深まる友情~その3~
アクセスしてくださっている皆様、お気に入り登録してくださっている皆様、いつもありがとうございます。
今回も皆様の一時の楽しみとなれば幸いです。
それでは本編へどうぞ。
「ハッ……ハッ……」
息を弾ませて地面を蹴り、昇降口へ走る裕香。
長い前髪と後ろ髪を靡かせながら走っていると、その行く手にオレンジのカチューシャでおでこを晒した少女が現れる。
「あ! 裕香さんッ!?」
「愛さん!」
裕香の姿を見つけ、笑顔を輝かせる愛。そのまま愛も小走りに駆けだし、お互いに駆け寄る形になる。
「よかった、無事で」
目の前で立ち止まり、胸を撫で下ろす愛。おでこに玉の汗を浮かべる友達に、裕香は前髪を弄りながら唇を柔らかく緩める。
「ごめんね。心配かけちゃったね」
謝る裕香に、愛も笑みを返して頷く。
「本当よ……もう」
汗を流して探し回ってくれていた愛に、裕香は笑みを深めて頷き返す。
そこへ、二人と同じく息を弾ませた、いおりが顔を見せる。
「裕香、無事だったか!?」
「いおりさん!?」
顔を輝かせて駆け寄るいおり。それを裕香と愛が迎える。
「いおりさんもごめんね。心配させて」
謝る裕香に、いおりは軽く笑みを返す。
「フ……まあ、裕香が無事であることなど分かっていたがな」
口の端を得意げに吊り上げるいおり。そんな「我にかかれば、魂の共鳴でその程度のことなど手に取るように分かるのだ」と物語る顔に、裕香は思わず苦笑する。
だがそんないおりを見て、愛は小首を傾げていたずらっぽい笑みを向ける。
「あれ? 顔を真っ青にして真っ先に走り出してたのは大室さんじゃなかった?」
その愛の一言に、いおりの笑みが引きつる。
「そうなの? いおりさん」
首を傾げてたずねる裕香。するといおりは関節に異物でも挟み込んだかのようなぎこちない動きで顔を逸らす。
「な、何事もない内に探し当てたかったまでだ。ま、まったく心配していなかったとは、誰も言っていない」
言葉を詰まらせ、照れたように言ういおり。その頬を朱に染めた横顔に、裕香と愛は揃って笑みを深める。
「吹上さん!? 大丈夫!? どこも怪我してない!?」
そこへ、不意に投げかけられる女性の声。艶のある低音に、三人娘は揃って振り返る。するとそこには、昇降口から飛び出してくるスーツ姿の女性が居た。
「月居先生!?」
耳を隠す程度の黒髪を揺らして走ってくる、切れ長の目をした女教師。そんな26歳の若い担任の姿に、裕香は前髪の奥で目を見開く。
月居は駆け込み様に裕香の肩を掴み、その顔を覗きこむ。そしてじっくりと顔から爪先まで見下ろして、ホッと安堵の息を吐く。
「どうやら怪我はないようね。三谷さん達から変質者に攫われたって聞いて心配したのよ?」
「へ、変質者?」
裕香がどういう事かと愛へ顔を向ける。すると愛は無言で手を合わせて、拝むように謝る。
それで裕香は、愛たちがひとりでに動く縄腕の事を、どうぼかして説明したのかを察する。そして苦笑を浮かべて頷くと、自分と並ぶ月居の顔へ向きなおる。
「はい。どうにか隙を見つけて逃げ出してきました」
その裕香の言葉を聞いて、月居は微笑みを浮かべて頷く。
「そう。無事で本当によかったわ。ところで吹上さんに襲いかかった変質者のこと、聞かせてもらってもいいかしら?」
「分かりました、先生」
裕香は月居に頷いて、友だちたちへ顔を向ける。
「二人とも、ちょっと行ってくるね。先に戻ってて」
それに愛といおりは揃って頷く。
「分かったよ。裕香さん」
「うむ」
「結局、自習になっちゃったんだ」
自分にあてがわれた席で教科書とノートを広げて、呟く裕香。
