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魔法少女ダイナミックゆうか  作者: 尉ヶ峰タスク
重なる手は誰のもの
14/49

深まる友情~その2~

アクセスしてくださっている皆様、お気に入り登録してくださっている皆様、いつもありがとうございます!


今回も楽しんで頂けましたら幸いです。

それでは、本編へどうぞ。

「こ、これは……!?」

 幻想種パンタシア絡みとしか思えない、裕香の足首を握る不気味な縄の腕。

 それを見ながら、裕香は契約の指輪で繋がった相棒へ念話を送る。

『ルーくん! 新手のパンタシアが!?』

『何だってッ!?』

 ルクスと念話を交わす間に、じわじわと這い上ってくる縄の手。その感触に裕香は息を呑んで、思わず身を引く。

「裕香!」

「裕香さん!」

 慌てて立ち上がり、裕香の右足に手を伸ばすいおりと愛。その手を、縄腕の肘から伸びた縄が鞭のように叩き払う。

「くッ」

「痛!?」

 弾かれた手を抑えるいおりと愛。そこへ縄が二人を捉えようと伸びる。

「二人とも!?」

 前髪の奥で目を引き締め、友へ蛇のように伸びるそれを右手で掴む。

 転がる空の弁当箱。乾いた音が響く中、掴んだ縄を手に巻き取り、固く握り締める裕香。

 瞬間、煌く契約の指輪。だがいおりを見やり、左耳に手をやった友人と目が合う。

『ユウカ!? どうしたの!?』

『ダメ! いおりさんがいる。力は使えない!』

 眉を顰めるいおり。それを尻目に裕香は指輪で直通した相棒へ返し、右膝を掴む縄腕へ左蹴りを入れる。

「こ、のォ!」

 一撃目で緩んだ所へ、立て続けにもう一撃。裕香の蹴りの連打で宙を舞う縄の腕。

 そのまま縄腕はグラウンドを転がり、バラバラにほどけていく。

「裕香さん!」

「無事か!?」

 気遣う友人に頷き、立ち上がる裕香。その視線の先で三本の縄が砂の上をのたうつ。

「二人とも下がっていて」

 いおりと愛を守る様に腕を広げ、前に出る裕香。それにいおりと愛も慌てて立ち上がり、裕香の右肩をいおりが。服の左袖を愛が掴む。

「何をバカな! 逃げるぞ裕香!」

「そうよ裕香さん! 逃げよう!?」

 後ろへ引く二つの力。そうして逃げの一手をすすめる友達を、裕香は右、左と肩ごしにみやる。

「でも、あれは私を狙ってるみたいだし、私が一緒に逃げたりしたら……」

 裕香の言葉を遮り、掴みかかる縄の腕。

 それを裕香は、友人もろとも左に逃げて避ける。そこからすぐさまグラウンドに駆け出し、いおりと愛から離れる。

「あっ!?」

 愛の口から声が漏れる。

 裕香はそんな中、左足で地面を削り、弧を描くようにブレーキ。そのまま軽く膝を曲げて腰を落とし、どの方向にも跳べるように身構える。

 勢いに流れる長い髪。その下から曇りない瞳が覗く。

 裕香が見据える先では、縄腕が肘にあたる場所から伸ばした縄を支えに、鎌首もたげた蛇のようにこちらを窺っている。

「だからこれは私が引き付ける。いおりさんも愛さんもその隙に逃げて!」

 友達を危険から遠ざけようと叫ぶ裕香。そこへ指を開いた縄が再び躍りかかる。

「フゥ!」

 裕香は鋭く息を吐き、右へ体をかわす。

 すれ違い、通り過ぎる縄腕。それが残す縄が振り向きざまに振るわれ、裕香の足に迫る。

「ハ!」

 だが裕香はとっさに跳躍。横薙ぎの縄を跳び越える。そして両足が地を踏むや否や、左半身を前に軽く腰を落として構える。

「早く逃げて!」

 裕香は顔を後ろへ向け、友達に逃げるように再三声をかける。

「見くびるな!」

 だがそれに、いおりが弾かれたように駆け出す。

