陰掃う烈風~その3~
拙作にアクセスしてくださっている皆様、お気に入り登録してくださっている皆様、いつもありがとうございます。拙作が皆様の一時の楽しみとなれているのでしたら何よりなのですが。
それでは本編へどうぞ。今回も楽しんで頂けましたら幸いです。
『俺から取り返す……? 勘違いするなよ。俺はこいつの想いを遂げてやろうとしているだけだ』
怒りを露わに拳を構える裕香。
対して紫の戦士は裕香の撃った鳩尾を抑えて返す。そして開いた左手を前に、拳を固めた右手を腰に添えて構える。
『そもそも俺達の契約は俺達が望んだことだ。外野が口を出すなッ!!』
吐き捨て、構えをそのままに躍りかかる紫の戦士。
空を駆け、弓のように引き絞った姿勢から放たれる右拳。目の前に迫るそれを、裕香は腰を落として左拳で迎え撃つ。
拳の激突に空気が割れ、稲妻の様な衝撃が両者の腕を走る。
『が、あぁッ!?』
激突の衝撃に、押し戻される様な形で一方的に吹き飛ぶ紫の戦士。塀を飛び越え、車道へ飛び出したそれを追うべく、裕香も腕を回しながら深く膝を曲げ、左手で地を叩き跳ぶ。
「ハッ!」
白銀の裕香は空中で前回りに一回転。着地からすぐさま踵を返し、左の平手を前に翳して右の脇を締めて拳を構える。
『バ、バカな……何故俺だけが一方的に!?』
構える裕香の目の前で、拳をぶつけ合った右手首を握って体を起こす紫の戦士。偽の戦士はそのまま半ばまで立ち上がった姿勢で、じりじりと後ずさる。
裕香はその姿をシールドバイザー越しに睨み据えて、構えた右拳をしっかりと固める。
「例えお前がどう言おうと、私は孝くんを助け出す! 私の大切な人の手を、お前なんかのために汚させてたまるものかッ!!」
『う、ぬぅう……』
鋭く言い放つ裕香に圧されて、足をばたつかせて下がる偽戦士。その尻と背が壁に触れ、後が無いことを振り返り見る。すると偽戦士は痺れ震える右手に拳を作り、前のめりに駆け出す。
『う、うぅおぉおおおおおおおッ!!』
吠えることで自身を奮い立たせ、偽戦士は拳を構えて踏み込む。
同時に裕香も踏み込み、迫る拳を潜って脇をすり抜ける。
「セアッ!」
背後へ回るや否や、間髪入れずに左足を軸に振り返り、その勢いに乗せて右の拳を打ち出す。
『ぐ!?』
だが胴を狙った拳は、偽戦士が強引に身を捩って割り込ませた腕にぶつかり阻まれる。
激突の反動に右拳を引く裕香と、よたつく足を踏ん張る偽戦士。その隙を狙い、拳を固める裕香。
『ズアッ!』
そんな裕香へ突き出される牽制の踵蹴り。裕香はそれを左足を引き、胸の装甲に滑らせる。そして鋭い息を吐きながら反撃の右蹴りを振るう。
『ジャッ!』
背への一撃を受けて悲鳴と共につんのめる偽の戦士。そこから強引に体を戻し、左肘を突き出す。
その肘を裕香は左腕を立てて受け止める。そこへ振り返りの勢いに乗った紫の右手刀が裕香に迫る。
それを裕香は右のチョップで叩き落とし、左掌低を装甲に覆われた胸へ撃ち込む。
重く響く一撃に、偽の戦士の口から鈍い声が漏れ出る。裕香はくの字へ折れた体を蹴り上げる。そして立て続けにその脇の下と腰のベルトを掴み、自身と全く同じ体格の相手を担ぎ上げる。
「ハアアッ!」
担ぎ上げたその姿勢から、雄々しい気合の声と共に偽の戦士を空へ放り投げる。
『お、おおおッ!?』
空を舞う紫の戦士。裕香はそれを地上から見据え、両足を揃えて地面を蹴る。
白銀の彗星となって真直ぐに飛翔する裕香。
