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魔法少女ダイナミックゆうか  作者: 尉ヶ峰タスク
少女の手にした夢
2/49

少女の手にした夢~その2~

「ルー……くん?」

 突然に口を利いたルーに、裕香は長い前髪の奥で目を見開く。

「なんだよこれ? 裕ねえのカバンから変な生き物が出てきて、しゃべって……」

 そんな裕香の後ろで、非現実的な光景に混乱する孝志郎。

『キミに戦う覚悟があるなら、ボクと契約して欲しい』

 そのルーの言葉を遮る様に、右腕から咆哮を上げて躍りかかる犬の怪物。ルーはそれに振り返り、白い毛に覆われた前足を突き出す。

「ギャンッ!?」

 ルーの前足から出る円を描く光。輪となって連なった文字のようにも見えるそれに弾かれて、犬の怪物は再度吹き飛ぶ。その勢いのまま、ジャングルジムへ突っ込み、その骨組みを大きく歪める。

『クッ……!?』

 だがルーの出した魔法陣の盾が揺らいだかと思いきや、たちまちに散り消える。

「ルーくん!?」

 腕をだらりと下げ、肩で息をするルー。その背中へ裕香が声を投げかけると、ルーは息を呑みこんで振り返る。

『ボク一人じゃ、これが精一杯なんだ……』

 ルーはそこで一度言葉を切ると、ジャングルジムの中で身を捩る怪物を一瞥する。そして再び裕香に視線を戻して口を開く。

『もう一度聞くよ。キミから日常を奪う悪魔と、一緒に戦ってくれないか?』

 その問いに、裕香は前髪の下で目を伏せる。それを見て、ルーも目を伏せて俯く。

『分かった、キミたちが逃げる時間くらいは……』

「私、契約する!」

 言葉を遮っての裕香の返事に、ルーは大きな翠色の目を見開いて振り返る。

『い、いいの? 頼んだのはボクだけど……』

「ゆ、裕ねえ……」

 戸惑うルーと、不安げに眉を八の字にして見上げてくる孝志郎。裕香はそんな弟分の肩にそっと手を乗せて、桜色の唇を動かす。

「さっき言ったよね? 絶対に守るって。私はそれを曲げたりしない! どこまで自分を誤魔化しても、これだけは絶対に曲げないッ!!」

 はっきりと、揺ぎ無い声音で言い切る裕香。

 その力強い言葉に、ルーは頷いて前足を胸の前にかざす。

『ありがとう、ユウカ!!』

 艶のある桃色の肉球の間に、小さな光の円が生まれる。

『ユーラーティオー……クピディタース・スウス……ファートゥス・イルーミノー……ソキウス!!』

 不思議な言葉を唱え終ると共に、両前足を広げるルー。続いて光の円が瞬いたかと思いきや、裕香の右手中指に銀色の指輪が嵌っていた。

「これは……?」

 翡翠色の宝玉の輝く銀の指輪。自身の指を飾るそれを見つめる裕香に、ルーが説明する。

『それは契約の法具“ノードゥス”。さあユウカ、力をイメージして!』

「ち、力って……?」

 力と言われて裕香の脳裏をよぎる鋼鉄の戦士の背中。その瞬間、重みのある破壊音が鳴り響き、黒犬の怪物が右腕の頭を突き出して突っ込んでくる。

『早く! キミが一番強いと信じるモノをイメージするんだ!!』

 急がせるルーと迫る怪物を見比べ、真直ぐに伸ばした左掌に右拳をぶつける裕香。

「ッ! ええい!」

 そして白銀の輝きの弾ける指輪を、掌に擦り合わせて前に突き出す。

 裕香はその勢いのまま、中指に輝きを灯した右拳を大きく振り抜く。すると尾を引くように流れた光が、裕香を中心にルーと孝志郎を囲むように円を描く。

「ギャッ!?」

 結界となった光の帯に激突し、弾かれる怪物。離れていくそれを見据えながら、裕香は左拳を腰だめに、指輪の輝く右拳を高く突き上げる。

「変身ッ!!」

 その言霊と共に、光の帯が上下に伸びて柱へと変わる。

 ルー達と共に光の柱に覆われた裕香は、その内で全身を旋風にも似た光の流れに包まれる。全身を覆う光に身を預ける裕香。やがてその前髪が風に流される様に靡き、瞼を閉ざした顔が露わになる。そして閉ざされた目が見開かれると同時に、その顔が光に包まれる。

