心乱す嵐~その4~
アクセスしてくださっている皆様。いつもありがとうございます。
今回も拙作が皆様の一時の楽しみとなれば幸いです。
それでは、本編へどうぞ。
カーテンの隙間から差し込む茜色の日射し。
差し込む光に照らされた部屋の中に灯る鮮やかな紅の輝き。
その紅を前に佇む小さな黒。翼を備えた子猫大の獣、黒竜アム・ブラは紅の円の中での光景にその真紅の双眸を注ぐ。
『あいつら、思ってたよりもやるじゃないのさ』
呟くアムの見る遠見の魔法。そこに映る、監視に付けた端末からの映像では、ウィンダイナが巨大な拳を受けて宙を舞っていた。
映像の中では更に、ウィンダイナの落着点を狙ってバイクが突っ込み、再度白銀の装甲に覆われた体を空へ打ち上げる。
『ただ、あいつの思い通りに事が進んでるってのは面白くないさね』
その一方的な有り様に、舌打ち混じりに呟くアム。その傍らには、内側から押し上げられた布団が盛り上がっている。
アムはそんな布団を一瞥し、長い鼻から溜め息を吐いて魔法陣へ目を戻す。そして、打ち上げられた先で化物バッタに群がられたウィンダイナの姿にその口を開く。
『しかし、人質を取ったとはいえ、あのウィンダイナをここまで痛めつけるとはね』
アムが言い終わるが早いか、その傍らの布団が内からはね除けられる。
「なん、だと!? 半身よ、今なんと!? なんと言った!?」
はね上がった布団の下から姿を現す黒パジャマのいおり。そうして籠っていた布団を除けながら、赤く腫らした目を見開き、長い黒髪を振り乱してアムへ詰め寄る。
『え、や、ウィンダイナが人質を取られて追い詰められてるって、ホラ』
アムはそのいおりの剣幕に赤い目を瞬かせながら、遠見の魔法を展開した赤い魔法陣をいおりとの間に挟む。
その魔法陣に映し出される、バッタの雲から校庭へ叩き落とされるウィンダイナの姿。その光景に、いおりは食い入るように覗きこむ。魔法陣に映る映像の中でウィンダイナはルクスを空へ逃がし、自身は突進してきたデュラハンが振るう刃を受ける。
さらに巨大な拳を撃ち込まれ、一方的な攻撃に晒されながらも、ただひたすらに耐え続けるウィンダイナ。そのライバルの有り様に、いおりは唇を引き結び目を逸らす。
「例え人質を取られていようとも、我が……宿敵ならば、この程度の窮地は切り抜ける筈だ」
言葉を詰まらせながらも、紅の魔法陣から身を引くいおり。そうして跳ねのけた布団を掴んだ所で、アムが首を傾げながらも口を開く。
『そうかね? まあ、今回ばかりはそうなった方がアタシとしても愉快痛快なんだけどさ』
そう言いながら魔法陣の映像を覗きこむアム。
光を溜めるルクスを制し、再び通り抜けざまのデュラハンに切り裂かれるウィンダイナ。
刻まれた装甲から火花を上げてよろめく白銀の戦士の姿にいおりは掴んだ布団の端を握り締める。その一方でアムは眉間にしわを寄せて言葉を続ける。
『愉快なんだけどさ、今回のウィンダイナは妙に動きが鈍い気がするさね。人質になってる男の子と、いおりくらいの女の子のせいかね?』
そんなアムの言葉に、いおりは布団を頭に被りながら、魔法陣に背を向ける。
「……この程度で潰れるならば、この程度だったというまでよ」
再び布団へ籠ろうとするいおり。それにアムは軽く鼻を鳴らしてまぶたを閉じ、頷く。
『それもそうさね。人質使う手段は正直気に入らないけど、アタシにとっちゃ、ウィンダイナにはここで潰れてくれた方が好都合だしさ。仮にルクスが逃げのびたとしても、竜族と契約できる後釜何て、そうそう見つかるわけもないしさ』
