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魔法少女ダイナミックゆうか  作者: 尉ヶ峰タスク
少女の手にした夢
12/49

陰掃う烈風~その4~

アクセスしてくださっている皆様。お気に入り登録してくださっている皆様。いつもありがとうございます。


今回でとりあえずは薄目の文庫本くらいのボリュームを持たせる、という目標を達成できました。

今後もきちんと完結するまで続けていきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。


それでは本編へどうぞ。楽しんで頂けましたら幸いに思います。

 西へ傾いて赤みを帯び始めた日差しの中、裕香は長い髪を靡かせて走る。

『ユウカ! まっすぐ走ってるけど、見当はついてるの!?』

 裕香は肩に乗った相棒を一瞥し、視線を前に戻して頷く。

「私たちが契約した場所、覚えてる?」

 問い返されて、ルクスは肩の上で揺られながら頷き返す。

『う、うん。近所の公園、だよね』

 裕香は相棒の返答に再び頷いて、地を蹴る足に力を込めながら口を開く。

「そう、山端公園。この方向なら、多分あそこに向かってる!」

 そう言って裕香は体を切り返して、右曲がりの角をほぼ直角に曲がる。

『ど、どうしてそんなことが!?』

 肩にしがみつきながら訊ねるルクス。それに裕香は前方に見えてきた目的地から視線を外さずに答える。

「あそこは私と、孝くんの思い出が詰まった場所だから、孝くんと融合してるならきっとあの場所に居る!」

 裕香はそう言い切ると、敷地とその外を仕切る柵の前で、迂回するのももどかしいと言わんばかりに踏み切り跳ぶ。

『るぇ!? ぅわぁおぉッ!?』

 相棒が肩で悲鳴を上げる中、裕香は跳躍の勢いのまま膝を抱えて空中で前転。柵を越え、思い出の公園の敷地へ両手を広げ両足を揃えて降り立つ。

 そして広げた両腕を下げながら、長い前髪のかかった顔を上げる。

『お、お前は!?』

 その視線の先には、案の定紫の装甲を身に纏った鋼鉄の戦士の姿があった。

 裕香の姿を認め、後ずさる偽のウィンダイナ。真っ二つになった立ち入り禁止の札を背後に、鳩尾を抑えて向かい合う。

 更に一歩踏み出す裕香に、偽者もまた一歩後ずさる。

『な、何故お前がここにッ!?』

「孝くんならここに来る。そう思っただけよ」

 うろたえ怯む偽者に対し、裕香はもう一歩踏み込む。そして更に歩を進めながら言葉の続きを紡ぎ出す。

「ここはお前みたいな卑劣な奴が入っていい場所じゃない。今すぐ孝くんを返して、幻想の世界に帰りなさい!」

 鋭い声音で偽者へ言い放つ裕香。それに対して紫の装甲を纏った偽者は左足で踏み留まり、鳩尾を抑えていた手を振り払う。

『フン! 小僧の想いにも気付かずに戦いにかまけていた奴の言うことかッ!! 確かに足の向くまま踏み込んだが、こんなつまらん公園に何がある!?』

 吐き捨てるように言う偽のウィンダイナ。それに対して裕香はルクスを肩から離れさせて、小指を立てて軽く握った右拳を突き出す。

「孝くん。私ちゃんと覚えてるよ、ここで約束したこと。私、絶対に待ってるから」

 裕香は先程とは打って変わって柔らかな声音で、宥めるように偽者、否その内に取り込まれた孝志郎に向けて声をかける。すると偽者の装甲に覆われた体がびくりと震える。

「ゆ、裕ねえ、俺……」

 その鋼鉄の仮面の奥から洩れる孝志郎の声。

「孝くん!?」

 紫電を振り撒き悶える偽者。裕香はそこに顔を綻ばせて駆け寄る。

 裕香が地を蹴る度に、偽者の腹筋を覆う装甲が放電を強め、やがて孝志郎の顔が現れる。

「待ってて! 今ッ!?」

 裕香は叫びながら右手を伸ばし、より強く踏み込む。

 肩から指先まで真直ぐに伸ばした手。それが孝志郎の頬へ届こうという刹那、鋭い放電と共に孝志郎の顔が紫の装甲に隠される。

ッ!?」

 激しい放電に弾かれる裕香。放電を受けて火傷を負った右腕を抑えて踏みとどまり、長い髪を跳ね上げて偽者を睨みつける。すると、上体を屈めて腹を抑える偽ウィンダイナと視線がぶつかる。

