深まる友情~その4~
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今回も楽しんで頂けましたら幸いです。それでは、本編へどうぞ!
「どういうつもりだ、ナハト! お前たちは同志のパンタシアを通して、人々からエネルギーを搾取することが目的ではなかったのか!?」
左腕をマントの下にしまうナハトと、その背後で悶える六本腕。ウィンダイナは両者を揃って正面に収めるために、左へ滑るように歩きながら、鋭い声で問う。
するとナハトは、右手でその長く艶やかな黒髪を掻き上げ、吊り上げた唇から含み笑いを零す。
「ククク……貴公の言う通りだ、ウィンダイナよ。確かにそれが我等の目的。だが……」
そこでナハトは一度口を閉ざし、背後の六本腕の女を肩越しに一瞥する。その視線に、六本腕は射抜かれたように身を強張らせ、尻もちをついたまま腕を構える。
「こ奴を野放しに出来ぬ理由が出来た。よって我自らの手で、蓄えた力もろとも刈り取るのだ!」
「なにッ!?」
突き出す腕を入れ替えるウィンダイナ。対してナハトは、持ち上げた右手に炎を灯す。
「これ以上事情を明かすつもりはないぞ? ともかくこ奴は我が倒す。せっかく駆けつけたのに残念だったが、この場は見物でもしているがいい」
右手に灯した炎を渦巻かせ、六本腕を睨むナハト。
「こ奴を契約者もろとも焼き尽くす所をな!」
叫び、仮面の女目がけて炎に包まれた右腕を振りかぶる。
「させん!」
その瞬間、ウィンダイナは地を蹴って跳躍。ナハトの腕に集まった炎を蹴りつける。
「なん……だとッ!?」
爆散する炎。それを見上げるナハトの口から上がる驚きの声。ウィンダイナは、突き破った炎とナハトの声を置き去りに空を走り、六本腕とナハトの間に割り込む形で着地する。そしてどちらにも対応できるよう、ナハトに右、六本腕へ左半身を向けて構える。
「……どういうつもりだ。貴公にも損の無い話であろうが? なぜわざわざそやつを庇うような真似を……?」
火の粉の舞い散る中、低く抑えた声で問うナハト。
苛立ちのこもった声。そんな声での問いを受けながら、ウィンダイナはバイザー奥の目を左右二人の敵へ交互に向ける。
「契約者もろともだなど、私の目の前では絶対にさせない!」
鋭い声ではっきりと宣言。そして輝く双眸でナハトを見据える。
「取り込まれた契約者は、私が浄化して必ず助ける。どうしてもやると言うのなら、私を倒してからにしろ!」
「フン。実に貴公らしい言葉よ。だが、私はその契約者も含めて許せんのだ。この手を緩めるつもりはない!」
ナハトは紅のバイザー越しにウィンダイナを、そしてその奥にいる六本腕を睨み、鉤爪を備えた左手を突き出す。
身構え、睨み合うウィンダイナとナハト。そしてその両者の様子を、黙して伺う六本腕の女。
三つ巴の様相の中、空気がじりじりと密度を増すかのように張り詰めていく。
三すくみの緊張を押し流す様に吹き抜ける風。それに背を押されたかのようにナハトが動く。
「ハアッ!」
声を上げ、弾丸の如く踏み込むナハト。陽炎をまとった左爪がまっすぐにウィンダイナの胴へ伸びる。
「フッ!」
だがウィンダイナは半歩左へ逸れ、迫る爪を腹の傍へやり過ごす。そしてすかさずに右膝をカウンター気味に突き出す。
「ぐ!?」
とっさに右腕を盾に受けて、歯噛みするナハト。