『す、凄い力だ!?』

「眩しい!?」

 裕香を包む光の眩しさに、ルーと孝志郎が揃って目を覆う。

 瞬間、三者を包む光の柱が割れ、渦巻く風に乗って散る。

 光が収まり、顔を覆う手をどけるルーと孝志郎。だが目の前にいた人物の姿に、ルーは目と口を大きく開ける。

『え、えええええええッ!?』

 鋼鉄。

 渦を巻く風の中心。そこに立つ人物を言葉で表せばその一言に尽きる。

 全身を覆う強靭な筋肉を模った白銀の装甲。

 腰には翡翠色の宝玉の収まった無骨なベルトが巻かれている。

 頭部も柔らかな少女のものではなく、強固なフルフェイスのヘルメット。その上半分を覆うシールドバイザーの奥では、吊りあがった菱形の目が二つ、輝いている。

 その身長は頭一つ分程伸び、体型も分厚く、筋肉質なシルエットを描いている。もしこの鋼鉄の戦士の正体が女子中学生だと言ったとしても、誰もが「またまた御冗談を」と笑い飛ばすだろう。

「この姿は……」

 呟きながら、自身の装甲に覆われた手を握り、開いて眺める鋼鉄の戦士。

『ユ、ユウカ……』

 あまりにも少女らしさを欠いた自身を見つめる裕香へ、ルーは詰まりがちに声をかける。

「よし! イメージ通りッ!!」

「さっすが裕ねえ! 完璧だよ!」

『え!? ちょ、それでいいのッ!?』

 両の拳を力強く握る裕香と、喝采を上げる孝志郎。そしてそんな二人へ羽根と四肢を振り回して訴えるルー。

「え? どこかおかしい? このままヒーロー物の撮影に乗り込んでも違和感なく進行できそうだと思うけど?」

『いやいやいやこんなの絶対おかしいよね!? 具体的に言うと体格とか全身装甲とか体格とかぁあああッ!? あっきらかに体が大きくなってるしぃいッ!?』

 激しく違和感を訴えるルー。だが裕香は特撮ヒーロー然とした仮面を、更に身長差の開いた孝志郎に向け、再びルーへ向き直る。

「不思議なことって起こるものなんだね!」

「確かに不思議だけどぉ!? そぉいう方向性の不思議は期待してなかったからぁぁっ!?」

 装甲に覆われた指でサムズアップする裕香に、声を上げるルー。

「ガァアッ!!」

「ッ!?」

 そこへ不意に響いた咆哮に、裕香は素早く首を巡らし、上体を捻りながら右拳を振るう。

「ギャ!?」

 腰のひねりに乗った拳が、躍りかかる怪物を迎え撃つ。胸を穿つ一撃を受け、悲鳴を残して吹き飛ぶ怪物。

 裕香は重い手応えの残った拳を見やり、次いで傍らの孝志郎、ルーを見る。

「……重たいんだ。想像よりもずっと……」

 そして小さく呟きながら、重い痺れの残る右拳を握り固める。

「二人とも、下がっていて」

 固めた拳を腰だめに、左掌を前にかざして左足を一歩踏み出す裕香。鋼鉄の仮面が見据える先では、殴られた胸を抑えながら、唸り声を上げて立ち上がる化物の姿があった。

「グルゥア!」

 右腕先端の頭から唸り声を上げて迫る、黒犬の怪物。突っ込んでくる牙を剥いた頭を裕香は左掌で叩き流し、鋼鉄の右膝を怪物の鳩尾に突き刺す。

「ガバッ」

 唾と共に苦悶の声を飛ばす怪物。すかさずその首に右の手刀を落とし、下ろした右足を軸に回転。

「キァア!!」

 そして裂帛の気合と共に、遠心力を上乗せした長い足で怪物のどてっ腹を蹴り抜く。

「ゴブウッ!?」

 四肢を投げ出した形で、奥の林へ吹き飛んで行く黒犬の怪物。その姿が消えるのに続き、重い激突音が響き、木の一本が音を立てて折れる。

『つ、強い……魔力の全部を肉体強化に回してるのか。でも、人間界の女の子がイメージする力ってこんなんだっけ……?』

 裕香の示した力に、目を剥くルー。しかし未だに納得がいかないのか、メカメカしい裕香の姿を頭の天辺から爪先まで眺めている。そんなルーに、孝志郎が軽く鼻を鳴らして声をかける。

