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魔法少女ダイナミックゆうか  作者: 尉ヶ峰タスク
重なる手は誰のもの
21/49

重なる手は誰のもの~その1~

アクセスしてくださっている皆様。いつもありがとうございます。


今回も楽しんで頂けましたら嬉しく思います。

「キィイアアッ!!」

 月明りの降り注ぐ夜。鋭い気に乗って放たれた光の刃が、闇を切り裂き、硬質な光沢のある曲面を穿つ。

『ぐぅええああああああッ!?』

 突き刺さった光刃の上。そこにある、目が不自然に大きくアニメ調に整った頭が、激しく悶えながら声を上げる。

『こ、こんな、直接ぶっ刺すなんて、同士の見てる今時のヒーローにはないぞお!?』

 貫かれた胸を中心に、関節仕掛けを露わにした四肢をばたつかせる等身大の人形。その懐で、白銀の戦士ウィンダイナは、両手に握った光の剣ライフゲイルを、踏み込みに合わせて更に捻り込む。

「命の風よ!光遮る暗雲を、輝きを曇らせる淀みを吹き掃えッ! 厚き影を掃い、光を、ここに!!」

 言霊の詠唱に伴って二重魔法陣が互い違いに回転。渦巻く風の中、ウィンダイナはライフゲイルを引き抜きながらバックジャンプ。

 大きく飛び退いたウィンダイナは、着地と同時に腰を捻り、光の刀身をしならせながら右へ振り抜く。そこから手首を返して刃を回転。輝く刃を左下へ振り払う。続けて左手を刀身に添え、火花を上げながら後ろへ引いて拭い清める。

「浄化ぁッ!!」

 ライフゲイルを振り抜くと同時に、言霊を叫び結ぶウィンダイナ。

『ち、ちくしょぉぉおおおおおおおッ!?』

 直後、悔しさを滲ませた断末魔が響き、その声を爆音が飲み込む。

 爆風が吹き抜けるや否や、踵を返して振り返るウィンダイナ。その視線の先には、爆発の痕で横倒しにうずくまる痩身の男の姿があった。伸ばし放題のクセ毛を額のバンダナで抑えたオタク然とした男。刃の消えたライフゲイルの柄を握り、その近くへ歩み寄るウィンダイナ。そしてうずくまる男の側に片膝を突き、その体を起こして道の端にもたれかけさせる。

「ヒーローの姿を見ていながら、何故こんなことを……」

 気を失い、ぐったりとした男を見下ろしながら、ウィンダイナは空いた左手に拳を握る。その背後に白いトライクが停まり、犬か狼の顔を思わせるフロント部。そこにある、目を模した緑色のヘッドライトが明滅する。

『とにかく、夜も遅いし今日はもう帰ろう? 今回はナハトとアムも来てないし』

 背後のルクシオンからの提案に、ウィンダイナは振り返り頷く。

「そうだね。帰ろうか」

 ウィンダイナは鋼鉄の仮面の奥から応え、帰宅を促す愛機の背に跨る。銀の戦士が腰を落ち着けてハンドルを握る。するとルクシオンが唸り声を上げ、夜の闇を緑のライトで切り裂きながら、帰り道を走りだす。