アムの一言を背に受けて、いおりは掴んだ布団の端を握り潰す。
アムはそんなパートナーの様子を右目で覗き、黒い羽根を伸ばして頭を振る。
『ま、アタシはどっちに転んでも構やしないさ。あとは相棒次第……ってことさね』
そう言ってアムは今一度布団越しにいおりの背中を見やる。しかし布団に籠ったいおりは被り物を強く掴んだまま微動だにしない。アムは山の如しを決め込む相棒に溜め息を溢し、紅の円の内に映る光景に目を戻す。
その映像の中には、ウィンダイナを核として作られた、濃緑のバッタたちの毬の姿があった。
『ギギギギギギ……』
「う、ぐぅう……」
硬いあごを鳴らして群がるバッタの中心。茜色の光一筋通さぬ密度で閉ざされた中で、ウィンダイナは体を丸めて頭部や胴を守り続ける。
四方八方から噛みつくバッタに削られる装甲。火花が闇の中に弾け、白銀の装甲に跳ねる。
守りに徹する考えに呼応してか、通常時以上に加速する装甲の復元。その為に装甲を破られること無く持ちこたえてはいるものの、全方位からの攻撃は体力もろともその装甲を削り続けていた。
痛みと火花が弾け続ける中、不意にウィンダイナの目を刺す朱色の光。瞬間、ウィンダイナの体を重い衝撃が貫く。
「ぐ!? あ!?」
突き抜ける衝撃から立て続けにウィンダイナを襲う浮遊感。駆け抜ける濃紺のバイクを足元に、錐揉み回転し空を舞う白銀の戦士を追いかけ、空へ飛ぶバッタ。それに気づいてか空を舞いながらも腕を重ね、身を守るウィンダイナ。だがバッタたちは回転するウィンダイナの背中を伸ばした足で蹴りつけ、地面へ叩き落とす。
『ギギィッ!』
空を縦一文字に裂いて落ち、土煙を巻き上げて地面へ激突するウィンダイナ。
「が、ふ……ッ!?」
身を突き抜ける衝撃にウィンダイナの口から呻き声が漏れる。だがウィンダイナは熱を帯びて体中を駆け巡る痛みにあえぎながらも、傷ついた体に鞭打って立ち上がる。
ウィンダイナは肩で息をしながらも両足でしっかりと体を支え、微塵も鈍らぬ眼光を校庭の一角へ向ける。
その輝く双眸を受け止める、金の冠を被った黒い靄。それとその足元で炎に晒された孝志郎と愛の姿に、ウィンダイナは仮面の奥で歯を食いしばる。
瞬間、その耳をつんざくエンジン音と、背中を横一文字に駆け抜ける鋭い痛み。
「ぐぅ!?」
甲高い音を立てて背を襲う痛み。それに前のめりに揺らぐ体を、足を踏み出して踏ん張り、背中を抉り染み込む痛みを堪える。
そこへさらに襲いかかる、車体を切り返してきたデュラハンの斬撃。その追撃にウィンダイナは仰け反りながらも、後ろに踏み出した足を支えに踏ん張る。だが攻撃はそこで終わらず、さらにバイクを切り返したデュラハンのすれ違いざまの追撃が踏ん張るウィンダイナの背中を深く切り刻む。
「が、ぐ!? ああ!」
そしてさらに左肩、右腕とすれ違いざまの斬撃が襲い、その四方から激痛にウィンダイナは体をぐらつかせ左から膝を着く。
『ユウカッ!?』
「来ちゃダメ!」
物陰に隠した相棒からの声。その声と共に駆け出そうとするルクスはウィンダイナは片膝を突いた姿勢のまま手で制する。
『でも、このままじゃジリ貧だよ、一度逃げて、体勢を立て直そう!?』
ルクスからの撤退の提案。それをウィンダイナは立ち上がりながら首を左右に振って却下する。
「それもダメ。妙な動きをして二人を手に掛けられるかもしれない。アレが彼女じゃないならやりかねない!」
