いざ遊戯の山へ~その4~
皆様。拙作にアクセスして下さり、本当にありがとうございます。
今回も楽しんで頂けましたら幸いに思います。
「ふん、詰まらぬものを燃やしてしまったものよ」
ヨーカイジャーショーの行われていたイベント会場。その裏手に、赤いマントを纏った黒い魔女が立つ。
長い黒髪を金色の冠で飾った黒の魔女ナハト。一対の黒い巻き角を備えた彼女は、緩いV字を描くゴーグルバイザーの下にある形の良い鼻を鳴らし、左肩に乗る相棒へ目を向ける。
「枝葉を折りちぎった程度の瑣末なものだが、受け取れ」
ナハトはそう言って、金色の鉤爪を備えた左腕を露わにし、そこに握った光球を小さな黒竜の鼻先へ寄せる。
『構いやしないさ。エネルギーは少しでも多く欲しいもんさね』
言いながらアムは肉球を備えた前足で光の球に触れ、それを吸収する。力を取り込み終えたアムは、ナハトの肩から跳び下りてカラスに似た翼を羽ばたかせる。
ナハトはそれを確かめると、鉤爪と重厚な手甲に覆われた左腕を振りあげる。それに伴い、魔女の足元から巻き上がる黒炎。渦巻く炎はその姿を焼きつくし、ゴスロリ衣装を纏ったいおりの姿を人気のない場に露わにする。
「それにしても、ずいぶんと派手に動いているものだな。みだりに契約、行動はせぬように自重させるのではなかったか?」
舞い上がり、ふらりと降りる黒い髪。それをいおりは左手で払い、首を傾げて相棒を見やる。その視線に、アム・ブラは羽ばたきながら首を左右に振る。
『アタシはそのつもりだし、仲間達には自重するように伝えたさ。けどね、アタシの指示を無視して勝手に動いてる連中がいるのさ』
首を振り、ため息交じりに呟くアム。それにいおりは片目を瞑り肩をすくめる。
「困ったものだな。勝手な行動を取るからこうして我の手で狩らざるを得なくなる」
そんないおりのコメントに、アムは黒い毛に覆われた尾を一振りして、半眼で見やる。
『その原因を作った張本人が何言ってんのさ。アンタが狩り潰したりしたから、こっちにいる同胞たちが不安に思って勝手なことするようになっちまったんじゃないのさ』
「う、む……その、我が半身に甘えて我を通したことは済まぬと思っている。だが、我はあやつをどうしても許すことが出来なんだのだ」
目を伏せ、申し訳なさそうに頭を下げるいおり。そんな契約を結んだ相棒の様子に、アムは尾を再度振り、軽く鼻を鳴らす。
『ま、好きにしなって言ったのはアタシだしね。それに、学校関係者はやめとけって警告を無視したのはアイツの方さ。過ぎたことは気に病むことはないさ』
苦笑を交えたアムの言葉に、いおりは顔を上げ、小さく安堵の息を零す。
「すまぬな」
『気にしなさんなって、手を貸してもらってるのはアタシもだしね。お互い様って奴さね』
繰り返し謝るいおりと、その肩に舞い降りるアム。そうして口の端を吊り上げる相棒へ、いおりは小さく緩めた笑みを返す。
「さて、気付かれてはおらぬと思うが……」
そしていおりは、肩から提げたバッグに鞄に左手を差し入れる。バッグから黒地に赤の縁取りがされた折り畳みの携帯電話を取り出し、右手で展開。左頬に寄せる形で顔の側へ持っていく。
「む、裕香からか?」
画面に出た着信履歴を見、そこに表示された友人へ折り返し電話をかける。
繰り返し鳴るコール音。三度目のそれを遮り、つながる電話。
『あ、いおりさん!? 急にいなくなったから心配したよ』
通じるや否や、耳に飛び込んでくる裕香の声。それにいおりは笑みをこぼして応答する。
「うむ、心配させてすまなかった。急に花を摘みに行きたい衝動に駆られてな」
適当にでっち上げた理由を告げて、いおりはイベント会場の門のある方へ向き直る。
「それで、今はどこに居るのだ? ショーは中断されたのであろう?」
電話越しに合流場所を訊ねるいおり。それに電話の向こうから、言い淀むような迷い声が返ってくる。
「む? どうしたのだ裕香。よもや裕香もはぐれたのか?」