「いいんだよ。これが裕ねえなんだ」

 裕香は林へ向かって身構えながら、そんな二人を見やる。

「二人は隠れていて」

 裕香は孝志郎たちにそう告げると、足を揃えて跳躍。怪物を蹴り込んだ林の中へ跳び込む。

『待って! ボクも行く』

 ルーの声を背に受けながら、空を駆ける裕香。

 剥き出しの土の上に着地し、倒れた木とその根元で立ち上がる化物と対峙する。

「グゥゥ……ア゛ア゛ッ!」

 唸る右腕を振りかざし、威嚇する怪物。対して裕香は迂闊に攻め込まず、左腕を引き、右掌をかざす形に入れ替えながら機を窺う。

 そのにらみ合いから、両者同時に弾かれたように駆け出す。

 三本爪を立てて突き出される左腕。それを裕香は上体を左へ振って流し、続く右の顎を右掌で叩き逸らす。さらに怪物が腰の振りで戻した左腕が再度伸び迫る。だが裕香はそれを右手甲で弾く。その瞬間、足へ噛みつこうと地面すれすれの牙が続く。

「キアッ!」

 だが裕香は頭を軸にそれを跳び越え、着地と同時に怪人の背後から右踵で足を刈る。

「ガ!?」

 回転し、背中から地面に倒れ込む怪物。その腹部目掛けて裕香はすかさず手刀を振り下ろす。

 だが怪物は身を捩ってそれを回避。空を切ったチョップが地を裂く前に、素早く跳び退く裕香。その直後、裕香のいた空間を怪物の顎が噛む。

 間合いを開けて構え直す両者。その直後、右腕を引き絞って踏み込んでくる犬の化物。

「ガアアッ!?」

 だが裕香はその場で跳躍。伸び迫る犬の牙を跳び越える。そして空中で身を翻して後転。その勢いに乗せた両足蹴りを怪物に浴びせる。

「が!?」

 怪物の口から声が漏れる中、裕香は蹴りの反動に乗って再度跳躍。着地と同時に踏み込み、右の飛び込み蹴りを浴びせる。

「キィアアッ!!」

「ガアッ!?」

 鋼鉄の蹴りを受けて、大きく吹き飛ぶ怪物。その姿を見据えて、裕香は固く握りしめた拳を腰だめに、腰を低く落として力を溜める。油断なく身構える裕香の背後に羽ばたきの音が近づく。

『ユウカ、今のうちに浄化を! キミの魔法の杖を使うんだ!!』

 仰向けに倒れ、もがく怪人と身構える裕香を見比べ、勝負を決する武器を使うように指示するルー。

「え!? 武器なんてイメージしてないよ!?」

 構えを緩め、困惑した響きのある少女の声を出す特撮ヒーロー。

『へ?』

 その内容に、呆けた声を漏らすルー。しかしその目はみるみる内に驚きに見開かれる。

『ちょ、ええええええッ!? 嘘ォ!?』

「う、嘘じゃないよ! 武器なんて全然考えてなかった! どうすればいいの!?」

 声を上げるルーと、それに釣られて慌てる裕香。その時、重い風切り音が木立の合間に響く。

「ハ!?」

 それに裕香が気付いた時には、その眼前に半ばから折れた木の幹が迫っていた。

 とっさに腕を盾に出す裕香。気の抜けた所へ圧し掛かる丸太の重み。それに防御もろとも押し飛ばされてしまう。

「ガアアア!!」

 その隙を逃さずに躍りかかる黒犬の怪物。振り下ろされる爪が裕香の胸を守る鋼を切り裂き、火花が上がる。

「あうッ!?」

 白銀の胸甲に三つ筋の炎を散らし、仰け反る裕香。その頭を狙う上段蹴り。裕香はそれを辛うじて左腕を立てて受ける。

 だが衝撃を堪えて下がったところで、盾にした左腕に食いつかれる。

「アアッ!?」

 装甲を噛み砕いて食い込む牙に、裕香の口から苦悶の声が漏れる。

『ユウカッ!?』

 腕を取られた状態で立て続けに振るわれる左拳。それを裕香は右腕でブロック。そうしながら左腕に食いついた牙を振りほどこうと腕を引く。だが、一度食いついた犬の頭は唸り声を上げながらその力をまるで緩めようとしない。