担任の月居に、変質者が「居たもの」として説明をした裕香。覆面を被った甲高い声の男ということにしておくと、教職員は校内外の警戒を始めとした、変質者対策へ奔走。午後の授業の一つ目は全面的に自習となっていた。
裕香が周囲を見回すと、同じように教科書とノートを広げたクラスメートの姿が目に入る。鉛筆をとって真面目に取り組む者。仲の良い者たちで机を突き合わせて、雑談に興じる者たち。机に突っ伏して居眠りを楽しむ者。そして鼻、耳、瞼を赤く腫らしてぐったりとする涼二。そうして思い思いに自習時間を過ごすクラスメートたち。
そんな自習の進む教室の中。椅子を提げて寄ってくる愛と裕香の眼が合う。
裕香は机の上の教科書とノートを左隅に寄せて、愛を迎える。すると愛は裕香の机の右わきに椅子を置いて、そこに腰かける。
「ねえ裕香さん。今日出てきたのって何が目的なのかな?」
机の上に肘をついて身を乗り出し、抑えた声で問いかける愛。それに裕香は、左手で前髪を一瞬流して、その下の引き締めた目元を露わにする。
「うん……あれが言う分には、私のことを狙ってるのは間違いないみたい」
「やっぱり、そうなの?」
裕香の推測に、愛は確めるように問いを重ねる。それに裕香は軽く顎を引いて頷く。
「うん。契約者が私を欲しがってるからだ、って」
裕香が抑え気味の声で口にするや否や、愛が周囲へ険しい視線を走らせる。
「……じゃあ、まさかウチのクラスの男子の誰かが……!?」
愛に睨まれて、ちらちらと二人へ視線を注いでいた男子が慌てて目を逸らす。
「まあまあ、愛さん。証拠は無いんだし、決めつけるのはよくないよ」
そうして眼で威嚇を続ける愛を、裕香は苦笑を浮かべて諌める。すると愛は不満げに唇を尖らせて、組んだ手の上に顎を乗せる。
「それはそうだけど、でも、他に心当たりはないし……」
不満げな呟きをこぼしながら、周囲を見回す愛。やがて顔を裕香へ戻すと、組んでいた手をほどき、さらに机の上に身を乗り出す。
「とにかく、クラスの中で怪しい動きをする奴は、私が見逃さないから」
そう言って愛は力を込めて首を縦に振る。
そんな友人に、裕香は前髪を触りながら唇を柔らかく緩める。
「心配してくれてありがとう、愛さん」
裕香がそう言うと、愛はその大きな目を瞬かせる。そして軽く笑みをこぼして頷く。
「当たり前じゃない。裕香さんは私と、アーノルドと、ダニーの恩人で、大切な友達なんだから。私に出来ることがあったら何でも言って」
快く協力を申し出る愛に、裕香は微笑みながら頷く。
「うん、ありがとう。そう言ってくれると心強いよ」
裕香はそう言うと、机の上の教科書を真中へ持ってくる。そして愛の耳に顔を寄せて、抑えた声で耳打ちをする。
「外の調査は頼んであるから、愛さんは私と一緒に、教室の中を注意していて」
「分かった。でも……外を頼んだって、誰に?」
愛は裕香の依頼に頷きながらも、疑問を口に出す。
それに裕香は右手を上げて、ノードゥスのはまった中指を動かして見せる。
「私と契約した仲間」
愛はそれを見て納得したのか、顔をほころばせて繰り返し頷く。裕香はそんな友達の顔から、その前にある契約の指輪を見つめる。
※ ※ ※
「……変質者とか抉れてたグラウンドとか、嫌だねえ、物騒で」
「この見回りで何もなければ、生徒たちは集団で下校させるんだろ?」
話し声と共に遠ざかる、見回りに向かう教員の足音。その後ろで壁と床の境目に小さな裂け目が走り、小さく切り取られた壁の一部が持ち上がる。
『ふう……犬か猫に擬態してても摘み出されちゃうだろうしなぁ……』