言い淀む裕香へ返事を求めて、いおりは通話口に重ねて問いかける。
『えっと、そういうわけじゃないんだけどね。愛さんと鈴森くんは会場近くで待っててもらってるし。ちょっと、事情が、って言うか信じられないことが起こって……』
「うむ? 随分と濁すではないか。それで? 裕香、と少年も一緒か。二人は今どこにいるのだ?」
片目を瞑り、電話へ訊ねるいおり。その問いに裕香が電話の向こうで戸惑いがちに返事をする。
『ええっと、ね。ヒーローショーやってる役者さんたちの……楽屋』
「はあッ!? 一体何がどうしてそうなったッ!?」
電話口から伝わってきた衝撃の一言に、いおりは自分のキャラを放り投げて返す。
『いおりさんを探しに行ったら、オニレッド役の永田さんに合って、足をくじいた早見さんの代役をやってほしいって頼まれて。これから軽く打ち合わせしたら、すぐに本番なの』
「なんと!?」
裕香が電話越しに告げた事の詳細に、いおりはその黒目がちな吊り目を大きく見開く。だが軽く深呼吸すると、落ち着いた声で電話越しの裕香に声をかける。
「いきなりの舞台ではあるが、逆に考えれば好機ではないか。未来を担うスーツアクターの蕾ここにありと、役者観客の双方に魅せつけてやるがよい」
『う、うん。そうよね。ありがとう、いおりさん! じゃあ、客席で応援しててね!?』
緊張を押し流し、情熱と勢いで満たされ始めた裕香の声。いおりはそれに頷き、笑みを浮かべる。
「うむ。期待しているぞ? ではな」
『うん。それじゃあ』
いおりは電話越しに短く声援を送り、通話を切る。
そして携帯をたたんでバッグに仕舞うと、傍らで黙って浮いている相棒へ目を向ける。
「すまんな、半身よ。是が非でも、連中に舞台の邪魔をさせるわけにはいかなくなった」
そのいおりの言葉に、アムは軽く肩を上下させて、苦笑い混じりにため息をつく。
『いいってことさ。これが威嚇になって勝手が収まるならよし、離れる連中が増えても今の状況からなら遅いか早いかだけさね』
それにいおりは頷き返し、歩き出しながら左手でその長い黒髪を払う。
「では、我等も行くとしよう。我が友の舞台のために」
左耳に赤の宝玉の収まる金のイヤリングを煌かせ、いおりはその身を再び黒い炎に包む。
※ ※ ※
青と白を基調とし、背中に雪の一字を背負ったスーツ。ボディラインを強調するそれに身を包んだ裕香は、右の青いグローブを引き、右手を握り開いて指先を馴染ませる。
「吹上ちゃん。スーツの具合はどう?」
そこへ、左足を包帯で固定したTシャツ姿の早見がスーツの着心地を訊ねる。それに裕香は腰を捻り、上体を動かしながら答える。
「あ、はい。少しきついですけど。大丈夫です」
そう言って肩を回し、体を動かし続ける裕香。
「そう、よかっ……」
それに胸を撫でおろそうとする早見。だがそこでTシャツに包まれた自身の胸と、青いスーツを内側からパツンパツンに押し広げる裕香の胸を見比べ、ため息交じりに項垂れる。
「うん。吹上ちゃんが問題なく着れて、ホントに良かった。うん」
右斜めに目線を下げ、目頭を押さえる早見。それに裕香は、長い髪を後ろ手にまとめ束ねながら首を傾げる。
「? どうかしました?」
早見へ歩み寄り、その顔を覗きこむ裕香。すると早見は誤魔化し笑いを浮かべて首を左右に振る。
「う、ううん。何でもないの! それよりゴメンね。急な話で。私達も人手が足りなくて呼び出された代役だから、もう代わりになる人がいなくて」
ごまかし、小さく頭を下げて謝る早見。それに裕香は慌てて首を左右に振る。
「いいえ、いいんです!」
そして早見が顔を上げると、柔らかな微笑みを向ける。
「確かに、急な話でびっくりはしましたけど、私としては小さい頃からの夢の仕事が体験できる機会が出来たんですから。普通なら私からお願いしなくちゃ行けないことなんですから、気にしないでください」
早見は裕香のその言葉に、表情を和らげて頷く。そして気がついた様に、傍らにある光沢のある青い塊へ手を伸ばす。