勢いに負けて後ずさるそれに、ウィンダイナは膝蹴りに使った右足で地面を蹴り、左の肘鉄砲を繰り出す。
だが白銀の弾頭は、ナハトが横へ跳んだために空を切る。
「クッ!」
歯をくいしばり、左手で地面を握りしめ、強引に身を切り返すウィンダイナ。振り返ったその視線の先、そこで六本腕が両者に背を向けて跳躍する。
「しまった!?」
その背を目で追い、膝に力を込める白銀の戦士。だがいざ跳ぼうとしたその眼前、そして逃げる六本腕の背中に火炎弾がそれぞれ迫る。
ウィンダイナは息を呑み、とっさに膝に溜めたバネを解放。垂直跳びで炎の塊を足下に避ける。
一方、逃げた六本腕は、一組の手を後ろへ伸ばし、その掌で炎を受ける。
直撃。同時に爆ぜる火炎。だがその中心を貫いて、二つの炎の塊がウィンダイナとナハトへ迫る。
「なッ!?」
「トア!」
驚くナハトとは対象的に、ウィンダイナは空中で膝を抱えて前転。燃えながらほどけ広がる縄から逃れる。
対するナハトは、炎をまとう縄をかわせず、火で作られた蛇に締め上げられるかのように捕われる。
「うぐ!?」
『ちょ、ちょいと! なにやってんのさ!?』
燃える縄に縛られ呻くナハト。そしてそれに飛び寄る黒龍アム。
それに対して四本腕になった仮面の女は、それを振り返ることなく跳び逃げる。
「ぐ、う、このッ!?」
呻き声を背中に、地を踏み締めるウィンダイナ。深々と膝を曲げたまま、離れていく仮面の女の背中と、拘束を振りほどこうともがくナハトの姿を交互に見比べる。
「結界を維持しながらついてきて!」
そして校舎の壁を蹴って離れていく背中を見据えて、白銀の戦士は相棒への指示と共に膝に溜めた力を解き放ち、跳躍する。
『ま、待って!?』
ウィンダイナはルクスの声を受けながら、三角跳びに空を走る敵の行く手を目がけて空を走る。
木の幹を蹴り、再び校舎へ向かって跳ぶ仮面の女。続けてウィンダイナは木の目前で着地。生徒達が自習を行っている校舎を目指す仮面の女を追い、地面を蹴る。
「セイア!」
壁に取りついた仮面の女目掛け、拳を繰り出すウィンダイナ。
「う、わ!?」
仮面の女は六本の手足で壁から跳ね、白銀の拳は空を切る。
上へ向かう仮面の女を振り仰ぎ、身を翻して壁を蹴るウィンダイナ。再度拳を振りかぶり、逃げる敵の背を目前に迫る。瞬間、その脇を黒と赤の影が追い抜く。
ウィンダイナの横をすり抜け、左爪を突き出すナハト。
「う!?」
背後を見た仮面の女は、手近な張り出しに手をかけ、足を真上にして跳びかわす。
「チィ!?」
それを追い、顔を振り上げるナハト。それをよそにウィンダイナも窓の下に張り出したコンクリートを足場として跳躍する。
仮面の女は屋上のフェンスに手の一対をかけ、腕力も加えてそれを乗り越える。
その後に続き、ウィンダイナは一跳びにフェンスの上へ飛び上がり、前回りに空を踊ってフェンスの内側へ躍り込む。
さらにその後に続く形で、赤い魔力光を帯びて飛翔するナハトが屋上に舞い降りる。
屋上の半ばで振り返り、追いかけてきたウィンダイナ達へ、残る四本の腕を構える仮面の女。それと対峙し、ルクスを連れたウィンダイナは、左掌を前に右拳を腰だめに固める。そしてその右となりで、アムを伴ったナハトが爪を備えた左手を顔の横に添えて引き、右の貫手を真直ぐに突き出す。
構え、並びあったウィンダイナとナハトは、お互いの様子を探る様に一瞥する。
そして仮面の女が後ずさった瞬間、両者同時に踏み込む。
「ハア!」
「なっ!?」