まるで被っていた箱を脱ぎ捨てるように、箱状に切り取った風景を投げ出すルクス。そして四本の足で、教員たちとは真逆の方向へ音もなく走っていく。
ルクスは真直ぐに突き当りまで走り、壁の陰から曲がり角の向こうを覗きこむ。その先に人影が無いことを確かめると、そこを身を低くして走り抜ける。そして階段の陰へ滑り込み、前足の間に光の輪を作りだす。
『ユウカに探し出すって言った以上。絶対に見つけださないと……』
魔法陣のレーダーを見つめ、呟くルクス。度々顔を上げては目を配り、耳をすませ、レーダーだけでなく自身の目と耳も使って周囲の気配を探る。
そこで顔を上げたルクスの耳を、微かな足音が触れる。
『まずいッ!?』
ルクスは耳を震わせると、慌てて箱状の迷彩魔術を展開。それを頭からかぶる。
僅かに内側から持ち上がる姿隠しの箱。その中でルクスは息を殺しながら、僅かな隙間から様子を窺う。
するとそこには、遠ざかっていくカラスの様な黒い翼を備えた獣の後姿があった。
『あれは……!?』
身を隠す姿隠しの箱を放り投げ、離れていくアムの背中を追って駆け出すルクス。そのまま翠色の眼を鋭く吊り上げて、アムを逃すまいと睨み走る。
走るルクスの足音に気付いてか、アムが振り返る。
『る、ルクス!?』
驚きに赤い目を見開くアム。
『待て、アム!』
叫び追い掛けるルクスに、アムは慌てて正面へ向き直り、走る四肢に力を入れる。
真直ぐに廊下を逃げる黒と、それを追う白。
『あの複腕の女の救出に来たのか!? これ以上お前の好きにはさせないぞ!』
『バカか! そんなこと、アンタにバカ正直に話すわけがないじゃないのさ!!』
ルクスの叫びに、歯を剥いて怒鳴り返すアム。そして身を傾けてL字を描く角を曲がる。その軌道を辿る形で、ルクスも走る勢いを緩めずに体を角の内側へ傾ける。
『アイツは絶対に倒す! お前も抵抗をやめて、大人しく幻想界に帰るんだ! それで、今回の罪を……』
『黙れ!』
曲がり角を抜けながらのルクスの言葉を、鋭い声が遮る。
その声にルクスが続く言葉を呑み込むやいなや、アムは二本の前足を軸に後ろ足で弧を描くように振り返り、ルクスへ躍りかかる。
『な!?』
『ヴァウッ!!』
驚き踏みとどまるルクスへ、爪を振り上げたアムが体ごとぶち当たる。
激突。その勢いに負けてルクスが倒れ、転がり始める白と黒。一つに重なったルクスたちは、陰陽印を描いて転がり、そのまま壁へぶつかる。
『う!?』
衝突と同時に、重なり合った呻き声をもらして分離。ルクスとアムは、同時に翼も使って転がり起き、身を低くして身構える。
『ルゥウゥゥ……』
『ウァウゥゥ……』
剥き出しの歯から唸り声を滲ませ、睨み合う両者。
やがて、白と黒の竜はどちらからともなく翼を広げ、踏み込む。
『アアッ!?』
見た目そのままの声と共に、両の爪が互いの毛皮に食い込む。そこから両者同時に、頭に生えた角をぶつけあう。
鍔迫り合いにも似た状態で身を捩る二匹。
一歩も譲らぬ拮抗。
だがそれも長くは続かず、ルクスの後ろ脚が押しこまれる。直後、その勢いに乗ったアムが押し込む。
『う、わ!?』
弾かれ、後ろ回りに転がるルクス。左前脚を支えに尻もちをついて停止。そして顔上げた所で、アムが両の爪を振りかざして跳びかかる。
ルクスはとっさに左へ転がり、寸での所で爪を回避。その勢いのままに四肢を突っ張ってアムを睨みつける。
それにアムは尾を振るって振り返り、右の爪を構えて鼻を鳴らす。
『ハンッ! 昔っからケンカして、アンタがアタシに勝てた試しはなかったじゃないのさ!?』
アムに昔からの戦績を出され、歯噛みするルクス。だがルクスはその翠色の双眸を外すことなく、深く息を吸いながら身を起こす。