「キィアア!!」
そして偽戦士が頂点に達すると同時に追い付き、右蹴りを繰り出す。
『ぐぅお!?』
輝く鋼鉄に覆われた足が、偽戦士のとっさに斜め十字に重ねた腕に激突。だが裕香の蹴りはその防御もろともに敵の体を蹴り抜く。
紫の人影が蹴りに打ち出される形で地面へ向かう。それを追う様に裕香も重力に任せて降下する。
アスファルトの地面に背中から着地する偽戦士。激しい激突音の響く中、そこから数歩離れた位置に、裕香が右手をついて降り立つ。
「これで……」
左手を開き、その前に右手を持って行く裕香。だがその刹那、裕香は鋼鉄の仮面の顎を弾かれたように上げ、大きく背中を反って後ろへ飛び退く。次の瞬間、裕香の踏んでいた地面を激しい炎が焦がす。
両手で鼻先に迫った地面を叩きバク転。地を踏むと同時に裕香は左腕を盾に、右手を引いて構え直す。その眼前にさらなる炎が迫る。
「ハアッ!!」
気合一閃。左腕の一振りで追撃の炎をかき消す裕香。白煙の立ち上る左腕を引き、入れ替える形で右手を伸ばし、膝を半ばまで伸ばし立ち上がる。
その視線の先。炎の熱に揺らめく景色の中に、人影が二つ。一つは左腕を抑えて立ち上がろうとする偽の戦士。そしてもう一つ。
「よくぞ反応した。そうでなくては面白くない」
金色の冠を乗せた艶のある黒髪。弧を描いて前へ突き出した黒い巻き角。白い顔の目元を赤いバイザーで隠し、赤いラインの走ったボディスーツの上から、左腕を隠すようにマントを羽織った女。
「……ナハト!」
悪の女幹部らしき姿をした、黒い女の名を呼ぶ裕香。それにナハトは黒いルージュを引いた唇を吊り上げてマントを翻す。
「こんなに早く回復するとはな……さすがは我と同じ竜の契約者、と言うべきか」
黒い唇を薄く開き、楽しげにつぶやくナハト。裕香は警戒すべき強敵と、その斜め後ろで片膝を突く偽戦士を見比べて、胸の前の左手で拳を固める。
「貴様は何故こんな、心と命を弄ぶような事をッ!?」
低い声音で、問う裕香。それにナハトは口の端を歪めたまま、首を反る様に傾ける。
「何故だと? 我に断る理由は無かった、それだけだ」
「何ッ!?」
怒りを込めて踏み出す裕香。その剣幕にナハトの後ろに居る偽戦士が肩を震わせる。だがナハトはそれを真正面から受けながらも、右手で長い黒髪を髪を払って鼻で笑う。
「気取る事はあるまい? 貴様も内心では、この状況を楽しんでいるのだろう? 退屈な日々を打ち壊す、この素晴らしい力のぶつかり合いをな?」
ナハトの口から放たれた言葉に、裕香の脳裏にかけがえのない存在である孝志郎に、愛という戦いを経て絆を育んだ友の顔が過ぎる。そしてそこで得た充実感を思い出す。
「ぐ……っ!?」
戦いによって満足感を得ていた自身を見つめ直し、仮面の奥で歯噛みする裕香。そんな裕香に向けて、ナハトは一歩踏み出しながら言葉を紡ぎ出す。
「我と貴様は同じだ。異界の友の願いを聞き、退屈な日々を壊す刺激を望み、楽しんでいるのだ」
裕香は黒の女の放つ言葉を受けて半歩後ずさる。それにナハトは笑みを深め、更にもう一押しするべく口を開く。
「人々が心のままに暴れまわった方が貴様にとっても都合がよいのだろう? 自分をの本質を分かろうともしない連中など、我等の退屈しのぎに成ればよいだろう?」
「違うッ!!」
ナハトの口から投げかけられた言葉を受け取った瞬間、裕香は鋭い否定の言葉を投げ返す。それにナハトは続く二歩目を戻し、踏みとどまる。
