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魔法少女ダイナミックゆうか  作者: 尉ヶ峰タスク
重なる手は誰のもの
19/49

いざ遊戯の山へ~その3~

読んでくださっている皆様、いつもありがとうございます。

近頃余裕が無いですが。せめて質は落とさず、0のつく日更新は続けていきたいと思います。


それでは、本編へどうぞ。拙作が皆様の一時の楽しみとなれば幸いです。

 自分へ注がれる四対の目を受けて、裕香は長い前髪の先を摘み寄り合わせながら椅子に腰を下ろす。席に着いた裕香に、孝志郎が輝く目を向けながら口を開く。

「やったじゃん裕ねえ! プロの人からも凄いって誉められたよ!」

「うん。即戦力っていうよりは、見込みはあるってことなんだろうけど、それでも認められたのは嬉しいね」

 孝志郎の輝く目に、微笑み頷く裕香。しかしそれはそれとして別方向から注がれる残り六つの視線の持ち主たちへ顔を向ける。

 微笑みを浮かべ、その中に優しい光を灯すいおりと愛。その二人や孝志郎とは対照的に、涼二の眼が眼鏡の奥から度々困惑気味に瞬きながら注がれる。裕香は前髪を弄ぶ手を離すと、顔を上げてそんな三対の目に向かい合う。

「えっと、ごめんね? 一人ではしゃいでおいてけぼりにしちゃって」

 頭を下げて謝る裕香。だがそれにいおりと愛は微笑みのまま頭を振る。

「ううん。いいのいいの! 裕香さんの目標なんでしょ? なら興奮するのも当たり前だよ」

「うむ。気にすることはない。誇ってよいことであるぞ」

 二人の言葉に、下げていた頭を上げる裕香。すると愛が笑みを深めて、再度口を開く。

「それにしても、裕香さんアクション女優が夢だったのね!? 運動ができるのも、やっぱりそのために鍛えてるから?」

 半ば机に身を乗り出す形で訊ねる愛。その問いを、裕香は小さくあごを引いて肯定する。

「う、うん。そうなんだ。でも、アクション女優って言うよりは、その……スタントマン志望なんだけど」

 裕香は探り探りに、辿々しく言葉を並べる。それに愛は眉根を寄せ、浮かんでいた尻を椅子に戻す。

「そうなの? でもスタントマンって危ないのに地味な役なんでしょ? わざわざどうして?」

 重ねて問う愛。裕香はそれに、再び前髪に右手をやる。

「確かにそうだね。けど、いい映像を作るためには、いなくちゃならない役だし。それに、地味な役どころだけじゃないんだよ」

 裕香はそう言って、摘まんだ前髪を右によける。

「そうだよ三谷の姉ちゃん。それに裕ねえがやりたいのは、顔が出なくたってむちゃくちゃ目立つ役なんだから」

 裕香の言葉を継いで、得意気に胸を張る孝志郎。それに続く形で、いおりも腕を組み、口の端を吊り上げる。

「うむ。場合によってはもう一人の主役と言えよう」

「え? 顔が出ないのに? もう一人の主役?」

 揃って頷く孝志郎といおり。その一方で、愛はただ訳がわからず首を傾げ続ける。

「つまり、ヒーローの変身した姿ってコトか?」

 そこへ不意に割り込む呟き。

 それに裕香は、力任せに引っ張られたように顔を向ける。続いて残りの三人も、同じ一点へ目を向ける。一行の目を集めた声の主、涼二。その眼鏡奥の瞳を見つめて、裕香は桜色の唇で空を繰り返しくわえる。

