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魔法少女ダイナミックゆうか  作者: 尉ヶ峰タスク
吠える風、揺れる炎
26/49

心乱す嵐~その1~

アクセスしてくださっている皆様、いつもありがとうございます!


物語も半分を越えまして、これから終局へ向けてますます力を込めていきたいと思います! 今後も拙作にお付き合いいただけましたら何よりです。


それでは、本編へどうぞ。

 タイル張りの壁に囲まれた空間。その半分を占めるうっすらと湯気の昇る、湯に満たされたバスタブ。

 バスタブの隣にある白くつるりとした椅子。そこに、引き締まりつつも豊かな腰を乗せた裕香が手に持った洗面器を使って頭からお湯をかぶる。

 湯が流れ、濡れた長い黒髪が丸まった背中へ張り付く。

「はぁ……」

 背を丸めて項垂れた裕香。垂れさがる長い前髪から湯が滴り落ち、こぼれ落ちた溜息と共にタイルを叩く。そんな固い床で次々と弾ける水滴を見ながら、裕香は頭上で逆さになった洗面器を下ろす。

「あれは、間違いなくいおりさんだった」

 夕方、宿敵ナハトとの激突の末に見たその正体。親友とも呼べる友人の驚愕に固まった顔を思い出し、裕香は再びため息を吐く。それから両腕を腿に乗せて、目の前で手を組み合わせる。年不相応に実った二つの果実は、胴と腕と腿に囲まれる形で納まる。

「いおりさんがナハト……そう分かれば、一緒に出かけた先にいたことも、私に何かあったことを知ってたのもおかしくない……」

 裕香はそこで一度言葉を切ると、目の前で組んでいた両手をほどく。

「だったら、私はこの手で、いおりさんを何度も、何度も殴ってきたっていうことに……」

 左右それぞれに拳を結んだ手を見つめ、呟く裕香。

 その声は微かに震え、言葉を放った唇も同じ様に震えている。そして両の手を見つめる目も、まるで溢れ出そうとするものを抑えるように細める。

「でもナハト、じゃなくていおりさんとは戦わなくちゃ、孝くんや愛さんみたいに、パンタシアに願いと命をいいようにされる人が増えるし、それに巻き込まれて、みんなが傷ついて……」

 そう言いながら、裕香は拳に固めた両手を開いて膝を掴み、その手の甲に額を押し付けるように体を丸める。

「でも、その為に、いおりさんを私の手で傷つけて……」

 体を丸めながらの絞り出すような声。やがて裕香は濡れた頭を振り上げながら立ち上がる。そして足元に置いた洗面器を引っ掴み、湯気の上がる湯船につっこんでお湯を汲む。それから湯が器の端から零れるのも構わずに頭の上に持っていき、その勢いのままひっくり返して湯を頭からかぶる。

 湯が起伏に富んだ体を流れきるや否や、長い黒髪を振り回して頭を振る裕香。そして何度目かに大きく頭を振り上げる。そうして天井を振り仰いだまま、わずかに沈黙。すると、まるで力を無くしてもたれ掛かるように、両掌から正面の壁へ体を預ける。