『黙れよ! いまさら思い出語りなんかするな!』
鋭いルクスの言葉に、アムは目元を歪めてうつむく。だがすぐに顔を上げると、歯を剥いて白竜を睨み返す。
『そうかい! 犯罪者と話す口は持たないって訳かい!? 御立派な白竜様らしいじゃないのさ!?』
唾を吐きかけんばかりの剣幕をぶつけ合うルクスとアム。
歯の隙間から唸り声を漏らしながら、白と黒の竜は互いの様子を窺い合う。
だがそこで、アムは眉間をピクリと震わせて、ルクスから視線を外す。
『……見つけたのかい』
『まさか、あれの契約者を!? 行かせるものか!』
よそ見をするアムを目がけ、ルクスは叫び、駆け出す。
対するアムはそれを見て息を呑み、慌てて身を翻す。
『こ、の!』
そして走りだす黒い腰に、爪を立てた白い前足が食い込む。
『ひゃっ……!?』
短く悲鳴を漏らすアム。そして腰を掴み、覆い被さろうとするルクスを、潤んだ赤い瞳で振り仰ぐ。
『何すんのさこのスケベ!!』
『る、わ!?』
鼻先を引っかく爪に怯み、思わずアムの腰から手を放すルクス。その隙にアムはルクスの爪をすり抜けて黒い翼を広げる。瞬間、黒い霧がアムの翼から噴き出す。
『わ、ぷわ!?』
ルクスは自分を包み込む黒い靄を、前足と翼を振りまわして吹き飛ばす。
靄から解き放たれて、周囲に視線を巡らせるルクス。だが、すでにアムの姿はどこにもなかった。
『く! このまま逃がしてたまるか!』
ルクスは歯噛みし、駆け出そうと足に力を込める。だがその瞬間、ルクスの耳に近づいてくる足音が滑り込む。
『あ! わ!?』
ルクスは右、左と頭を振って、頭上に姿隠しの箱を出すと、それを頭からかぶってその姿を背景の中に溶け込ませる。
「おかしいわね? 物音がしたと思ったんだけど?」
直後、怪しむような声音で呟きながら、一人の女教師がルクスのそばで足を止める。
女物のスーツを着こなした、切れ長の目の美女。そんな声に艶のある女教師の様子を、ルクスは箱の隙間から見上げる。
そこで不意に視線を落とした女教師と、ルクスの眼が合う。
息を呑み、姿隠しの箱の中で身を強張らせるルクス。
「気のせいだったのかしら?」
だが女教師は視線を外して呟くと。踵を返し、ルクスの近くを後にする。
その背中が見えなくなった所で、ルクスは箱状の迷彩魔法を脱ぎ捨てる。そして安堵の息を吐きながら、教師の歩き去って行った方向を見やる。
『上手くやり過ごせた、のかな?』
そうして廊下の奥を見つめながら、自信無さげな呟きを漏らす。だがやがて、思い出したようにその翠色の眼を見開く。
『しまった! アムッ!?』
慌てて周囲を見回すルクス。そこで生徒の下駄箱の並ぶ昇降口に眼をつける。
『そこからか!?』
ルクスは叫び、固い床を蹴って昇降口へ走る。
そして外へ抜けると、翼を広げて羽ばたき、屋根の上へ飛び上がる。そこから両前足を前に伸ばし、魔法陣のレーダーを再び展開する。
光の円の一部に浮かぶ、赤い光点。8を描くように繋がり合ったそれを目指し、ルクスは滑る様に空を走る。
徐々に近づく光点と、正面を交互に見比べ跳び続けるルクス。
その進行方向にある、校舎裏の駐輪場。そこには紅のマントを纏った黒の女、ナハト。そしてそれと向かい合う、六本の腕を備えた仮面の女の姿があった。
『アムの契約者ナハト……あいつらやっぱり!』
歯噛みし、羽ばたくルクス。だがその目の前で、ナハトの右手から放った炎が、六本腕を飲み込む。
『な!?』
予想だにしない仲間割れの光景に、ルクスは驚き眼を見開く。
『熱っつッ!?』