 白いマシンと白銀の戦士が走り去った後に訪れる闇と静寂。

 そこに赤い光を纏った黒い魔女が舞い降りる。

「……ふむ。遅かったか」

 金色の装甲と紅いマントを纏った魔女ナハトは、壁に寄りかかるオタク風味の男を見下ろし呟く。そのまま気を失った男から視線を外さず、長い黒髪を払いながら鼻で笑う。

「ハッ……多少は面白いものを見せてくれるかと思えばこの様か。まあ我が宿敵と対峙すれば無理もない、か」

 悔しがるどころかどこか満足げに唇を吊り上げるナハト。その肩から闇に溶け込む様な漆黒の毛色を持つキマイラ、黒竜のアム・ブラが飛び立つ。

『何を呑気に言ってんのさ……』

 呆れたように呟きながら、金の輪で飾った尾を一振りするアム。それを横目に見ながら、ナハトは右手をあごに添えて頷く。

「うむ、このままではジリ貧であるし、ゆゆしき事態ではあるな。さて、どうしたものか……」

 小さく唸り、思案に暮れるナハトと、その隣で烏のそれに似た翼で羽ばたきながら前足を組むアム。そんな黙考する二人の前に、黒い靄の様なものが浮かび上がる。

「む、これは……」

 薄靄の存在を見とがめてその出所を辿り、顎を引くナハト。その視線の先では、ぐったりとうなだれた男の口から、黒い靄が吐き出されていた。

『哀れなものさね……意思を無くしてこんな姿に。こうなったらどれだけ力を注いでも、膨らむばっかでまともな姿を取り戻すこともできないってもんさ』

 靄へ向けた紅の瞳に、憐みの色を浮かべるアム。

「膨らむ一方、か……」

 アムの言葉を聞き、頷くナハト。そして鉤爪を備えた左手を靄へ伸ばす。

『そいつをどうするのさ? 死んだってわけじゃないとは言え、似たような状態には変わりないんだけど?』

 ナハトの左手で渦を巻き、ボール状に固まって行く靄に目を向け、相棒に尋ねるアム。ナハトはそんな相棒を見返し、頷く。

「一つ手を思いついた。亡骸を利用する様で少々気は引けるが、新しい犠牲者を増やさずに済ませるという意味ではよかろう」

 そう言ってナハトは左手に握った靄玉に目を戻す。そして蠢くそれを見つめ、赤い魔力の光で包み込む。


※ ※ ※


 放課後の山端中学校の図書室。特別教室棟最上階の端に位置するそこには、黙って読書に勤しむものや、教科書や問題集を広げてノートに向かい合うもの、様々な生徒たちが集まっていた。

「……うう、全然解けない」

 その隅にある長テーブルの一つで、裕香が数学の問題集とノートを前に項垂れる。その右隣に座るいおりが、自身のノートから目を離し、裕香の前に立ちはだかる問題を覗きこむ。

「どれどれ……? ああ、この問題は順番がややこしいやもしれんが、基本は同じであるぞ」

 迷惑にならないように押さえ気味の声で言って、いおりは左手に持ったシャープペンシルの先を走らせ、裕香のノートにヒントを書きこむ。

「あ、なるほど。ありがとう、いおりさん」

 いおりの記したヒントを見ながら、裕香は再度問題と言う名の壁を切り崩しにかかる。

 その様子に、裕香の左隣に座る愛が、向かい合っていたノートから顔を上げる。

「さすが学年ベスト10の大室さん。頼りになるね」

「ホントに。テスト前に教えて貰えて良かったよ」

 左手側からの愛の声に、裕香も今一度ノートから目を離して頷く。

 定期試験を一週間後に控え、集まって試験勉強をする事にした三人娘。

 しかし勉強会という名目ではあったが、実際のところは、いおりが裕香と愛に一方的に教える形になっていた。

 なお三人の成績は、いおりは先の通り学年10位前後。続いて愛が上の中程度。そして裕香が中の下程度という形で並んでいる。

「ふ、ふん。誉めても何も出ぬぞ?」

 いおりは友人たちを一瞥し、すぐさまノートへ視線を戻す。だがそっけない言葉とは裏腹に、机に向かう色白の顔には薄く朱が差している。

 そんないおりの様子に裕香と愛は声を出さずに笑みを深める。

 そして二人は緩んだ表情を引き締めて、それぞれの試験勉強に戻る。

 場の静寂を崩さないよう、黙々と勉強に取り組む三人。

 裕香は時々いおりのくれたヒントに目をやりながらも、問題集の数式を解いていく。一方で愛は、別の範囲をノートに取った要点を元に問題集を進める。そしていおりは、先ほど裕香に教えていた部分を自分でも反復していた。