『いきなりの舞台ではあるが、逆に考えれば好機ではないか。未来を担うスーツアクターの蕾ここにありと、役者観客の双方に魅せつけてやるがよい』

『全ては我自身のための事、それ以上でもそれ以下でもない!!』

 脳裏に浮かぶ、いおりとナハト。同一人物が二つの姿で放つまったく違う言葉に、裕香は潤む目を震わせて唇を歪める。

「もう、わけ分からない……私、どうしたら!」

 壁にもたれかかりながら、か細い声で呟く裕香。その肩は小刻みに震え、顔からは湯とも、涙ともつかない雫が流れ落ちていた。


※ ※ ※


『……いおり? いおり?』

 一方その頃、月明りが照らすのみの暗い部屋。その中で赤い双眸を光らせたアム・ブラがベッドの上で盛り上がった布団を右前足で押す。

 対して盛り上がった布団は、その中身が身を捩るのに合わせて前後に揺れる。

『どうしたってのさ? 飯は作るだけ作ってろくに食べもせずに。帰って来てからなんかおかしいんじゃない?』

 そう言ってアムは繰り返し布団を押しながら、その中身へ問いかける。だが布団にくるまったいおりは、自身を包む布から顔を出そうともしない。

「食欲が無い。今は、放っておいて」

 布団の中で籠った言葉短な返事。それにアムは鼻にため息を通し、布団の中のいおりへ重ねて声をかける。

『何言ってんのさ、アンタらしくもない。今日はナハトの姿が維持できなくなるまで戦ったんだから、人間のアンタはちゃんと栄養を取った方がいいって』

「……ッ! いらないっていってるでしょ!?」

 呼びかけるアムを振り払う様に、布団ごと大きく身をゆするいおり。

『そ、そうかい……無理言って悪かったよ』

 押し退けられる形で拒絶され、身を引くアム。そしてそのまま窓へ向かい、ベッドの上で盛り上がった布団から離れる。

『じゃ、アタシはちょっと外を回って来るから』

 そして窓に前足をかけた所で振り返り、布団に籠った相方へ一声かける。それにいおりは何も答えず、僅かに布団が内側から動く。

 アムはそんな相棒の反応に目を伏せ、外へ出ようと窓へ向き直る。

「……すまぬ、我が半身よ。少し、頭を冷やさせてくれ」

 不意に背中へ投げかけられた声。布団越しでやや籠ったそれに、アムは振り返り、小さく笑みを零す。

『いいってことさ。ま、そんな風に頭まで被ってたら、冷えるどころか熱がこもるとは思うけどさ』

 言外に気にしていないと言う意もこめてか、アムはいつもどおりの調子で言葉を返して窓を開ける。そして夜空へ溶け込む様な闇色の翼を広げて、外へ出る。

 夜空へ飛び出したアムは振り返り、出口に使った窓をきちんと閉める。そうして今一度大きく翼を羽ばたかせ、アパートから離れていく。

 そして月明りの中を行きながら、後ろに離れていくアパートへ顔を向ける。

『ああまで塞ぎ込むとなると、よほどの事があったと見るべきさね』

 そのまま全身で振り返り、器用にも背中から進行方向へ飛びながら前足を組む。

『ただ、最後のぶつかり合いの時もあんだけ気力に満ち満ちてたのに、終わった途端にああだからね。あったとすれば撤収までのあの短い時間の間に、ってことさねぇ』

 ボートを漕ぐ様に羽ばたく翼を止めずに首を捻るアム。不意にその顔の右横に赤い魔法陣が浮かび上がる。

『……お前の契約者。随分と気が削げている様だな。あんな状態で本当にやれるのか?』

『盗み見てたって訳かい? 相変わらず随分と良い趣味してるじゃないのさ』