『例え意識してなくても、杖だけはキミの潜在意識が作り上げてるはずなんだ! 思い出して、キミが最も強いと信じる武器を!!』

「そ、そんなこと言われても……」

 ルーの言葉に、右手で怪犬の首を握りながらもがく裕香。丸めた体に拳を撃ち込まれる中、裕香の脳裏にあるモノが浮かび上がる。

『……お父さんにとって最高のヒーローの武器なんだ』

 父の言葉と共に裕香の脳裏をよぎる輝き。その瞬間、裕香の左腕が眩い輝きを放つ。

「ギャッ!?」

 裕香の腕が輝くや否や、そこに食いついていた怪物の口が煙を吹き、弾ける様に離れる。

「これは……」

 右手の首を抑えて悶える怪物を一瞥し、裕香は自身の輝く左腕に目を落とす。そして軽く顎を引くと、左手を開いて右の握り手をその前に持っていく。すると、左掌から拳三つ分ほどの柄が生えて右手の中に収まる。現れた柄を握る右手に力を込め、両腕を開くようにして引き抜く。瞬間、左腕に宿った輝きが引かれる様に抜けて風が渦巻く。

 柄から伸びる翡翠色の光。長さおよそ120cmのそれを大きく振り上げ、頭上に掲げる裕香。尾を引く光に遅れて風が吹き上がり、周囲の枝葉を揺さぶる。

『それは輝ける風の杖、ウェントゥス・ウィターエ!!』

 裕香の掲げる透き通った翡翠色の光。その輝きを見つめながら、杖の名を呼ぶルー。

 だが裕香は、風を纏い、天を衝くように伸びる光の刀身を見据えて首を左右に振る。

「違う」

『え?』

 鋼鉄の仮面の奥から漏れる否定の声に、問い返すルー。

 そんなルーをよそに、裕香は手首を返して棒状に伸びる光を回すと、杖を持った右半身を前に、刀身を斜め前に突き出す形で構える。

「この杖は命の風……ライフゲイルッ!!」

 光の剣にも見える魔法の杖に、己の武器としての名を授ける裕香。その瞬間、刀身の輝きが強まり、一際強い風が吹く。

 命名に杖が産声を上げる中、裕香は大きく右腕を振り、右膝をついてしゃがみながら、柄尻で地に触れる直前まで振り下ろす。そして両足のバネを解き放ち跳躍。ふらつく怪物目がけて躍りかかる。

「ガ! アアッ!!」

 ふらつきながらも頭の付いた右腕を振るう怪物。その牙を裕香は身を低くして潜り抜ける。

「キィアアアアッ!!」

 そして気合一閃。手首を返して刀身を回転。かち上げるように輝く切っ先を怪物の鳩尾に突き刺す。

「ギャンッ!?」

 怪物の右腕から悲鳴が上がると同時に、鳩尾に突き刺さった刀身を中心に、翡翠色の魔法陣が広がる。裕香はライフゲイルの柄尻に左掌を添えて、更に押し込む。直後、魔法陣が二重に広がり、光輝く切っ先が怪物の背中から顔を出す。背中側からは光を纏った風が渦巻き広がる。

『ユウカ! 言霊を唱えて! 心に浮かんだものをそのまま、清めの祈りを込めてッ!!』

 ルーの言葉に従い、裕香はそのシールドバイザー奥の目を輝かせ、鋼鉄のマスクに覆われた口から言葉を紡ぎ出す。

「命の風よ! 光遮る暗雲を、輝きを曇らせる淀みを吹き掃えッ!!」

 裕香が言霊を紡ぎ出すのに従い、魔法陣が内と外で互い違いに高速回転を始める。魔法陣の回転が早まるにつれて、痙攣する怪物の背中側で、光を含んだつむじ風の勢いも強まる。

「厚き影を掃い、光をここに!」

 その言葉に続いて、裕香は後ろへ飛び退きながらライフゲイルを怪物の体から引き抜く。着地と同時に腰を回し、右手側へ流し払う。続けて手首を返しながら、血糊を払い飛ばすように左へ振り払う。そして左掌を輝く刀身に添え、ライフゲイルを引く。左掌から火花と白煙を上げながら刀身を拭い、切っ先が抜けるのに続いて、後方へ振り伸ばす。