 その内にいおりが顔を上げ、周囲を見回しながらペンの尻で自身のあごをつつく。

 裕香はそんな友人を見やり、囁き尋ねる。

「どうかしたの?」

 するといおりはペンをあごから離して、答える。

「いや、ここが静かなのはいいのだが、教え合うにはやりづらいと思ってな」

「それはそうだね」

 呟くいおりに頷く愛。それに続いて裕香も首を縦に降って賛成する。

 愛はそれを見て、右手に持つペンの先を、軽くノートの隅に弾ませる。それを数回繰り返した後、何か思い付いたのか、明るい顔を二人に向ける。

「じゃあ、明日からは私の家でやろう? 学校からは一番の近所だし」

 愛の提案に、裕香といおりは揃って顔を向ける。

「いいの? 嬉しいけど、迷惑だったりしない?」

 裕香がおずおずと、確めるように尋ねる。するといおりも愛の顔を見つめて頷く。そんな二人の様子に、愛は小さく押さえ損ねた笑みをこぼす。

「大丈夫よ。迷惑なんてことないから、心配しないで」

 二人の遠慮を笑って流す愛。だがいおりは、その黒目がちな両目と左手のペンを空に泳がせる。

「う、む。だが、三谷だけに場所を貸してもらうのもな」

 嬉しさと戸惑いをない交ぜにした様子で遠慮の言葉を口にするいおり。その隣で、裕香がシャープペンを手放して、掌を音も合わせる。そしてそのまま両脇の友達へ交互に顔を向ける。