 前足を組んだまま魔法陣を見やり、皮肉を返すアム。だが通信相手は意に介した様子もなく、魔法陣の向こうで軽く笑い飛ばす。

『フッ……相変わらず口の悪い奴だ。こちらは心配して見守っていただけだと言うのに』

『ハン! 心の力の集まり具合だけだろうがさ。で? お優しいアンタはわざわざそれを言うためだけに声をかけてきたのかい?』

 もう一度皮肉を乗せて、通信相手に本題を促すアム。すると魔法陣の向こうで軽く笑う様な息が漏れ出る。

『そう邪険に扱ってくれるな。なんにせよ契約者があの調子ではお前は満足に動けまい?』

『で? 何が言いたいんだい? アンタはいちいち言い方が回りくどいのさ。それに、余計な心配しなくたっていおりならじきに立ち直るさ。そんなに暇はないよ』

 アムはそう言ってそっぽを向きながら鼻を鳴らす。

『そうか。その間は同胞たちの事は知らんと?』

 だがそこへ投げかけられた言葉にアムは短く呻き、半眼で右の魔法陣へ視線を戻す。

『私に策があるのだが、それに協力しないか? なにも契約者を見捨てろなどとは言っていない。気力を取り戻すまでの間で構わない。どうかな?』

 あくまでアムの意思を尊重すると言わんばかりの協力要請。だが先に投げかけられた言葉を含めての拒否を責める様な響きに、アムは歯噛みして低く唸る。

『チッ……分かったよ、降参さ』

 やがてアムは舌打ちを一つ。魔法陣を見やる半眼はそのままに渋々と了承の返事をする。

『ただし、アンタの言う策に従うって同胞を動けるようにしてやるだけさね。アタシは相棒が復帰したらすぐにでも思う様に行動させてもらうからさ!』

『ああ、それで構わない。好きにしたまえ』

 笑い声を含んだ返事。それにアムはもう一度舌打ちし、そっぽを向く。

『では、キミが預かっている同胞たちにはこちらから話を通しておくとしよう。では……』

『ちょっと待ちな!』

 話は終わったとばかりに通信を切ろうとする相手を、アムは右の横顔だけを向けて引き止める。

『何かな?』

 引き止めた用件を訊ねる余裕を匂わせた声色。それにアムは魔法陣を睨む目をそのままに口を開く。

『今日の夕方。アタシが管理調整してたモンに何者かの干渉があったのさ』

『ほう? それで?』

 落ち着いて話しなさいと言わんばかりの声音に、アムは睨む目を鋭く引き締めて歯を剥く。

『その干渉してきた力の波長は、アタシに間違いがなきゃアンタのものだった。これはどういうことさ!?』

 徐々に語調を強め、叫ぶように問うアム。だが赤い魔法陣からは鼻で笑い飛ばす様な息が漏れる。

『フ……そんな事をして、私に何の得がある? バカなことを言うな』

 ただそれだけを告げて魔法陣は音も無く消え去る。その空に残った赤い残滓をアムが尾で薙ぎ払う。

『タヌキがッ!!』

 散り消える光の粒へ吐き捨てるアム。大きく肩を上下させて羽ばたき、微かな星々の瞬く夜空を見上げる。

『こんなことなら、こっちに来る時にもう二、三発ぶちこんどきゃよかったよ!』

 そう言ってアムは苛立たしげに尾を振るうと、その勢いのまま身を翻し、夜空を飛んでいく。


※ ※ ※


「シャル様、来てないね? いつもここで待ってるのに」

「……うん」

 朝日の降り注ぐ山端公園の門前。そこでランドセルを背負う孝志郎と、セーラー服姿の裕香が並び立っている。

 普段はすでに門の前で待っていて、孝志郎と入れ替わる形で裕香に同行しているいおり。

 そんないおりの姿が見えない事に、孝志郎は繰り返し周囲を探しては首を傾げる。