だが踏み込むと同時に、ウィンダイナへナハトの爪が右手側から迫る。警戒していたために身をかがめるのが間にあったものの、高熱を帯びたその一撃は、ウィンダイナの右肩装甲を焼き削る。
息を呑み、右腕を横薙ぎに振るうウィンダイナ。それをナハトは右足を軸に身を翻してかわし、仮面の女を目がけて走る。
「ク! 待て!?」
歯噛みし、ナハトに遅れる形で踏み出すウィンダイナ。対して先行したナハトは追いすがる銀の戦士を一瞥し、右手で前に、左手で後ろに火炎弾を放る。鼻先に迫るそれを、ウィンダイナは風を纏った左のチョップで切り払う。
音を立てて散る火の球。舞い散る火の粉を装甲に受け流し、ウィンダイナは勢いを緩めずに踏み込む。
間髪いれずに迫る次弾。それをウィンダイナは右拳を振り上げて消し飛ばし、続く三発目を身を低くして頭上にやり過ごす。
「……ッ! フランメ・ヴェレッ!」
追いすがるウィンダイナに舌打ちし、左腕を薙ぐナハト。その手から放たれた炎は波打ち、ウィンダイナの行く手を塞ぐ。だがウィンダイナはそれを目前に踏切り、跳び越える。
炎を眼下に身を翻し、その勢いのままウィンダイナは仮面の女へ飛び込み蹴りを繰り出す。
『ぐ!?』
二本の右腕で蹴りを受け、呻き倒れる仮面の女。その傍らへ、屋上を削りながら着地するウィンダイナ。
「その位置! ならば纏めて!」
そこを狙ってナハトが両の手を翳し、炎が渦を巻いて溢れ出す。
「ぐ、うあぁ!?」
『ああうッ!?』
揃って火炎流に飲み込まれるウィンダイナと仮面の女。
全身を焼く熱の中、ウィンダイナは斜め十字に交差した腕を振り下ろし、炎を振り払う。
「ッ! ハァッ!」
割れ広がる炎の中心。そこで大きく肩を上下させるウィンダイナ。その眼前へ左の爪を振り上げたナハトが躍りかかる。
「ハ!」
「セア!」
迫る爪に合わせてウィンダイナは右拳を突き出す。激突。そして拳と爪から弾ける風と炎。
反動に乗って離れるナハト。直後、左足を軸に回転。赤マントを翻しての右回し蹴りを繰り出す。
首を刈ろうと迫るそれを、左腕を盾に受け止めるウィンダイナ。すかさず脛と腕の装甲を滑らせて踏み込み、足場を削る様な鋭いローキックを放つ。
「う!?」
軸足への一撃に浮かぶナハトの体。そこへウィンダイナは間髪入れずに右拳を撃ち出す。
だがその拳は、飛翔するナハトにかわされ空を貫く。
「な!?」
ウィンダイナは弾かれるように顔を上げ、黒い影を目で追う。
「燃えよ!」
すると左手に炎を灯したナハトが、その燃え猛る業火を真正面から撃ち下ろす。
ウィンダイナを押し潰さんと迫る熱の塊。それを銀の戦士は旋風を帯びた左フックで迎撃。だがその間にナハトは足場すれすれを飛び、ウィンダイナの懐へ滑り込む。
「もらった!」
鋭い金色の爪が、足元から掬いあげるように迫る。だがウィンダイナは自身の喉元へ伸びる一撃を、右の掌低で叩き払う。同時にその勢いに乗って右へ半歩身を逸らす。
「チッ!」
振り上げの勢いのまま体が流れ、舌打ちと共に左腕を返して肘を突き出す。それにウィンダイナは自身の左肘をぶつける。
衝突の残響を帯びた肘が離れ、ウィンダイナは上体の切り返しに乗せて右拳を撃ち出す。だが白銀の拳は金色の右手にはたき落とされる。
瞬間、両者は鋭く息を吸い、同時に右膝を突き出す。激突音に続いて互いの膝が離れ、ウィンダイナの左拳が空を切って伸びる。
ナハトは右回りに身を翻して、右へ半歩ずれる。