「いおりさん!?」

「友を囮に自分が助かるなど、我が誇りが許さぬ!」

 叫び、裕香のもとへ走るいおり。

 迫る乱入者に、縄腕がその指先を向ける。

「あ! 危ないッ!?」

 その敵の動きを悟り、裕香は息を呑む。そして縄腕がいおりへ飛ぶコースに割って入る。

「てぇあ!」

 気合の声に乗って繰り出す迎撃の蹴り。

 鋭く空を貫く一撃は、迫る縄の塊を真正面に捉える。

 だが激突の瞬間。縄腕はまるで蹴りに砕かれるかのようにほどける。

「なっ!?」

 裕香は蹴りを繰り出したまま、驚きに目を見開く。

 ほどけた縄は、その勢いのままに、裕香の伸びきった長い足を包み込む。そして一息の間に巻きつき、右足から裕香の全身へ伸び走る。

「くっ! ううっ!?」

 右腿からスカートを跳ね上げ、腰へ。

 そこから一本は左足、二本が胸の間を抜けて肩。そして両腕へと這う。

 腕は手首から締め上げられ、強引に後ろ手にまとめられてしまう。

「う! ぐぅッ!?」

 その痛みに呻く裕香。直後、一本で体を支え続ける左足が引っ張られ、その体が背中から倒れる。

 生きた縄は、裕香の右腿を大きく上げた姿勢で固め、胸の合間やその上下を通って、その体を絞りあげる。

「う、うう……!」

 雁字搦めの中で呻きもがく裕香。

「裕香!」

「裕香さん!?」

 囚われた裕香を助けようと駆け寄るいおりと愛。

 だが裕香を捉えた縄はその一部を伸ばすと、鞭のように二人の少女を薙ぎ払う。

「あう!?」

「くぅ!?」

 弾かれて地面に倒れるいおりと愛。その二人の姿に、裕香は長い前髪の奥で目を見開く。

「そんな! 二人ともッ!? むぐッ!?」

 縄の中でもがく裕香。だが裕香を捕らえた縄は、裕香の口に巻きついてさるぐつわを噛ませる。

「むぅう! むぅうう!?」

 そうして縄は裕香の口を塞ぐと地面を走り、くぐもった声を引いて裕香をどこかへと引きずって行く。



 薄暗く、埃っぽい空気の満ちた室内。

 跳び箱や平均台。様々なボールの詰まった籠。運動用具の詰め込まれた体育倉庫と思しき空間。その一角に、雁字搦めのまま転がされる裕香の姿があった。

「む! むうぅ……!」

 噛まされた縄を噛み締め、身を捩る裕香。だがその身を捉える縄は、まるでびくともしない。それどころか、逆に裕香の体をよりきつく絞りあげる。

「く! う、うぅ……」

 裕香は呻き声を漏らしながら、自身を縛る縄を忌々しげに睨みつける。

『大丈夫、ユウカ? 怪我はない?』

 そこで不意に、音を介さずに響く心配そうな声。それに裕香は体の力を緩めて思念を返す。

『それは平気。ちょっとすりむいた位だから。それよりも、縛られてて抜けだせないの』

 念話を交わし、今一度抜けだそうと体に力を込める裕香。

『ユウカ、ノードゥスの前を開けて。そうしたらボクがそっちに行って助けるから』

『うん。やってみる』

 裕香は念波を送りながらうなづき、後ろ手に縛られた右手を重点的に動かし始める。

 肩を互い違いに大きく動かしたり、拳を包んだ縄を壁に擦りつけたり。

 裕香はとにかく、右中指を飾る指輪。それに収まった宝玉が顔を覗かせる隙間を作ろうと、繰り返しもがき続ける。

 そこで不意に、倉庫を閉ざす扉が音を立てて横に滑る。

 その音に裕香は息を殺し、うつ伏せに動きを止める。

『待って、何かが来た』

 警戒の色を滲ませて、出入り口をうかがう裕香。

『メグミか、イオリって娘が探し当てたんじゃないの?』

『多分違う。二人の探す声は聞こえなかった。それにこの足音・・・・・・』

 入り口からためらいなく、裕香へ近づいてくる足音。