半ば呆けたルクスをよそに、仮面の女は自身を焙る熱をその六本の腕で振り払いながら、後ずさる。そして煙のくすぶる体を庇いながら顎を上げ、赤い唇しかない仮面をナハトへ向ける。
『何のつもりなの!? なんで仲間のはずのアナタがッ!?』
その鋭い声での問いに、ナハトは大振りの鉤爪を備えた左腕でマントを払い、黒いルージュを引いた唇を開く。
「貴様は……我が聖域を侵した」
『な、なんですって?』
ナハトの口から洩れた静かな声に、詰まりがちに問い返す六本腕。
対するナハトは、分厚い手甲に包まれた左手を胸の前で握りしめる。
「よってその裁きとして、我自らの手で貴様の吸い出し集めた力を取り立てる! 覚悟せよッ!!」
そして一方的な通告と共に、左手の中に灯した炎を投げつける。
『ひゃあっ!?』
眼前へ迫る炎におののく六本腕。その身を火球弾が直撃。爆ぜ広がる炎が前面を焼く。
六本腕の髪と肉を焼き焦がす炎。それを振り払うことも許さず、ナハトの大きく開かれた手が仮面を被った頭に金色の鉤爪を食い込ませる。
「業火を受け、その身の罪を焼き潰せ!」
その言葉に続き、顔を掴む手に炎がちらつき、音を立てて燃え上がる。
『あ、あぁあああああッ!?』
炎に巻かれ悲鳴を上げる六本腕。それをナハトは強引に押し倒す形で後頭部からアスファルトへ叩きつける。
そのままナハトは六本腕を押し込みながら、傍らのアムを一瞥する。
「このまま焼き潰すが、問題はないな?」
『こ、こいつを、とめてぇええ……!?』
確認する様に問いかける契約者。そしてその下から、助けを求めて伸びる三本の手。それを見てアムはため息交じりに頭を振る。
「止めるのは諦めたよ、好きにしたらいいさ。ウィンダイナに散らされるよりはマシさね」
アムの言葉に、口の端を吊り上げるナハトと、身を震わせる六本腕。
「そういうことだ、炎の中に巻かれ、闇に落ちよ!」
炎の勢いを強め、六本腕を更に地面へ押し込むナハト。
『ひぎゃあああああッ!?』
六本腕は炎の中から悲鳴を上げ、腕を振りまわしてもがく。
だがナハトがさらに左腕に力を込めた所で、二本の腕がその腕に絡みつく。
「む!?」
腕を引こうとするナハトに、更に炎に包まれた二本の腕が手首を取る。
「む、う!?」
さらに立て続けに三組目の腕が肩に掴みかかる。
『た、ただ燃やされるモノですか! アナタも、自分の炎に焼かれるがいいわ!』
全ての腕で左腕に絡みつき、ナハトへ炎を移そうとする六本腕。
「く!」
腕を極められ、歯噛みするナハト。だが頭を掴む手の力を緩めることなく握りこむ。
「弾け飛べッ!!」
『ぎゃんッ!?』
鋭い言霊と共に爆発する六本腕の仮面。悲鳴と共に腕の力が緩み、その隙を突いてナハトは六本腕を放り投げる。
『あう!? ぐ!?』
アスファルトの地面を跳ね、転がっていく六本腕。転がる内に炎が剥がれていき、うつ伏せに倒れたその身から白煙が立ち昇る。
焼け焦げた体を震わせる仮面の女を見据えて、ナハトは腕を振るい、押し返された自身の炎を払う。
その腕には焼け焦げ一つなく、腕を包む金色の装甲が輝いている。
「クク……我が我自身の炎で焼かれる様なマヌケに見えるか……?」
傷一つない金色の手甲を突き出し、鼻で笑うナハト。そして身を震わせる六本腕へ、一本の線の上を歩く様な歩き方で迫る。
仮面の女へ余裕を匂わせて歩み寄るナハト。その姿を見て、ルクスは気がついたように手近な木陰に潜り込む。そしてそこから声を出さずにパートナーへ思念波を送る。
『み、見つけた! 六本腕のパンタシアとナハトを見つけたよ!』
『ホントに!? ルーくんは大丈夫? 見つかってない?』
頭に直接響く相棒の声。それに裕香は、前髪の奥で目元を引き締めて、思念の声を返す。