「どういうことなの?」

 乾いた唇を空振らせる裕香。愛はそんな友人の姿を見やり、涼二へ首を傾げつつ訊ねる。その問いに涼二は、眼鏡のブリッジを押し上げて答える。

「さっきの人たちはショーを見に来てくれと言っていた。それがヒーローショーのコトだとすると、吹上が憧れる仕事も、そういう方向のモノじゃないかと思ったんだ」

 そう推理を結んで、裕香を見る涼二。それに裕香は唇を引き結んで目を伏せる。

 そのまま前髪を片手で弄ぶ裕香。しかしやがて深く、細く息を吐き出す。そして躊躇いがちに、ゆっくりと顔を上げる。

「うん。鈴森くんの言うとおり、私は将来、特撮ヒーロー番組のヒーローや、怪人をやりたいの。それが私の……小さな頃からの夢」

 頷き、静かな声で語り出す裕香。一度言葉を切ると、黙って聞いている友人たちを一通り見回し、一同の目に続きを促されて再び口を開く。

「そういう夢を見るくらい、私は昔から特撮ヒーローの番組が好きで、いつかテレビの中、スーツの中から夢を与える存在になりたいって、ずっとアクションの練習を重ねてきたの。学校では特撮ヒーローが好きだってばれないように、ずっと隠してきたんだけれどね」

 裕香はそう言葉を結び、コーラのストローに口をつける。そこへ愛が一度左右に視線を泳がせてから声をかける。

「隠してたのって、やっぱり、子どもっぽいとか、その……女の子っぽくなくて変わってるとか、言われるから?」

 以前、知らなかったとはいえ自分が使ってしまった言葉を挙げて、愛が訊ねる。その恐る恐るの問いに、裕香はコーラのストローから口を離して微笑みを向ける。

「そんな風に言われるのも無理はないって分かってるから、気にしないで」

 裕香は笑みと共にそう告げると、手元にある齧りかけのハンバーガーを掴み、微笑みのまま口を開く。

「あ、ヒーローショーには無理につきあって貰おうとは思ってないから。ショーを見てる間は他のアトラクションで楽しんでて?」

 別行動を提案する裕香。するとその手を左右から伸びた手が取る。

「え? 孝くんと、いおりさん?」

 裕香は右、左と腕を辿り、両隣りの二人を交互に見やる。

「ダメだよ裕ねえ。それはダメだ」

 眉根を寄せた顔を左右に振り、別行動の案を拒否する孝志郎。その対側ではいおりが、吊り上がった目を引き締めて頷く。

「無論私たちは同行はする。だが、三谷を見くびるでない。我が友らしくもない」

「で、でもいおりさん。興味ないのを無理強いはしたくないし……」

 静かな声を投げかけてくるいおり。その静かだが強い圧力に、裕香は詰まりながらも言葉を返す。だがそこへ愛が身を乗り出して口を挟む。

「待って裕香さん! 私も一緒に行くから!」

「え!? い、いいの?」

 愛の言葉に、前後に長い髪をなびかせながら振り返る裕香。そのままなびく前髪の隙間から、大きく見開いた目を向ける。愛はその目から目を逸らさず、繰り返し頷く。

「もちろん! 今まで先入観だけで色々決めつけてたものはあるけど、友達が好きなものはちゃんと知りたいもの!」

 胸の前で拳を握り、鼻息も荒く語る愛。

「め、愛さん」

 力を込めた友人の言葉に、裕香は正面の友の名を呼ぶ。それに愛が頷き返すと、裕香の手から両脇の二人の手が離れる。それに引かれるように、裕香は頭を巡らせる。すると孝志郎が白い歯を見せて頷き、いおりが口の端を吊り上げて応える。