「ハア!」
「セェヤア!」
回転に乗って振るわれるナハトの右の後ろ回し蹴り。それをウィンダイナは左ハイキックで迎え撃つ。
ぶつかり合う蹴りと蹴り。互いに足を軋ませながら睨み合うウィンダイナとナハト。だが不意に、重なり合った両者の足を、四つの白い腕が掴む。
「な!?」
「ム!?」
驚きに声を漏らす両者。それをよそに、白い四本の腕は二人の脚を絡め取る。
『こうなったら、やられる前にやってやるわよ!』
亀裂の入った仮面の奥で叫び、絡め取った足を持ち上げる幻想種。
「ぐ!」
「ぬう!」
背中から倒れ、呻く二人。そこから立て直す間もなく、両者の足は仮面の女に膝裏同士を噛み合わせる形に組まされる。
『フン!』
「あぐ!?」
「がッ!?」
膝の交差点を叩く拳。鈍い音と共に、ウィンダイナ、ナハトの口から苦悶の声があがる。
追撃をかけようと再度腕を振り上げる仮面の女。その隙にウィンダイナとナハトは強引に拘束を受けていない足を振るい、仮面の女の体へ叩きこむ。
『うぐ!?』
呻き声と共に緩んだ拘束を振り払う銀の戦士と黒の魔女。そして怯む仮面の女の胸へ立て続けに蹴りを撃ち込む。その拍子に仮面の女の体は空を舞い、屋上の床へ背中から倒れる。
倒れたそれを見据え、ウィンダイナとナハトは蹴りの勢いに乗って身を起こす。
そこからすかさず駆け出そうと踏み込むウィンダイナ。その隣でナハトが腕を振るい、その手から奔った炎がその眼前を阻む。
「くうッ!?」
視界を焼く炎に、ウィンダイナは腕を翳してたたらを踏む。
そんなウィンダイナをよそに、マントを翻して先行するナハト。ウィンダイナはその背中を見据えて顎を引き、翳した腕を盾に行く手を遮る炎へ踏み込む。
熱の塊を突き破り、白煙の尾を引いて加速するウィンダイナ。その行く先で、ナハトが仮面の女目がけて火球を撃ち出す。その間へ、ウィンダイナは火球を右拳で撃ち落としながら割り込む。
「キィアアッ!!」
続けて鋭い気合と共に、ナハトへ銀の装甲に覆われた右足を振り上げる。
「く!?」
鉤爪を備えた腕を立てての防御。重い激突音が響き、蹴りはその防御もろともにナハトの体を薙ぎ倒す。
床に片手を突いて跳ね、空中で身を翻す黒い魔女。ウィンダイナはそれを尻目に、後ろから覆い被さろうとしていた仮面の女へ左の肘を撃ち込む。
『ぐえ!』
呻き、体をくの字に折る仮面の女。そこへウィンダイナは立て続けに左足を軸に左回転。しなる右足を幻想種の左頭に叩き込む。
『が!?』
打点を軸に横転。そのまま仮面の女は屋上の床にぶつかり、ボールの様に弾む。
それを尻目に、ウィンダイナは右へ飛び込む様に跳躍。直後、その爪先を熱がかすめて焙る。
ウィンダイナは前回りに受け身をとって着地。そこからすぐに身を切り返して振り返る。
その眼前へ、後ろへ引いた右手に棒状の炎を握ったナハトが踏み込む。
「ハア!」
気声と共に手に持った炎を一回転させ、突き出すナハト。その先端から炎が渦を巻いて散り、鋭い石突が顔を見せる。
「フ!」
息を吐き、右手の甲で突きを叩き逸らす。だがナハトは受け流された杖を引き、すかさず追撃を突き出す。
「そら、そらあ!」
「クッ!」
胸、脇へ伸びる石突をウィンダイナは左、右と腕の装甲に滑らせる。続けて足元を狙っての右下段蹴りを同じく蹴りで迎撃。瞬間、鼻先へ突き上がる石突を首を逸らして避け、そこからの打ち下ろしを左へ半歩ずれてかわす。そして床を叩き、戻ろうとする杖に右腕を被せて抱え込む。