「ありがとう、吹上ちゃん。それじゃあ、はいコレ。マスクを被って完成ね」
微笑みながら、手に取った丸みを帯びた青いマスクを差し出す早見。
「こ、これがショー用のマスク……」
顔の前面を覆うスモークバイザーを、柔らかな隈取りで縁取ったユキブルーの仮面。裕香はそれを、まるでシャボン玉を壊さずに持とうとするかのように、両手でそっと受け取る。
青い仮面を両手に抱えた裕香は、真直ぐにそれと見つめ合い、ほう……と、息を吐く。感じ入る様子の裕香。その様子に早見は笑みを零し、マスクの上に手を乗せる。
「ほら、ぼおっとしてないで、被ってみて?」
「あ、はい!」
早見に言われて気がつく裕香。そうして慌てて丸みを帯びたヘルメットを分割線に従って分解する。
前後二つに分かれたヘルメットの内、先に後ろ半分を後頭部に当てて固定。続けて前半分を顔に被せ、先に被っていた後ろ半分と組み合せる。
仮面のあごに触れて、ずれないか具合を確かめる裕香。そして軽く口元に手を添える形に変え、首を軽くしならせ肩越しに早見を見やる。
「思っていたよりも、視界良好なんですね」
仮面の奥から早見を見、静かな声でヘルメットを付けての感想を告げる裕香。それを早見は目を見開き、二、三と空気を食む。
「早見さん? どうかしましたか?」
首を傾げて問う裕香。それに早見は大きく目を見開いたまま、頬のそばかすを撫でる。
「いや、その声に動作……まるで本放送のテレビ画面でも見てるみたいで……」
呆然と呟く早見に、裕香は胸元に手を添えて落ち着いた声を崩さず答える。
「ありがとうございます。ユキブルーの声は地声に近いので凄くやりやすいんですよ」
そう言って、青い仮面の奥で小さく笑みを零す裕香。そこへドアを叩くノック音が部屋に響く。
「早見、準備は出来たか?」
「あ、はい先輩! どうぞ」
ノック音に続いて扉の向こうから泣けかけられる声。それに早見が扉に顔を向けて応える。
早見の了解を受けて、部屋に入る永田。孝志郎を連れて部屋に入ってきた永田は、ブルーのスーツを着こなした裕香を見て、満足げに頷く。
「お、様になってるじゃないか。吹上くん」
「裕ねえかっこいいよ!」
「あら、ありがとうございます」
軽く顎を引き、柔らかく一礼する裕香。それを受けて、永田は感心したように再度頷き、孝志郎は目を輝かせる。
「おお、先に殺陣を合わせたりもしたが、それ込みで動作はばっちりで、しかも声までそっくりか。この演技力、本当に中学生なのか?」
「わあ、ホントにテレビからそのまま出てきたみたいだよ!」
裕香は、そんな輝く目を向けて来る孝志郎の肩に手を乗せて、軽く弾ませる。そしてレッドのスーツに身を包んだ永田へ、青い仮面に覆われた顔を向ける。
「私の準備は出来ました。いつでも大丈夫ですよ?」
「分かった。それじゃあもう一度軽く打ち合わせをして、本番に入ろう」
永田はそう言って頷き、出入り口のドアへ向き直る。その背中に従って楽屋を出る裕香。すると永田は思い出したように裕香の脇をすり抜けて楽屋を覗きこむ。
「じゃあ早見、孝志郎君を客席まで送って行ってくれよ」
「はい! 了解です!」
先輩からの頼みに、早見は敬礼を交えて元気よく返事をする。
「裕ねえ、頑張って!」
「ええ、客席で応援してて。でも、中身の私の名前は出さないでね?」
一方、その早見の隣りから声援を送ってくる孝志郎。そんな年下の幼馴染みへ、裕香はユキブルーの演技のまま。軽く手を振って応える。
「長らくお待たせいたしました! 只今より、逢魔戦隊ヨーカイジャーショーを再開します!」
マイクを通しての女性司会者の声に、客席から子どもたちの歓声が上がる。湧き上がる歓声の中、すでに舞台上に待機していた魔怪異団に対峙する様に、裕香扮するブルーを含めた五人の戦士が舞台裾から躍り出る。
向かい合うヨーカイジャーと魔怪異団。黒い戦闘員集団から大太刀を担いだ百々目御前が一歩前に出て、刀をヨーカイジャーたちへ突きつける。