「確かに私は戦いに充実感を感じていた。だが! それは大切だと信じる人達を守れたから、目標とする存在に恥じない事が出来たと思えたからだ! お前とは違うッ!!」
叫び、右拳を腰だめに左手を拳に被せる形で構える裕香。
「私は厚き陰を掃い、希望の光を開く風!」
戦士としての志を唱えながら、大きく後ろに両腕を回し、鋭く伸ばした右手で空を裂く。そこから再度右腕を腰に添え、左の貫手を右斜め前へ突き出す。
「魔装烈風! ウィンダイナッ!!」
裕香、改めウィンダイナは密かに温めていた戦士としての名を高らかに名乗り上げ、突き出した左手を捻り、握りこむ。
そして地を鳴らすほどに踏み込み、一息にナハトへ肉薄。烈風を纏った右拳を繰り出す。
紅のマント越しに装甲が激突。その点を中心に、衝撃が風となって吹き広がる。
「クク……ククク……そう、それでこそだ」
ナハトは含み笑いと共に、振り払う様に拳を受けた左腕を振るう。同時に横薙ぎの火炎が走り、白銀の装甲を焙る。
白煙の尾を引き、バク宙で飛び退くウィンダイナ。
「ハッ!」
そこから着地と同時に地を蹴り、ナハトの向こうに立つ、自身の偽者目がけて跳ぶ。
『なぁッ!?』
ナハトの頭上を飛び越えての強襲に、偽戦士は驚き戸惑う。
飛び込み様の蹴りが掠め、よろめく偽者。ウィンダイナはそれを一瞥し、背後へ右肘を突き出して振り返る。
激突する銀の肘と金色の拳。そこから立て続けに振るわれる蹴りを、ウィンダイナは肘を返して立てた右腕で受け止める。
「フゥッ!!」
更に鋭い息と共に振り下ろされる左爪を身を低くして潜り抜け、大きく引いた右足を振るう。
「トォアッ!!」
「ム!」
ナハトが右手を添えて戻した左腕に阻まれる蹴り。ウィンダイナはすぐさま蹴り足を戻すと、その腰のひねりに合わせて左拳を突き出す。
空を割る拳が、首を逸らしたナハトの角を掠めて火花を散らす。
「クク……見込み通りだ、貴様こそ我が敵に相応しい!」
口の端を楽しげに吊り上げるナハト。それとウィンダイナの目がバイザー越しにぶつかり合う。
「何ッ!? ぐあッ!?」
瞬間、ウィンダイナの背中を鋭い熱と痺れが斜めに走る。思わず体勢を崩すウィンダイナ。そこで腹筋を装甲越しに焙る熱に視線を落とせば、ナハトの右掌に灯った炎の輝きが目に飛び込む。
「クッ」
「獄炎に焼かれよ……ヘレ・フランメ」
ウィンダイナが仮面の奥で歯噛みした瞬間、静かな詠唱とは真逆の激しい火炎流が視界を埋め尽くす。
「あああッ!?」
灼熱の塊に押し流されるウィンダイナ。全身を焼き焦がす熱に続けて、背中を打つ衝撃。
「く……ううっ」
ウィンダイナは自身を覆う装甲に燻り、焼き焦がす熱と痛みに呻きながら顔を上げる。すると立ち上る煙と揺らめく空気の中に、紫電の剣を逆手に持ち、突き立てようと躍りかかる偽戦士の姿があった。
「ぐ!?」
迫る雷光の切っ先からウィンダイナは右へ転がり逃げる。瞬間、固く舗装された地面を穿つ甲高い音が響き、ウィンダイナはそれを背に、横転の勢い乗って立ち上がる。
構えるウィンダイナの前で、偽者は地面に刺さった光の剣を引き抜く。
『そぉらぁ!!』
そして素早く突き出されるそれを、ウィンダイナは左腕の装甲で受け流す。
「ぐうぅッ!?」
だが、紫電の刃を受けた白銀の装甲に雷光が弾け、痺れと共に蝕む様な痛みが腕を襲う。しかしウィンダイナはそれを堪え、強引に雷の刃を押し退けながら右拳を振るう。
だが白銀の拳は偽者が素早く剣を引いて下がったために空を切る。