「お前……ッ!!」

 裕香は下唇を噛み、前髪の隙間から偽者を睨みつける。対する偽者は背筋を伸ばし、裕香を見下ろしながら腹に被せていた手をどける。そうしてつるりとした装甲に覆われた腹を晒して、仮面の奥から声を放つ。

『ふう、危ない危ない。そう簡単には渡せんな』

 そう言って偽者は、右手で裕香の傍らに浮かぶルクスを指さし、再び言葉を紡ぎ出す。

『よく見ろ、小僧。お前の居るべき場所を奪った白竜がここに居るぞ、お前の大切な場所にな』

「止めろ! 孝くんを惑わすなッ!!」

 火傷を負った右手を伸ばし、叫ぶ裕香。だがその声も空しく、偽者のシールドバイザー奥の目が光り輝き、その全身から紫色の光が溢れ出す。

『フッフフフ……いいぞいいぞ、漲ってきた』

 右の拳を握りしめ、湧き上がる力に満足げに頷く偽者。その姿に、裕香は怒りのあまり両拳を音が鳴るほどに握りしめ、下唇を噛み切る。

「孝くんの心につけ込んで利用し、その手を罪に穢そうとするお前を、私は絶対に許さないッ!!」

『ほざけェッ!!』

 怒りに吠え、左手を前に右拳を引いて身構える裕香。そこへ偽者が紫電の迸る拳を振りかぶり躍りかかる。

 雷光を纏って迫る鉄拳。それを裕香は左手で肘の内側を叩きながら踏み込み、左の腿へ手刀を叩き込む。だがそれをものともせず、偽者は左拳を振るう。

「うッ!?」

 それに弾かれ、よろめく裕香。そこへ追撃に迫る紫色の右拳。裕香はそれを掴み、四肢の力を使って大きく跳躍する。

「ハ!」

 宙を舞った裕香は空中で身を捩り、偽者の背後へ両足を揃えて着地する。そこから偽者が振り返る間も置かず、裕香は足を肩幅に開き、固めた右拳を左掌へ叩きつける。両手の間から弾ける光。それを左手に擦りつけながら右腕を横薙ぎに振るう。

『ぐあ!?』

 その軌道に沿い、裕香を中心に円を作る光の帯。それが偽者の体に触れ、弾き飛ばす。

 吹き飛ばされた偽者は横倒しに倒れ、四肢を支えに起き上がろうとする。

「変身ッ!!」

 裕香はそれを見据えて、光の円の中で腕を大きく振るい、光を灯した右拳を天へ突き上げる。

 それに伴って光の帯が上下に伸び広がり、光の柱を形作る。

 内側から膨れ上がり、爆ぜ散る光の柱。その中から、背丈を頭一つ分伸ばし、ヒロイックな白銀の装甲を纏った戦士が姿を現す。

 その装甲には傷や焼け焦げの痕が刻まれ、先の戦いの疲労が色濃く残っている。

「厚き陰を掃い、希望の光を開く風!」

 だが銀の戦士は体に負った傷をものともせずに腕を大きく回し、右手で空を切り上げる。続けて右腕を腰だめに持って行き、左手を右斜め前へ伸ばす。

「魔装烈風! ウィンダイナッ!!」

 ウィンダイナは鋭い声で名乗り上げ、伸ばした左手を伸ばし、握り込む。

『ぐ! やれるものならやって見せろッ!!』

 片手片膝を支えに置き上がり、駆け出す偽者。低い姿勢で滑り込みながら、足を薙ぎ払おうと右腕を振るう。

「トア!」

 それをウィンダイナは前回りに跳んで跳び越える。そして着地と同時に、左踵を地を削る様に振るって、後ろ回しの水面蹴りを繰り出す。だが偽者はそれから飛び込むように跳ね逃れ、前回りに受け身を取る。