「浄化ッ!!」

 鋭い結びの言葉を引き金に、裕香の背後で爆音が上がり、風が背中を叩く。

 やがて風が収まり、裕香は柄だけになったライフゲイルを片手に振り返る。

 するとそこには、黒い一頭の犬が、目を瞬かせていた。


※ ※ ※


「お邪魔しまーす!」

 ドアの隙間をすり抜けて、部屋に潜り込む孝志郎。それに続いて、ルーを肩に乗せた裕香がドアを開けて部屋へ入る。

 当然ながら裕香の姿は、特撮ヒーロー然とした鋼鉄の戦士のそれではなく、前髪も後ろ髪も長いセーラー服の少女の物に戻っている。

 あの後公園から撤収した裕香達はここ、吹上家二階にある裕香の自室に駆けこんでいた。

 ドアを開けた真正面にあるベッド。その足側には一台のテレビがあり、向かって左隣には大きな全身用の鏡が立っている。

 ここまではごく普通の女子の部屋と言えるだろう。だがテレビを挟んで姿見の反対側にある棚には、仮面のヒーローの顔が背表紙に描かれたDVDがぎっしりと詰まっている。さらにドアの左手側にある勉強机の一角には、白銀の装甲を纏ったアクションフィギュアが拳を顔の横に添えて、力強く力を溜めている。