そして顔を上げ、人質を取る黒い影を睨む。
「だから、ここで撤退は出来ないッ!!」
叫び、拳を握るウィンダイナ。
『そんな、ユウカ……』
心配そうに呟くルクス。ウィンダイナはそんな相棒の隠れた場所を一瞥して頷き、深呼吸を一つして敵へ向き直る。その瞬間、ウィンダイナを岩の如き拳が襲う。
『おぉらぁ! フッ飛べやぁあッ!?』
「が!?」
『ユウカ!?』
苦悶に呻き、空を舞うウィンダイナ。しかし地面へ叩き付けられながらも、白銀の戦士は片腕を支えに身を起こしながら、飛び出そうとする相棒の動きを手で制する。
「……大丈夫、私にだって考えくらいあるから……だから、任せて見てい……うッ!?」
ウィンダイナの言葉を遮り、その体に圧し掛かる数匹の怪物バッタ。ウィンダイナは四肢と背中へ圧し掛かる重みと力で抑えつけられた身を捩り、背に乗ったそれを振り仰ぐ。その背中の亀裂へ、大きく開いたバッタのあごが近付く。
『ギィイギギギギギギ!!』
埋まりつつあるその傷に怪物バッタのあごが入り込み、白銀の装甲をこじ開けていく。
「あ、ぐ!?」
背中から激しく火花が上がる中、痛みに苦しみ悶えるウィンダイナ。そこへ更に四肢を抑え込むものたちもあごを大きく開き、貪る様にその背中へ齧り付く。
「あ、あああああああああッ!?」
『ゆ、ユウカ……』
いくつものあごに同時に装甲を貪られ、ウィンダイナが悶え悲鳴を上げる。抑え込まれたウィンダイナへ、浅黒い巨体が地面を重く響かせて迫る。
『どぉおらぁああああああああああッ!?』
重く足音を響かせた鬼は右足を大きく後ろに振り上げ、抑えつけるバッタもろともウィンダイナを蹴り抜く。
「うぐぁああああああああああッ!?」
サッカーボールの様に蹴り抜くその一撃に、ウィンダイナは悲鳴を上げ、その身に取りついた化物バッタもろともに宙を舞う。
怪物バッタを振り払いながら、錐揉み回転に空へ昇るウィンダイナ。そうして回転するままに放物線を描き、頭から着地。その重い音を立てての激突から、四肢を大の字に投げ出してピクリとも動かない。
『そんな、ユウカ!?』
仰向けに倒れたウィンダイナ。常に力強い光をたたえるシールドバイザー奥の双眸は、その輝きを失っている。そんなウィンダイナへ向かい、ルクスは翼を広げて物陰から飛び出す。
バイクに跨るデュラハンも、巨体の鬼も、怪物バッタですらも、そんなルクスを歯牙にもかけず、倒れたウィンダイナの所へ通す。
『ユウカ!? 返事をしてよ、ユウカッ!?』
傷だらけの装甲に覆われた胸に降り立ち、前足を叩きつけながら呼びかけるルクス。だが必死に呼びかける相棒の声にも、目の輝きを失ったウィンダイナは微動だにしない。
そんなウィンダイナとルクスへ歩み寄る黒い影。手を伸ばせば届くほどに近づいてもなお、ぼやけた輪郭を保ち続けるそれは、人質の孝志郎と愛を引き連れて、ウィンダイナの傍に足を止める。
『う、うう……お前ら!?』
黒い影とウィンダイナを取り巻く幻想種たち。ルクスは自分たちを取り囲むそれらを見回し、両の前足と翼を広げる。
『これ以上やるって言うなら、ボクだけにしろ!?』
ウィンダイナを庇おうとするようにその小さな体を精一杯に広げるルクス。
だがそんなルクスへ巨大な手が近寄り、太い指で弾く。
『ギャンッ!?』
鬼のデコピンにルクスはとっさに光の盾を張るものの、その防御もろともに弾き飛ばされ、土の上を跳ね転がる。