 迫り来るそれに、裕香は身を強張らせて、ルクスの楽観的な予想を否定。

『この縄たちの本体!』

 そして、すぐ前にある跳び箱の陰で止まった足音に固唾をのむ。

 物陰からゆっくりと踏み出して来る足。

 飾り気のない白い靴。そこから上へ伸びる脚もすらりと白く、タイツでも履いているかのよう。

 白い脚を辿って見上げれば、鋭くVの字を描く赤いレオタードの腰。うっすらと浮かぶ腹筋、その上に実った豊かな膨らみを包んで、首に集まる赤。

 大きく開かれた肩からは、右に二本、左に三本の白い腕が伸びている。

 その顔は、赤い唇の輝く目を持たない白い仮面に覆われ、その縁を赤く長い髪が彩る。

 五本の腕を持つ女は、縛られて転がる裕香に顔を向け、更に一歩歩み寄る。

 前髪の奥から女の仮面を睨みながら、縄の中で身を捩る裕香。それに五本腕の女は仮面の奥から含み笑いを零す。

『フフフ……そう睨まないでちょうだい? 私の契約者が欲しいと言ったから連れてきただけなんだから』

 左手の一つを頬に添えて首を傾げ、残った内一組の腕を組む仮面の女。その言い様に、裕香は噛まされた縄をより強く噛み締める。

 すると五本腕の女は、残った一組の手を軽く合わせる。

『ああ、それじゃあ喋れないわよね?』

 そう言って、合わせていた右手を裕香へ伸ばし、上を向いた人差し指と中指を、招き寄せるように引く。するとそれに引かれたかのように、裕香の口をふさいでいた縄が緩む。

「ぷはっ」

 ようやく解放された口から息を吐く裕香。そうして上から見下ろしてくる幻想種(パンタシア)を、改めて睨む。

「契約者って?」

 低い声音でたずねる裕香。それに五本腕の女は、縄を緩めた右手とその相方を腰に当てる。

『あら? 意外に冷静なのね』

 五本腕はそう言って、頬に当てた左手を顎に滑らせ、上体を屈めて裕香を覗き込む。どこか仮面の下に微笑みの気配を匂わせながら、女は言葉の続きを口にする。

『私に力を与え、私の力を使う権利を得る契約で結ばれた人間よ。その子が私の力で望んだのよ。あなたが欲しいってね』

 身動き一つ取れない裕香を前にして、余裕たっぷりに目的を説明する五本腕。

 裕香はそれに下唇を噛みながら、縄の中で身じろぎする。その瞬間、裕香は縄に違和感を感じて、自身の体を一瞥する。

 もう一度身じろぎし、縄の緩みを確かめる裕香。だがその瞬間、その体が宙に浮かぶ。

「うッ!?」

『あなたが私の契約者の物になってくれたら、すぐに解放してあげるわよ。どう?』

 裕香を縛る縄を掴んで吊り上げ、顔を覗きこむ仮面の女。

 その顔を睨みながら、裕香は右手を固める縄に、結び目からはみ出した左手を伸ばす。そして一つ息を吸い込む。

「誰かは知らないけれど……」

 裕香が言葉を絞り出すと共に、左手の指が縄に引っ掛かる。

「はいそうですかなんて、言えるものかッ!!」

 叫び、縄を引っ張る裕香。同時にあらわになった右拳が輝き、光の中からルクスが飛び出す。

『ユウカ! 今助けるッ!!』

『なッ!? 白竜!? まさか、契約者!?』

 ルクスの姿に息を呑む五本腕の女。その隙にルクスは爪を輝かせ、裕香を縛る縄目がけて躍りかかる。

 爪の切り上げに体を縛る縄が裂け、それに乗じて裕香は両腕を広げて振りほどく。

『しまっ……』

 声を上げ、手を伸ばすパンタシア。裕香は身を低くして挟み込むように迫るそれを潜り、輝く右拳を腹に撃ち込む。

『が!?』

 闘志と筋力のありったけを込めた一撃。それを受けてよろける五本腕。

 その隙に裕香は突き出した右腕を一回転。

「変身ッ!!」

 そして気合の声を放ちながら、目の前に作りだした光輪の中心を殴り抜く。