 紫の装甲に覆われた背中を見据えて、ウィンダイナは平手で地面をたたき踏み込む。

『ジャッ!!』

 対する偽者は鋭く息を吐き、右手に握ったエネルギー剣を振り向きざまに抜き放つ。

 横薙ぎに迫る紫電の刃を、突進の勢いのまま跳び越えるウィンダイナ。

 前回りに転がっての受け身から、素早く身を起こして振り返る。そこへ迫る紫のエネルギー刃。

「キアッ!」

 それにウィンダイナは左半身から踏み込み、左拳の甲で偽者の右手首を叩く。

『ぐ!』

 偽者が腕を弾かれた勢いに乗ってターン。そのまま右足を振り上げ、後ろ回し蹴りを繰り出してくる。頭を狙う踵蹴りを潜りかわすウィンダイナ。立て続けに迫る切り上げ。その一撃がウィンダイナの右腕を裂く。

「くうっ!?」

 腕をに走る痺れと熱に、仮面の奥で歯を食いしばり踏みとどまるウィンダイナ。そこへ更に、切り上げの流れに乗った振りかぶりからの振り下ろしが迫る。

「ぐ、うぅッ!」

 左肩から真直ぐに走る刃。切り刻まれた銀の装甲から、火花と白煙を上げてウィンダイナは仰け反る。

『危ないユウカッ!』

 ウィンダイナの耳を叩くルクスの警告。

 その間に偽者は手首を返し、右へ流した刃を、切っ先を突き出す形で構える。

『ジャア!!』

 殺気と共に突き出される紫の刃。

 迫る切っ先にウィンダイナは身を捩り、刃から逃れる。

「う、ぐ!」

 左の脇腹を掠め、弾ける火花。その痛みを堪えながら、ウィンダイナは左肘で偽者の腕を挟み込む。

『なあ!?』

 驚き、顎を上げる偽者。その頭にウィンダイナが額を叩きつける。

『が!?』

 脳天を突き抜ける衝撃に、偽者が怯み、仰け反る。その瞬間、ウィンダイナは締めていた左脇を解放。左右の拳を固く握りしめる。

「はあああああああ!!」

 そして滑り込むように懐へ踏み込み、両の拳をガトリングガンのように偽者の腹へ叩きこむ。

『が、ぎゃ、があ!?』

 一打ごとに速く、速く速く加速していく白銀の拳。その連打が生み出す絶え間ない打撃音に、偽者の呻き声が混じる。

「はああッ!!」

 ウィンダイナは拳を引くと、ぐらりと傾いた偽者の腹へ締めの蹴りを撃ち込む。

『ぐふぅおぉッ!?』

 背中から土の地面にぶつかり、砂埃を巻き上げて転がっていく紫色の偽者。ウィンダイナはその行き先を目でたどりながら、突き出した蹴り足を下ろす。しかし絶好の機会にも関わらず、そこから追い打ちをかけようとはせずに構えを、そして拳をほどく。