「ム!?」
「セェア!」
ナハトの戸惑いに気合の声を被せ、ウィンダイナは抱えた杖を引いてナハトを引き寄せ、その鳩尾へ左肘を撃ち込む。
「ぐッ!」
呻き、打点を中心に体を折るナハト。一方、ウィンダイナはそこへ押し込まずに左足を突き出しながら振り返る。
『チッ!』
後ろ蹴りを受けた右手を引き、舌打ちする仮面の女。ウィンダイナはすぐに蹴り足を引き、続けて伸びる手を蹴りつける。左手、二つめの右手、残る左手と眼にも止まらぬ蹴りの連打で迎え撃つ。だが最初にぶつかった右手が引こうとした足首を掴む。
「ハ、アアアッ!!」
だがウィンダイナは、足を取られてすぐに掴んだ杖を支えに右足を浮かせ、亀裂の入った仮面を被った側頭部を蹴り抜く。
『ぐぅ!?』
鈍い打撃音と共に緩んだ手を振り切り、杖を乗り越えるウィンダイナ。直後、銀の戦士が居た場所を炎が突き抜け、仮面の女を焼く。
ウィンダイナは、空を伝わる熱に煽られながら着地。そして炎を上げる杖から手を放し、右足を振り上げて炎を帯びたナハトの杖を蹴り上げる。
蹴りの威力に負けて燃える杖を振り上げ、左足を突き出すナハト。ウィンダイナはそれを、振り上げた足を下ろす勢いで床を蹴り、跳び越える。
ウィンダイナは跳躍の勢いのまま空中で前回りに回転。前後逆の肩車の形で煙を上げる仮面の女の肩へ降りる。
「セヤアッ!!」
そこから仮面の女の頭を挟む腿を締め上げ、頭を振り子の様に後ろへ振るう。その勢いに乗せて仮面の女をナハトに向けて放り投げる。
『う!?』
「ぐ!」
ぶつかり合い、呻く仮面の女とナハト。だがナハトはすぐさま左腕を大きく振るい、二対の腕を備えたパンタシアの体を押し返す。同時に杖の先端に炎を灯し、しなる杖に乗せて火球を放り投げる。
眼前へ迫るそれに、ウィンダイナは息を呑み、腕を交差して火球を受け止める。爆ぜ散る炎の中、黒い影がウィンダイナの右脇をすり抜けて飛ぶ。
「何!?」
それを目で追い、振り返るウィンダイナ。その視線の先ではナハトが燃える杖を振るい、仮面の女を宙へ打ち上げる。
仮面の女をグラウンド側へ追い立てるナハト。その姿に、ウィンダイナは急いで体を切り返して踏み込み、両者を追い掛ける。
ナハトが後ろ手に放つ火球。それを右の拳で薙ぎ払い、ウィンダイナは向かい風の吹く屋上を走る。
燃える杖で仮面の女を叩き、撃ち落とすナハト。その足首で赤い光が輝き、その身を空へ躍らせる。
「待て!」
空を飛び、仮面の女を追うナハト。それを追い、ウィンダイナも落下防止のフェンスの直前で踏み切り、跳ぶ。
仮面の女は身を捩りながらグラウンドを目指して飛んでいく。それを見下ろし、ナハトは炎を灯した杖を構える。
だがその瞬間、ナハトは杖に火を灯したまま、その動きを止める。その隙に、ウィンダイナはナハトを追い抜き、グラウンドへ向かう。
そこで眼下をよぎった人影に、ウィンダイナはその視線を送る。そこには吹きさらしの渡り廊下で空を見上げる愛の姿があった。
「……愛さん」
自分が戻ってくるのを待っているらしい友人の名を、ウィンダイナは口の中で小さく呟く。直後、前方で鈍い激突音と土煙が上がる。
それに視線を戻し、片膝をついてグラウンドに着地する銀の戦士。そして背筋を伸ばし、右拳を腰だめに、左掌を前に翳す形で構える。すると土埃の中、うつ伏せになっていた仮面の女は、計六本の手足を支えに身を起こす。