「孝くんも、いおりさんも……うん、ありがとう。それに勝手なこと言ってごめんね、三人とも」

「気にしないでよ、裕ねえ」

 目を伏せた裕香の唇から出る感謝と詫びの言葉。その言葉を聞いて、孝志郎が代表するように、親指を立てて頷く。

「え、あ、あれ?」

 そしてその一方で涼二は取り残される形となり、戸惑いながらも周囲を見回す。そんな涼二をよそに、愛は笑顔をいおりへと向ける。

「フォローしてくれてありがとう、大室さん」

「ふ、ふん。楽しき一時に水を差したくなかったまでよ」

 朱の差した顔を、正面から逃がす様に明後日の方向に向けるいおり。そんないおりの姿に、愛は口元を抑えて小さく笑みを零す。

「ふふふ……やっぱりかわいいよね、いおりさん」

「な、何を言うか!?」

 そっぽを向いたまま声を荒げるいおり。そんないおりの顔を見て、裕香も唇をほころばせる。

「うん。いおりさんってかわいいよね」

「ぬわ!?」

 二方向から突撃され、耳まで真っ赤になってたじろぐいおり。戸惑い目を泳がせる黒ゴスロリ娘の姿を、裕香と愛は柔らかに細めた目で眺める。

「う、ぐぬぅ……か、からかうでない!」

 いおりは微笑ましげな視線を注ぐ二人を見比べると、腕を組んで唇を尖らせる。

 赤い顔のまま、拗ねた様なポーズをとるいおり。裕香と愛はそれに頷いて、顔を見合わせる。

「じゃあお昼が終わって時間になったらヨーカイジャーショーってことで、いい?」

「うん。オッケー」

 小首を傾げ、訊ねる裕香。愛の微笑みながらの了解を受けて、裕香は傍らの孝志郎、いおりに目を移す。

「あったり前じゃん!」

 すると孝志郎が、歯を見せたまま右手の親指を立てる。続いていおりが唇を尖らせたまま裕香を一瞥し、無言であごを引く。

「うん。じゃあそういうことで、お昼御飯食べちゃおう」

 裕香は三人の了解に頷き返して、中断状態だった昼食を促す。それを受けて一同が残りの食事に手をつけ始める。その一方で、取り残されたまま放置された涼二は、目を瞬かせながら一同の顔を次々に見回す。

「え? あ、え? お、俺もついてくよ? わぁい、ヒーローモンなんてガキの頃以来だぁ」

 強張った笑みを浮かべて、わざとらしく両手を上げる涼二。そんなわざとらしさを漂わせる涼二に、裕香は唇を綻ばせる。

「なんだか、鈴森くんのおかげでふっきれちゃった。ありがとう」

「お、え? い、いやあ……アハハハハ」

 すると涼二は挙げた両手を後頭部へ回して、朱の差した顔に固い照れ笑いを浮かべる。

 そして涼二が照れ悶えている間に、一行は食事の残りを着々と胃の中へ収めていく。


※ ※ ※


「アァ―ハッハッハァッ! この会場は、我等魔怪異団四天王が一人、百々目御前どどめごぜんが乗っ取ったァア!」

 周囲から一際高い、扇形のステージ。その上では、青黒い全身タイツの戦闘員を引きつれた、幹部らしき女妖怪が、高笑いと共に名乗りあげる。

 その名乗りの通り、目の連なったような首飾りを付け、長い赤髪を目付きの髪飾りくくり、豊満な体を目を意匠化した模様の着物に包む百々目御前。

「ほう、百々目御前か。五人いる四天王の中ではかなり人気のある幹部であったな」

 肉厚の野太刀を担ぎ、多くの子どもたちとその保護者の並ぶ観客席を睨みつける女妖怪。その姿を客席から見上げて、いおりが口の端を吊り上げる。

「え? 四天王なのに五人いるの?」

「それって五人衆って言わないか?」

 いおりのセリフの一部に、疑問符を浮かべた顔を向ける愛と涼二。それに孝志郎が得意げな笑みを向けて答える。

「ああ、それはとっくにテレビでレッドが突っ込んでるから」

「そうそう。本人たちも気にしてて、それを巡ってのケンカが魔怪異団関連で笑いを誘う清涼剤になってるのよね」

 孝志郎に続いて、微笑み頷く裕香。その一方で、いおりがあごに指を添えて含み笑いを零す。

「ククク……この国の戦乱の時には、ある武家に四天王とされる将が五名いたという資料もある。恐らくはその話をモチーフにしたのであろう」

「え、そんな話があったの!? いおりさんって物知りなのね」

 裕香が感心の思いを乗せて呟く。するといおりは得意気な笑みのまま、裕香へ視線を流し送る。

「クク……資料によって、挙がっている人物の名が違う、と言うだけなのだがな。まあ、教本の内容を修めるばかりが勉学ではないということだ。試験には絡まずとも、興味のそそられたものを調べるのも悪くはないぞ?」

