる。

 だが強靭な甲羅を備えた怪物はびくともせず、蹴りを受け止めきられた裕香は舗装された地面を踏んで身構える。

 しかし蹴りそのものこそ通じなかったモノの、横槍に亀の怪物の意識が蹴りつけてきた裕香に向く。

 怪物の赤く鋭い目に続いて、その大きな体の向きが変わり、真正面から対峙する形になる。真直ぐにぶつけられる悪意と敵意に、構えた裕香の体に力が籠る。

「ふ、吹上さん!?」

 自分を庇って囮になろうとする裕香を呼ぶ山瀬。

「逃げてくださいッ!? 早くッ!」

 裕香は先輩にそう言って怪物に視線を戻す。そのまま化物を引きつけるようにじりじりと後ろに下がる。

「で、でも!?」

「いいから早く! 私なら大丈夫ですッ!!」

 食い下がろうとする山瀬の言葉を、裕香はきっぱりと跳ねのける。それに山瀬は歯噛みすると、

「……先生を呼んでくるわ!!」

 そう言って校門を支えに立ちあがりこの場を後にする山瀬。離れていく気配を察し、怪物が振り返ろうと足を動かす。

「ハァッ!」

 浮き上がった怪物の足を、気合を込めて蹴りつける裕香。再度こちらに意識を向けた怪物と対峙して、裕香は銀の指輪で飾られた右手を、甲側を向けてかざす。

「ルーくん、来てッ!!」

 裕香の呼び声に応じて、光り輝くノードゥス。

『人払いの結界を張るよッ!!』

 光の中から躍り出るルクス。その勢いのまま翼をはためかせ、裕香の頭上で前足を左右に広げる。その直後、裕香を中心に光を纏った風が吹き広がる。

 ルクスの姿を見、結界の風を浴びて目を見開く怪物。それに続いて怪物の山なりになった甲羅にいくつかの光の線が走る。その線に沿って甲羅が浮き上がり、その一つが音を立てて伸び迫る。

「ふ!」

 鋭く息を吐き、横へ跳ぶ裕香。直後、さっきまで裕香の踏んでいた固い地面に黒い塊が突き刺さる。さらに間を置かずに伸び迫る二撃目を、裕香はバク宙で跳びかわす。

 右手をついて着地し、すぐさま顔を上げる裕香。その視線の先では、鋭い爪と装甲を備えた腕が、アスファルトから抜けて持ち主の許へ引き寄せられている。

 変わらず重い体を支える四本の太い足。だがそれに支えられた分厚い甲羅は大きくその様子を変えていた。

 割れた甲羅を内側から支える人間の上半身に似たシルエット。甲羅のラインに沿って前のめりになったその姿勢は、どこかアルマジロを思わせる。その両脇から伸びる太い腕は、甲羅の一部を腕甲や肩鎧のように纏っている。

 怪物が腰を捻って腕を振りかぶる。かと思いきや、捻りに乗って突き出された腕がグンと伸びて裕香の眼前に肉薄する。

 裕香は息を呑んで身を翻し、その一撃を避ける。続いて、伸ばした腕はそのままに、足を掬う様に横薙ぎの一撃が振るわれる。それを裕香は、空を蹴りあげるように足を振って跳び越える。

 両足が地面に触れた直後、脇を締めて肩の高さで開いた左掌に、右拳をぶつける。衝突と共に、眩い白銀の光が溢れ出す。

 そこを狙って伸びる逆の腕。

 裕香はそれを見据えて、光を灯した右拳を左手に磨り合わせて振り抜く。その軌道をなぞって現れた光の帯が盾となって迫りくる爪を防ぐ。その勢いのまま、裕香は自身を覆う光の帯の中心で、輝く拳を天高く掲げる。

「変身ッ!!」

 裂帛の気合いを受けて光の帯が柱へと変わる。

 裕香の周囲を光の壁が覆う中、その身を包むセーラー服が光の糸になって解ける。そして輝く糸の束へと変わった衣服は、裕香の全身を旋風のように覆い、豊かな胸やくびれた腰、形の良い尻の線を強調する黒いボディスーツへと変わる。

 更に周囲の障壁から光の帯が伸び、全身に密着したボディスーツの上から裕香を包む。裕香は自身を包む光に身を預けて、ふわりと宙に浮かび上がる。

 腰に巻きつく翡翠色の玉の収まったベルト。そこから腿と腹、脛に胸と、白銀の装甲が上下に広がる様に全身を覆ってゆく。装甲の靴が作られていくのに並行して、両肩から腕、指先の順で装甲が出来あがっていく。

 続いて裕香の長い前髪が靡いて、普段は隠されている目が現れる。しかしその直後、露わになった顔を光が包み、吊りあがった菱形の目が輝く鋼鉄の仮面を形作る。更にその上をシールドバイザーが覆い、裕香の全身を覆う鋼鉄の鎧が完成する。