「クッ!」
歯噛みし、離れる偽者を目で追うウィンダイナ。そこで右手側から迫る気配に急いで振り向く。
「フッ!」
鼻先に迫る、炎を灯す鉤爪。それを銀の装甲を纏った右手で叩き払い、手首を返して戻ってくる爪を上体を反り引いてかわす。
そこへ足を刈ろうと迫る右足の下段蹴り。さらに左側から紫色のエネルギー刃に左手を添えて踏み込む偽者が。
前と左、二方向から迫る攻撃。だがウィンダイナはナハトの蹴りへ左の靴底をぶつけ、上体を倒れんばかりに反らす。
『何!?』
驚く偽ウィンダイナの声と共に、銀の胸部装甲を掠める紫電の刃。
「ハアッ!」
そしてウィンダイナは背を反った勢いに乗って自ら後ろへ倒れ、体の上を通り過ぎる偽者の腕を蹴りつける。
その一撃に握り手が緩み、紫電の剣が零れ落ちる。落ちる柄を見ながらウィンダイナは受身を取って背中から着地。そこから素早く右へ転がり、体を起こす。
『くそ!』
取り落とした剣を拾おうと偽物が手を伸ばす。それをウィンダイナは剣の柄ごと蹴り抜く。
回転し、細い雷となって散る剣。偽者は空に消える剣を見ながら、二度の蹴りを受けた手を抑える。それに追撃をかけようと目を向けるウィンダイナ。だがその出鼻を、横合から伸びる炎の槍が挫く。
「フゥゥッ!」
熱そのもので出来た切っ先を右腕の装甲に噛ませ、鋭く息と共に回転。突きの勢いを殺さずに流し、更にその勢いを上乗せした横薙ぎの左手刀を振るう。
「む、う!?」
鼻先に迫った銀の刃を杖の根元を跳ね上げて受け止めるナハト。その隙にウィンダイナは腰に触れる杖を右手で握り抑え、右腕を支えに足を跳ね上げて後ろへ飛ぶ。
着地と同時に右足で炎の杖を蹴り上げるウィンダイナ。長柄の得物を襲う上向きの衝撃に振り回されてナハトがよろめく。
『このッ!!』
「ハアッ!」
そこへ駆けつける偽戦士。それをウィンダイナは右の蹴りで迎撃。拳とぶつかったそれを素早く戻して二撃目を突き出す。
白銀の蹴りの連撃を受けて後ろへ飛ぶ紫の偽物。そして足でアスファルトを削りながら踏ん張り、静止と同時に左手から紫電剣を抜く。
「二本目ッ!?」
顎を上げて驚きの声を上げるウィンダイナへ、偽者が二振り目を握って踏み込む。
鋭い横薙ぎの一閃。それを跳びのいて避け、着地点を狙っての振り上げを左へのステップでかわす。
軸足を音を立てて踏みしめると同時に、左掌に右手を持って行くウィンダイナ。その頭を目がけて振り下ろされる紫電のエネルギー刃。
「ライフゲイルッ!!」
それを回転しながらの右ステップで潜り抜け、その勢いに合わせて翡翠色の光刃を抜き放つ。
『がぁッ!?』
偽戦士の左肩を駆け昇る翠の刃。紫の装甲の裂け目を爆ぜる閃光。
よろめく偽者が苦し紛れに振り上げる紫電の刃。それにウィンダイナは振り抜いた刃を返して叩きつける。
紫と緑の刃がぶつかり合い、火花の尾を引いて弾ける。離れた刃を同時に振り上げ、互いに大上段から振り下ろす。
二度目の激突に音と光が爆ぜ、互いに火花を弾けさせながら刃を押し込み、刃の根元と鍔とを噛みあわせて競り合う。
「スゥ……フゥゥ!!」
『ぬぅ、ううう!!』
鍔迫り合いのまま、睨み合う銀と紫のウィンダイナ。銀のウィンダイナはそこでナハトを見やり、彼女が炎の杖を構えているのを見て、仮面の上半分を覆うシールドバイザーを、偽者のバイザーへ叩きつける。
『ジャッ!?』
「イィヤアッ!!」