「先程は魍魎兵の乱心と言う邪魔が入ったが、すでに乱心者は始末した! 今度こそ決着を付けてくれる!」
刃と共に突き付けられるセリフ。それに対して永田扮するオニレッドは、仮面の鼻先を右の親指で弾く真似をして、握りしめた右拳を敵役へ突き出す。
「ハッ! そう簡単に行くかよ!? 返り討ちにしてやらあ!」
「おのれぇ、妖怪の面汚しどもが生意気な!」
レッドの返しに、百々目御前は空いた左手に拳を握る。
そして戦士たちへ突きつけた切っ先を振り上げ、改めて突き出す。
「者ども、かかれぇ!」
「行くぞお前らぁ!?」
「応ッ!」
舞台上に響く怒号。それに弾かれるように、舞台に居並ぶ者たちが一斉に踏み込む。
裕香扮するユキブルーもその例外ではなく、他四色の仲間たちに劣らぬ勢いで、滑るように戦闘員との距離を詰める。
「ハッ!」
滑り込む勢いのまま、短い掛け声に乗せて繰り出す掌低。
「ギッ!?」
掌が胸板に触れるや否や、大きくよろめく戦闘員。そこへ入れ代わるように、右前から別の戦闘員が、拳を構え迫る。
だが裕香演じるユキブルーは、横回転と共に軸をずらしてそれを回避。同時に、左手の甲での返し平手を振るい迎撃する。
それを隙と見て、背後から迫る悪の尖兵。だがユキブルーはそれに、回転の勢いのまま繰り出した右のローキック、そして立て続けの床を削るような左水面蹴りで迎え撃つ。
「小癪な雪女めが!?」
戦闘員の足を刈った蹴り足が今だ伸びたままのところ、身を屈めたユキブルーの頭上へ、腕を振り上げた大百足の声が降り注ぐ。しかし裕香の扮したブルーは、床に着いた手足で地面を叩き、跳躍。伸ばした爪先を牽制に宙返りし、着地。
「ハアアッ!」
そして短い気合に乗せて踏み込み、右、左の掌低。さらに追い討ちの右回し蹴りを打ち込む。
「う、おおおッ!?」
よたつきながら後ずさる大百足。その一方でユキブルーは繰り出した蹴りの勢いに乗って優雅に一回転。足は開かずに右半身を前に、平手の右手を下げて、開いた左手で仮面の口許を隠すようにして構える。
流し眼を送る様な姿勢で構える、裕香演じるユキブルー。その周囲をカバーする様に、短刀・妖刃坊を構えた仲間たちが集う。
「いいぞ! 一気にトドメだ!」
「ええ!」
「おおっ!」
レッドの号令に従い、赤を中心に広がる形に並び直す戦士たち。そして裕香も後ろ腰のヨウジンボウを抜き放ち、揃って逆手持ちに構えて、一斉必殺に備える。
「待て! ヨーカイジャーッ!! こちらを見ろッ!?」
だが、いざ放とうとした瞬間。鋭い女の声が割り込む。
「なにッ!?」
その声に引かれる様に振り返ると、そこには半袖半ズボンの小さな男の子を抱えた、百々目御前の姿があった。
百々目御前は五人の戦士たちを睨みつけながら、抱えた男の子に手持ちの大太刀を近づける。
「ハァッハッハ! この子どもの命が惜しくば、大人しくすることだな、ヨーカイジャーども!?」
勝利を確信したかのような、百々目御前の高笑い。それにヨーカイジャーたちは拳を握り震わせる。
「クソッ! 卑怯モンがァ……」
「子どもを盾にするなんて……」
悔しさを滲ませるレッドとブルーを始めとした面々。
「アハハハハハ! 何とでも言うがいい。さあお前たち、やってしまえ!」
対する百々目御前は高笑い交じりに首を捻り、あごで大百足を始めとする配下の面々へ指示を飛ばす。
女幹部からの突撃指示を受けて、大百足を先頭に突撃する魔怪異団の面々。拳を振り上げた悪しき尖兵たちは、正面で無防備に構える五色の戦士へ躍りかかる。
「ぐ!?」
「あぅッ!?」
振り下ろされる拳や鈍器を受け、大きく屈み、あるいは仰け反り呻く戦士たち。裕香演じるユキブルーも振るわれる拳と蹴りに合わせ、上体を激しく左右に振る。
「う、うぅ……」
撃ち込まれ続ける打撃に、膝からぐらつく五人の戦士たち。だが戦士たちは崩れかけた体に鞭打ち、屈しかけた膝を支える。
「ハッハハハ! けなげなことだなヨーカイジャー! んん?」