 そうしているうちに、舞台の上では百々目御前が担いだ野太刀を天へ振り上げている。

「出でよ我が配下、大百足よ!」

 百々目御前の召喚の声に応じ、ステージ奥に立ちこめるスモーク。それを掻き分けて、いくつもの節に別れた赤黒く毒々しい甲殻と、いくつもの鋭い足を備えたムカデの怪人が姿を現す。

「む、むかで……? うえぇ……」

「あ、大百足。百々目御前といい、面白いのが来てくれたね」

 現れたムカデを擬人化した様な巨漢に、愛が嫌悪感を露わに顔を顰める。裕香はそれをよそに、ムカデの妖怪と並ぶ数多の目玉飾りを纏った女幹部を輝く目で眺める。

 裕香たちを含んだ観客の視線を集めるステージの上。そこで大百足を始めとする魔怪異団の面々が司会者の女性を取り囲む。

 司会者の女性は周囲をおろおろと見回しながら、両手に握ったマイクを口元に寄せる。

「このままじゃ大変なことになっちゃう!? みんなぁ! 声を揃えてあの人たちを呼んでぇえッ!!」

 女性司会者からの呼びかけに応じ、拳を振り上げて立ち上がる子ども達。それに混じり、一際高い位置へ突き出る黒髪の頭と拳。

「助けてぇぇえ! ヨォオカイジャァァアアッ!!」

 驚きに目を剥く愛と涼二。それをよそに、裕香は孝志郎と一緒に、引くならば引けと言わんばかりに振り切って、ヒーローの名を叫び呼ぶ。

 会場に轟く助けを求める声。

「応ッ! 妖怪変現ッ!!」

 それに答えるかのように五つの声が重なり響き、ステージ奥に赤、黒、黄、緑、青の五色の煙が花咲く。それを切り裂いて、五つの影がステージ上へ舞い上がる。

 真っ先に飛び出した赤い戦士が、仮面にタイツ姿の戦闘員を右の回し蹴りで薙ぎ払い、その回転の勢いに乗せて打ち出す右拳で二人目を打ち倒す。続けて突き出した拳を開き、見得を切る赤の戦士。そこから両腕を回してジャンプ。両踵を九十度の形で付け、片膝立ちの胡坐に似た姿勢で着地。そして左手に杯、肘から先を立てた右腕に拳を握る。

「オニレッドッ!!」

 鋭く名乗り上げる、バイザーを隈取りの様に縁取った仮面から二本の角を生やしたオニレッド。その赤と白を基調とし、鬼の一字を刻んだ背中へ躍りかかる戦闘員。だがそれを、素早く割り込んだ天の一字を背負う黒い戦士が蹴り飛ばす。

 黒の戦士は、蹴りの勢いのまま両腕を翼のように広げて右足を時計回りに振り上げる。それが頂点を指した瞬間、左足を入れ替える形で蹴りあげる。両足の着地と同時に上体を捻り、右腕を畳み、左腕を前へ伸ばす。

「テングブラックッ!!」

 ブラックの名乗りに続き、レッドを挟んだその逆側へイエローが躍り出る。

 両腕を振るって戦闘員を薙ぎ倒し、右足を前、左足を後ろにブレーキ。そこから緩く握った拳で作った猫手を前に、伸びをするように低く伸ばす。その姿勢から跳躍し、左足一本で着地。すると爪を剥くように開いた右手を前に、左手を胸の横に添えて構える。