「孝くん、目を覚まして! 孝くんも、ルーくんも、二人とも私にとってかけがえのない、大切な存在なの! お願い、目を覚まして!!」

 両手を広げて、再び孝志郎を説得しようと、少女の声で呼びかけるウィンダイナ。

 その言葉に、倒れた偽者の体が細い電光を広げて震える。

「う、ゆ、ゆう、ねえ……!」

 震える偽のウィンダイナの体から、か細い声と共に、チリチリと紫色の雷が放たれる。

『ぐ、奪い返すのだろうが! お前の居場所をぉ!?』

 偽者は両手と膝を支えに体を起こしながら、叫び、放電を抑え込む。

「ダメ、孝くん! そんなことしなくても、私が孝くんに傍にいて欲しいのは変わらないの!」

 真直ぐに想いを投げかけて、説得を続けるウィンダイナ。

 それに偽者は身を捩り、再び雷を散らし始める。

『好きな女の側に、他の何かが居ていいのか!? その場所は、お前一人のものだろうが!?』

 偽者は自身の内に居る孝志郎へ叫びながら、土を指で抉り、散っていく力を繋ぎ止める。そこへウィンダイナは、一歩二歩と歩み寄りながら、三度声を投げかける。

「お願い孝くん! 私の所に帰ってきて!! ずっと一緒にいるって、約束したじゃない!?」

 切なる思いを込めてのウィンダイナの叫び。それに偽者は土を握り締め、体を弓なりに反らして起こす。

「ゆ、ゆうねえっ!! おれは、俺は!!」

 偽のウィンダイナは孝志郎の声で叫び、腰に巻き付いた無骨なベルトを両手で握りしめる。バックルの両脇を握る手に力がこもると、その大柄な体がぶれ、放電の勢いが強まる。

『よせ、小僧! やめろ! そんなことをして、お前の欲しいものが奪い返せるのかッ!?』

 ベルトを握りしめたまま、身を捩って悶える偽者。

「孝くん!?」

 膝立ちのまま悶え続けるそれを目指して、駆け出すウィンダイナ。そして紫の雷となって放たれ続けるエネルギーの中、ウィンダイナは偽者がベルトを握る手に手を伸ばす。

『ユウカ!? 無茶だよ!』

 ベルトを握りしめる紫の手を重ね握るウィンダイナ。拡散する電撃に装甲を焼かれながらも、ウィンダイナはパンタシアに抵抗する孝志郎の意志を助ける。

 重なり合う銀と紫のウィンダイナの視線。それはぶつかり合う様な激しいものではなく、気遣い合う柔らかなものであった。そして銀と紫のウィンダイナは、どちらからともなく頷き合う。

「俺の居場所は……裕ねえの隣は、誰にも取られてなんか無かったんだ! 裕ねえは離れてなんかいないのに、俺が勝手にそう思ってただけなんだ!!」

『や、やめろぉおおおおッ!?』

 叫びと共に武骨なベルトを引き千切る偽者。その瞬間、落雷にも似た轟音と共に、眩い雷光が爆発する。

「く、う!」

 爆発の衝撃に歯を食いしばり、堪えるウィンダイナ。

 やがて光が晴れる。するとそこには、膝立ちになった孝志郎の姿があった。孝志郎はウィンダイナの鋼鉄の仮面を見つめ、すすの付いた頬に微笑みを浮かべる。

「孝くん……」

「裕ねえ、ごめんよ」

 ウィンダイナは謝る孝志郎に頷き、その身を抱きしめようと腕を広げる。

『……まだだ!』

「え?」

 その瞬間、かすかに響く低い声。それに誰からともなく声を漏らす中、孝志郎の首筋に、一対の角を持つ黒い蛇が喰らいつく。

「あぐっ!?」

「孝くんッ!?」

『コウシロー!?』

 首を襲う痛みに声を上げる孝志郎。ウィンダイナとルクスはその名を叫び、孝志郎の首に噛みついた蛇へ手を伸ばす。だがその手が蛇に触れるや否やと言う所で、激しい電撃が孝志郎を中心に、全方位へ花火のように広がる。

「うあ!?」

『わ!?』

 荒れ狂う雷に、白煙の尾を引いて弾き飛ばされるウィンダイナとルクス。

 その勢いのまま、ウィンダイナはブランコの支柱に叩きつけられる。

「こ、孝くん!?」

 ひしゃげた支柱から体を放し、立ち上がるウィンダイナ。シールドバイザーに覆われたその目が見た物は、紫色の雷を撒き散らしながら宙に浮く孝志郎。そしてその首に食いつき、首輪のように巻き付いた黒い蛇の姿であった。

『こうなった以上、このガキからぶんどれるだけぶんどってやるッ!!』

 喰らいついた首筋から、血を吸う吸血鬼のように力を吸い、奪い取る蛇竜のパンタシア。

「あ、ああ!? ああああ!?」

 蛇の喉が膨れ、卵を丸のみにするように細長い胴へ抜ける。その度に孝志郎の体がびくりと痙攣する。

「孝くん!? やめて! やめてぇ!!」

 ウィンダイナは苦しむ孝志郎の姿に叫び、跳びあがろうと膝を曲げて力を溜める。

 瞬間、宙に浮かぶ孝志郎の体が紫の鱗に覆われた太い胴に巻きこまれ、そこから先端に巨大な塊の付いた太い物が、ウィンダイナへ伸び迫る。

『ユウカッ!?』

 激突と共に響く轟音。爆ぜ広がる爆風と土煙に飲み込まれるルクス。

『うわっ!?』

 土煙が晴れ、その中心の有り様があらわになる。下顎を地面に叩きつけた、ワゴン車程もある巨大な蛇の頭。まだ土煙の晴れ切らぬその下では、左足を地面にめり込ませ、蹴り上げた右足をつっかえ棒に、大蛇の頭を支えるウィンダイナの姿があった。