拮抗の緩んだ隙にライフゲイルを跳ね上げ、がら空きになった偽者の腹に蹴りを叩きこむ。
『ぐふぅおッ!?』
体をくの字に折り、吹き飛ぶ偽者。それを見送ることなく、ウィンダイナは左手から迫る熱に身を翻す。
「ハァアア!」
そして雄叫びと共に、眼前へ迫った火球を横薙ぎに斬り払う。
左へ振り抜いた刃を振り上げて次弾を斬り、頂点で右手へ持ち替えて三つ目の火球を叩き落とす。
風に舞い散る火の粉の中、ウィンダイナは得物を右へ振り抜いた姿勢のまま膝を曲げ、四発目の炎を頭上にやり過ごす。
「ハッ!!」
気合の一声と共に、低い姿勢から地を鳴らして踏み出すウィンダイナ。お互いに迫る五発目の火球を、ライフゲイルをバットとして野球の様に打ち返す。
正面に出来た火炎の弾幕の中へ飛び込む弾丸ライナー。激突し、爆散する炎。飛び散った火は周囲の火球に引火し、誘爆。炎の壁を形作る。
ウィンダイナは左脇から右肩へ向けて、両手に握った柄から伸びる光の刃を斬り上げる。真っ二つに裂けて広がり散る炎。その向こうで放たれ続ける火球を、ウィンダイナは真っ向からの振り下ろし、左への切り上げ、横一文字と得物を振るって打ち返す。
「流石にやる!」
反転し、弾幕を抜けてくる火炎弾に、ナハトは左半身を前に紅のマントを盾に構える。赤いマントにぶつかり、解けるように散る赤とオレンジ。自身の放った炎に巻かれるナハト目掛け、ウィンダイナは視線に光刃を添えて突き出す形に構えて突っ込む。
「キアッ!」
「アアッ!」
風を貫き進むライフゲイルの切っ先へ、ナハトはマントを翻して炎の杖を突き出す。
火花を上げて擦れ合う、風と炎の二つの杖。そこから炎の杖がライフゲイルを軸に絡め取る様に回り、弾き上げる。
「クッ!」
杖もろとも跳ね上げられたウィンダイナは、その勢いのまま、身をよじり翻す。
背中越しに振り下ろされる炎の穂先を見、振り返るままにライフゲイルの刀身を前にして受ける。
「セア!」
激突と同時に刀身を返して杖を弾く。だがそれに乗じて身を翻したナハトは翻るマントの向こうから杖の穂先を返して突き出す。
迫るそれを翡翠色の光刃で受け流し、踏み込むウィンダイナ。
「炎よ!」
踏み込む銀の戦士に合わせて引き、火炎を放つ黒い炎の魔女。眼前に迫る赤く輝く熱の塊。ウィンダイナはそれをライフゲイルで弾き飛ばす。
ナハトが踏み込みを牽制しようと炎の杖を立て続けに薙ぎ払い、石突を突き出す。ウィンダイナは右からの一撃を杖で弾き、迫る石突を首を逸らして肩の装甲に滑らせる。
そこから石突が引き戻され、穂先が低く足を刈ろうと振るわれる。
「ハァッ!?」
だがウィンダイナはそれを飛び越え、空中で前転。両手持ちのライフゲイルを顔の横へ引き構える。
「キィアアアアッ!!」
必殺の気迫を放ち、跳び込むウィンダイナ。それにナハトはマントを翻し、その陰に浮き上がっていた魔法陣を露わにする。
「来たれ、我が半身!」
ナハトの口から出た言葉に続き、赤の魔法陣が強く光り輝く。
『やってやるさね!』
魔法陣から躍り出る赤い瞳の黒竜アム・ブラ。その口に赤い光が灯り、空を突き進むウィンダイナに向けて光弾が放たれる。
「しまったッ!!」
『させないッ!!』
鋭い声と共にルクスが赤い光弾とウィンダイナの間に滑り込み、魔法陣の盾を前足の前に展開する。
ぶつかり合った弾丸と盾が爆発。足の浮いていたウィンダイナとルクスはそれに煽られて大きく後ろへ飛ぶ。
「く!」
『うわ!?』