「ネコマタイエローッ!!」

 ポーズを決めて名乗る、猫の字を背負う三人目。そこへ更にスカートをつけた緑の女戦士が戦闘員を右、左と腕で薙ぎ倒しながら駆けつける。

 グリーンはテングブラックの横へ滑り込み、しゃがむ。そして緩やかに膨らんだ胸の前で両手を合わせ、そこから空を掻き泳ぎながらジャンプ。両足がステージを踏むのに続き、右手を頭の上に乗せ、左手を腰に添える。

「カッパグリーンッ!!」

 明るい声音でのカッパグリーンの名乗り。そして締めに、もう一人の女戦士が優雅に平手で敵を打ち倒しながらイエローの隣に滑り込む。

 青の女戦士は両の腕を伸ばし、背に刻まれた雪の一字を見せる様に、右回りに一回転。そうして両手で口元を隠し、首を傾げながら停止。息を吹きかけるように左手を伸ばす。そこから逆回転に身を翻し、両手を胸のふくらみの前で合わせる。

 舞を締めながら名乗るユキブルー。それに続いて五人はそれぞれの姿勢をほどき、揃って人差指と中指を立てた左手を胸の前に添え、右手を顔半分を隠す様にかざす。そこから翳した右手を正面へ伸ばす中、オニレッドが口上を述べる。

「人に仇成す悪神妖霊……」

 口上の半ばで全員が一斉に左回転。

「退治てくれよう!」

 左腕を目線に被せた形で正面を向く五人。直後、右腕で左腕を跳ね退けるように上に伸ばし、同時に右足を振り上げる。そして振り上げた右足が地を踏むのと同時に、大きく回した両手を一斉に胸の前で打ち鳴らす。