ウィンダイナはその仮面の女の姿を見据え、胸の前で開いた左掌の前に右の握り手を持って行く。だがその直後、ライフゲイルの柄が完成するよりも早く、仮面の女を中心に、円を描くように八つの炎が降り注ぐ。それに続き、グラウンドに灯った八つの炎は互いを結ぶように炎を走らせ、魔法陣を描いて仮面の女を取り囲む。
「なッ!?」
魔法陣から立ち上り、仮面の女を封じる赤い光の柱。ウィンダイナはそれに握り手を解き、あごを上げて空を振り仰ぐ。そこには、左手に持つ杖の先端に炎を灯して降りてくるナハトの姿があった。
「……魔竜の息吹、天焦がす焔。迷い子を誘い、より深き闇へ導け……」
言霊を詠唱しながら炎の柱へ向かうナハト。それに伴って、その手に握られた杖が指に操られて回転。そのまま燃える杖を左へ振るい、そこから燃える先端を天へ掲げる様に翳し、止める。そうして杖が動く度に、紅蓮の炎は黒々とした色を宿し、深い闇色へと変わっていく。
「染まれ。昏く染まる炎と共に。堕ちよ。闇に溶ける焔と共に……」
黒い炎の柱の前で炎の杖を掲げ、詠唱を続けるナハト。その度に黒い炎の中で、仮面の女の影が苦しげに身を捩る。
「させるものか! ライフゲイル!!」
それを見てウィンダイナは、左手の前で緩んだ右手の握りを作り直す。直後、その握り手に収まる様に、拳三つ分の長さの柄が左手から生じる。左手との接点から光が弾けるそれを握りこみ、両腕を開くようにしてライフゲイルを引き抜く。
旋風を纏って伸びる光の刃。右へ抜き放ったそれを手首を返して回転。そこから得物を左斜め上に振り上げながら、柄を両手で握るウィンダイナ。続けて光の刃を顔の横から視線に沿って伸びるように構える。
「キィアッ!!」
鋭い裂帛の気合と共に跳躍するウィンダイナ。突進する白銀の戦士へ振り返り、ナハトは詠唱を中断。黒炎の柱との間を阻むように構える。
「邪魔はさせぬぞ!」
ナハトは叫び、炎の杖を突き出してウィンダイナを迎え撃つ。それをウィンダイナは光の刃で叩き払い、素早く振りかぶって真直ぐに振り下ろす。だがその一撃は横一文字になって割り込んだ杖にぶつかり、受け止められる。
「えぇあぁぁッ!」
しかしウィンダイナは、ナハトに押し返される前に自ら刃を振りかぶり、右肩を目がけて再度振り下ろす。だが、その一撃も斜めに立てた炎の杖に阻まれる。そこからさらに振りかぶり、左肩へ狙いを変えて振り下ろす。
三、四と切り結ぶ度に弾ける炎と風。そして今一度光の刃を振り上げた所で、ナハトの左手から炎が爆ぜる。
「ぐ!?」
歯噛みし、白煙の尾を引きながらバク宙で跳びのくウィンダイナ。大きく突っ張った両足で地面を削り、ブレーキ。そして静止と同時に、右へ流していたライフゲイルを握り直し、爆音を上げて踏み込む。
「甘い!」
燃える杖で地面を薙ぎ、炎の壁を呼び出すナハト。津波のように迫る炎の壁。それをウィンダイナは真っ向からの切り上げで真っ二つに切り裂く。だが割れた炎の壁から、杖を構えたナハトが姿を現す。
「ハアッ!!」
炎を伴う横薙ぎの一閃。
だがそれを、ウィンダイナは跳び越え、黒い魔女の左脇をすり抜ける。
「な、あッ!?」
ウィンダイナの背中を叩く驚きの声。それを受けながら銀の戦士は黒炎の柱を見据えて、旋風を纏う刃を顔の横に構える。
「キィァアッ!!」
気合と共に突き出した刃が炎を文字通り吹き飛ばし、焼け焦げた仮面の女の姿が露わになる。だが仮面の女は四本の腕を振るい、ウィンダイナへ抵抗する。