 机の上の壁には汚れないようにビニールカバーで包まれたサイン色紙がいくつも飾られている。

「孝くんは好きな所に座って」

「うん」

 勉強机に鞄を置きながら言う裕香。それに孝志郎は真直ぐに歩いていってベッドに腰掛ける。

 そして裕香はベッドの足元に置いてあったクッションの一つを掴み、孝志郎の隣に並べる。

 そのクッションには、桃の様なシルエットに、黒く大きな目を持つゆるキャラが刺繍されていた。

「ルーくんはこれを使って?」

『分かったよ』

 ルーはそう言って、裕香の肩からクッションへふわりと跳び下りる。

 どぅぇ~い。

『な、なに!?』

 ルーがクッションを踏んだ瞬間、その足元からどこか気の抜けた、しかし妙に味わい深い声が鳴る。

「裕ねえ手作りのクッションだよ。声は気にするなよ。鳴く仕掛けがあるだけだから」

『う、うん』

 引けていた腰を恐る恐ると言った調子で下ろすルー。

 そんな二人を眺めながら、裕香は勉強机の椅子を引いてベッドに寄せる。

 そして裕香が椅子に腰かけると、ルーは姿勢を正して翡翠色の目を引き締める。

『それじゃあ、きちんと説明させてもらうよ。本当は契約する前にしたかったんだけれど』

 静かな声音で語り始めるルー。

 その神妙な調子に、裕香は前髪の奥から真剣な眼差しをルーに向け、孝志郎も黙って言葉の続きを待っている。

 時計の秒針の音が大きく響く中、ルーは尻尾を一振りして、口を開く。

『まずは改めて自己紹介から。ボクの名前はルクス。幻想種パンタシア、白竜族の一員だ』

「えっと、ル、クス君? パン、タシア?」

「白竜って、お前竜なの? 猫っぽい変な生き物だと思ってた」

 聞きなれない言葉に、戸惑いながらも食いつく裕香と孝志郎。それにルー、改めルクスは両前足を待ったをかけるように前に出す。

『待って、一つずつ説明するから。あと、ルーでもルクスでも呼びやすい方でいいから』

 ルクスの言葉に頷き、身を引く二人。それを見てルーは前足を揃えて下ろすと、改めて話を続ける。

『さっきも言ったけど、見ての通り、ボクはこの物質界の生き物じゃない。この世界と表裏一体の幻想界の住民だ』

「その世界に生きてる人が幻想種パンタシア?」

 その裕香の言葉をルクスは首肯する。

『そう。と言っても、特定の種族だけじゃなくて、生き物全部を指すんだけどね。物質界ではカッパとか、テングって呼ばれてる種族もいるよ』

「じゃあ、妖怪とかの世界なのか?」

『そう思ってくれていいよ。物質界で話として残ってるのは、昔物質界に行った連中だし』

「それなら今回のも昔話みたいなものなの?」

 前髪を指で跳ね上げながら尋ねる裕香。その質問にルクスは目を伏せて首を左右に振る。

『そうじゃないんだ。昔と違って、今はもう物質界への行き来は厳しく禁じられてるんだ』

 そこまで言うと、ルクスは一度言葉を切って顔を上げる。その鼻の根元に皺が寄り。大きな翠色の目が鋭く吊りあがる。

『一部の連中が、物質界に生きる命を利用するためにこっちへ来てるんだ。ボクはそれを阻止するためにここに来たんだ』

「命を利用するって……どういうこと?」

 裕香の質問に、ルクスは歯を噛み締める。

『ボクらのエネルギー源は、こっちの世界に生きる命の心の力……感情によって昂り、想いに乗って解き放たれる生命力なんだ』

「じゃあお前! 裕ねえから命を吸い取ってるのか!?」

 眉根を寄せ、ルクスの小さな体を両手で握りしめる孝志郎。

「止めて! 孝くん!」

「なんで!? こいつは裕ねえを!?」

 慌てて孝志郎を止める裕香と、手の中のルクスを睨み続ける孝志郎。握りしめられ、苦しげに呻くルクス。

「止めてッ!!」

 裕香の強い言葉に、孝志郎は体を震わせてルクスから手を放す。手の中からルクスが零れる中、引き結んだ唇を歪める孝志郎。そんな孝志郎の肩を、裕香はそっと抱きしめる。

「……ありがとう、孝くん。でも、契約することを選んだのは私だから。それにルーくんのおかげで私たちは助かったんだよ?」

「でも、でもさ……」

 裕香が孝志郎を宥めている間に、ルクスは軽くむせ込みながら、ベッドの上で身を起こす。

『……コウシローが怒るのは当然だよ。例え寿命を縮めなくても、ボクがユウカの命を使ってることに変わりは無いんだから……』

 よろつきながらも四本の足で体を支えるルクス。孝志郎はそんなルクスを見下ろしながら、その頭に声を零す。

「裕ねえに何かあったら、絶対に許さないからな」

 孝志郎はそれだけ言うと、ルクスに用意されたクッションを裕香から遠ざけ、裕香の座っていた椅子とルクスの間を塞ぐように、ベッドに尻から飛び込む。腕を組み、唇を尖らせてそっぽを向く孝志郎。

 裕香は椅子を退けると、そんな孝志郎の隣りに座って弟分の肩に手を回す。

『分かってる。その時は煮るなり焼くなり好きにしてくれ』

 自分から顔をそむけた孝志郎に言葉を投げかけて、ルクスは動かされたクッションに寄りかかる形でベッドに座る。

『……ボクらは命の力を糧にさせてもらっているとは言ったけれど、普通の状態の物じゃダメなんだ。昂った心の力と混ざり合ったものじゃなくちゃならないんだ』

「心の、力?」

 孝志郎の体越しに質問を投げかける裕香。それに頷いて、ルクスは説明を補足する。

『楽しい時に病気のことが気にならなくなったり、嬉しいことがあった時にいろいろと調子よくこなせたりしたことって無いかな?』

「あ、うん。分かる気がする」

 ルクスの出した例えに、実体験を思い出して頷く裕香。

『昂った感情は、生命力と混ざり合ってより強い力を引き出すんだ。そしてボクらは、肉体の器から溢れ出して、幻想界に流れてきたものをエネルギーにしてるんだ』

「じゃあ、この契約って言うのは? 私だけの力じゃないんでしょ?」

 そこで裕香は自身の右手中指の指輪、ノードゥスに目を落とす。

 艶やかに輝く白銀のリング。それに収まった宝玉は透き通った翠色に煌めいている。

『契約は、さっきの流れを直接繋いで、物質界の生き物が幻想種の力を発揮できるようにするものなんだ。ボクらはこっちでは力が大きく制限されるから』

 ルクスがそう言うと、裕香の指輪とルクスの間を翠色の光が繋ぐ。

『もちろん誰とでも結べるわけじゃない。ユウカみたいに強い力があって、お互いの相性が良くないとダメなんだ。そして、一度結んだ契約は、簡単に破棄する事はできないんだ』