「逢魔戦隊、ヨーカイジャーッ!!」

 五人全員で声を揃え、高らかに名乗るヨーカイジャー。

「わぁああ! ヨォオカイジャァアアッ!!」

 それに続いて、客席から裕香と孝志郎の物を交えた歓声が爆発する。

 歓声を受けながら敵と向かい合う五色の戦士。そこからレッドが一歩前に出て首を捻る様に振るい、拳を突きだす。

「おう、コラ百々目御前! 性懲りもなく悪事を企んでるみたいだな! この会場を、てめえの好きにはさせねえぜ!?」

 目の前に立ちはだかるレッドを始めとするヨーカイジャーへ、握った拳を震わせる百々目御前。

「おのれぇえ、忌々しいヨーカイジャーめが! 魍魎兵、大百足、かかれぇ!」

「ギギィ!!」

「行くぞお前らぁ!!」

 女幹部の号令を皮切りに、両陣営が激突する。

「拳を潜ってのボディーブローに、連続回し蹴り! フォームのぶれもないし動きのキレもばっちり!」

 ステージ狭しと繰り広げられる、様々な色が入り乱れての殺陣。それを裕香は拳を握り、細かな動き一つ見逃さぬようにステージに注目する。

「ほ、ホントに裕香さんってヒーローもの大好きなんだね」

「あ、ああ……普段の吹上からは想像もつかないな」

 前髪の隙間から輝く瞳を覗かせて、ステージへ歓声を送る裕香。その周囲の子どもたちに勝るとも劣らぬ輝く顔に、愛と涼二は見開いた目を瞬かせる。

 いおりはそんな愛と涼二を横目で見やり、軽く鼻息を飛ばす。

「それほどまでひた隠しにしてきた一面を晒け出すつもりになった、ということだ。つまりは、裕香からの信頼の証である。相応の思いをもって受け止めるがよい」

 どこか試すような響きを含むいおりの言葉。それに二人が視線を向ける。

「さすがプロ! いい動きしてると思わない? ねえ、いおりさん?」

 だが二人が口を開くよりも早く、裕香が輝く目のままにいおりへ声をかける。

「ふむ、少々癖があるのもいるが、確かにプロの名に恥じぬ演技力よ。だが先程のブラックの名乗りはいただけぬな」

「そうそう! あれは裕ねえの方がテレビのっぽいよ!」

 いおりの指摘に頷き、同調する孝志郎。裕香はそんな二人を交互に見やり、苦笑を浮かべる。

「二人とも厳しいなあ」

 苦笑混じりにそう言って、ステージへ目を戻す裕香。その瞬間、裕香は目に飛び込んできた光景に、前髪の奥で眉をひそめる。

「魍魎兵が一人、多い?」

「? そんなまさか……」

 呟く裕香に眉を寄せて、いおりはステージへ向き直る。そして一人、一人とステージ上で蠢く悪の尖兵を数え始める。

「一の、二の、三の……なんと、確かに一人増えているな」

 入場時から、いつの間にか一人人数を増やした全身タイツの戦闘員。それに裕香といおりが疑念の目を向ける。

 その視線の先で異変が起きる。

「うぐわッ!?」

 くぐもった悲鳴と共に、戦闘員の一人がうつ伏せに倒れる。その背後には犯人と思われる、拳を握った戦闘員の姿が。

「な、何をする貴様ァアッ!?」

 キャラを演じたまま、裏切り行為を働いた配下を怒鳴る百々目御前。

 だが戦闘員は無言のまま視線を巡らし、ヨーカイジャー五人。特にその内のレッドへ目を向ける。

「なッ!?」

 角の生えたレッドのマスクから驚きの声が漏れるや否や、戦闘員が踏み込む。

「いけないッ!!」

 異様な戦闘員の動きに、裕香はとっさに立ち上がり、ステージへ駆け出そうとする。だが客席の裕香が観客を掻き分けてステージへ届くよりも早く、戦闘員の拳がレッドへと迫る。

「危ない!」

 しかしその間にユキブルーが割り込み、レッドを狂気の拳から庇う。

「きゃああッ!?」

 腕で拳を受け、悲鳴と共に吹き飛ぶブルー。レッドの脇をすり抜け、辛うじて足から着地するものの、勢いに負けて踏み止まれずに背中からステージに倒れる。

「あ、足が……」

「な、何だと!?」

 ブルーは倒れたまま足を抑え、苦悶の声を漏らす。立ち上がることのできないブルーへ慌てて駆け寄る段上の役者たち。暴行を働いた戦闘員は、そこへ拳を固めながら足を踏み出す。だが、二歩目を踏み出した瞬間、客席を見、ステージの端から外へ駆け逃げる。

 司会者は戦闘員の服を着た暴行犯の逃げた方向と、倒れたブルーの姿を見比べる。そして手に持ったマイクをぎこちなくも構えて、客席へ向けて口を開く。

「ご、ご来場の皆さま! 誠に申し訳ありませんが、不慮の事故により逢魔戦隊ヨーカイジャーショーは、一時中断とさせていただきます! 再開に関する詳細は園内アナウンスにてお知らせさせて頂きます! 引き続き、当園内のアトラクションをお楽しみください!」

 司会者のアナウンスを受けて立ち上がり、三々五々に散っていく観客たち。

「えぇ~……始まったばかりで終わりなの?」

「大丈夫だ。準備が出来たらまた始まるから」

 後ろ髪を引かれるようにステージを振り返る子どもと、その手を引いて出口へ向かう保護者。

 そんな背中をいくつも見送り、裕香は怪我人の出たステージへ向き直る。その視線の先では、ユキブルーと戦闘員の一人がそれぞれに担架に乗せられて、ステージ外へ向けて運ばれていた。