「キィイァアアアアアアアアッ!!」
だがウィンダイナは雄叫びと共に刃を一回転。右の腰だめに構えて踏み込み、斜め十字を描くように迫る拳をすり抜けて、鳩尾をライフゲイルで貫く。
「きゃ、きゃあああああああああああああッ!?」
悲鳴を上げる仮面の女。その身を貫くライフゲイルを中心に、翡翠色の二重魔法陣が展開する。
ウィンダイナは魔法陣を前に、シールドバイザー奥の目を輝かせ、ライフゲイルをさらに押し込む。
「命の風よ! 光遮る暗雲を、輝きを曇らせる澱みを吹き掃えッ!」
鋼鉄のフルフェイスヘルメットから紡ぎ出される浄めの言霊。その詠唱に伴い、二重魔法陣は互い違いの回転を始め、その速度を早めていく。
「厚き陰を掃い、光をここにッ!」
続いて紡がれる下の一節。それを言い切ると同時に、ウィンダイナは得物を引き抜きながら、後ろへ飛び退く。
その勢いに任せて腰をひねり、光の刃を右へ振り抜く。続けて左下へ振り払い、そこから左掌を刃に添えて、汚れを拭い取るように引き、後ろへ振り抜く。
「浄化ァッ!!」
『あ、あ、ああああああああッ!?』
高らかに響く結びの言霊。その力強い響きに続く断末魔。そして爆音。
背中を押す様に流れる風の中、ウィンダイナはライフゲイルを振り抜いた姿勢のまま、正面を見据える。そこには、左手に握った炎の杖を地面に立てるナハトの姿があった。
ナハトは杖を地面に立てたまま、斜めに倒す様にして右手に渡し、鉤爪を備えた左手で虚空を握る。その手の中に輝くエネルギーが集まり、球を作る。
散っていくエネルギーを収集するナハトへ、ウィンダイナは右手に握るライフゲイルの切っ先を向ける。
「まだやるつもりならば、相手になるぞ?」
低く抑えた声での問うウィンダイナ。そこから互いに口を開くことなく、睨み合う両者。その傍らにそれぞれのパートナーが舞い降り、そちらも鋭い視線をぶつけ合う。
しばしの沈黙。
風の音が大きく響く静けさの中、ナハトは黒いルージュで彩った唇を薄く吊り上げる。
「いや、此度はもうよい。ここまでだ」
そして右手に握った杖を地面に走らせる。刹那、石突の描いた線から炎が巻き起こり、壁を作る。ナハトとアムの身を隠す火炎に、ルクスは慌てて羽ばたき進む。
だがルクスの目の前で炎の壁が風に散り、開けたその向こうには、すでにナハト達の姿は無かった。
ウィンダイナは、突き出したライフゲイルの光刃を風に散らし、柄を握った手を下げる。
そして硬質な仮面の奥から息を吐きながら、幻想種の居た爆心地へ振り返る。
抉れた地面の中心で、仰向けに倒れる女子生徒。長い黒髪をツインテールにまとめた女子の姿に、ウィンダイナはその名を呟く。
「山瀬、先輩……」
倒れていたのは裕香を体操部へ勧誘していた三年生。山瀬であった。
※ ※ ※
「結局六時間目は無しで下校になっちゃったね」
生徒たちのごった返す昇降口。人の溢れる中で、裕香はそう言いながら、自分の下足入れから外履きのスニーカーを取り出す。
あの後、倒れた山瀬を保健室へ届け、愛と合流して教室へ戻った裕香。
すると、二人にやや遅れる形で、担任の月居が教室に入る。そして教壇に立った月居から、安全のために授業の切り上げて生徒たちは下校させることが決定したと連絡があり、こうして一時間早い下校と相成った。
「仕方ないよね、また校庭で爆発があったみたいだし」