片膝を突いて着地し、光刃を構えなおすウィンダイナ。その隣で白竜ルクスが翼を広げてブレーキをかける。
「大丈夫?」
「う、うん!」
白い翼をはばたかせながら頷くルクス。
それからウィンダイナとルクスは揃ってナハトとアムを見据え、身構える。対してアムを左肩に乗せたナハトは、右手に握った杖の石突でアスファルトを突く。
『アム! これ以上お前に罪を犯させはしない!!』
そのルクスの言葉に、アムはナハトの肩の上で歯を剥き、低く唸る。
『ハン! 好き勝手言ってくれるもんさね……結局お前も頭ガチガチの白竜ってことかいッ!?』
吐き捨てるアムに対し、ルクスも険しい顔でウィンダイナの隣りから身を乗り出す。
『あんなことをしでかして置いてよくもそんなッ!?』
険しい目をぶつけ合い、唸り声をぶつけ合う白と黒の竜。一方で、その契約者であるウィンダイナとナハトは深く息を吸って、吐き、お互いに杖を先端を相手に向けて握り直す。
視線を外さず、じりじりと円を描くかのように足を動かす両者。
やがてウィンダイナは手首を返して翠色の光刃を回して引き構える。対するナハトも赤い炎を纏った杖を胸の前に寝かせて突き出し、鉤爪を備えた左手をその奥にちらつかせる。
両者の間に緊張が高まり、空気までもが怯え、逃げ出そうとしているような錯覚さえ覚える。
ジャリとどちらからともなく地を踏み擦り、得物を握る手に力が籠る。
『そこまでだッ!?』
瞬間、張り詰めた空気へ水を差す無粋な声。
それに目を送り、ウィンダイナは絶句する。
「なッ!? 貴様……ッ!?」
そこには倒れた一組の男女を背に、泣き叫ぶ赤ん坊を左腕に抱えた偽者の姿があった。
「そ、颯太ぁ!」
「ぐ、う……颯太を、返せッ!!」
痛みに顔をしかめながら、手を伸ばす若い夫婦。赤い上着を着たセミロングの髪の母親と、濃い緑色のジャケットを着た黒髪を無造作に流した父親は、囚われの息子へ向かって固く舗装された道路を這い進む。
偽者はそんな地を這う夫婦を一瞥し、ウィンダイナへ視線を戻す。そして腕の中で泣き続ける赤ん坊に、紫電の刃を添える。それに赤ん坊は更に泣き声を張り上げる。
「颯太ッ!? 頼む! 私が変わりになるから颯太を放してくれ!」
「止せ! 颯太と茜さんには手を出すなッ! 捕まえるなら俺をッ!!」
強まる我が子の鳴き声に、弾かれたように身を起こす若夫婦。それを偽者は一瞥もくれずに後ろ蹴りを見舞う。
「ぐ!」
「が!」
仰向けに倒れ、呻く緑と赤の夫婦。その声を背に受けながら、偽者は赤ん坊を盾にウィンダイナへ一歩近づく。
『武器を捨てて抵抗をやめろ。さもなくばこの赤ん坊の安全は保証しない』
『卑怯な! 結界に干渉して、わざと穴を作ったな……』
「貴様……ッ! よくもその体でそんな卑劣な真似を……ッ!!」
無関係な赤ん坊を盾にする偽者に、ウィンダイナとルクスは揃って怒りに声を震わせる。
怒りのままに軋むほどライフゲイルの柄を握り締めるウィンダイナ。それを見て偽者は紫色のエネルギー刃を赤ん坊の頬すれすれまで近づける。
『聞こえなかったのか? 武器を捨てろと言ったんだ!』
「ク……ッ」
仮面の奥で歯噛みし、ライフゲイルを放りだすウィンダイナ。風となって散り消えるライフゲイルに、偽者は軽く肩をゆすり、ウィンダイナ越しの同志へ声をかける。
『今なら奴は抵抗できん。やってしまえ!』
偽者がナハトへ飛ばした指示に、ウィンダイナは顔の右半分を向けてその様子を窺う。するとナハトは溜息を一つ吐いて、炎の杖を肩に預ける。