 瞬間、光の輪が渦を巻いて砕け散り、裕香の全身を腕の先から飲み込む。

 光を含む旋風が吹き抜け、現れる白銀の装甲に覆われた逞しい腕。

 上半分がシールドバイザーに覆われたフルフェイスの仮面。

 全身を覆う筋肉を模った白銀の装甲。その腰では武骨なベルトに収まった翡翠色の宝玉が輝く。

「トアッ!!」

 白銀の戦士、ウィンダイナは鋭い気合と共に踏み込み、五本腕の女へ左拳を突き出す。

『うっ!?』

 とっさに四本の腕を交差する仮面の女。その交差点に銀色の拳が激突。防御もろとも倉庫の外へ押し飛ばす。

 ウィンダイナは吹き飛ぶ五本腕を見据えながら、左手をスナップ。右掌を前に左拳を引いて構える。

「ルーくん。結界をお願い」

『任せてよ。閉ざし隠せ、ネブラ!』

 ウィンダイナの低音での要求に、羽ばたきながら答えるルクス。詠唱に続き、その身から広がる光。

 ウィンダイナはそれを一瞥し、殴り飛ばした敵を追いかける。

 体育倉庫から相棒と共に太陽の下へ飛び出し、右、左と構えを切り返し敵の姿を探すウィンダイナ。すると左へ構えたその正面に、打撃を受けた腕をぶら下げる敵の姿があった。

 じりじりと校舎へ下がる五本腕へ、ウィンダイナは左手を前に一歩踏み出す。

「逃がさんッ!」

 叫び、地を鳴らして踏み込むウィンダイナ。振りかぶった拳を、戸惑う五本腕へ突き出す。

『くぅ!?』

 仮面の女は、左腕二本を盾に白銀の拳をブロック。同時に身を捩ってその衝撃を受け流す。

 その勢いに乗って繰り出される反撃の右肘。それをウィンダイナは身を屈めて潜り避ける。間髪いれずに、地面を削る様な下段蹴りを繰り出す。

「ハア!」

『きゃ!?』

 足を刈る一撃に五本腕は悲鳴を上げ、腰を軸に回転。ウィンダイナはその逆さになった仮面を目がけ、振り抜いた足を切り返して踵蹴りを突き出す。

 五本腕は蹴りを目前に、四本の腕で着地。同時に体を支えた腕で巧みにステップ。鋭い白銀の蹴りを右へ交わしての回し蹴りが、ウィンダイナへ迫る。

「く!?」

 ウィンダイナはとっさに、右腕を盾に蹴りを防御。その打撃の勢いに乗って自ら跳び退き、両踵と右指で地面を削り踏ん張る。

 間合いを開けて対峙する両者。左手を前に右拳を固めるウィンダイナ。そこへ五本の腕をひろげて躍りかかる仮面の女。

『こうなれば貴女を大人しくさせて、白竜もついでに!?』

 仮面の女は五本腕の内、左右一組を伸ばしてウィンダイナへ掴みかかる。

「させるものか!」

 迫る手を左右の腕で叩き弾くウィンダイナ。そこからさらに踏み込み、右膝を突き出す。だがそれは左手の一つに受け止められ、二つ目の右手に左腕を取られる。

「ハァッ!」

 だがウィンダイナは自分から仮面の女に体重を預け、左蹴りを五本腕の右脇へ叩きこむ。

『ぐ!?』

 呻き声と共に緩む握力。その隙に五本腕の手からすり抜けるウィンダイナ。だがのびて来た三本目の左手に右手首を取られる。

 しかしウィンダイナは怯まずに右腕を引き、自分から五本腕を引き寄せて左の拳を繰り出す。

「な!?」

 だが空を裂く左は、不意に巻きついてきた縄の塊に受け止められてしまう。その縄は仮面の女の右肩につながり、手首を握りしめる白い腕へと変わる。

「六本目ッ!?」

 増えた腕の存在にウィンダイナのヘルメットから驚きの声が漏れる。

 その隙に仮面の女の腕が一組、ウィンダイナの肩近くを掴む。そこへ立て続けに繰り出される右膝。

「く!」

 バイザー付きフルフェイスの奥で歯噛みし、迫る膝へ左の膝をぶつけるウィンダイナ。そこからすぐに左足を引き、足裏が地面を踏みと同時に右膝を突き出す。だが六本腕はそれを跳び越え、さらに装甲に覆われた膝を踏み台に跳ぶ。