「隠れてんのかな?」

 孝志郎はそう言って門の側へ駆け寄り、門柱や生垣の裏を覗きこむ。そうしていおりの姿を探し続ける孝志郎の背中を見、裕香はその長い前髪の奥で目を伏せて下唇を噛む。

『今、いおりさんと顔を合せなかったことで、私、ホッとしてた……情けないッ!』

 裕香は心中で呟き、手提げ鞄の取っ手を強く握り締める。

「裕ねえ? どうしたの?」

 そこへ、いつの間にか目の前に戻って来ていた孝志郎が下から覗きこむように見上げながら訊ねる。

「あ、うん。心配だね!」

 様子を窺ってくる孝志郎に、裕香は取り繕うように慌てて応える。そんな裕香に孝志郎はぎこちなく頷く。

「うん。確かにシャル様も心配だけど……」

 そう言いながら、ちらちらと裕香の顔を覗く孝志郎。それに裕香は、動転して強張った顔に笑みを浮かべて首を傾げる。

「……けど? 他に何か気になることがあるの?」

 問いかける裕香。すると孝志郎は頷き、裕香の顔をじっと見上げる。

「けど俺は、裕ねえの方が心配だよ。なんか、凄くつらそうで」

 孝志郎からの一言に、裕香は息を呑む。そしてどうにか表情を笑みの形に緩めると、力無い微笑みで頭一つ小さい幼馴染みへ向かい合う。

「うん。ちょっと、悩んでることがあって、ね。私一人のことじゃないから、誰かに、簡単に相談する事もできなくて・・・・・・」

「・・・・・・それってさ、シャル様がここにいないことに関係あるの?」

 孝志郎からの抑えた声での問い。裕香はそれを受けて目を反らすと、唇を結び頷く。すると不意に鞄を持つ手が柔らかな温もりに包まれる。

 その暑くさえある温もりに包まれた手に目を向ける裕香。その視線の先では、孝志郎の両手が、裕香の手を包むように握っていた。

「孝、くん?」

 声を詰まらせながらも、幼馴染の愛称を呼ぶ裕香。すると孝志郎は、両手で持った裕香の手を自分の胸の前に持っていく。

「俺、裕ねえからしたら、頼りないと思うけど、裕ねえの力になりたいって、いつも思ってるんだ。だから、俺で役に立つ事があったらいつでも言ってほしいんだ」

「孝くん!」

 見上げながらの孝志郎の言葉に、裕香は幼馴染の頭を空いた腕で抱きこむ。

「わぷ!?」

「うん……! ありがとう、孝くん。気持ちの整理がついたら、孝くんにも相談するから」

 その豊かな双丘の間に孝志郎の頭を挟み込み、強く抱きしめる裕香。

「ゆ、ゆうねえ……息が」

 抱きしめられた腕と胸の中で息苦しげに悶える孝志郎。

「あ、ゴメン!?」

 その声に裕香は慌てて孝志郎を腕の中から解放する。

 密着していた体を離し、お預けを喰らっていた酸素を思い切り胸の中に吸い込む。

 顔を赤くして深呼吸を繰り返す孝志郎。それに裕香は、前髪の先端を弄りながら口を開く。

「ご、ゴメンね、孝くん。私ってばつい……」

 謝る裕香に、孝志郎は深呼吸を繰り返しながら笑い返す。

「うん、いいよ、気にしないで」

 頬の赤みを強めながらも、あっさりと許す孝志郎。その笑みに裕香は前髪を触りながら微笑み返す。

「ホントにゴメンね? じゃあ私はもう少しいおりさんを待っててみるから、孝くんは遅れないうちに学校に行ってて」

「ううん。俺ももうちょっと一緒に待ってるよ」

 そう言って孝志郎は裕香の提案に首を横に振り、その左隣に並ぶ。

「そう。ありがとう孝くん」

 裕香は隣りの孝志郎へ頷くと、公園の門柱に二人揃って背を預ける。


※ ※ ※