『それは大丈夫。あいつら、仲間割れに夢中みたいで、それどころじゃないみたいだから』
ルクスからの応答を受けて、裕香は軽くあごを引き、右手中指を飾る指輪に目を落とす。
『すぐに行くよ。場所は?』
『裏の自転車置き場だ! そこで戦ってる!』
裕香は相棒から目的地を確認。契約の指輪に向けていた目を上げる。
「裕香さん?」
傍らの愛がそれを見て、口を開かずに真剣な眼差しでたずねる。
そんな友の目に、裕香は右手の指輪を見えるように示して頷く。
裕香の無言の返事を受けて、愛は首を縦に振る。そして裕香の背中に左手を添え、立ち上がる。
「裕香さん体調悪いみたいだから、保健室に連れてくから!」
そして、そう教室全体へ言い放つと、愛は裕香へ手を差しのべる。
「ありがとう、愛さん」
裕香は差し出された手を取り、横合いから支えられる形で席を立つ。
裕香はそうして愛の支えを受けて、クラスメートの合間を縫って出口へ進む。閉めきられた教室後部のドア。それを愛が横へ滑らせて開けると、開放されたドアをくぐり抜けて廊下へ出る。
「裕香さん、何処へ行けばいいの?」
廊下を一歩、一歩、と重い足取りで進む裕香。その右横から、愛がささやくように問いかける。
それに裕香は、視線を上下左右と巡らせる。そして改めて、蛍光灯の等間隔に並ぶ天井を見やり、口を開く。
「三階の、開放渡り廊下までお願い」
それに愛も釣られる様に顔を上げる。そして天井から正面へ顔を戻して頷く。
「分かったよ。もう少しだけ具合の悪いフリをしててね」
裕香はその愛の言葉に頷いて、支えられた姿勢のまま、二階端にある階段を目指す。
ずらりと並んだ教室の前を抜けて階段に到着。すると二人は周囲に気を配りながら体を離し、登り階段へ踏み出す。
踊り場から上の様子を伺い、三年生の教室が並ぶ三階へ出る二人。
そこから裕香と愛は、左手側に並ぶ教室の中に気づかれないように、忍び足で右にある扉へ進む。そして小さくドアを開けて、隣の校舎と最上階同士を繋ぐ、屋根の無い開放渡り廊下へ出る。
吹きさらしになった屋上同然の渡り廊下。
背中を押す様に風が吹き抜けて、裕香達の髪とスカートがなびき踊る。
裕香は揺れる前髪の隙間から、校舎の向こう側を睨みながら、脇を締めて左掌を広げ立てる。そして銀の指輪が輝く右手で拳を握り、掌に叩きつける。
衝突音と同時にノードゥスから弾ける光。輝きを灯した右拳を、掌に擦りつけて振り抜く裕香。右腕の軌道に沿い、裕香の身を光の帯が取り囲む。
光の輪の中心で両腕を大きく回し、高く掲げた左手と入れ替える形で、下から回した右腕を高々と突き上げる。
「変身ッ!!」
気合を込めた言霊と共に、裕香の身を包む光の柱。
光の壁の中、裕香の身を包むセーラー服が輝く糸になって分解。その豊かな肢体を強調するボディスーツとして再構築される。
腰に巻きつく翡翠色の宝玉を納めたベルト。それを中心に白銀の装甲が上下へ広がる様に装着されていく。
首から下の全てが、特撮ヒーロー然としたアーマースーツに包まれる。続けて残る顔も光が包み込み、フルフェイスのマスクへと変わる。さらにその上半分を、透き通ったシールドバイザーが覆い、全身を守る白銀の装甲が完成する。
アーマー完成の直後、内側から爆発するように膨れ上がる肉体。それに伴う爆風が周囲を覆う光の壁を吹き飛ばす。
太陽の下、白銀の鎧を纏った巨漢のヒーローが姿を現す。
「じゃあ、行ってくるよ」
愛を見下ろして、白銀の戦士、ウィンダイナはヒーローモードの低音で出撃を告げる。
「うん。気をつけてね」
送り出してくれる友人に、力強く頷き返すウィンダイナ。