辛うじて、ただ辛うじて立っているという様子のヨーカイジャーたち。その様子を心底愉快そうに笑い飛ばす百々目御前。そして配下たちに目配せをして下がらせると、子どもを盾にしたまま戦士たちへ一歩一歩近づいていく。
「さて、さんざん煮え湯を飲まされてきた相手とは言え、長く苦しむのは辛かろう。私が、今楽にしてやるぞッ!?」
その宣言と共に、百々目御前は刃を人質から離して振りかぶる。
「おおおッ!」
刹那。それを待ち構えていたかのように踏み込むレッド。上段から落ち迫る大太刀を潜り、手持ちの短刀を刃の根に咬ませ組み合う。
「なッ!?」
女幹部から零れる驚きの声。そこへ助太刀に入ろうと動き出す、百足怪人と戦闘員。そのうちの戦闘員の一人をユキブルーが、短刀の一閃で斬り倒す。
同じ様にネコマタイエローとカッパグリーンが大百足による横槍を防ぎ、テングブラックの跳び蹴りが百々目御前の大太刀を弾き飛ばす。
「取り返させてもらうぜ! 百々目御前!?」
仲間たちの援護を受けて、オニレッドは女幹部の腕から、囚われた子どもの身柄を奪い取る。そしてしゃがみこんで男の子の目線に近寄ると、その頭に手を乗せる。
「よく泣かずに堪えたな、やるじゃねえか」
そしてそう言いながら、男の子の小さな頭を荒々しく掻き撫で、近くに立つ司会者に預ける。
男の子を預かり、邪魔にならないよう下がる女性司会者。レッドはそれを見送り膝を伸ばして立ち上がる。そのレッドの周りを囲むように、ブルーを始めとした四人の戦士が集まる。
「よし、今度こそトドメだッ!!」
「応ッ!」
号令に応え、再度揃って武器を構えるヨーカイジャーたち。
「し、しまっ……!?」
大きく引いた逆手持ちの刃に、おののき怯む百々目御前と大百足。
「破邪、連魔斬ッ!!」
五人の戦士は後ずさる敵を目がけて、裂帛の気合と共に引き絞った刃を豪快に振るい上げる。
「ぎぃいやああああああああッ!?」
五つの刃が閃く直後、断末魔と共に巻き起こった爆煙が、百々目御前ら魔怪異団の面々を包み込む。
立ちこめる煙。徐々に薄れるそれを前に、司会がマイクと男の子の手を左右それぞれの手に締めの挨拶に入る。
「これで、この会場にも平和が戻りました! ありがとう、ヨーカイジャー!」
司会者の明るい声を聞き、構えを解くヨーカイジャーの面々。
「……何? 胸騒ぎがする」
だが裕香はユキブルーの内側で小さく呟き、一人煙の奥へ目を向ける。
「どうしたんだ? 締めが残ってるぞ?」
そんな裕香に、ネコマタイエローが仮面を寄せて耳打ちする。それに裕香は小声で謝る。
「あ、すみません」
だがその瞬間、裕香は煙の奥に揺らめく人影を見つける。
「危ない、伏せて!」
警告の叫びを放つ裕香。そして司会者とその傍に立つ子どもを、後ろから押し倒した瞬間、背中の上を空を裂くような突風が吹き抜ける。
「な、な? 何が?」
司会者は段取りにない動きに戸惑いながら、裕香の下から背後を振り仰ぐ。裕香もそれと同じく、仮面越しに人影の居た背後を見やる。
「あれは……!?」
風に散り広がる煙の中心。演技ではなく、本当に気を失って倒れた怪人たちの中に立つ黒い人型。その姿に、裕香は青いマスクの中で息を呑む。
踵をLを描く様に組み合せた、鋭い爪を備える鳥の足。上質な布を思わせる艶やかな白のズボン。腰のベルトから伸びる長い上着の裾は、翼の様にはためいている。鮮やかな赤と金の飾りで彩られた肩の上には、鳥類の頭蓋骨を模った仮面が浮かんでいる。
「な、何だあいつは!?」
いつの間にか現れていた白い烏の怪人。台本にないこの上なく不審な存在に、レッドに扮した永田を始めとするヨーカイジャーたちは、警戒を露わにすり足で後退る。白烏の怪物は、それらを浮かび上がった頭を巡らせて見回す。すると両腕を軽く羽ばたく様に上下させる。
『やれやれ、こんな子供騙しの舞台ごときを潰す為に、吾輩直々に出る羽目になるとはな。用意した部下がことごとく潰されては仕方ないか』