「あ、ならこうしない? 明日は愛さん家で、明後日はウチかいおりさんの所、明々後日はそのもう一方っていうことで、どうかな?」

 小首を傾げ、二人に確認をとる裕香。それに愛が間髪いれずに頷く。

「あ、いいね。そうしようそうしよう。ね? 大室さん」

 いおりの同意を得ようと、裕香越しに覗きこむ愛。それに倣って、裕香もいおりを改めて見やる。

「どう? いおりさん。都合が良ければ、でいいんだけど」

 するといおりは結んだ唇をもごつかせながら、赤みの増した顔を伏せる。

「よ、よかろう。二人がそこまで言うのならば、是非もない。だ、だがな……」

「だが……?」

 了承しながらも、最後に言葉を濁すいおり。それに裕香と愛は揃って首を傾げる。

 いおりは自分に向けられた友達二人の顔を、横目でちらちらと窺う。そして目を伏せたまま、残りの言葉を口に出す。

「だが、な……私は友を家に招いたことなど無い故、不作法は勘弁してもらうぞ?」

 頬を染めて呟くいおり。その姿に裕香と愛は口元を柔らかく緩めて笑みを零す。

「あはは、そんなこと気にしなくていいのに」

「そうそう。勉強会が始まったら私が一方的に教えてもらうことになっちゃうんだから」

 いおりの心配を、杞憂だと笑って流す二人。それにいおりは腕を組み、唇を尖らせてそっぽを向く。

「わ、笑うでない。私は真剣なのだぞ?」

 拗ねたように言いながら、いおりは横目で裕香たちを見やる。そんないおりに裕香と愛は口元を抑えて笑みを零す。

「ごめんごめん」

「アハ、照れてるいおりさん可愛い」

「うぬう……」

 クスクスと笑う二人と、それに唇を尖らせたまま微かに唸るいおり。そんな三者の背後から、不意に影が覆い被さる。

「ンンッ!」

 振り返る間もなく響く咳払い。三人は揃って体を震わせ、慌てて目の前の勉強道具へ向かい合う。

「な、遣りづらかろう?」

「うん、そうだね」

 囁くいおりに、裕香といおりは揃って頷きながら、ペンをノートの上で動かしていく。


※ ※ ※


 翌日の放課後。

 予定通り三谷家に招かれた裕香といおりは、愛の先導に従って、敷地の内に足を踏み入れる。

 ドアの前に進み、ボストンテリアのキーホルダーが付いた鍵で鍵を開ける愛。そしてドアを引き開けながら、背後の二人へ振り返る。

「さ、二人ともどうぞどうぞ」

「お邪魔します」

「うむ、上がらせて頂こう」

 愛の傍らを抜け、玄関へ入る裕香。その後にいおりが尊大な挨拶と共に続く。

 その後ろで愛がドアを閉める。すると、それを待っていたかのように鳴る激しい足音。徐々に近づいてくるそれに、愛は裕香たちの脇を抜けて前に出る。

 そこへ迎えに駆け出してくる明るい褐色の子犬。

「アーノルド! ただいま!」

 尻尾を千切れんばかりに振りまわす愛犬の名を呼び、足元でボールのように跳ねまわる小さな体を抱き上げる愛。

 そのまま愛は、腕の中に包み込んだアーノルドの体を撫でまわし、小さな舌で頬を舐めてくる愛犬に頬をすりよせる。

「あはは、いい子いい子! アーノルドはホントにいい子だね」

 愛はそうしてアーノルドとじゃれあいを続ける。だがふと足元に目を落とすと、そこにあった大振りの皮靴に目を止める。

「あ、お父さん今日休みだったっけ」

「ああ、お帰り愛」

 その言葉と共に、奥から一人の男性が顔を出す。

「うん、ただいまお父さん」

 愛に父と呼ばれた、黒髪を後ろ頭で総髪に纏めた細身の男性。額を晒した穏やかな顔立ちをした三谷家の父は、一歩一歩廊下を踏みしめる様にして玄関へ歩み寄る。

「おや? お友達かな?」

「うん。テストも近いから一緒に勉強しようと思って」

「はじめまして、吹上裕香といいます」

「大室いおりです」

 アーノルドを抱いた愛の後ろで、頭を下げる裕香といおり。そんな娘の友達二人を眺めて、愛の父は深く頷く。

「なるほど、しっかりな……では、邪魔にはならない様に……」

 愛の父はそこで一度言葉を切ると、後ろ頭に両手を組んで上体を軽く反り引く。

「娘の部屋には……近づかない」

 わざわざ妙に様になった姿勢をとって言う愛の父。それに裕香は曖昧な笑みを浮かべて首を傾げ、いおりはあごに指を添えて頷く。

 そんな二人の反応を見て、愛の父はポーズを解いてこめかみを掻く。

「ううん、あまり……受けなかったか」

「もう、むやみやたらとそれ関係のネタで押さないでよ」

 手を腰に当てて小さく唸る父へ、愛は呆れ交じりにおでこを抑えて突っ込む。そして愛犬を床に離すと、靴を脱いで廊下へ上がる。

「はい、スリッパ」

 ファーのついたオレンジ色のスリッパを履いて、それよりは地味な来客用のそれを出す愛。

「あ、ありがとう」

「うむ、すまぬな」

 裕香といおりは愛に礼を言い、床に出されたスリッパに履き替えて、脱いだ靴を玄関に揃えて隅に除ける。

「お邪魔します」

 そして振り返ると、声を揃えて愛の父に改めて一礼する。それから愛の案内に従って、二階へと向かう。

「では勉強を頑張ってな」

 見送る愛の父の言葉を受けながら、階段を昇り切る三人。そして二階の廊下を奥に向かって進んでいく。

「あ、手前は弟の部屋で、奥が私の部屋だから」

 そう言いながら、愛は並んだドアの一つ目を素通りし、その隣のドアのノブを握って捻る。

「さあどうぞ、狭い所だけどね」

 扉を押し開け、二人を自室へ招き入れる愛。それに従って裕香といおりはドアを潜って愛の部屋に入る。

「あ、可愛い」

「ふむ、そこかしこに並ぶ犬のぬいぐるみも三谷らしい」

 通された部屋を一眺めして、裕香といおりは率直な感想を呟く。

 黄色やオレンジなど明るい暖色と、それを引き立てる爽やかな青色を基本としたインテリア。部屋中に飾られた大きな犬のぬいぐるみに、犬のプリントのされたベッド。

 それらの並ぶ部屋の中、裕香といおりは犬のカーペットの上にある、低いガラス張りのテーブルに歩み寄る。

「そんなに褒められると、なんだか照れちゃうな」

 荷物を床に下ろし、犬のクッションに腰を落ち着ける裕香といおり。そこへ愛が歩み寄り、テーブルを中心に三角形を描く様な形で座る。

 腰を落ち着けた三人娘は、それぞれに鞄を開けて、教材をテーブルの上に出す。

「じゃあ、今日は歴史からやっていこうか?」

 歴史の教科書を持ち上げての裕香の提案に、いおりと愛が揃って頷く。

「うむ、よかろう。特に得意な教科故、頼ってくれて構わんぞ?」

「私は歴史苦手だから、今日勉強出来ると助かるよ」

 得意げに唇の端を吊り上げるいおりに対し、困り顔で頬を掻く愛。そんな二人を前に、裕香は前髪をいじりながら、髪の隙間から愛を見やる。

「私は得意な方だけど、それでも苦手って言ってる愛さんと変わらないんだよね」

 そう言って苦笑する裕香。するといおりは、肩にかかった長い黒髪を払い口を開く。

「それが私には分からぬ話なのだ。見る限り裕香は勉強をサボっているわけでもなし、記憶力の良さは言うまでもない。それなのに何故、中の下程度の位置に甘んじているのか……」