 山端中学校の放課後。クラスメートたちが帰り支度を整える二年三組の教室の中。裕香は机に置いた鞄へ荷物を詰めながら、後部の出入り口に目をやり小さくため息を吐く。

「はぁ……」

「今日、結局大室さんは来なかったみたいだね」

 そこへ鞄を提げた愛が歩み寄り、声をかける。

「うん」

 頷く裕香に愛は困ったように眉根を寄せ、頬にかかった髪を払う。

「昨日あれから無事だっていうメールはきたけど、心配だね」

「うん」

 出入り口を見たまま頷く裕香。その様子に愛は小首を傾げる。

「裕香さん? どうかしたの?」

「うん」

「え!? やっぱりどこか具合が悪いの!?」

 裕香の生返事に、慌ててその顔を覗きこむ愛。それに裕香はハッとなって手と首を横に振る。

「ご、ゴメン! ちょっとぼうっとしちゃってて! 私の体なら大丈夫だから」

「そう……? ならいいんだけど」

 どこかいぶかしみながらも、覗きこんでいた身を引く愛。それに続いて、裕香も荷物を掴んで席を立つ。

「それより、今日の勉強会はどうしようか?」

 話題を切り替えようと、今日の予定を振る裕香。それに愛は頬に手を当てて考える様な仕草を見せる。

「そうだね。まず大室さんのお見舞いにでも行こうか? 裕香さんは大室さん家の場所わかるんだよね?」

「あ……うん。前に、いおりさんから聞いたから」

 確める様な愛の問いに頷き、歯切れ悪く応える裕香。それに愛は再び首を傾げる。

「裕香さん? やっぱりどこかおかしいの?」

「う、ううん! 大丈夫! じゃあ、早く行こうか」

 裕香は慌ててそう言うと、愛に先導する形で教室の外へ歩き出す。

「……うん、そうだね」

 裕香の反応に、固い表情でどこか腑に落ちない様子を見せながらも愛は先を行くその背中に続いて歩き出す。

 廊下を歩き、昇降口へ向かう二人。

「あら、吹上さんに三谷さん?」

「あ、先生」

 やがて、靴箱の並ぶ出入り口に入った所で、二人の目の前から担任の月居が現れる。

 月居は担当する生徒二人の姿に、切れ長の目を柔らかく細める。そして耳を隠すほどの長さの黒髪を揺らして、タイトスカートの裾から伸びる足を二人へ動かす。

「二人とも、今帰るところ?」

 艶のある声で尋ねてくる担任に、裕香と愛は揃って頷く。

「はい」

 そんな二人に微笑みながら、月居は生徒たちの近くを見回す。

「そう言えば、近頃いつも一緒にいるもう一人の……四組の大室さんは今日欠席だったかしら?」

「はい。なので、勉強会の前にお見舞いに行っておこうかと思ってるんです」

「そう」

 そんな愛の返事に、月居は微笑み頷く。だがそこで顔を伏せる裕香に気がつき、目を留める。

「吹上さん? 今日はあまり元気が無かったようだけど、風邪でもひいたの?」

 柔らかな調子で問いかける月居。それに裕香は顔を上げ、左右に頭を振る。

「いえ、大丈夫です! 簡単に風邪をひくような、やわな鍛え方はしてませんから」

 裕香はそう言って、両拳を肩の高さまで持ち上げ、元気と力をアピール。それに月居は小さくあごを引いて頷く。

「ええ、そうみたいね。でも……」

 一度言葉を切り、裕香の肩に手を添える月居。

「先生?」

 切れ長の目を細めての真剣な眼差し。それに戸惑う裕香へ、月居は止めていた言葉の続きを口に出す。

「自分を過信するのは危険よ。きちんと自分と向き合って、今本当に自分がどうしたいのか、どうするべきか考えて。辛いときや苦しいときに、近くにいる人を頼るのは、決して弱いということではないわ」