『お前を潰すのは、あの御方からの指令にはない』
黒い輪郭から洩れる男とも女ともつかない声。まるで眼中にないとでも言わんばかりに放たれる言葉に、ルクスは痛む体を震わせながら顔を上げる。そんなルクスへ黒い影はウィンダイナの側に立ったまま、再びその姿同様に曖昧な声を放つ。
『何名もの同志が討たれた原因であるお前にも恨みはある。が……だからこそ、お前と契約した契約者が討たれる様をその特等席で見せてやろう』
宣言し、倒れたウィンダイナへ灯した炎を向ける黒い影。
『ぐ……よ、止せ! やめろぉッ!?』
それにルクスが前足を伸ばして叫ぶ。だが、黒い影はそんなルクスの声が聞こえていないかのようにウィンダイナへ向けた炎を渦巻かせる。
瞬間。鋭く輝くウィンダイナの目。
「キィイアアアアアアアアアアアアッ!!」
裂帛の気合と共に地面を叩いて起き上がり、その勢いのままシールドバイザーに覆われた額を黒い影の半ばへ叩きつける。
『ぐぅ!?』
呻き、よろつき揺らぐ黒い影。その隙にウィンダイナは地面から跳ね上がる様にして立ち上がり、左足から踏み込む。
それに伴い、轟音と共に広がる爆風。その風で周囲の敵を押し退けながら、引き絞った右拳を打ち出し、黒い影の中心を撃つ。
『ゆ、ユウカ!?』
『ご、お!? ば、バカな!? まさかまだ立てると!?』
驚き声を上げるルクス。その一方、白銀の拳の突き刺さった打点からくの字に歪め、絞り出す様に呻く黒い影。
ウィンダイナは影へ撃ち込んだ右拳を捻りこみながら、振りかぶった左手に固く拳を握る。
「この程度のやられたフリが出来なくて、アクトレスなど勤まるものかァッ!!」
鋭い叫びと共に、腰の回転に乗って撃ち出す左拳。それと合わせて振りかぶった右拳を立て続けに繰り出し、拳の連撃を黒い影に叩きこむ。
「セェエエアラララララララァアッ!!」
腰の捻りに乗せて繰り出す拳の嵐。暴風に乗った横殴りの雨の如き拳が、黒い影に溺れるほどに降り注ぐ。目にもとまらぬ拳の雨は影の輪郭を構成する黒を削り飛ばし、空に散らす。
「セイッヤアアアアアアアアアアッ!!」
そして一際大きく、鋭く吠え、大きく引き絞った右拳で黒い影を撃ち貫く。
拳の貫いた風穴を中心に、渦を描く様に広がり散る黒い影。影が散り消えるのに続き、空中に捕らわれていた孝志郎と愛が宙に投げ出される。
「孝くん! 愛さん!」
二人を腕の中に保護しようと、手を伸ばすウィンダイナ。
「うッ」
「くう!?」
だがその瞬間、靄にも似た黒い影が空中で二人を絡め取る。
「なッ!?」
黒い影は二人を絡め取ったままに吊り上げ、伸ばした腕が空を切ったウィンダイナから驚きの声が漏れ出る。その間に黒い影はウィンダイナから大きく距離をとり、時間を巻き戻すかのように散って行ったものをより集めていく。
露わになる、怪物バッタ達とよく似た全体像。
黒いバッタの頭を飾る金の冠。その額には触角に挟まれた獅子の顔があり、その縁から後方へ豊かな金色のたてがみが伸びて靡く。背中からは甲殻に覆われた一対の脚が伸び、それぞれに四枚の翅をコウモリの羽の骨組みの様に備えている。
四本ある腕の内一本は死神の持つような鎌を握り、その腹の空洞では、黒い炎の塊が太陽の様に炎を噴き上げていた。
『残念だったな。こちらの手の内を見る以前に切り札を切ったのは失敗だったな』
怪物バッタの親玉といった様相の幻想種が鎌を向けて告げる。直後、ウィンダイナの体を横殴りの衝撃が突き抜ける。
「ぐぅ!?」