「やぁあッ!!」

 ウィンダイナは大蛇の顎を支える右足を下げ、鋭い気合の声を張って再び蹴り上げる。

『ジャッ!?』

 呻き、浮かび上がる大蛇の頭。そこへウィンダイナは右足を振り下ろし、地面を踏みならす。

「いぃ……やあッ!!」

 同時にめり込んだ左足を引き抜き、落ちてきた下顎を蹴り飛ばす。

『ぎえ!?』

 鈍い音に乗って大きく仰け反る大蛇。そのまま巨大な蛇の頭は、ウィンダイナの左隣りに音を立てて落ちる。轟音と震動を受けながら、ウィンダイナは振り上げた左足を下ろす。するとそこから、拳を固めた右腕を腰に添え、開いた左手を前にかざす形で身構える。

「これは!?」

 見上げるウィンダイナの視線の先。そこには左隣りで横倒しになったものと同じ、ワゴン車大の蛇の頭が二つ。ぎょろりと輝く金色の目でこちらを見下ろしてくる。その頭を支える、車すら余裕で丸呑みに出来そうな太さの胴。その先はより太い一本の胴に繋がり、束ねられている。

「孝くん!? それにルーくんは!?」

 目の前にそびえる三つ首を備えた大蛇の化物。それから視線を外し、年下の幼馴染と戦いの相棒の姿を探すウィンダイナ。そして左を向いた瞬間、下目蓋を下ろした大蛇と目が合う。

「くッ!?」

 ウィンダイナは探すのを中断し、背筋に走った怖気に従って跳躍。両手を広げて空中で側転。横薙ぎに振るわれる巨大な頭を眼下に見送り、巻き起こる土煙の中に着地。瞬間、頭上から被さってきた影を見下ろし、一気に後ろへ跳びのく。

 轟音と土煙を上げて地面に突き刺さる大蛇の頭。そこへ立て続けに左から迫る三つ目の首。

「はぁっ!!」

 大口を開けて迫るそれにウィンダイナは跳び、鼻先を掴んで、牙の並ぶ顎の上を跳び越える。

 空中で一回転。そこから蛇の首にウィンダイナは両足を揃えて降り立つ。

「ふぅッ!」

 膝を曲げて衝撃を殺し、鋭い息を吐いて紫の鱗に覆われた背中へ駆け出す。背中を踏み込み、ウィンダイナは三つの首の集合点を目がけて走る。

 動き始め、上昇する足場。不安定な中でウィンダイナは上体を傾けてバランスを取り、走り続ける。そこを目がけ、右手から首の一つが牙を剥いて迫りくる。

「ふ!」

 迫る牙を一瞥し、背中の上から滑り降りるウィンダイナ。鱗に覆われた背中へ指を食い込ませて、巨大な顎をやり過ごす。そこから振り子のように体を振って背中の上へ戻り、再び駆け出す。