 特撮ヒーロー然とした鎧の完成に続き、その肉体が爆ぜるように膨れ上がる。その余波は周囲の障壁を吹き飛ばす。

 光を含んで広がる旋風。その中心には、筋骨逞しい大人の男にしか見えない白銀の戦士が立っていた。

「トゥアッ!!」

 低い掛け声と共に、両足を揃えて跳躍。一気に怪物の懐へ潜り込む鋼鉄の裕香。

「ハアア!!」

 そしてすかさず固く握り固めた拳を、怪物の顎目がけて振り上げる。

「グゥエ!?」

 くぐもった声を上げて仰け反る亀の怪物。そこへ裕香は間髪いれずに、鋼鉄の左拳を突き出す。

「クッ!?」

 だがその拳は甲羅の一部にぶつかる。四本の足での踏ん張りに受け止められ、上体もろとも振るわれた腕が裕香に迫る。

「う!?」

『ユウカッ!?』

 自分から右へ跳び、激突の衝撃を和らげる裕香。しかしその勢いのまま、水路へ飛び込む形になってしまう。

 裕香は水を跳ね飛ばしながら前回りに受け身を取り、足首まで濡らす水の中で身構える。

 そこへ水路の上から爪と装甲を備えた腕が降ってくる。

 コケで滑る水底で足を捌き、降ってくる腕を右へ避ける裕香。水が派手に跳ね上がる中、続いて振り下ろされる左腕を左手で逸らしかわす。

 そこへ頭上から躍りかかる亀の化物。裕香は迫る腹甲を前回りに転がり避ける。

 跳ね上がる水を薙ぎ払って迫る怪物の裏拳。

「ハッ!」

 裕香は身をかがめてそれを潜り抜け、左フックを亀の頬に叩きこむ。

「ガ!?」

 その一撃で怪物は上体を逸らしながらも、四本の足で水底を蹴って体当たりを仕掛けてくる。

「うぅ!?」

 滑る足場で踏ん張りが利かず、裕香は水路の側面に背中から叩きつけられる。

「かはっ!」

 背を撃つ痛みに息を漏らす裕香。そこへ爪を立てた腕が真直ぐに伸び迫る。

「ク!」

 それをとっさに身を捩って避け、壁に突き刺さった腕を抱えて右膝を叩きこむ。

「ギエッ!?」

 鋭い膝の一撃に怯む亀の怪物。その隙に裕香は怪物の腕を叩いてその上に跳び乗る。そして伸びきった怪物の腕をリングロープのように踏んで跳躍。

「ハァアアアアッ!!」

 気合の声を上げて空中で前転。その勢いを乗せた踵落としを怪物の頭に叩きこむ。

「ギャアアッ!?」

 鈍い音を立てて割れる甲羅。

 水に手から突っ込み、バク転で距離を取る裕香。着地と同時に身構えると、その翳した左腕が翡翠色に光り輝く。

『今だ、ユウカ!!』

「ライフゲイルッ!!」

 ルクスの声に従い、左掌の前で右の握り手を作る。握り手に収まる様に生えた柄を握り締め、両腕を開く様にして引き抜く。

 翡翠色の光で作られた刀身を中心に風が渦巻き、水面が波立つ。

 裕香は手首を返して棒状に伸びる光を回すと、大きく膝を曲げて跳躍。もがく亀の化物目がけて躍りかかる。

「ガアッ!!」

 空を駆ける裕香を迎え撃とうと左腕を伸ばす怪物。裕香は眼前へと迫るそれをライフゲイルで切り払い、その勢いのまま引き絞る。

「キィアアアアアアアアッ!!」

 そして飛び込み様にライフゲイルの刀身を怪物へ突き刺す。

「グエエ!?」

 怪物が苦悶の声を上げると同時に、裕香は柄尻に左手を添えてさらに押し込む。

 根元まで突き刺さったライフゲイルを中心に広がる、翠色の二重魔法陣。同時に背甲を突き破って顔を出した切っ先からは、光を含んだ旋風が荒ぶる。

 裕香はライフゲイルを両手で握りしめ、シールドバイザー奥の目を輝かせる。

「命の風よ! 光遮る暗雲を、輝きを曇らせる淀みを吹き掃えッ!!」

 裕香の言霊を受け、内の魔法陣が時計回りに、外の魔法陣がその逆に回転を始める。

 回転の速度は徐々に早まり、背甲の側で渦巻く風もまた勢いを増す。

「厚き影を掃い、光をここに!」

 そこで言葉を切った裕香は、後ろへ跳び退く勢いに乗ってライフゲイルを引き抜く。

 水を跳ね上げながら着地。同時に腰を捻って、輝く刀身を右へ流す。続いて手首を返して刀身を一回転、空を切って左斜め下へ切り払う。そして左掌を輝く刀身に添えて、火花と白煙を上げながら拭う。切っ先が掌から抜けるのに続いて、大きく後方へ振り払う。

「浄化ッ!!」

 鋭い声で告げる結びの言葉。それを引き金に起こった爆発が裕香の背を叩く。

 柄だけになったライフゲイルを握りしめ、振り返る裕香。

 その視線の先には、一匹のワニガメが無傷で佇んでいた。

 裕香は水路の上を見上げると、鋼鉄の仮面の奥でぽつりと呟く。

「何か、嫌な予感がする」

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