履き慣らしたスニーカーへ履き替える裕香。その隣で愛は、自分のローファーを取り出しながら答える。
目配せ交じりに言う友人に、裕香は踵を上げて靴の踵を直しながら苦笑を返す。そこへすでに黒いローファーへ履き替えたいおりが歩み寄ってくる。
「まあ、今日は一時間自由な時が増えた。ということだな。外出は自粛せねばならんが」
「それはしょうがないよ。危ないし」
そう言って裕香は上履きを仕舞い、いおりと愛と連れ立って外へ向かう。
「ま、待って、吹上さん!」
そこで不意にかかった、裕香を引き止める声。それに裕香は足を止めて振り返る。すると、人ごみの中で大きく手を振るツインテールの三年生、山瀬の姿があった。
「先輩」
裕香たちが足を止めたのを確かめて、山瀬は三年の下駄箱へ小走りに向かう。
先立って出ていく生徒たち。それらを見送りながら待っていると、やがて人の波を掻き分けて山瀬が三人の前に現れる。
「ご、ごめんね、引き止めて」
「いえ、私は別に」
謝る山瀬へ、首を左右に振る裕香。その一方で、いおりは眉間にしわを寄せて、向きあう二人の間へ半身を差し込む形で割り込む。
「……で、用件は何か? 先輩殿?」
心なしか警戒心を滲ませるいおり、それに山瀬は戸惑いがちに頷きながら口を開く。
「う、うん。まずは、保健室まで運んでくれてありがとう、吹上さん」
「いえ、たまたま見つけただけですから」
山瀬からの礼に、裕香は唇を緩めて頭を振る。それに山瀬は頷き、続けて口を開く。
「それで……私何か、おかしなことしてなかった……? なんだかお昼のあたりから何にも覚えてなくて……」
度々言葉を詰まらせながら、訊ねてくる山瀬。その問いに、裕香はすぐさま頭を振る。
「私は、先輩が倒れていたのを見つけただけですから。でも、特におかしなことはなかったと思いますよ」
「そ、そう。それならいいんだけど」
その裕香の言葉に、山瀬は頭の左右から一房ずつ垂れる黒髪を揺らし、安堵に胸を撫で下ろす。
「ところで、もう体は良いんですか? 先輩も早く帰って休んだ方がいいんじゃないですか?」
裕香がそう言うと、山瀬は慌てて首を縦に振る。
「あ、うん。ありがとう。引きとめちゃってごめん。私ももう帰るね」
そんな先輩へ、裕香は頷き返して足を出口へ向ける。
「じゃあ先輩。また。体操部に入部はできませんけど」
そんな裕香の別れの挨拶に、苦笑を浮かべて掌を振る山瀬。それに手を振り返して、裕香たち一行は表へ出る。
昇降口を出て、他の生徒達と共に校門へ向かう裕香たち三人娘。
裕香を中心とした左に愛、右にいおりの横並びの形で、くろがね市立山端中学校と銘打たれた正門を抜け、水路沿いの道に出る。そこで雑踏をかき分けてきた人影が一つ、三人の横に並ぶ。
「や!」
「鈴森くん」
右手を立てて挨拶する涼二を見て、愛がおでこの下にある眼を大きく開く。
意外そうな愛をよそに、涼二は照れ臭そうに笑いながら、話を切り出す。
「なあ、吹上。今度の連休に出かけようって話、考えてくれたか?」
涼二の問いに、左右から裕香に注目する愛といおり。それに裕香は前髪を触りながら、俯く。
「ええっと、それは……」
小さく呟きながら、唇をもごつかせる裕香。そして前髪の隙間から左右の友人を交互に一瞥。そして顔を上げて、答えを待っている涼二へ眼を向ける。
「みんなと一緒で……ならいいかな」
その裕香の返事に、涼二は苦笑を浮かべて、肩を落としながら頷く。