 真正面に見据えた首の付け根。それが盛りあがる様に蠢き、持ちあがっていく。右隣を通り過ぎた頭の一つ。その額に開いた第三の目に、ウィンダイナは小さな人影を見た。

「こ、孝くんッ!?」

 透き通ったカバーの下で横たわる孝志郎の姿に、ウィンダイナは左足を突っ張る。紫の鱗を削り飛ばしながらブレーキをかけ、昇っていく頭の一つ目掛けて跳ぶ。

 翼を広げる鳥のように腕を広げ空を走るウィンダイナ。そのまま大蛇の首を追い越し、その付け根を踏む。

「孝くん!」

 頭の頂点へ駆け寄り、足元の第三の目を見下ろす。

 透き通った薄黄色のカバーの下、苦しげに眉をひそめて眠る孝志郎の姿がある。

「孝くん! 今助ける!!」

 瞼を震わせ、身をよじる孝志郎。その側にウィンダイナは膝をつき、二人の間を隔てるカバーを突き破ろうと、右拳を振りかぶる。

『ジャアアアア!!』

「な!?」

 ビリビリと装甲を叩く咆哮に顔を向けると、牙の生えそろった巨大な口が迫っていた。それにウィンダイナが息を呑むや否や、その身は大きく開かれた顎に挟み込まれる。

「く! うう!」

 自身を噛み潰そうとする蛇の口の中、ウィンダイナは両手足を突っ張って、食われまいと抵抗する。

「ふぅ、ぐ! ううう……っ!」

 手足を軋ませる圧力に、ウィンダイナは鋼鉄の仮面の奥で歯を食いしばり、必死で堪える。だが上下から絶え間なく襲いかかる圧力に、がくりと肘が曲がり、膝が折れる。

「こ、の、おおおおおおおおッ!!」

 雄叫びを上げ、四肢に力を込めるウィンダイナ。

『ユウカッ!!』

 そこへ滑り込んで来るルクス。

「ルーくん!?」

 目の前に飛びこんだ埃まみれの相棒の名を呼ぶウィンダイナ。

「ダメ! 逃げてルーく、んッ!?」

 強まる圧力に、ウィンダイナはその四肢をがくりと曲げる。その額をルクスは右前足の肉球で触れる。

「る、ルーくん……!?」

『ユウカ、イメージして!? キミの助けになる力をッ!』

 堪え続けるウィンダイナに、ルクスは前足で触れたまま、逆の前足に円を形作る光の文字列を浮かべる。

「そ、そんな、急に言われても!」

『いいから! 部屋にあったおもちゃのどれかでいいんだ! キミを助けられるものをッ!!』

 戸惑うウィンダイナを、ルクスは頭上の上顎を一瞥して急がせる。その相棒の言葉に、ウィンダイナはバイザー奥の目に灯った光を消して、相棒の要求するものを思い浮かべる。

『……私の力、私の助けになる力……!』

 ウィンダイナの脳裏をよぎる、笑顔の孝志郎と、その手に乗った紙粘土の細工。

 凹凸の整えられていないいびつな表面。むらのある塗装。流線型のボディの前後、そこに取り付けられた、サイズこそ違うもののタイヤらしきもの。決して上手とは言えない、かもしれないが、懸命に作られたことが見てとれる、バイクの模型。

『それだッ!!』

 瞬間、喝采を上げるルクス。その声にウィンダイナが目に光を灯す。すると相棒の左手の上に浮かぶ、いびつなバイクの模型が目に飛び込んでくる。

『ムゥターティオーッ!!』

 紙粘土のバイク模型を抱き、叫ぶルクス。その瞬間、踏ん張っていた四肢が唾液に滑る。

「しまった!?」

 狭まる外の景色。その一方で、ルクスの放つ眩い光がウィンダイナの視界を埋め尽くす。

 暗がりを吹き飛ばす程に爆ぜる光。その中に浮かび上がるシルエット。膨れ上がるそれが、閉じていく大蛇の顎を弾き、こじ開ける。

「え!?」

 驚きの声を上げるウィンダイナを乗せて、大蛇の口から飛び出すシルエット。

 空を走り、前から着地する光に包まれたシルエット。そのまま着地点を中心に、後部が火花を散らしながら大きく弧を描く。甲高い音を立てて停止すると、繭のように包みこんでいた光が風に散る。

「こ、これは……!?」

 自身の跨るものを見下ろし、驚きの声を漏らすウィンダイナ。

 真直ぐ横一文字を描くハンドル。

 その下にある、つるりとした白銀の装甲に覆われたボディ。翠色の目を備え、鼻先を前に突き出した顔は、何処となく銀色の狼を思わせる。

 シャープな顎下からは、まるで伸びをする猫の前足のような部位が張りだす。そしてその先に備わった車輪が、地面に爪を立ててえぐっている。

 乗り手の腰を受け止める黒いシートは柔らかく、尻を優しく、しっかりと支えてくれる。

 その後ろからは鋼鉄のボディが、先細りになる形で長く伸びている。尾にも見えるそれの下では、銀色の装甲に覆われ、車輪を備えた一対の足がある。二つのタイヤは地面を踏みしめて、ボディとその背に跨がる騎手を支える。

