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魔法少女ダイナミックゆうか  作者: 尉ヶ峰タスク
少女の手にした夢
10/49

陰掃う烈風~その2~

アクセスしてくださっている皆様、お気に入り登録してくださっている皆様、いつもありがとうございます。


今回も楽しんで頂けましたら幸いです。それでは、本編へどうぞ。

「孝くんッ!?」

 背を捉えて引き止めようとする声を振り払って孝志郎は地面を蹴る。

『裕ねえが、裕ねえが……ッ!』

 ずっと一緒に過ごしてきた憧れの人。大好きな年上の幼馴染。その名前を心の内で繰り返し唱えながら、孝志郎は歯を食いしばる。

『孝くん立てる? ほら、掴まって』

 涙の滲む痛みの中で差し伸べられた手と優しく、勇気づける様な微笑み。

『絶対に大丈夫! 孝くんならできるよ!』

 何度も繰り返した失敗に自分自身を信じられなくなっても、信じて励まし続ける真直ぐな眼差し。

『本当に好きなものの話が出来るのって、孝くんくらいなんだ……』

 夕暮れの公園でブランコに腰かけての、泣き出しそうに歪んだ頬笑み。

『私と……? 孝くんがいいなら、うん、いいよ。約束ね』

 頬を染め、恥ずかしげに微笑みながら、絡め結ぶために差し出される小指。

『みんな、私の後ろに……!』

 弱い者たちの盾になろうと恐怖に立ち向かう頼もしい背中。

 そんな積み重ねてきた思い出が、煌く愛おしい過去の数々が孝志郎の脳裏を次々と流れていく。

『俺が、俺がずっと隣に居るのに! 居るはずだったのにッ!!』

 裕香にとって、ずっと傍で思い出を重ねてきた自分こそが、ただ一人のパートナーだと思っていた。いや、そう信じていたかった。

 五年。二人の間にあるこれだけの年月の壁は、どれだけ共に過ごそうと裕香と孝志郎の間を強く阻んだ。共に小学校へ通えるようになったかと思いきや、年上の幼馴染は中学へ進学。重なった通学路はほんの僅かの間に分かたれ、今後二度と最後まで重なって同じ学校へ通うことはない。

 背も孝志郎の母を追い越し、駆け足で大人へと進んでいく大好きな幼馴染。夢に向かい、真直ぐに走っていくその背中を見る度に、孝志郎は憧れと同時に置き去りにされた様な寂しさを募らせていた。堰を切って溢れ出したその寂しさに孝志郎の目頭が、じわりと熱く湯立つ。

『アイツが来てからだ……アイツが来てから毎日がおかしくなってるッ!!』

 そして自分たちの間に割り込んできた白い竜。違う世界から転がり込んできた生き物は、憧れの人のパートナーの座をあっさりと孝志郎から奪い取り、運んできた戦いの中に大好きな人をどっぷりと漬け込んだ。

『戦いを始めてから、裕ねえはどんどん、どんどん遠くに行っちまう……でも、俺には裕ねえについていく力もない!』

 普通の状態であったならまだしも祝福できたであろう事も、今はただ嫉妬の心に注ぐ油へと変わり、孝志郎の胸を焦がして目の奥を煮る。そんな自分が、憧れの人には似合わないちっぽけな存在に思えて、より心の内を焼き焦がす。