 いおりは腕を組み、眉をひそめて唸る。そんないおりの言葉に裕香は前髪を触りながら唇に苦笑を浮かべる。

「うぅん……私勉強って一所懸命やっても、一定以上の点数がなかなか取れないから……やらないと酷いことになるから頑張ってはいるけどね。それに、いおりさんが言うほどもの覚えも良くないし」

 その裕香の言葉に、いおりは左手をあごに添えて、少し考える様な仕草を見せる。

「ふむ……では裕香、シャドウレーサーゼロが二台目のバイクを入手した時に戦った怪人は?」

「カミキリムシとコウモリの怪人の二体」

「では頭部が二つ存在し、頭を一つ失った状態で戦った怪人は?」

「アンモナイトの怪人!」

「第三問! タウリンの濃縮液で強化されながらも倒されてしまった最強の肩書を持つ怪人は!?」

「マンモスの怪人!」

 三問連続で即答する裕香。それにいおりは満足げに頷く。

「なんだ、やはり素晴らしい記憶力を持っているではないか」

「そ、そうかな? 好きなものの事だし、普通じゃないかな?」

 顔を伏せ、照れる裕香。それにいおりは片目を瞑り、もう片方の目で謙遜する友人を見やる。

「否、実際大したものである。アクションも寸分違わず再現できるわけであるしな。それとも、私の見込み違いとでも言うのか?」

 いおりはそう言いながら、裕香へ向けた目を細める。それに裕香は掌を前にして首を左右に振る。

「ご、ゴメン! そんなつもりはないの!」

 するといおりは、ジト目を作っていた目を閉じ、小さく含み笑いを零しながら頷く。

「クク……分かっている。からかってすまなかった」

「え?」

 口を開け、唖然とする裕香。それを前に、いおりは吊り目がちなその両目を開く。

「この冗談はともかく。察するに裕香は記憶力は高いが、苦手意識ゆえに身が入っていないだけなのであろう」

「そ、そうなのかな?」

 頬を染め、再び前髪を触る裕香。するといおりはあごに添えていた手を離し、繰り返し頷く。

「うむ。この私の見立てに間違いはない。勉強法さえ分かれば裕香の成績は一段向上するはずである」

 そう言っていおりは、改めて教材を下のカーペットと三対の膝が透けて見えるガラス板の上に広げ始める。

「さて、前置きが長くなってしまったな。そろそろ始めようか」

「うん。そうだね」

「始めよう始めよう」

 いおりに倣い、教材を広げ始める裕香と愛。そしてそれぞれの緑やオレンジの筆入れからペンを取り出す。するとそこで部屋のドアからリズミカルなノックが響く。

「? はぁい。何?」

 不意に響いたノックに入口に顔を向ける愛。するとドアの向こうから少年のものらしい高い声が返ってくる。

「ボクだけど。父さんが飲み物持っていけって言うから」

「ああ、ありがとう早人。ちょっと待ってて」

 弟の名を呼びながら立ち上がり、ドアへ向かう愛。そして愛がドアを開けると、両手で木のお盆を持った、小柄な小学生くらいの男の子が姿を現す。その手に持ったお盆の上には、ガラスのコップに注がれた氷の浮く緑茶と、茶菓子の盛り合わせが乗せられている。

「ありがとね、早人」

 父親と同じく、温和な顔立ちをした髪の長い少年から、茶と菓子の乗ったお盆を受け取る愛。すると早人少年は、愛の体越しに部屋の中を覗きこむ。すると早人は裕香といおりの顔を見て、驚いた様に目を見開く。