「あの動きは、まさか……」

 裕香はステージ上での怪我人の搬出から、暴行犯の逃げた方角に視線を移し、呟く。そこへ孝志郎を始めとする一行が歩み寄る。

「ねえ、裕ねえ。みんな大丈夫かな? まさか、ホントに怪我人が出ちゃうなんて、俺……」

 ステージを見つめる孝志郎。眉を下げ、不安を漂わせたその顔に、裕香は小さく屈んで笑いかける。

「大丈夫だよ。それに、偶々起きた事故なんだから、気にしないで、ね?」

「うん……」

 表情はまだ固いままではあったが、孝志郎は裕香へ頷き答える。裕香はそんな幼馴染みの肩に右手で触れる。そうして、孝志郎の後ろに並ぶ二人へ顔を向ける。

「あれ? いおりさんは?」

「え? あれ?」

 一人、いおりが欠けている事に気付いた裕香が、愛と涼二へ訊ねる。だが二人はそこで、初めてメンバーが欠けていることに気付いたように、辺りを見回す。

「いや、悪い吹上。てっきり一緒に来てるとばっかり」

「ホントに、さっきまでは一緒だったと思うんだけど」

 そう言いながら後ろ頭を掻く涼二と、心配そうに見回し続ける愛。

「そんな、いおりさん。一体どこへ……?」

 小さく呟き、二人に倣って周囲を見回す裕香。しかし見える範囲にいおりの黒はどこにも見つからない。

 いおりの姿を探しながら、裕香は尻のポケットから折り畳んだ携帯電話を取り出す。白地に緑のラインが入ったそれを手首のスナップで開き、電話帳からいおりの番号を呼び出してかける。

 電話から繰り返し響くコール音。だがいくら呼びかけても一向にいおりは電話に応えない。

「携帯にもでないなんて……」

 裕香はひとまず電話を切ると、それをポケットに押し込んで仲間たちに視線を戻す。

「なんだか心配になってきちゃったから、私、ちょっと孝くんと一緒に探してくるね」

「そうだね。一緒に行くよ」

 裕香の提案に頷く孝志郎。その一方で愛と涼二はそれぞれに自分を指さす。

「ねえ、裕香さん。私達はどうしたら?」

 指示を待つ愛たち。そんな二人に裕香は頷き、自分の考えを口に出す。

「じゃあ愛さん達は近くで待っててもらえるかな? もしかしたらいおりさんが戻ってきたり、連絡があるかもしれないし。もし戻ってきたり連絡があったりしたら私にも連絡して」

「分かった。任せてよ」

 裕香の頼みを快諾する愛。その隣で涼二がパーカーのポケットを探る。

「ああ、だったら吹上の番号を……」

「それじゃあ、私探してくるから!」

 だが涼二の言葉を待たずに裕香は踵を返し、その場から駆け出す。

「え、ふ、吹上ッ!?」

「ごめん、急ぐから!」

 呼びとめる涼二の声を振り切って、裕香は孝志郎の手を引いて走る。

 そのままステージ脇の建物に滑り込み、廊下の壁に背をつける。そして中指に指輪の輝く右手を翳す。

「来て、ルーくん!」

 裕香の召喚に応じて煌く契約の指輪。翡翠色の宝玉を中心に輪を作る光。その光輪を潜り抜けて、白い仔猫大の生き物、白竜ルクスが空に躍り出る。

 ルクスはその白い羽毛に包まれた翼をはためかせて、宙返り。そうして裕香と孝志郎の前に浮かびながら、緑色に透き通った目を瞬かせる。

『どうしたの、裕香?』

 羽ばたきながら、首を傾げるルクス。そんな相棒に、裕香は抑えた声で囁くように呼び出した用件を告げる。

「もしかしたら、幻想種パンタシアがここに入りこんでるかもしれないの」

『このタイミングでこんなところに!?』

 驚き目を剥くルクス。裕香はその鼻先に指を突き立てて相棒を抑える。するとルクスは、固唾と一緒に言葉を呑みこみ、口を閉ざす。相棒が言葉を抑えてくれた事を確かめて、裕香は再び口を開く。