突き抜ける衝撃に呻き、吹き飛ぶウィンダイナ。重い音を響かせて地面へ激突。そして砂埃を巻き上げながら、倒れたルクスの元へ転がって行く。
『ユウカ!?』
「う、うう……」
うつ伏せに停まったウィンダイナは、傍らの相棒の声に両腕を支えに身を起こそうとする。
「ぐふぅッ!?」
だがそこへ、巨大な足がウィンダイナの背中を踏みつけ、地面へ釘づけにする。
「ぐ……うぅ!?」
重く圧し掛かる鬼の足の下。そこでウィンダイナは圧し掛かる重圧を押し返そうと四肢に力を込める。
鬼の踏みつけを堪えるウィンダイナ。そこへ怪物バッタの親玉は距離を開けたまま手持ちの鎌を孝志郎へ向ける。
『さて、白竜の契約者よ。そこで何一つ守れぬおのれの無力さを呪いながら散るがよい』
「やめて、やめてぇッ!?」
鬼の足の下。そこで本来の少女の声で嘆願するウィンダイナ。そして体を支える手足にさらに力を込めるものの、圧し掛かった鬼の足は無慈悲にその身を踏みつぶす。
「あ、が!?」
そのウィンダイナの様に、バッタの親玉は額の獅子の顔に笑みを浮かべて、鎌の刃を苦悶の表情を浮かべる孝志郎の首筋に当てる。
『フゥハハ。良い嘆きだ。だが安心しろ、せめてもの慈悲だ。絶望から立ち直る間も与えず、お前もコイツらの後を追わせてやる!』
「やめてぇッ!!」
涙交じりに叫ぶウィンダイナ。対してバッタの親玉は更に笑みを深め腕に力を込める。
「フン、随分と品の無い輩よ」
『な!?』
不意に響く声に右肩越しに振り返るバッタの親玉。
それを始めとするこの場にある全ての視線が集中した先。そこにいた黒い魔女は鉤爪を備えた左手で親玉バッタの後頭部を握り、その体勢から黒い炎を放つ。
「ヘレ……フランメッ!!」
『があああああああああッ!?』
黒く輝く炎の中から濁った悲鳴を上げる親玉バッタ。黒い魔女、ナハトは黒い炎に包まれたそれを放り投げると、拘束が解けて放り出された孝志郎と愛を腕の中に確保する。
『おおおおッ!?』
その乱入者の姿に、ウィンダイナを踏みつけて居た鬼は、白銀の戦士の上から足をどけると、雄叫びを上げてナハトへ踏み込む。
拳を振り被っての鬼の突進。それにナハトは紅のマントと長い黒髪を翻して跳躍。そして空中で身を捩り、背中から炎を翼の如く噴き出して鬼の頭上を飛び越え、その真後ろに回り込む。その直後、鬼の後頭部目がけて振り向く間も与えずに、背中から伸びる翼の如き炎を放つ。
『うぐおおおおおッ!?』
首から上を炎に包み、その巨体を捩る鬼。ナハトはそれに目もくれず、四肢を支えに立ち上がろうとするウィンダイナの側へ降り立ち、腕を薙いで周囲から迫る敵を炎の壁で押し返す。
『ナハト、それにアム!?』
「なぜ? どうして?」
腕を伸ばしたナハトを見上げ、ウィンダイナは痛みに苛まれる体に鞭打ちながら身を起こす。対するナハトはそれぞれの腕に抱えた孝志郎と愛を、白銀の戦士へ押しつける。
「お、っと!?」
慌てて二人の身を受け止めるウィンダイナ。ナハトはその姿を見据えて、黒いルージュを引いた口を開く。
「なんという様だ。情けないぞウィンダイナ」
『どういうつもりだ! 何のためにこんなことを』
「ゴメン、迷惑をかけたね。とにかく、助けてくれてありがとう」
警戒心を露にするルクスに対し、ウィンダイナは孝志郎と愛の二人を抱えたままナハトに頭を下げる。
『な、何を礼なんて言ってるの!? こいつは!?』
そのウィンダイナの行動に、驚きのまま目を剥くルクス。