「どうしたの?」

 そんな弟に、愛はお盆を持ったまま、小首を傾げる。すると早人は愛の顔を見上げ、そしてまた裕香といおりを見、そしてまた姉を見直す。

「ちんちくりんの姉ちゃんのくせに、こんなきれいな友達いたんだ」

 その弟の一言に、愛はお盆を片手に持ち直す。

「ちんちくりんで悪かったわねッ!」

 そして怒りの声と共に弟の脳天に右手のチョップを叩きこむ。

「あだッ!?」

 打撃に頭を抑えた弟の目の前でドアを勢い良く閉める。

「まったくもう! 生意気なんだから! 裕香さんの孝志郎くんとは大違い!」

 頬を膨らませながら、部屋の中央に歩く愛。そして手に持ったお盆を脇に置き、全員へお茶を配っていく。

「わ、私の孝くんだなんて、そんな……照れちゃうよ」

 ぷりぷりと怒りながら茶菓子の盛り合わせ置く愛。その一方で、裕香は赤くなった頬を両手で包むようにして、身を縮ませる。

 いおりはそんな対照的な二人を見やり、口の端を持ち上げる。

「クク……二人とも実に愛らしいものよ」

 含み笑いを零しながら、ペンと教材を用意するいおり。

 その姿に、裕香はいそいそと友人に従って勉強道具の支度を進める。そして愛も、咳払いを一つして、弟の持って来てくれたお茶で唇を湿らせる。

「ンンッ……ゴメンね。いろいろ脱線しちゃって。それで、範囲はどこからだったかな?」

「ククク……構わぬ。こういうのは新鮮で大変面白い。それで、今回の範囲であるが、このページからであるな」

 仕切り直しに入った愛。それにいおりが、自身の教科書を指さしページを示す。すると裕香と愛はガラステーブルの上に身を乗り出して、教科書の中を覗きこむ。

「うん、そうだったそうだった。あ、よく見たら私も教科書にメモ書きしてたよ」

 自分の教科書の端を見やり、後ろ頭を掻きながら苦笑する愛。それに裕香は小さく笑みを零して、マーカーを付けた自身の教科書をペンで指す。

「えっと、確か先生はここがポイントになるって言ってたよね?」

「うむ。流石によく覚えて抑えているではないか。では周辺の雑学を抑えつつ、より物事の流れを補強して解説してくれよう」

 裕香の指したポイントに頷きつつ、いおりは左手のシャープペンを一回転。口の端を楽しげな笑みの形に吊り上げる。そんないおりに、裕香と愛は微笑みながら頷く。

「うん、お手柔らかにお願いするね」

「できれば、ついていける範囲でね?」

 そうして三人娘は、三谷家での試験勉強を始める。


※ ※ ※


「ふぅ……さっぱりしたぁ」

 その日の夜。湯上りで頬を上気させた裕香が、特撮グッズの並ぶ自室に入る。

 タオルに挟み込まれた、しっとりと濡れた長い黒髪。その年不相応に豊満な体を包むのは、大きくゆったりとした、サッカーチーム「浜永リバーサルズ」の青いユニフォーム一枚。

 そんなリラックスしきった様子の裕香は、部屋の中を悠々と進み、勉強机に備わった椅子に腰を下ろす。

 椅子に落ち着いた裕香は、ユニフォームの裾から伸びる長く引きしまった脚を組み、髪の水気を取り続ける。

『や、おかえりユウカ。ずいぶんさっぱりしたみたいだね』

 そこへかかった声に、裕香が顔を向ける。するとそこには、ベッドの上で小さな機械を足元に敷いたルクスの姿があった。

「うん。勉強で頭使ったし、運動もして汗もかいたからいつもより気持ちよかったよ」

 髪を乾かし続けながら、微笑み頷く裕香。それにルクスは犬に似た顔に笑みを浮かべ頷き返す。

『そっか。それは何よりだよ』

 そうしてルクスは、足下のライトグリーンの機械に目を落とす。光る画面を見つめながら、その両端にあるスイッチを前足の肉球で押していく。

「そっちの調子はどう? 順調?」

 明らかに体に合わないポータブルゲーム機を、尻尾まで使って器用に操作し続けるルクス。その姿に裕香は柔らかく口元を緩めて声をかける。するとルクスはゲーム機をスリープモードにして顔を上げる。