呟き、一歩踏み出す白烏。そしてレッドを一瞥すると、袖口が羽毛に覆われた腕を振るう。
「く!?」
袖から放たれた白い羽根の刃に息を呑み、頭を下げるオニレッド。直後、空を切ったそれは客席奥の壁にぶつかり爆ぜる。
「わあああああああ!?」
「ひゃあああ!?」
客席から悲鳴が上がり、怯え惑う人々が出口へ向けて殺到する。その様に白い烏の化物は芝居がかった動きで両腕を広げ、客席からの悲鳴を全身で受け止める。
『おお、これは素晴らしい眺めじゃないか。みな吾輩たちに注目している。この舞台は吾輩たちの物。吾輩たちが主役となったのだ! ハッハハハ! 契約者の満足感が、吾輩を満たしていくぞ!?』
「ほ、本物の化物なのかッ!?」
「とにかく避難を助けよう!?」
逃げる人々を庇う様に、笑う化物との間を阻む裕香を含むヨーカイジャーたち。
壁となった戦士たちを見据え、白烏は両腕を広げたまま足を踏み出す。
『さて、さらなる満足感を得るためにも、契約はきちんと果たさせて頂こうか』
翼を広げる様に構える怪物。それに対して身構えるヨーカイジャー。だが羽根の刃が放たれようとする瞬間。戦士たちの背後から黒い影が躍り出る。
『な!? が!?』
驚き声を上げる白烏。黒い影はその胸倉を掴み、イベント会場の壁に叩きつける。紅のマントを纏った黒い魔女ナハトは、苦悶の声を漏らす白烏を左腕一本で吊り上げて壁に押し付ける。
「やっと尻尾を見せてくれたな? 貴様の勝手な行い、見過ごすわけにはいかん。粛清の炎で焼き潰してくれる!」
烏の胸倉に食い込む金色の鉤爪。そこから炎をちらつかせ、睨みつけるナハト。その黒き魔女の殺意を受けながら、白烏は呻きもがく。
『ぐ……うぅ……は、はい、そうですかなどと、行くものかぁッ!?』
叫び、赤熱する爪を撃ち払う白烏。そして間髪いれずに蹴りでナハトの体を押し退け、両腕とコートの裾を羽ばたかせて煙の尾を引いて飛翔する。
「逃がさんッ!」
ナハトは空へ逃げる白烏の怪物を追いかけ、赤い魔力光を纏って飛ぶ。
裕香はその動きをユキブルーのスーツの中から目で追いかけ、続き、客席へ目を向ける。その視線の先では、未だ我先にと出入り口へ殺到する観客と、それを宥め、誘導しようとする役者含むスタッフの姿がある。裕香はその混乱の様相から再度空へ目を戻し、人目に付かぬように駆け出す。
「変身ッ!!」
物陰に入ると同時に右手のグローブを投げ捨て、拳を左掌にぶつけ、振り抜く。その勢いのまま引いた拳を、正面に真一文字に走った光の帯へ撃ち込む。打点を中心に、渦を描く様に広がる光。輪となったそれを拳から潜り抜け、輝く装甲を纏ったものに変じる。
光の輪を殴り抜け、ユキブルーからウィンダイナへと姿を変える裕香。体格を巨漢のそれへと爆発させ、それに伴って装甲から剥がれる光。雪の様に散るそれを背後へ流しながら、ウィンダイナは顔の上半分を覆うシールドバイザーを煌かせ、跳躍する。
「ルクシオォォンッ!!」
眼下に並ぶアトラクションを見下ろしながら、拳を振り上げて叫ぶウィンダイナ。その呼び声に続いて右拳から光が爆ぜ、そこからタイヤが突き出る。
ウィンダイナの拳から飛び出す、ルクスの顔を模したフロント部を持つ白いトライク、ルクシオン。
ルクシオンは飛び出た勢いのまま鋭い唸り声を上げ、コースターのレールを踏む。身を翻し、相棒を模したマシンの背中へ舞い降りるウィンダイナ。
「行くぞ!」
『オーケーッ!』
ハンドルを握るウィンダイナに応え、ルクシオンがレール上を駆け出す。
空を裂き、ウィンダイナを乗せてコース上を駆け抜けるルクシオン。
やがて前方に、炎と羽根手裏剣の応酬を交わすナハトと白烏の姿が現れる。前方でぶつかり合う両者を目がけて、ウィンダイナは相棒を模ったマシンを急がせる。
「ハアッ!!」
気合の声と鋼鉄の唸り声とを響かせ、ぶつかり合うナハトらに最も近い急カーブで踏み切るウィンダイナとルクシオン。
「キィアアアアアアアアッ!!」
「ぬ!?」
『なッ!?』