「トゥア!」
そして膝を曲げ、鋭い掛け声と共に跳躍。空中で身を翻して校舎の屋上へと躍り出る。
ウィンダイナはフェンスに囲まれた屋上を踏み、すぐさま膝の力を解き放って一息に駆け出す。
正面にある対角を目がけ、一踏みごとに加速するその走り。
「セイヤアッ!!」
そして間近に迫ったフェンスを前に、気合の声と共に踏み切る。
ムーンサルトの要領で身を翻し、フェンスを眼下に跳び越えるウィンダイナ。
その遥か下。左手に炎を灯したナハトと、それを前にじりじりと後退する六本腕の姿を、ウィンダイナはそのバイザー奥の双眸に捉える。
「トゥアアアアアアアッ!!」
宙返りの勢いのままに、ウィンダイナは右の蹴り足を突き出して急降下。白銀の彗星となって、ナハトに追われる六本腕へ飛び込む。
『な、ぎゃん!?』
顔を上げた六本腕はとっさに腕を交差。だが重力を上乗せしたウィンダイナの蹴りは、防御もろともに六本腕の体を吹き飛ばす。
六本腕を蹴り飛ばしたウィンダイナは、着地と同時に後転。更に四肢で地面を叩いて後ろへ跳躍。足から着地して地面を削りながら踏みとどまる。
舗装された地面と足の接点から煙を上げるウィンダイナ。そこへルクスが木陰から飛び出し、その顔の横に並ぶように翼を羽ばたかせる。
「ほう、貴公は……」
『う、ぐ……は、白竜の……』
ナハトはそんなウィンダイナ達の姿を見て、左手に灯った炎を散らし、口の端を吊り上げる。一方、蹴りを受けて吹き飛んだ六本腕は、その多数の腕で体を起こしながら、呻き声を漏らす。
対してウィンダイナは、拳を固めた右腕を腰だめに、その上に左掌を被せて構える。
「私は厚き陰を掃い、希望の光を開く風!」
構えた腕を大きく回し、鋭く伸ばした右手で真直ぐに空を切り上げる。そこから再度右腕を腰に添え、左手で右斜め前の空間を貫く。
「魔装烈風! ウィンダイナッ!!」
鋭い声で戦士としての名を名乗り上げ、左の貫手を握りこむ。
左拳を固く握り締め、音を鳴らすウィンダイナ。続けてバイザー奥の双眸を輝かせ、仮面の女を睨みつける。
『ひ!? こ、こんな白竜の契約者まで来た状況で、まともにやれるわけないじゃないのッ!?』
計八本の手足をばたつかせて、逃げ出そうと背中を向ける六本腕。
「逃がさん!」
その背中を目がけ、踏み込むウィンダイナ。装甲に覆われた右拳を振りかぶり、爆音を轟かせて突進する。
『ナハトォ!!』
アムの叫びが響く中、ウィンダイナは一瞬で六本腕の背中へ肉薄。引き絞った拳を解き放つ。
「な!?」
だが放たれた白銀の拳は、割り込んできた鉤爪を備えた金色の手にぶつかる。接触の直後、ナハトは紅のマントを翻してターン。ウィンダイナの拳の軌道を逸らす。
拳を受け流されて姿勢の崩れたウィンダイナ。そこへナハトは回転の勢いのまま、赤熱した鉤爪を突き出す。
「ハアッ!?」
「く!」
とっさに身を捩り、金色の鉤爪を右脇の装甲に滑らせるウィンダイナ。掠めた爪が装甲を焼き切り、火花が弾ける。
ウィンダイナは脇腹を苛む熱に歯噛みしながらも転がり、その勢いに乗って起き上がる。すると右膝を地に突き、左掌を前に構えなおす。
それに対してナハトは右手を振り上げ、隙に乗じて逃げ出そうとしていた六本腕の眼前を炎の壁で焙り塞ぐ。
『アッヅゥ!?』
身を焼かれ、転がる六本腕。ナハトは痛みに呻くそれとウィンダイナを交互に見やり、口の端を吊り上げる。
「ククク……こ奴を逃がすつもりもないが、貴公にくれてやるつもりもないぞ? 我が宿敵よ」
含み笑いを零す黒の炎の女。ウィンダイナはそれを見据えて、両の足で地を踏みしめて、右手に握った拳を固める。