「なに!?」

 驚きの声を漏らすウィンダイナ。頭上を通り過ぎる六本腕を追って上がった首に手が引っ掛かる。

 ウィンダイナは急所にかかった手に息を呑む。直後、背骨を鋭く思い一撃が襲い、同時に肩がぐるりと回って腕が後ろへ引かれる。

「かっ、ハッ!?」

 肩と背を襲う痛みに、締め上げられた喉から苦悶の声を絞り出すウィンダイナ。

「ぐ、うぅ……」

 白銀の戦士は膝を突き、その口からか細い呻き声を漏らす。

 仮面の女は装甲に覆われた背中を踏みつけながら、その六本腕でウィンダイナの腕を決め、首を絞める。

 ギリギリと関節から上がる悲鳴。それを聞きながら身を捩るウィンダイナに、六本腕は力を緩めずに耳打ちをする。

『どう? ギブアップしない?』

 顔を近づけ囁き問う仮面の女。それをウィンダイナは、バイザー奥のカメラアイを明滅させながら睨みつける。

『白竜を差し出して、私の契約者の物になるって約束するなら、すぐに解放してあげるわよ?』

「だ……誰が……ッ!?」

 仮面の女の出した降伏の条件。それをウィンダイナは絞り出すような、だがハッキリとした声で跳ね除ける。

『あらそう? じゃあ、このままオちてもらうしかないわね』

 ウィンダイナの拒絶に対し、仮面の女はそう冷たく言い放つ。そして締め上げる腕に更に力を込める。

「う、ぐうぅぅ……!?」

 弓なりに反らされた背骨が軋み、極められた両腕も、肩から抜けかねない勢いで引っ張られる。

 ウィンダイナは歯を食いしばり、その痛みと、喉を押さえられる苦しみをこらえ続ける。

『しぶといわね。いい加減に、オちな、さい!』

 いらだち混じりに、更に力を込める六本腕。

 その弾みに、ウィンダイナの背骨がさらにのけ反る。

「が、はっ!?」

 ウィンダイナの口から放たれる苦悶の吐息。その刹那、ウィンダイナの体から光が溢れ出す。

『ユウカッ!?』

『な、あ!?』

 まばゆい光の中から飛び出し、六本腕の仮面へ全身でぶち当たるルクス。小さい体躯ながらも勢いに乗った一撃は、六本腕を怯ませる。

 わずかに緩む拘束。その隙にウィンダイナは上体を倒して六本の腕を引きちぎるように振り払う。

「く、あ!!」

 そしてすぐさま首を掴んでいた右手首を両手で握り、力任せに背負い投げる。

「げほ! ごほ、かはっ」

 逆さまに宙を舞う敵。その姿を見据えながら、ウィンダイナは喉を抑えて咳き込む。

『ゴメン、助けに入るのが遅くなった』

「ううん、助かったよ。ありがとう」

 翠色の瞳を心配そうに瞬かせ、羽ばたき寄ってきた相棒。それに白銀の戦士は、頭を振って応える。

 そうして正面に戻るウィンダイナの視線。十歩ほど離れたその先で、六本腕の女は仰向けの姿勢から起き上がる。

 ウィンダイナの左手はのどをさすり続け、その右腕はだらりと力無くぶら下がる。だが、そのバイザー奥の双眸は光を失ってはいない。装甲に覆われた両の足が地面を踏みしめると、それを支えに背筋を伸ばす。