 そして先程見た裕香と並んでいた学生服の男の姿に、孝志郎は拳を強く握りこむ。

『嫌だ、イヤダイヤダッ! 裕ねえは誰にも渡さないッ!! 俺が裕ねえの一番近くに居るんだッ!!』

 孝志郎の心中に張り裂けんばかりに響く絶叫。瞬間、その足がつまづきもつれ、走っていた勢いのまま飛び込むように空へ投げ出される。

「うっ!?」

 固く舗装された地面に転び、呻き声を漏らす孝志郎。

「ぐ……う、ううッ」

 膝を始め、肘や鼻先からも響く痛み。それに加えて乱れた心が涙と嗚咽となって溢れ出す。

『こんなことで、なんて、なんて情けない……』

 固い地面に爪を立てて、歯を食いしばる孝志郎。そして鼻先と口の中に鉄の匂いが広がる中、孝志郎は地面に拳をぶつけて顔を上げる。

「力が、力が欲しい……! 大切な人を誰にも渡さないでに済む力がッ!!」

 涙と鼻血に汚れた顔を晒して叫ぶ孝志郎。その叫びは空へ溶けて消え、孝志郎は力無く俯いて、しゃくりあげながら地面を叩く。

『イイ心の力だな、小僧』

 だが不意に響いた言葉に顔を上げると、その鼻先にはいつの間にか、一匹の角を持つ黒い蛇が居た。

『幼い。だがそれゆえに純粋で、素晴らしく力強い熱を秘めている……しかし、その力はお前一人では使いこなせまい』

 紫色の舌をちらつかせ、金色の目を細める蛇竜サーペント。普通の生物ではありえないその姿に、孝志郎はこの上なく妬ましい存在である白竜ルクスの姿を重ねた。

『どうだ、小僧? 吾輩と契約せんか? そうすればお前の手に余るその力が十二分に発揮できる。お前が望んだ力を吾輩が与えてやろう』

 投げ掛けられる勧誘の言葉に、孝志郎は鉄臭い唾を飲み込む。

『小僧、お前が払う代償は一つ。お前の内に滾るその心の力だ!』

 金色の目を剥き、孝志郎の鼻先に迫る黒い蛇竜。それが自分の場所を掻っ攫った白い竜の敵対者であると察しつつも、いや、そうであるからこそ、孝志郎は首を縦に振った。


※ ※ ※


「なんだ、あのチビすけ? 吹上の知り合いか?」

 孝志郎の走り去った方向を見据えて、レンズの奥で目を顰める涼二。

「ゴメン、鈴森くん! 私行くね」

「お、おい吹上!?」

 涼二の横をすり抜けて駆け出す裕香。背中へ投げかけられる呼び声に、裕香は顔の半分を後ろへ向ける。

「ゴメンね!」

 涼二へ一声謝って正面へ向き直り、地面を力を込めて蹴る。

『孝くん……!』

 裕香は焦りに目元を引き締めて、見えなくなった大切な幼馴染の背中を追って走る。

 前後に長い髪を靡かせ、黙って通学路を駆け抜ける裕香。その脳裏に、逃げ出す直前の孝志郎の顔がよぎる。

 今にも泣き出しそうに歪んだ年下の幼馴染の顔。それに裕香は脚に伴って振り上げた手を音が鳴るほどに強く握り固める。

 左右の景色が猛然と背後へ流れていく中、不意に右手中指の指輪が輝きを放つ。

『ユウカ! ユウカ、聞こえる!?』

『ルーくん!? 何? どうしたの!?』

 契約の指輪を通した相棒の焦った声に、裕香は地を蹴る勢いを緩めぬまま応答する。すると指輪で繋がった相棒から、慌て調子の本題がぶつけられる。

『今、家の近くにパンタシアの反応が!?』

『ッ!? ウチに!?』

 ルクスからの報告に、裕香は背筋を走る戦慄のまま息を呑む。

『まさか、あのナハトが!?』

 その推測に、ルクスから否定の念が返ってくる。

『いや、力の波形にアムの名残が無い。アムとあの契約者とは違う、新手だ!』

 その返事を聞きながら、裕香は信号の点滅する横断歩道を駆け抜け、ガードレールの支柱に右手を引っ掛け、それを軸にコーナーを切る。そこから大きく傾いた体勢を素早く立て直し、ルクスへの指示を飛ばす。