その一方で、礼を言われたナハトは軽く鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「ふん。謝られる筋合いも礼を言われる道理もない。我はただ、奴らの事を許せなんだまでのこと」
そう言ってナハトは右手を目元を隠すバイザーへ伸ばす。
「そう、この深魔帝国皇女、シャルロッテ・エアオーベルング・神薙の右目の黒い内は、我が宿敵を横から霞め取る様なマネなど、断じて許すものか……!」
怒りを滲ませながらバイザーを外し、右が黒、左が深紅に輝く双眸を露にするナハト改めシャルロッテ。その顔は化粧を施し、多少大人びたものになってこそいるものの、いおりと同じ顔であった。
『だから何なんだよ!? 素顔を晒して名前を変えたからってそんなことを信用しろって言うのか!?』
警戒心を緩めずに歯を向くルクス。それにウィンダイナは顔の右半分を向け、小さく首を左右に振る。
「ルーくん」
『む、うう……』
相棒が渋々といった様子ながらも矛を収めたのを確かめ、ウィンダイナはシャルロッテへ顔を戻す。
「私たちは宿敵。そう言うことで、いいんだね? シャルロッテ」
低い声で確認するウィンダイナ。その問いを素顔を晒したシャルロッテは小さくあごを引いて肯定する。
「うむ。いずれこの関係に決着はつける。だがその時までは、他の誰にも貴公の命を渡しはしない」
「そう……」
ウィンダイナは短い返事と共に、シャルロッテの告げた意思に頷き返す。
押し黙り、互いに視線を外さずに押し黙る両者。
『ごおおおッ!』
その沈黙を破る重い咆哮とエンジン音。二つの無粋な音の乱入に続き、戦士と魔女を挟み込むように炎を越える鬼とデュラハン。
『来たよ!』
『シャルロッテ!?』
白黒それぞれの竜から上がる警鐘。その間にも、鬼は焼け焦げた顔を怒りに歪め、大股にシャルロッテの背中に迫る。そしてデュラハンもウィンダイナの背中へ向かい、濃紺のバイクを急がせる。
「ルーくん、ルクシオン! 二人をお願い!」
「半身よ。二度と奴らの手に二人を渡すな」
『う、うん!』
『任せされたさ』
沈黙を保っていた二人からの指示に、ルクスは戸惑いながら、アムは苦笑混じりに従う。
ウィンダイナの手から離れた孝志郎と共に光の球となり、ルクシオンを纏うルクス。そしてその背に寝た愛の上で、アムが翼を広げて見張るように飛び回る。
そうして、パートナーたちは取り返した人質二人を預かる。その刹那、白銀の戦士と黒い魔女へ繰り出される拳と車輪の挟撃。
「キア!」
「ハ!」
鋭い声を同時に、揃って背後へ迎撃を放つ二人。
身を低くしてのウィンダイナの左踵が、車体を潜って後輪を刈る。その逆ではシャルロッテの左手からの炎が真正面から鬼の拳を呑む。
『ぐうお!?』
腕を焼く熱に怯む鬼。その分厚い胸板を、二人を飛び越えたバイクの前輪が叩く。
絶え間なく打ち込まれる打撃にたたらを踏む鬼と、マシンから投げ出される首無しライダー。その隙にシャルロッテは赤い光の残滓を置いて舞い上がり、その下をウィンダイナが屈んだままに潜り抜ける。
シャルロッテの開けたコースを駆け抜け、滑り込むように浮いた鬼の足へタックル。
「どぉおっっせいやぁぁあッ!!」
巨木の幹にも似た筋肉質な脛を抱え、気を張り上げながら持ち上げる。
『お、お、おおおッ!?』
野太い悲鳴を上げる鬼を、その勢いのまま抱えた足から放り投げるウィンダイナ。