「つまらんことをしてくれたものだな……興醒めだ。我はこんなつまらん策で手を汚す気はないぞ。やるならば貴様一人でやるがよい」
ナハトはそう言って再度溜息をつき、明後日の方向に顔を向ける。そしてアムも深く溜息をつき、相棒の肩の上で黙りこむ。
『チッ……面倒な奴だ。まあいい……』
不干渉を宣言したナハトへ舌打ちする偽者。ウィンダイナがそれに向き直れば刃を赤ん坊に添えたまま、歩を進める偽者と目が合う。
『俺一人で潰してやる。契約者もろとも、なッ!』
言葉と共に突き出された前蹴りがウィンダイナの腹部装甲にめり込む。
「ぐ!?」
腹を穿つ重い一撃に上体を折るウィンダイナ。だがよたついた足を踏みしめると、直に背を伸ばして偽者に対峙する。
「そう易々と、行くと思うな……」
苦悶の声交じりに、ウィンダイナは偽者のバイザー奥にある目を睨む。そして隣から、目で大丈夫かと問いかけてくる相棒に黙って頷く。
瞬間、ウィンダイナの左膝を衝撃が襲う。
「うぐ!」
ウィンダイナは痛みに折れかけた膝を踏ん張り、崩れかけの体を持ち直す。そこへ横殴りの爪先が鋼鉄の仮面に覆われた左頬を貫く。
足が地を離れ、横倒しに倒れるウィンダイナ。
『ハン! 人質一つでその様か? 口だけだ、な!』
「ぐぅ!?」
嘲笑と共に横腹を襲う一撃に、ウィンダイナは呻き転がる。腹這いに倒れて停まったウィンダイナは、地に触れた四肢に力を込めて身を起こす。そして撃たれた腹を左手で抑えながら、紫色の偽物を睨みつける。
「……どうした? まさかこの程度で、私を叩き潰すつもりなのか?」
ウィンダイナの挑発に、紫電の剣を握る手に力を込める偽者。
『しつこいヤツだ。そんなに止めを刺してほしいなら、さっさと決めてやる!』
偽者は苛立たしげに吠え、紫の光刃を振りかぶってウィンダイナの頭目がけて振り下ろす。
雷光の如き一閃。それをウィンダイナは踏み込みと同時に頭を振ってかわし、偽者の右腕を左腕で掴んで肩と合わせて抱え込む。
『抵抗したなッ!? ならこの赤ん坊をッ!!』
「今ですッ!!」
「デェエイィヤアアアアッ!?」
偽者が赤ん坊を締め上げようとした瞬間、その左腕を緑のジャケットを着た男が蹴りつける。
「なぁッ!?」
雄叫びを伴った一撃を受け、人質の赤ん坊を取り落とす偽ウィンダイナ。
腕から零れ、泣きながら地面へ落下する赤ん坊。
「颯太ぁぁッ!!」
それを赤いジャケットの女がヘッドスライディング気味に飛び込み、受け止める。
我が子を胸の中に抱きしめて身を捩り、背中から着地する若い母。そこへ若い父が妻と子を助け起こそうと駆け寄る。
「茜さん! 颯太も、二人とも無事!?」
「ああ。私は背中を擦り剥いたが、この通りだ」
元気に泣き続ける子の姿に、安堵の息を漏らす若夫婦。ウィンダイナは偽者を両腕で抑え込みながら、背後の夫婦へ叫ぶ。
「さあ! 早く逃げてくださいッ!」
「ああ、ありがとう!」
「すまない、助かったよ!」
若夫婦は言葉短く礼を返し、ウィンダイナの邪魔になるまいとするように、我が子を抱えて駆け逃げる。
『しまっ……!?』
「キィイアアアアアッ!!」
偽ウィンダイナに皆まで言わせず、渾身の力を込めた膝蹴りを見舞う。
『ごっ!?』
爆発音と共に宙へ浮く紫色の偽者。それをウィンダイナは思い切り地面へ叩きつける。
『がはッ!?』
固く舗装された地面を跳ね、二度、三度と転がる偽者。