割り込む白と銀の塊に、驚きの声を上げて離れるナハトと白烏。両者の間を駆け抜けて前輪から地面を踏み、二つの後輪で弧を描く様に火花を散らして振り返る。
「なんと、ウィンダイナッ!?」
跨るマシンの上から見上げるウィンダイナと、それを上空から見下ろすナハト。鋼鉄の唸り声が響く中、睨み合う両者。そこへナハトの頭上から両者をまとめて狙った白い羽根手裏剣が降り注ぐ。
「く!?」
不意を打って迫るそれに、ナハトは空中を飛び跳ねる様に弾丸を掻い潜り、ウィンダイナは跨ったマシンを蛇行させて、地面に爆ぜる羽根手裏剣を避ける。
白羽が降り注ぎ爆炎の巻き上がる中、上空を睨みつけるウィンダイナ。その先では白い烏が両袖を振るい、次々と二方向へ羽根手裏剣を撃ち下ろし続けている。
「おのれ! うっとおしいッ!!」
苦々しげに歯噛みし、両手から火炎を放つナハト。壁を作る様に広がった炎は、降り注ぐ白羽を包みこんで焼き払う。だが炎に含まれた羽根が弾け飛び、炎の壁を散らし飛ばす。炎を押し広げる煙幕。それを突きぬけて羽根手裏剣が降り注ぐ。
「ッ! エエイッ!」
煙幕を掻い潜り迫る白羽。それをナハトは紅のマントで防ぎ、爆発を受け止める。
その一方で、ウィンダイナは地面に弾ける爆発に追われながらも、ルクシオンの車体を沈みこませ跳躍。空を走る間に迫る羽根手裏剣を、ウィンダイナは左腕を振るい弾き飛ばす。
空に爆ぜる白い羽。それを尻目にウィンダイナは正面の建物の壁にルクシオンのタイヤを噛ませ、壁を駆け昇らせる。
重力に逆らい壁を昇るルクシオン。その勢いのまま羽根手裏剣の爆発を置き去りにして壁の果てまで駆け抜け、空へ飛び出す。
「ハアアッ!」
ウィンダイナは空中で体を傾け、ルクシオンもろともバレルロール。そのまま真正面から白烏へ向けて突進する。
『真正面からバカ正直になど!? 侮るなッ!!』
白烏は叫んで腕を振るい、手裏剣を放って迎撃。だが白羽の弾幕はウィンダイナとルクスの駆るルクシオンによって真っ向からこじ開けられる。
『ぬ、うぅ!?』
慌てて羽ばたき、更に上空へ逃げる白烏。だがウィンダイナはそれを待ち構えていたかのように、ルクシオンから跳躍。空中で一気に烏を追い越す。
『なあ!?』
「キィイアアアアアアッ!!」
自身をあっさりと追い越した白銀の流星を見上げ、驚きの声を上げる白烏。しかし驚きながらも両腕を上げ、迎撃の構えをとる。
「ヘレ・フランメッ!!」
だが言葉短い詠唱が響き、構えた白烏を横合から火炎流が飲み込む。
『ぐああッ!?』
炎と熱に巻かれて悶える烏の怪物。その間にウィンダイナは、その頭上で気合の声と共に身を捩り、背後に出した魔法陣をリングロープの様にして急降下。宙に浮いた髑髏の仮面を蹴り抜き、肩の間へねじ込む。
『ぐぎゃぅえ!?』
固いものを砕く様な鈍い音と濁った声が絞り出され、蹴りを受けた白烏が背中から落下する。
全身を焦がしながら真っ逆さまに地へ墜ちる烏の怪人。地面へ大の字に叩きつけられたそれを見据え、ウィンダイナは輝く左手に右の握り手を寄せる。そして掌に生じた柄を握り締める。
「ライフゲイルッ!!」
必殺の武器の名を叫び、両腕を開く形で光刃を抜き放つ。手首を返して翡翠色の刀身を回転。大きく引く様に構えて真直ぐに急降下する。
「キィイアァアアアアアアアアッ!!」
裂帛の気合を轟かせるウィンダイナ。煌く刃の切っ先を突き出し、体ごと地面の敵へ迫る。
吸い込まれる様に烏の怪物へ突き刺さるライフゲイル。その柄を中心に二重魔法陣が展開。内と外で互い違いの高速回転を始める。
『ぐぅうあああああああああッ!?』
「命の風よ……光遮る暗雲を、輝きを曇らせる淀みを吹き掃えッ!!」
足元から苦悶の声が響く中、ウィンダイナは両手に握った得物を捻りこみながら浄化の詠唱を始める。それに伴い、魔法陣の回転が早まり、周囲に光を孕んだ風が渦巻く。
「厚き影を掃い、光を、ここに!!」
祈りを込めた続きの言霊を唱え、幻想種を地面に縫い止めるライフゲイルを、跳び退きながら引き抜く。