「ルーくんは下がって、援護をお願い」

『分かってるよ』

 そして傍らに飛ぶパートナーに告げると、左足を一歩踏み出し、右手に拳を固めて、左掌を前に身構える。

 構える白銀の戦士に対して、六本腕もまた、その両腕を羽ばたくように上下させて半身の構えを取る。

『今度こそ、その逞しい肉体をコンパクトに折り畳んであげるわ』

 左右三対の腕を扇状に広げて、一歩、一歩と迫る仮面の女。ウィンダイナはこちらを焦らすように近づく敵の姿を見据えながら、肩を使って深く息を吸い、吐く。

 やがてお互いの距離が五歩ほどに詰まる。そして両者同時に一歩踏み出し、爆音を上げて踏み込む。

 盾にしたウィンダイナの左腕と、横倒しに束ねた仮面の女の右腕三本が激突。

『ぐ!?』

 衝撃。それに六本腕が呻き、後ろへ飛ぶ。

 片膝を突き、三本の腕をブレーキに踏みとどまる仮面の女。そこへウィンダイナは追撃に踏み込む。

 突進と共に空を裂く右拳。それを仮面の女は計八本の手足で地面をたたき、戦士の右手側へ跳ぶ。

「右!?」

 その動きを追って振り返るウィンダイナ。すると、向き直した顔の真正面から、八肢を使った仮面の女が跳び迫る。

 再び首を狙う掴み手。それにウィンダイナは右腕を割りこませて、あえて前腕の半ばを握らせる。そしてすかさず腕を引き、額を突き出す。

『あぐ!?』

 正中線を描くように、亀裂の走る仮面から洩れる声。

「ふ、うっ!」

 敵の仰け反る勢いに任せて、ウィンダイナは圧し掛かるそれを押し返す。

『うあ!?』

 背中から地面にぶつかる六本腕。ウィンダイナは弾み上がったその足首を掴み、再度その身を地面へ叩きつける。

『が!?』

「ハアアッ!!」

 ボールのように跳ねる六本腕。その弾みに合わせて、ウィンダイナは掴んだ敵の体を空へ放り投げる。

 ウィンダイナは空中でひっくり返る敵を見上げ、その下へ滑り込む。そして両腕を掲げ、うつ伏せに落ちてくる六本腕を受け止める。

「キィイアアアアアアッ!!」

 膝を曲げて衝撃を殺し、同時に四肢に溜まったバネを、裂帛の気合と共に垂直に解き放つ。

 体をへの字に折って昇っていく敵。ウィンダイナはそれを見上げながら一歩左足を引き、再び膝を曲げて腰を落とす。

「トア!!」

 そして掛け声を一つ、空を駆け昇る六本腕を追いかけて跳躍。前転を繰り返して垂直に飛翔する。

 重力に負けつつあるパンタシアの横をすり抜けて追い越し、その背中へ回転の勢いを上乗せした踵蹴りを振り下ろす。

『げぶ!?』

 背骨を撃ち貫く一撃。その拍子に、濁った悲鳴がパンタシアの仮面の奥から漏れ出る。

 文字通り八方に手足を広げて急降下する六本腕。ウィンダイナはそれを足下に見下ろしながら、蹴りの勢いに乗って一回転。腕を広げ、両足を揃えて地面へ向かう。

 校庭に爆ぜ昇る土煙と爆音。そんな中、腕を八の字を描く形で下ろし、両足を揃えて着地するウィンダイナ。

 風に散る砂ぼこり。次第に晴れていくその中から、うつ伏せに地面へめり込んだ六本腕が姿を現す。

『う、うぐぅ……』

 苦悶の声を漏らしながら体を起こそうとする仮面の女。それを見据えて、ウィンダイナは深く息を吸って、吐き、右手に拳を固める。

 脇を締めて開いた左手に、右拳をぶつけ打ち鳴らす。

 広がり消える弾けた音の余韻。残響の中でウィンダイナは、両の腕を円を描くように大きく回す。

 そこから右拳を腰だめに固め、拳を作った左腕を立てて、それをゆっくりと顔の前に下ろす。そして鼻先で拳を握り鳴らす。

「キィイアァッ!!」

 同時にバイザー奥の眼が輝き、裂帛の気合が轟く。咆哮の響く中、両足を揃えて跳躍。

 ウィンダイナは風を切り、校舎を見下ろすほどに高々と舞い上がる。そして、身を起こして周囲を見回す六本腕を見下ろし、魔法陣で作った足場を蹴る。

「キィアアアアアアアアアッ!!」

 雄叫びを上げ、空中で前転。顎を上げて見上げてくる六本腕を目掛け、右の蹴り足を突き出す。

 馬上槍ランスのように鋭い旋風を纏い、飛び蹴りを繰り出すウィンダイナ。

 仮面のはよろめきながら、迫る蹴りに三対の腕を交差する。

 旋風を纏う蹴りが、腕をより合わせた盾に激突。打点を中心に一重の魔法陣が広がる。

『あ、うぅあっ!?』

 苦悶の声を上げて悶える六本腕。そこへ、突き刺さった蹴りを中心とした魔法陣が回転。パンタシアの肉体を光に変えて散らしていく。そして魔法陣が眩い輝きを放ち、爆散する。