 真摯な眼差しと共に注がれる月居の言葉。その忠告に裕香はただ気圧されるままに首を縦に振る。

「は、はい。ありがとうございます、先生」

 裕香の素直な礼。それを聞くや否や、月居は目元と唇を柔らかく緩めて、裕香から身を離す。

「ええ。じゃあ二人とも、帰り道は気をつけてね。また明日」

 そして手を軽く振って、裕香と愛の傍を通り抜けていく。

「はい、また明日」

 そんな離れていく担任の背中へ、別れの挨拶を送る裕香と愛。

「じゃあ、行こうよ」

「そうだね」

 そうして二人は、月居を見送ると、顔を見合わせて、自分たちの靴を納めた下駄箱に足を進める。

 靴を履き替えて表に出る裕香と愛。二人はそのまま校門を抜けて学校を出ると、愛の家の前を通り過ぎて、山端公園前へ歩いていく。

「それでね、昨日帰ってから料理の練習してみようかな。って言ったらね、早人が何て言ったと思う?」

「ん? なんて?」

 裕香は車道よりに歩道を歩きながら、隣を歩く愛へ首を傾げる。

「失敗作は姉ちゃん一人で始末しなよ。だって! 私がどうしようもない失敗しかしないって思ってるんだから! ホントに生意気でしょ!?」

 そう言って、昨夜の事を思い出してか拳を握る愛。そんな友達の姿に裕香は笑みを浮かべる。

「それはひどいね。遠慮が無いなあ、早人くん」

「でしょ!? って裕香さんなんで笑ってるの!? 笑い事じゃないよ!?」

 裕香の唇に浮かぶ笑みを見咎める愛。それに裕香は掌を間に出して笑みを深める。

「ゴメン、ゴメン。でもあれくらいの年ならよくあることじゃないかな? 早人くんなりのコミュニケーションだと思うよ?」

 その裕香の言葉に愛は腑に落ちないと言わんばかりに唇を尖らせ、首を捻る。

「そう? でも孝志郎くんは裕香さんにそんな態度とらないよね?」

 実の弟と知り合いの男の子を比較する愛。それに裕香は苦笑混じりに口を開く。

「いやあ、孝くんももし私が実の姉だったら分からないよ?」

「それはそうかもしれないけど、うぅん……」

 愛は納得しきれないのか、眉根を寄せて首を捻り続ける。

「じゃあ、愛さん想像してみて? 私に対する孝くんみたいな早人くんを」

 裕香はそんな腑に落ちない様子の愛へ、一つの案を投げ掛ける。愛はそれに素直に従い、空を見て考え込むような仕草を見せる。

「うぅ……考えてみたらすごく気持ち悪い。あんなキラキラした目で私を見てくる早人なんて……」

 そして僅かな間を置くと、そんな一言と共にげんなりした顔を見せる。

「それはそれで酷いかも」

 愛のあんまりな言い様に思わず苦笑する裕香。そして前方に立った影に気がつくと、笑みを深めて公園のある方角を顔の向きで示す。

「あれ? 噂をすれば、かな?」

「あ、本当だね」

 公園の門柱前に立つ小柄な人影。それに愛も表情を緩めて正面を見る。

 見知ったシルエットに向けて足を速める二人。

 近づく距離。だがそれにもかかわらず、公園前に立つ像は一向にその姿をはっきりとはさせず、それらしい、程度の虚ろなシルエットを保ち続けている。

「ッ! ダメ、愛さん!」

「へ? え!?」

 その異様さに裕香は息を呑み、足を踏み出し掛けた愛の腕を掴んで引き留める。

 瞬間。孝志郎と思しきシルエットがアリの塊のように崩れ、頭だった所に三つの光を灯して爆散する。

「危ない!」

「ヒッ!?」

 飛来する小さなものに、裕香は愛の体を引き、包むように抱きこんで体の陰に隠す。そうして腕の中で息を呑む愛を庇い、背にぶつかるものを耐え続ける。

 ぶつかるものが収まるのに続き、周囲の空気が変わる。

「この気配……結界!?」

 じっとりと粘つき、重くなった空気。そんな張り付く様な気配と、背中にうずく痛みに裕香は眉をひそめて背後を見やる。

 その視線の先に立つ、三つの歪な人型。

 濃緑色の硬質な体。人の顔にも見える部位を挟み、前方へ長く伸びる一対の触角。その下には白く濁った複眼があり、更に下に続くあごがギチギチと音を鳴らす。

 肩と脇からは二対の腕が生え、後ろへ大きく伸びた腹節の手前からは、四本の腕とはけた違いに太く長い逆関節の脚が生えている。

「うぅ……虫ぃ!?」

 あごを鳴らしながら足を深く畳むバッタの怪物。その姿を愛は裕香の体越しに覗きこみ、引きつった顔と声に嫌悪感を露わにする。

 そんな愛の声を合図とするかのように、三体のバッタはあごを一際大きく鳴らし、跳躍と同時に背中の翅を広げて躍りかかる。

「伏せてッ!」

 とっさに愛へ体当たりをかけ、友人の身を押し倒す裕香。直後、二人の頭上を三つの影が翅を鳴らして横切る。