「ふざけるな!? なんで何も言わなかったんだよ!?」

 それまで黙っていた孝志郎が、頭を巡らせてルクスを睨む。

 言葉と目で攻められて、ルクスは伏し目がちに俯く。

『本当にゴメン。契約前にきちんと説明するべきだったんだけど、助けてくれたユウカを巻き込んでしまうことに迷っているうちに……』

 言いながら深々と頭を下げるルクス。そんな白く小さな獣の姿に、孝志郎は唇をもごつかせる。そして結局それ以上責める言葉を口にせず、再び裕香の方へ顔を向ける。

 裕香は孝志郎の肩を抱く手を軽く弾ませると、まだ頭を下げ続けるルクスへ顔を向ける。

「さっきも言ったけど、契約することを選んだのは私だから、ルーくんももう気にしないで」

『ありがとう、ユウカ……』

「それで、契約の事とルーくんたちの事は分かったけれど、その人たちはどうして禁止されてるのにこっちに? エネルギーが足りてないの?」

 胸中に浮かび上がった疑問を口にして、説明の続きを促す裕香。するとルクスは、首を軽く左右に振って口を開く。

『いや、確かに流れてくるエネルギーが減ってはいるけれど、餓えるほどじゃない』

 裕香の推測を否定したルクスは、前足に目を落として、憎々しげに鼻を鳴らす。

『連中はただ自分たちの欲のままに法を破ったんだ。そしてこっちの世界から、無理矢理にエネルギーを絞り取ろうとしている……!』

 言いながら、歯を剥き、目を鋭く歪めるルクス。そこへ裕香は、右手の指で頬をなぞりながら、自分の胸中に浮かんだモノを確認するために問う。

「ルーくんたちのエネルギーって、生き物の気持ちを高めないといけないんだよね? それには……怒りや憎しみも入るんだよね?」

 半ば外れて欲しいと願って裕香は尋ねた。だが、ルクスの首が返した答えは、イエスであった。

『もちろんだ。そういう燃えるような感情で高められた生命力だけじゃなく、悲しみみたいな沈めるような感情で絞り出されたモノでもいいんだ。今日戦った犬の様にあいつらはそういう感情を利用して、欲を満たそうとしているんだ!』

 そこでルクスの顔が上がり、裕香の顔をその翠色の大きな目が見つめる。そしておもむろにまぶたを伏せて、角の生えた頭を下げる。

『改めてお願いだ、ユウカ。ボクに力を貸して欲しい!』

 布団に頭頂部を埋めるほどに頭を下げたその姿は、体型こそ違うものの、土下座を思わせる。

『キミの心に甘えて契約を結んだ上に、図々しいことを言ってるのは分かってる。でも、どうかボクに使命を果たさせてほしい! お願いだッ!!』

 頭を磨りつけたまま懇願するルクス。その姿に、裕香は長い前髪の下で目を細めてベッドから腰を上げる。

 そして片膝をついて視線を低く合わせると、ルクスの翼の生えた背に手をやる。

「顔を上げて、ルーくん」

 その言葉に従って、ルクスは布団に磨りつけていた頭を上げる。その翠色をした澄んだ目を見つめて、裕香は再び口を開く。

「ルーくんのおかげで、私は孝くんと自分を守れた。だから今度は、私が君を助けるよ」

 翼の付け根を撫でながら柔らかな声をかける裕香。その言葉を聞いて、ルクスは目を細く歪める。そして目を閉じると、弾けれたように駆け出して裕香の胸に飛び込む。

「わ!?」

『ありがとう、本当にありがとう!』

 驚きながらも、ルクスを胸の中にしっかりと抱き留める裕香。その一方でルクスは涙を零しながら、何度も感謝の言葉を繰り返す。

 裕香は胸と腕で包むように抱いたルクスの頭を見つめながら、柔らかな手つきでその白い体毛に覆われた体を撫でる。

「あ、裕ねえ、おばさんにはなんて言おう?」

「え? あ!?」

 孝志郎の言葉で、埃と血で汚れた制服のことも思い出した裕香。その拍子に、ルクスを抱く腕に力がこもる。

『るぐぅ!?』

本作には僕の考えていた魔法少女モノに、メタルヒーロー風に変身する魔法少女、というハニー様のアイデアをを取り込ませて頂きました。改めまして、ハニー様、ありがとうございます!


ちなみに原案ではアーマー付きではありますが、割と少女らしい格好というパンチの弱いモノでしたので、孝志郎を主人公とした魔法ロボモノ、そして自作TRPG設定流用作品よりも新作候補としては下でした。


本作はとりあえず、某文庫大賞の既定である総文字数12,0000文字程度を目指して書こうと思っています。

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