「そうだ、ルーくんは!?」

 白銀の三輪式バイク。いわゆるトライクに跨がったウィンダイナは、姿の見えない相棒を探して、頭を巡らせる。

『手綱を握って!』

「え、え?」

 不意に響く相棒の声。それにウィンダイナは戸惑い半分に従ってハンドルを握る。

 瞬間、トライクが唸り声を上げ、三つの車輪で地を蹴り、駆け出す。

「う、わ!?」

 急な加速に、ウィンダイナは置き去りにされそうな感覚を覚え、ハンドルを強く握って、体をトライクのボディに寄せる。

 直後、背後に轟く爆音。それに振り返ると、下顎を地面に叩きつけた、大蛇の頭の一つと目が合う。

『シャアアッ!!』

 空気を擦りあわせるような息を吐き、背後から迫りくる大蛇。

「くう!?」

 その突進に、ウィンダイナはとっさに体を左に倒す。重心の偏りに従い、車体を倒す銀のトライク。直後、右後輪の真後ろまで迫っていた大蛇の頭が、ウィンダイナの横すれすれに追い越す。

 撒き散らす暴風に煽られながらも、力任せに上体を切り返し、左後輪を踏ん張らせるウィンダイナ。

 並走する大蛇の胴が体当たりをかけようと迫る。ウィンダイナはそれを右足で迎え撃つ。

 槍のような鋭い蹴りに砕け、逆立つ紫の鱗。飛び散った破片が、ウィンダイナの白銀の装甲にぶつかり散る。その一方で真上から影が覆い被さる。

「っ!?」

 息を呑み、車体ごと右を並走する大蛇にぶちあたるウィンダイナ。次の瞬間、トライクの走っていたコースを紫電が切り裂く。

「う!」

 目を焼く様な閃光。それにウィンダイナは鋼鉄の仮面を逸らしながらも、素早く体を切り返す。直後、降り注ぐ電撃がトライクの軌道をなぞって右へ流れる。

 右肩越しに雷撃の軌道をうかがうウィンダイナ。そして前を見て体を返そう力を込める。

 だがそこへ前方から、もう一つの頭が大口を開けて迫る。

「挟み撃ち!?」

 ウィンダイナは再び右後ろを振り仰ぎ、自分が挟み撃ちの形に追い詰められた事を悟る。歯噛みし、ハンドルを強く握りこむウィンダイナ。瞬間、それに応えるかのようにトライクが吠え、前輪を支えるアームが浮き上がる。

「え?」

 フルフェイスの仮面の奥から驚きの声が漏れ出るや否や、浮き上がった前輪が地面をたたき、車体が空に跳び上がる。

 大きく開いた顎先をトライクの後輪が掠め、三つのタイヤが大蛇の背を踏んだ反動が、ウィンダイナを襲う。衝撃、そして続く左右の揺さぶりを、ウィンダイナはハンドルにしがみついてやり過ごす。

「る、ルーくんなの!?」

 まるで遺志を持っているかのように走る白銀のトライク。ウィンダイナは自身を乗せるそれに、身を寄せながら問いかける。

『変身してるわけじゃないけどね。とにかく、ボクがコレを走らせるから、ユウカはコウシローを!!』

「! 分かったッ!」

 ウィンダイナは頭に響いたルクスの言葉に頷き、正面に迫る三つ首の中継点を見据える。続けて車体を足で挟み込むと、ハンドルから手を放し、胸の前で開いた左手の前に軽く握った右手を持って行く。

「ライフゲイルッ!!」

 握り手の中に現れた柄を握りしめ、腕を左右に開くようにして翡翠色のエネルギー刃を引き抜く。

 左手でハンドルを握り、右手首を返して、旋風を纏う刃をくるりと回し払う。

 同時にルクスの操るトライクが跳ね、中央の首の付け根に飛び乗る。銀のトライクは前輪を軸に尾を振り、体勢を整えて天へ向いた首を駆け昇る。

 左前から迎え撃とうと迫る頭の一つ。顎を開かず、突き飛ばそうと突っ込んでくるその鼻先を、ウィンダイナはライフゲイルで叩き切る。包丁を入れた豆腐のように蛇の鼻先が裂け、その傷は一気に目の間まで走る。