重い地響きを響かせて、背中から倒れ込む鬼の巨体。その胸から前後両輪を空回しさせたオフロードバイクが転げ落ちる。
「ウンベゾンネン……グリューヴュルムヒェンッ!!」
そこへ追い打ちをかける様に、頭上からの鋭い詠唱に続く炎のミサイルが雨霰と降り注ぎ、爆ぜる。
連なり爆ぜる炎。それに埋め尽くされる鬼の上半身とデュラハン。爆炎に呑まれたバイクは空回りするままに誘爆。連鎖する爆発の中の一つとして炎の花と散る。
爆音と熱の渦巻く中、防壁の役割を担っていた外縁部の炎を、翅を広げたバッタが飛び越えて来る。
マジックミサイルを放ち続けるシャルロッテへ向かう雑魚バッタ。ウィンダイナは宿敵に群がるそれを見上げ、跳躍と同時に叫ぶ。
「シャルッ!」
「応ッ!!」
ウィンダイナの警告を受け、次弾として発生させた炎のミサイルの内半分を四方に放つ。
すぐ近くまで迫ったバッタに着弾。爆発する火炎弾。だが球状に広がる爆炎と煙の合間を潜り抜けたものが炎に散る仲間たちに怯むことなくひたすらにシャルロッテを目指す。
「キェアッ!!」
ウィンダイナはシャルロッテの背後に迫る一匹のバッタの顔を蹴り砕き、反動でとんぼ返りに跳躍。
「ヘレ・フランメッ!!」
直後、力を失って堕ちる怪物バッタを、その後続もろとも炎が焼き払う。
乾いた木が焼け割れるような音の中、ウィンダイナは周囲に迎撃の炎を繰り出すシャルロッテを真下に空を舞い、逆側からシャルロッテへ迫るバッタを蹴り抜く。
そこへ下方から煙を割り裂いて、巨大な両掌と光る得物を構えた人影が迫る。
「ライフゲイルッ!!」
「来たれ魔王の火! ザータン・フォイアーッ!!」
迫る敵に、揃ってそれぞれに必殺の武器を抜くウィンダイナとシャルロッテ。
鉈を構えた首なしの斬撃を、旋風を纏う光刃で弾くウィンダイナ。
一方、喚び出した炎の杖を横倒しに構えたシャルロッテは、左右から挟み込もうと迫る鬼の手を杖の両端から放つ火球で迎え撃つ。
そしてウィンダイナは右手に持った光り輝く刃を手首の返しでくるりと回して下に向けて構え直して落下。炎の杖を上に向けて上昇するシャルロッテとすれ違う。
鬼の腕の合間を抜け、落下の勢いのままに焼け焦げた鬼の額へ真直ぐにライフゲイルを突き立てるウィンダイナ。対して空へ昇るシャルロッテも同時に首なしライダーの胸に燃える杖の穂先を突き立てる。
二つの杖を中心に、同時に展開する翡翠色と紅の魔法陣。そしてウィンダイナとシャルロッテは揃ってそれぞれの得物を魔法陣へ押し込む。
「はああああああああああああッ!!」
声を揃えた両者の雄叫び。続いて渦巻く風が地を吹き荒らし、吹き上がる炎が天を焦がす。
『ごおおぉああああああああああッ!?』
空を割る様な鬼の断末魔と、それを呑みこむ爆発。
ウィンダイナはその爆発の余波に乗って空を舞い、赤いジャージの男性が倒れた爆心地へ片膝をついて降り立つ。
続いてシャルロッテが赤いマントと長い黒髪をなびかせてウィンダイナの右隣りに舞い降り、杖の先に引っ掛けていたスーツ姿の男を地面へ落とす。
そうして並び立った白銀の戦士と黒い魔女は、揃って同じ方向を睨む。その鋭い視線の先には、配下の化物バッタを従えた、親玉バッタの姿があった。
『黒竜の小娘とその契約者め! お前ら、自分が何をしてるのか分かっているのかッ!?』
焦りを滲ませて怒鳴る額の獅子。対するシャルロッテは左手の鉤爪を擦り鳴らしながら口を開く。
「ふん。知ったことか。我も我が半身も貴様らが気に入らぬ。そのやり様が気に入らぬ。それだけよ」