「それに友だちも黙っていなくなっちゃったの。万が一のことがあるといけないから、ルーくんにはパンタシアの反応を探ってほしいの」

『わかったよ。そういうことなら任せて』

 裕香の頼みの全容を聞き、頷くルクス。そして一羽ばたきして距離を開け、前足を突きだす。そして突き出した足の先、肉球を叩き合わせて光の輪で出来たレーダーを展開する。

 身を乗り出し、ルクスの展開したレーダーを覗きこむ一同。三人の目が集まる中、レーダー上に赤の光点が浮かび上がる。

『これは……?』

「結構、近いよね?」

 中心部近くに浮き上がった光を見て呟くルクスと孝志郎。そして裕香が顔を上げ、廊下の伸びる先を交互に見る。

「方向は!? どっち!?」

 鋭く問う裕香の声。それにルクスは顔を向けていくべき方向を示す。

『こっちだよ!』

 それを聞くが早いか、裕香は無言で孝志郎とルクスを掴み、ルクスの示した奥へと伸びる廊下を走る。

「わ!?」

『ちょおッ!?』

 二人の驚きの声を引きながら駆け抜ける裕香。やがて前方に現れるL字を描く角。それを裕香は左足を軸に身を切り返して曲がり抜ける。

「な!?」

 角を抜けた先。そこに広がる光景に裕香は思わず息を呑む。

 そこにいたのは、炎に巻かれ蠢く人型。渦巻く紅蓮の中、頭を抱えて悶える影は、蠢くままにふらつき、肩から壁へぶち当たる。そのまま崩れる様に膝を床に突く。そして裕香たちを見つけてか、膝を突いたままあごを上げて身を乗り出す。だがその瞬間、まるで焼け朽ちた木が崩れるかのように、支えとなった膝から人型が崩れる。

「う!?」

 音を立てて散る火の粉に、裕香は腕を広げて孝志郎とルクスを庇う。

 広がる熱の中心で、炎のくすぶる灰の山へと変わる人型。しかし、それはやがて、塵一つ残さず燃え尽き、虚空に散る。

「焦げ跡一つない……?」

 炎に巻かれた人型のいた場所に膝を突き、まるで先程までその場で何かが燃えていたとは思えないほど綺麗な床に手を伸ばす裕香。

「熱くも、ない?」

 痕跡一つ残さずに消えた炎に、裕香は前髪の奥で訝しげに眉を顰める。

『この辺りに残った力……アムの契約者の仕業か』

 鼻をひくつかせて残留する力を嗅ぎ取り、犯人を推し量るルクス。

「それって、何度か裕ねえと戦ってるっていう強敵だろ?」

 訊ねる孝志郎に、裕香と孝志郎は揃って頷く。

「うん。まさかナハトがここに来てるなんて。しかも私が間に合わなかったばかりに契約者が……」

 裕香は絞り出す様に呟き、床に触れた手で拳を握る。だが悔しげな裕香の傍らでルクスが首を横に振る。

『いや、ここで燃え尽きたのは恐らく使い魔だね。持って行かれたにしても力の残留量が少なすぎるよ』

 そのルクスの言葉に、裕香は片手片膝を突いた姿勢のまま、宙に浮かぶ相棒を振り仰ぐ。

「なら本体はどこに!?」

 急ぎ尋ねる裕香。だがそこへ奥から近づいてくる足音が裕香の耳を叩く。それに裕香は慌ててルクスを抱きこんで体の陰に隠す。

「あ!? キミ、ちょうど良かった!」

 次の瞬間、裕香たちの姿を見た人物が、早足に駆け寄ってくる。

「え? ええっと、な、永田さん?」

 駆け寄ってきた人物は、首から下を赤と白を基調とした、オニレッドのスーツに包んだJDA出向スタッフ、永田であった。

 顔だけ変身解除状態の永田は、振り返った裕香の目の前で立ち止まる。そしてしゃがみ込む裕香を見下ろしながら口を開く。

「キミ、ちょっとピンチヒッターでショーに出て見ないか!?」

「え? え!? ええぇぇッ!?」

 永田の口から飛び出した思いもよらぬ誘いに、裕香は開いた口が塞がらず、ただ驚きの言葉を吐き出すばかりだった。

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