『やっと使い方に慣れたって所かな。でも、ユウカのコレ、本当にボクが使って良かったの?』

 前足で足下のゲーム機を指しながら、首を傾げるルクス。

 ルクスの言う通り、その携帯ゲーム機は元々裕香の物であり、少し前からルクスが借り受けて使っているものであった。

 訊ねる相棒に対し、持ち主である裕香は微笑みのまま首を縦に振る。

「いいのいいの。私あんまりゲーム得意じゃないし、アンブレイカブルファイターズは声はともかく、動きの違いが気になって集中出来ないから」

 裕香はそう言うと、ルクスの脇に置かれた細長いパッケージを見る。

 「シャドウレーサー アンブレイカブルファイターズ」と銘打たれた、数多の仮面の戦士たちがポーズを取っているパッケージ。古今のシャドウレーサーがぶつかり合う、いわゆるお祭り企画的な対戦格闘ゲームである。もちろん出来は決して悪くない。だが裕香の言うように、一部を除いてオリジナルと声が違うことや動作の流用など、無くなったり引退した役者や、容量という点から仕方の無い部分も抱えていた。

 そして裕香は軽く首を左右に振ると、ゲームのパッケージからベッドにちょこんと座るルクスに視線を戻す。

「それにしても、ずいぶん熱心にプレイしてるけど、どうかしたの?」

 そう言って軽く首を傾げる裕香。するとルクスはライトグリーンのポータブルゲーム機を触りながら、口を開く。

『いや、それがさ。この前借りてやってたら、コウシローと対戦やってみようって話になって、実際にやってみたんだよ』

「へえ、そうなんだ。それでそれで?」

 ルクスの説明に、裕香は腿に肘を乗せる形で身を乗り出して続きを促す。それにルクスは尻尾を一振りして続きを口に出す。

『うん、それでいざやったらボコボコにされてね。しかもあと少しまで追い詰めた所からの逆転とか、その上最強必殺技で止めとか、わざわざ手の込んだやり方までやってくれてね』

 それがよほど悔しかったのか、ルクスは暗く影の差した顔で遠くを見やる。そして明後日の方向を向いたまま、説明を続ける。

『やっぱり一方的にやられっぱなしなのは悔しくてね。それで猛特訓してたってわけなんだ』

 そう言って、ルクスは小さく笑みを零す。そうしてポータブルゲーム機を前足で起こすルクスに、裕香は唇を柔らかく緩めて微笑む。

「良かった。孝くんとルーくんが本当に仲良くやれてるみたいで」

 裕香は微笑みを浮かべたまま、大きく内側から押し上げられた胸元に右手を乗せ、深く安堵の息を漏らす。それにルクスはもう一つ笑みをこぼして裕香に顔を戻す。

『うん。どうにかね。コウシローが契約しちゃった一件以来、どうにかボクのことも仲間だって認めてくれる様になったみたいで、正直それはホッとしてるよ』

 笑みのまま頷くルクス。それに釣られるように、裕香も笑みを深めて頷く。

「うん。本当に安心したよ」

 そう言って裕香は胸から手を離し、髪に触れて指先で湿り気を見る。

「さて、と。じゃあドライヤーで仕上げたら、今日皆と一緒にやった所を復習しておこうっと」

 髪を仕上げるため、階下の脱衣所へ向かおうと立ち上がる裕香。その瞬間、軽く口を開けて、弾かれたように顔を上げる。

「あ、そうだ」

『どうしたの?』

 何かを思い出したらしい裕香に、首を傾げるルクス。すると裕香はルクスの方へ向き直り、思い出した用件を伝える。

「明日、いおりさんと愛さんが勉強会にウチに来るの。愛さんはもう知ってるからいいけど、いおりさんを巻き込むわけにはいかないから……」

 裕香が皆まで言うまでもなく、頷くルクス。

『うん。分かったよ。明日はコウシローと練習の成果を試すことにするよ』

「ゴメンね。ありがとう!」

 察しの良い相棒に、裕香は顔の前で手を合わせた。

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