両の足が地を踏むと同時に上体を捻り、その勢いに乗せて刃を振り抜く。振り抜いた先で手首を返して、刀身を回転。そこから左下へ振り払い、続けて左掌を刀身に添えて、火花を散らしながら拭い、大きく後ろへ振り払う。
「浄化ァ!!」
『ぎぃいやぁああああああああッ!?』
鋭い締めの言葉に続き、響く断末魔と爆音。やがて爆風が吹き抜けると、その背後で足音が鳴る。振り返るとそこには紅のマントを靡かせたナハトの姿があった。
「なぜ、私を援護した?」
「フン……我がそんな善人に見えるか! 勘違いするな、今回は時間をかけたくなかっただけのことよ」
バイザーの奥から睨み問うウィンダイナを、ナハトは鼻で笑い飛ばし、踵を返す。
「名残惜しいが、そういう事情で此度も勝負は預けさせてもらうぞ」
「待てッ!」
その背を追いかけるウィンダイナ。だがその手が届くよりも早く、ナハトは地を蹴り空へ舞う。離れていくその背中を見上げ、銀の戦士は深く息を吐く。その前方では黒い全身タイツに身を包んだ戦闘員が倒れていた。
※ ※ ※
「本当に助かったよ。ありがとう。吹上ちゃん」
イベント会場の近く。そこで裕香たち一行と永田、早見が向かい合っている。二人のスーツアクターを前に、裕香は前髪を弄りながら照れ臭そうに俯く。
「いえ、そんな……皆さんにフォローしていただけたからで、お役に立てたのでしたら嬉しいんですが」
俯きながら口元を緩める裕香に、永田が首を左右に振る。
「いやいや、そんなに謙遜することはないさ。君の才能は本物だ自信を持っていい」
笑みを浮かべる永田に、裕香は照れ笑いを深めて頷く。
「ありがとうございます」
「でも、本当に良かったの? お礼が私たちのサインだけって……まあ、スーツは劇団がレンタルしてるものだから無理だけど……」
顔を覗きこむようにして訊ねる早見。その問いに裕香は間髪いれずに頷く。
「もちろんです! 勉強させてもらったのに更に何かをお願いするなんて欲張りすぎですよ」
「欲が無いな。吹上くんは。また縁があることを祈っている」
苦笑し、手を差し出す永田と早見。裕香は微笑みのまま頷き、差し出されたその手を交互に握り返す。
「はい! いずれ一緒にお仕事できるように頑張ります!」
「吹上ちゃんならきっと大丈夫よ」
「ああ、俺達もキミに負けないように頑張る」
言葉を交わし、握り合った手を離す裕香達。そして裕香は、手を振り見送る二人へ、肘から立てた手を振り返しながら、友人たちと一緒に離れていく。
「じゃあ、締めに観覧車でも行こうか?」
「あ、いいね」
歩きながらの愛の提案に、頷く裕香。それに倣う形でその隣を並び歩くいおりも頷く。
「うむ。私も賛成だ。で、組み合わせはどうする? またジャンケンで二、三に分けるのか?」
「そうだね。またその組み合わせで分けようか。俺、また裕ねえと一緒になれたらいいな」
いおりに続いて賛成し、白い歯を見せる孝志郎。その一方で涼二が眼鏡を押し上げつつ口を開く。
「どうだかな。今度はわからねえぞ?」
その涼二の言葉に愛が頷く。
「そうだね。私といおりさんに、孝志郎くんってことになるかも知れないし。そうしたら裕香さんの小さい頃の話とか聞きだしちゃおうかな?」
「なるほど。それは私も興味があるな」
そう言って笑みを交わす愛といおり。そんな二人に、裕香は苦笑を向ける。
「えっと……あんまり恥ずかしい話は聞き出してほしくないかなぁって……」
その裕香の言葉に、いおりと愛は再度顔を見合わせ、自分たちを窺う友人へ顔を向ける。
「お父さんが言ってたの。逆に考えるんだ。押すなと言われたら実は押してほしいと考えるんだ……って」
「ククククク……フフフフハハハ……フハハハハ!」
「え、ちょ? 愛さん、フリじゃないから! それにいおりさんはなんで五・七・五!? しかも三段笑い!?」
そんな他愛無い会話と笑顔を交わし合いながら、一行はゆったりと回転する大きな車輪へ向けて歩いていく。