 血飛沫を上げて仰け反るそれを見送り、続けて、右後から大口を開けて迫るもう一つの頭を肩越しに一瞥。それにライフゲイルを切り返して突き出す。

 上顎に穴を開けて落ちていく蛇の頭。血糊を払う様にライフゲイルを振り払い、正面を見据えるウィンダイナ。

『行くよ! ユウカ!』

「オーケー!!」

 迫る首の先端へ向けて、唸り声を高めるトライク。それにウィンダイナはハンドルを握ったまま、両足を揃えてシートに乗せる。

 首を昇りきり、宙へ飛び出すトライク。

「ハアッ!!」

 同時にウィンダイナは、後ろ飛びにシートから飛び降りる。

 空中で身を翻し、得物を大上段に振りかぶって孝志郎の側へ降り立つウィンダイナ。同時に光の刃を振り下ろし、孝志郎と自身の間を阻むカバーを真っ二つに切り裂く。

「孝くん!!」

 蓋が割れ、飛び散る透き通った体液。それをものともせず、ウィンダイナは空いた左手で、ずぶぬれの孝志郎を引きずり出す。

『ギシャアアアアアアアッ!?』

 激痛に吠える大蛇。その頭の上でウィンダイナは足を踏ん張り、孝志郎の小さな体を左腕に抱く。そして右手に握ったライフゲイルを回し、孝志郎を納めていた場所に突き立てる。

『ぎゃ、ジャ! ああああああああああッ!!』

 ライフゲイルを中心に開く二重魔法陣。それに向けてウィンダイナは浄化の言霊を唱える。

「命の風よ! 光遮る暗雲を、輝きを曇らせる淀みを吹き掃えッ!!」

 言霊に従い、内と外で互い違いに回転を始める二重魔法陣。

 それを中心に風が渦を巻き、三つ首の大蛇の体から昇る光を吹き飛ばしていく。

「厚き影を掃い、光をここに!」

 嫉妬心が生み出した化物、それを残らず吹き飛ばす様な激しい祈りの風。その中心から、ウィンダイナは自身の得物を引き抜き、飛ぶ。

 孝志郎を抱きしめ、光を含む風に乗って地面へ降り立つウィンダイナ。

 続けて右足を後ろに伸ばして振り返り、その勢いに任せてライフゲイルを右へ振り抜く。そこから手首を返して刀身を一回転。血糊を払う様に左下へ払う。そして孝志郎を抱いた左手の甲で光の刃を拭う。

「浄ぅ、化ぁッ!!」

 清め終えた杖を振り抜くと同時に、放たれる力強い結び。それに続いて轟く爆音と風がウィンダイナの背を叩く。

「ふうう……」

 爆発による風が収まるや否や、ウィンダイナの装甲が風に散り、裕香の姿が現れる。

 裕香は左肩に乗った孝志郎の顔を見やると、その温もりを逃さぬように、両腕にしっかりと抱き直す。

「孝くん……」

「ゆ、ゆうねぇ……?」

 肩に乗っていた重みが離れ、左耳に馴染みのある声が触れる。瞬間、びくりと震えて体を強張らせる孝志郎。だが裕香は、逃げ出そうと力を込める幼馴染の頭を、再び左肩に押し当てて逃がすまいと抱きしめる。

「ごめん、裕ねえ……ごめん、ごめんよ……」

 自分のしたことを思い出してか、声を震わせる孝志郎。繰り返し謝る幼馴染に、裕香は左頬を寄せる。

「大丈夫。大丈夫だよ」

 腕の中の孝志郎へ、柔らかな声をかける裕香。それに孝志郎は強張った体から力を抜き、裕香に体重を預けてくる。幼馴染の体重を感じて、裕香は腕に込めた力を緩めて、左手で孝志郎の背中を撫でる。

「不安にさせてごめんね、孝くん。大丈夫だよ、私は孝くんから離れたりなんてしないから……」

「裕ねえ……俺、俺……怖くて、悔しくてぇ……ッ! でも、こんな俺なんかじゃあッ!」

 しゃくりあげる幼馴染に頷いて、裕香はその茶色い髪に包まれた頭を撫でる。

「私だって、ずっと前から孝くんと一緒にいるって決めてたんだから。これくらいで、今さら嫌いになんて、なってあげないんだからね?」

「ゆ、裕ねえ……う、うう、うあああああああああ……」

 裕香の言葉に、孝志郎は堰が切れたかのように、声を上げて泣き出す。そして孝志郎の方からも裕香の体に腕を回す。

「よかった。無事に帰ってきてくれて、本当に良かった……」

 泣きじゃくる幼馴染と抱き合いながら、裕香は深く、深く安堵の息をつく。そして少し離れた場所から、黙ってこちらを見守っているルクスに気がつくと、笑みを深めて頷いた。

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