ウィンダイナはそれを見据え、追撃をかけようと身構える。だがその間を阻むように炎が走る。
「熱ッ!?」
構えた腕を締め、身を守るウィンダイナ。その眼前へナハトが赤いマントを翻してふわりと降り立つ。
「逃げろ、ここは我が壁となる」
右手に持った杖を振るい、背後の偽ウィンダイナへ逃げるよう促す。それを受けて偽者は踵を返し、一目散に逃げ出す。
「待てッ!」
追いかけようと踏み込むウィンダイナ。だがその前に火柱が噴き上がる。
「クッ!」
足元から吹き上がる火炎にウィンダイナは歯噛みし、たたらを踏む。そこで不意に炎が突き出し、バイザーに包まれた顔面へ迫る。
眉間へ伸びるそれをかわし、身構えるウィンダイナ。その前に、炎の壁を得物で割り裂いたナハトが躍り出る。
「そこをどけ!」
行く手を阻むナハトへ怒鳴りつけるウィンダイナ。だがナハトは口の端を吊り上げて鉤爪付きの左手を差し伸べる。
「そう言うな、我と今一度、燃える様な時を過ごそうではないか?」
踊りへ誘うような、ナハトの芝居ががった仕草。それをウィンダイナは右手を振って拒絶する。
「断る! 私は一刻も早く奴を追いかけ無くてはならないんだッ!!」
誘いを袖にされたナハトは軽く肩を掠めて鼻を鳴らす。
「そうか……残念……」
言いながら右手に持った杖を傾けて握り手の中を滑らせる。
「だッ!」
そして言い切ると同時に石突の当たりを握り、横薙ぎに振るう。
「キアッ!!」
しかしウィンダイナは気を吐いて左手から迫る炎の杖を右掌で弾く。そして腰だめに固めた左拳をナハトの鳩尾へ叩きこむ。
「がふッ!?」
大きく吹き飛んで背中から倒れ、得物を取り落とすナハト。それを見据えながら、ウィンダイナは再び左手を腰に持って行き、右腕でV字を描くようにして左頬の横で拳を握る。固めた拳が軋むと同時に、左手で右拳を撫でて光を灯し、ちょうど左右反転させた構えを取る。
「イィヤアッ!!」
そして起き上がりかけたナハトを目がけ、両足を揃えて跳躍。
「クッ……杖を……ッ!?」
「キィイアアアアアアッ!!」
落とした杖を拾おうと手を伸ばしたナハトの胸に、輝く烈風を纏った拳が突き刺さる。
「アッ、ガァッ!?」
胸を穿つ二発目の拳に、苦悶の声を上げて吹き飛ぶナハト。地面をもんどりうって転がるナハトから目を外さず、ウィンダイナは右手をベルトのバックルへ翳し、再び光を灯したそれで右脛を叩く。瞬間、右足を中心に輝く旋風が巻き起こり、それに乗る様にウィンダイナは両足を揃えて跳ぶ。
「キィイアアアアアアアアアアッ!!」
そして裂帛の気合と共に、風纏う蹴り足を突き出して、ナハトへ急降下。全体重と跳躍の勢いを上乗せした飛び込み蹴りが激突。同時に暴風が吹き荒れてナハトを吹き飛ばす。
「うぅあああああああああああああああッ!?」
『わ、あああああああああああああッ!?』
長い悲鳴の尾を引いて、アムと共に宙を舞うナハト。その一方でウィンダイナは蹴りの反動に乗って宙返り、片手片膝をついて着地する。
ナハト達の姿が見えなくなると同時に、ウィンダイナの銀の装甲が風に解け、セーラー服姿の裕香が姿を現す。
『ゆ、ユウカ!?』
心配そうに寄ってくるルクス。そんな相棒の姿に、裕香は片手を支えに立ち上がりながら口元を緩めて頷く。
「大丈夫。それより、孝くんを乗っ取ったアイツを追わなくちゃ」
裕香はそう言ってルクスを抱き寄せると、右の肩に乗せて偽ウィンダイナの逃げた方角へ向けて走り出した。