 愛の体ごと伏せた姿勢から、裕香はすぐさま顔を上げてバッタたちの背中へ右拳を向ける。

「ルーくん! 目くらましッ!!」

『任せてッ!!』

 愛の目を庇いながら叫ぶ裕香。それに続き、ノードゥスの宝玉から光が爆ぜる。そこへ丁度振り返った三体のバッタは、視界を埋め尽くす眩しさに顔を庇い悶える。

「愛さんこっちへ!」

「う、うん!」

 複眼を光に刺されて悶える怪物。その隙に裕香は伏せた愛を助け起こして怪物たちから離す。

 そして裕香はすぐさま左回りに振り返る。そこへ目がくらんだままに腕を振り上げて追ってくるバッタの怪物たち。その先頭の一体の胸に、振り向きざまの右拳を叩きこむ。

 バッタの胸を打つと同時にその拳から光が弾け、怪物の体を押し返す。

「ヤア!!」

 そこへ鋭く短い気合と共に踏み込み、更に輝く拳を叩きこむ。

 再度溢れる閃光。その爆発はダメ押しに怪物の体を押し込み、二体まとめて後ろへ押しやる。

 下がる二体の脇を抜け、光を割って躍り出る三体目。

 跳びかかりざまの左拳。それを裕香は右へのステップで回避。更に横薙ぎの右腕を潜り、続く左の突きを右肩に掠めながら輝く拳を三体目の胸へ撃ち込む。

 カウンター気味に入った一撃に、バッタの怪物は長い逆関節の脚を弾ませて後退する。

 その間に裕香は鋭く息を吸い、両腕を大きく回して右拳を左掌へ叩きつける。

「ハァァッ!!」

 乾いた音と共に弾け広がる光。その輝きを灯した拳を掌に擦り合わせ、振り抜く裕香。腕の勢いに乗り、離れた光が裕香の周囲で円を形作る。

 光輪の中心で裕香は左腕を高く掲げる。

 だが裕香は、頭上へ突き上げるべく構えた右拳を止め、腰横に添えたそれに目を落とす。

『守りたいと……守れていると思っていた友達を、いおりさんを傷つけた私が、力を使っても、いいの……?』

 下唇を噛み締め、迷いのままに緩む拳。

 逡巡する裕香。その一方で吹き飛ばされた勢いのまま、しゃがみ込んで足のバネを溜めたバッタの怪物が、一斉にそのバネを解き放ち躍りかかる。

『ユウカッ!? 何迷ってるんだ!?』

「危ない! 裕香さんッ!!」

 投げ掛けられた声に、左の相棒と後ろに控えた友人を一瞥する裕香。

『そうだ! 今は力の資格がどうとか迷ってる場合じゃないッ! 私の手の届く場所に、守りたいものが、ある!!』

「変身ッ!!」

 あごを鳴らし迫るバッタの怪物。裕香はそれを真直ぐに見据えながら、改めて右手を固く握りしめ、その輝く右拳を天へ突き上げる。

 腕の動きに伴い、光の輪が爆ぜ、光の柱となって裕香を包み込む。

 光の柱に激突し、あごを鳴らすバッタ。しかしそれでもなお、三匹の化物バッタは光の柱に食いつき、それを破ろうと火花を上げてあごを動かす。

 餓えたバッタを隔てる柱状の光。その中で裕香は全身を包むセーラー服を鋼鉄の鎧に変えていく。そして白銀の鎧を完成させると、煌めく鋼鉄に包まれた体が爆発するように膨れ上がる。

 その勢いで生じる爆風。それが光の壁を、取りついたバッタもろとも吹き飛ばす。

 光を含む旋風。渦を巻くその中心に立つウィンダイナ。

 装甲を煌めかせる輝く風。その中で、ウィンダイナは右拳を腰だめに握り、それに左手を被せる形で構える。

「私は厚き陰を掃い、希望の光を開く風!」

 その構えから、被せた左手を撥ね上げる様に右左と大きく腕を後ろへ回すウィンダイナ。そして腕を回した勢いのまま、鋭く延ばした右の手刀で空を切り上げる。その空を裂いた姿勢から再び拳に固めた右手を腰に添え、左の貫手で右斜め前の空間を貫く。

「魔装烈風! ウィンダイナッ!!」

 爆音を立てて流れる風。それに続いて戦士としてのおのれの名を名乗り上げ、突き出した左の貫手を固く握りしめる。

 その名乗りに怯まず、ガシャガシャとあごを鳴らし跳びかかるバッタたち。

「フ!」

 突き出される蹴りを左腕で受け流し、その勢いのまま通り過ぎようとするバッタの脇へ右フック。

 あごを開き吹き飛ぶ一匹目。それを尻目に、ウィンダイナはフックの勢いのまま左足を軸に回転。上体を下げ、回転に乗せて突き上げた右足で掴みかかる二匹目の顔面を砕く。そんな仲間様を見てか翅を広げ、空で待機する三匹目。ウィンダイナはそれを目がけ、蹴り足が地面を踏むや否や跳躍。更に高く逃げようとするバッタの足を右手で掴み、地面へ叩きつける。

 身を苛むダメージに悶える三体のバッタ。それらを見回しながら、ウィンダイナは右掌を前に翳し、引いた左手に拳を作った半身の構えをとる。

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