『クッ!? ならばこの場で白竜のもろともッ!』
吐き捨てるシャルロッテに親玉バッタは歯噛みし、取り巻きの分身体をけしかける。
本体の指令に従い飛来するバッタの群れ。それを前にウィンダイナとシャルロッテは揃って武器を構え直す。
「宿敵よ、露払いと拘束は任せよ」
「分かった、そっちはお願いする」
両者はそう言って頷き合い、正面から迫るバッタたちへ踏み込む。
「意思無き駒ごときが我らを阻むなぁッ!!」
シャルロッテは苛立ちを乗せて叫び、背中から炎のミサイル、杖の先から火炎の奔流を放つ。
津波のように迫る使い魔の壁に炎が爆ぜ、崩れたところを火炎流がこじ開ける。
「今だッ!」
「おお!」
ウィンダイナはシャルロッテが開いた壁を潜り抜け、その先で親玉へ延びる炎のレールをライフゲイルを構えて駆ける。
『ぐ、こうなれば!』
炎のレールが両脇を抜け、それを辿り迫るウィンダイナ。それに親玉バッタは体を豆粒のような小虫に分解。逃げようと試みる。
だが両脇の炎がそれを許さず、分離中の親玉バッタを半球状に取り囲む。
「キィイイァアアアアアアアアアッ!!」
ウィンダイナは裂帛の気合を響かせ、炎に捕らわれた親玉バッタをその拘束もろともに貫く。
『ぎゃ、あ!? ぁああああああああああッ!!』
半球を描く火炎に突き刺さった柄を中心に展開する二重魔法陣。風と灼熱が渦巻く炎の結界の内から響く苦悶の絶叫。そこへウィンダイナは両手に握ったライフゲイルの柄を更に強く握りしめ、その双眸に強い輝きを灯す。
「誇り高い私の宿敵の姿を真似て、よくもあんな卑劣な行いを! お前の様な奴を、私は断じて許さんッ!!」
怒りを込めて吠え、刃を捻じ込むウィンダイナ。それに応じて、柄を中心とした二重魔法陣は互い違いの回転の勢いを強める。
「命の風よッ! 光遮る暗雲を、輝きを曇らせる淀みを、吹き掃えェッ!!」
ウィンダイナが力強く唱える言霊。それに応じて炎の内で吹き荒れる風が勢いを強め、幻想種を閉じ込める炎の結界が内側から押し広げられる。
「厚き影を掃い! 光を、ここにッ!」
続く言葉を詠唱。そしてウィンダイナは大きく後ろへ跳び退きながら、ライフゲイルの光刃を引き抜く。着地に続いて身を翻し、その勢いのまま右手に握った刃を右へ払い流す。そうして手首を返して輝く刃を回転。血糊を払い飛ばす様に左へ振り払う。そこから左掌を光刃に添えて右手に握った柄を引く。掌から火花を散らしながら刀身を拭い、切っ先が抜けると同時に後ろへ振り伸ばす。
「浄ォォ化ァァッ!!」
振り抜いた姿勢のまま鋭い結びの言葉を放つウィンダイナ。その背後で爆音が轟き、熱風が暮れの校庭に広がる。
焙る様な熱が吹き抜ける中、ウィンダイナは振り抜いた刃を下げ、同じように杖を下ろしたシャルロッテと向かい合う。
翼を広げ、空を滑る様に寄る黒竜。そんな相棒を右手に迎え、微笑むシャルロッテ。
だがその瞬間。シャルロッテとアムを白い雷が襲う。
『きゃんッ!?』
「ひゃッ!?」
「いお……!?」
悲鳴をかき消す轟音と視界を埋め尽くす閃光。それにウィンダイナはとっさに顔の前に腕を翳す。
顔をかばう腕を退け、シャルロッテたちの居た場所を見やる。だがそこには、すでにシャルロッテの姿は影も形もなかった。
「……いおり、さん……」
姿を消した友の名を呟き、空を見上げるウィンダイナ。
紺色へ暮れつつある空では、遠く烏の鳴き声が響いていた。