「く!?」

 爆発に乗り、跳躍するウィンダイナ。バク宙の要領で跳び退き、両腕を八の字に広げて片膝をついて着地する。

 立ち込める土ぼこり。それがやがて風に散り、それに塞がれていた景色が開ける。

「逃げられた……!?」

 だがそこにあったのは、焼けて抉れた地面だけ。パンタシアと融合していた契約者の姿は影も形もなかった。

 深い呼吸と共に、ウィンダイナは膝を伸ばして立ち上がる。直後背後から響く足音をウィンダイナの耳が捉える。

「ハッ!?」

 弾かれたように振りかえるウィンダイナ。だが左手を翳して身構えたその先に居たのは、左腕を隠す様に紅のマントを纏った黒い女、ナハトであった。

「ナハト!? お前が奴を逃がしたのか!?」

 ウィンダイナは前に出す手を入れ替えながら、ナハトへ厳しい声で問いつめる。その顔の横にルクスが羽ばたき駆けつける。

 ナハトは二対の視線を受けながら、右手を腰に添えて軽く首を傾げる。

「否。我は手を貸しておらぬぞ?」

「とぼけるな! 協力者への援護でないのなら、何のためにここへ来た!?」

『そうだ! お前が逃がしたのでないなら、誰が!?』

 構えたまま更に一歩踏み出し、相棒と共に重ねて問い詰めるウィンダイナ。だがナハトは軽く肩をすくませ、黒い髪をなびかせて頭を振る。

「我とて、半身の同胞に契約者候補を世話しているにすぎん。今ここへ来たのは本当に偶然であるぞ?」

 そう証言するナハトへ、ウィンダイナは無言のまま拳をより強く握り固める。断固として警戒を緩めない銀の戦士の姿に、ナハトは唇を笑みの形に歪めて、鼻を鳴らす。

「フ……まあよい。それよりも一つ聞きたいことがある。女子を一人知らぬか?」

「何!?」

 鋭い声で聞き返すウィンダイナ。対してナハトは左腕を覆うマントを翻し、鋭い鉤爪を備えた手で頭を飾る冠に触れる。

「ここの生徒だ。奴が一人攫っていたはずなのだ。前髪が目にかかるほど長く、中学生離れしたた肉体の女子なのだが、どうだ?」

 自身の正体の行方を尋ねられ、言葉に詰まるウィンダイナ。

「どうした? 見たのか、見ていないのか?」

 無言のウィンダイナに、ナハトは訝しげに首を傾げ、重ねて尋ねてくる。その問いにウィンダイナは右腕を振るい、足を踏み出す。

「彼女ならすでに避難させた! もう安全な場所へ逃げている!」

「そう、か……ならばよし」

 ウィンダイナの言葉を聞き、頷くナハト。そんな一人納得する黒い女へ、ルクスが前に出て問い詰める。

『なんでその娘の事を聞くんだ!? その娘に何をするつもりなんだ!?』

 歯を剥いて黒い女を睨むルクス。それにナハトは唇を歪めて含み笑いをこぼす。

「クク……そこまで話す義理も道理もなかろう? その女子が奴の手におちなかったことを我は満足している。それだけよ」

 まるでまともに答えるつもりの無さそうなナハトに、ウィンダイナは左手を前に構えなおす。そんな白銀の戦士の姿を見てナハトは唇を吊り上げる。

「ククク……あの娘が無事だというのなら、貴公とこの場で一戦交えるというのは実に楽しそうだ……」

 そう言って鉤爪を備えた左手を突き出すナハト。

 戦いの予感に、ウィンダイナは拳を強く握り固める。

 睨み合う両者。その間で張り詰める空気。

「フ……」

 だが、ナハトは小さく笑みをこぼし、左腕をマントの下に仕舞う。

「なに!?」

『どういうつもりだ!?』

 構えを解いたナハトに、驚きの声を上げるウィンダイナとルクス。対するナハトは笑みを深めて踵を返す。

「楽しそうだ、が……ここはお預けとしておこう。次の機会に、じっくりと楽しみたいから、な」

 そう言ってナハトは地面を蹴り、ウィンダイナの前を後にする。

「待て!」

 その背中を追い、二、三歩と走るウィンダイナ。だがすでにナハトは空を走り、校舎の陰に滑り込んでいた。

 ウィンダイナは消えた強敵の背中を睨み、胸の前で右拳を固める。だがその耳に、昼休みの終わりを告げる予鈴が届く。

「え! 嘘ッ!? もうそんな時間!?」

 構えをほどき、慌てて周囲を見回すウィンダイナ。

「と、とにかく目立たない場所で変身解除しないと!」

『ま、待ってよユウカ!?』

 ウィンダイナは元に戻るための場所を探して駆けだし、その背中をルクスが慌てて追いかける。

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