『とにかくルーくん、そのままだと危ないよ! こっちに!』

 指輪のはまった右手を握りこみ、相棒との繋がりの証を輝かせる。

『分かった! う、わ!? 結界がッ!?』

 動揺したルクスの思念が響くや否や、ノードゥスに灯った光が広がり、裕香を呑み込む。

「ルーく……うわ!? わぁ!?」

 右手から、馴染みのない吸い込まれる様な感覚に襲われる裕香。呑み込まれた腕の先が外と違う空気に触れる。その勢いのまま裕香は、腕の抜けた先へと吸い出される。

 右拳を突きだす形で空へ吐き出された裕香。だがその体を強い衝撃が襲うことはなく、柔らかなクッションに包み込むように受け止められる。

「わぷ!?」

 どぅえぇ~い。

 続いて間の抜けた、どこか味わい深い鳴き声が耳元で響く。

「今の、私のスペイドクッション?」

 馴染みのある鳴き声に身を起こし、周囲に視線を巡らせる裕香。

 仮面のヒーローの顔がいくつも並んだDVDの棚。その隣にあるテレビに、それを棚と挟むように立つ姿見の鏡。そしてフィギュアが盤上の片隅で決めポーズをとり、いくつものサイン色紙を冠した勉強机。

「私の……部屋?」

 裕香が呟いた通り、ここは紛れもなく両親から与えられた部屋であった。

『ゆ、ユウカ……?』

「ルーくん!?」

 名を呼ぶ相棒の声。それに慌てて振り向く裕香。すると床に座り、めまいを振り払おうと頭を振るルクスの姿が目に入る。

「大丈夫!?」

 裕香はそんな相棒を支え起こそうと、手を伸ばして傍に寄る。するとルクスは裕香の手にお手の要領で手を乗せて頷く。

『うん。怪我はないよ。ちょっと力の流れが乱れて目が回っただけだから』

「そう、よかった」

 ルクスからの返事に、胸を抑えて安堵の息を零す裕香。そしてすぐに前髪の隙間から覗く目を引き締めると、改めて自身の部屋に目を向ける。

「それにしても、なんで今度は私の方が移動したんだろう? ルーくんが呼んだわけじゃ、無いんだよね?」

 裕香は相棒のふらついた様子から、意識してやった事ではないと考えながらも、確かめるように訊ねる。

 するとルクスはその大きな翠色の目を引き締めて頷く。

『うん。おそらく敵の張った結界のせいで力が乱れて、効果が狂ったんだと思う。とんでもなく強力な結界だよ』

 神妙な調子で自身の推理を口にするルクス。

「じゃあ、ここはもう敵の手の中……」

 そう言って相棒を抱き上げる裕香。そしてその瞬間、弾かれたように上体を捩り、長い前髪に隠された目を窓へと向ける。

「なら、隣も一緒に敵の結界の中に!?」

 背筋に走る悪寒のままにベッドを越え、窓へ駆け寄る裕香。そして窓のカギを開けて叩くようにして滑らせる。

 弾け響く鋭い衝突音。その直後、何者かが裕香の眼前へ飛び込んでくる。

「う、わ!?」

 裕香は驚きの声を上げてとっさに上体を逸らす。それを掠めるようにすり抜ける影。

「こ、孝くん!?」

 その姿を追って振り返る裕香。

『見て見て、孝くん』

「わ、私?」

『小さい、ユウカ?』

 だがそこに居たのは孝志郎ではなかった。背も低く、胸や腰回りを始めとした性徴も申し訳程度。しかし目を隠す長い前髪などの面影を持った幼い裕香の姿がそこにあった。

 幼い裕香は、まるで14歳の自分もルクスも見えていないかのように、ベッドを登って窓辺に寄る。

『ほら見て、孝くん! できたでしょ!』

 窓の向こう、日野家に向かって手を振る小裕香。それを辿って向かいの窓を見れば、5歳ほどに見える孝志郎が、こちらを見て目を輝かせていた。

『すっごいよ、ゆうねえ!』

 目を輝かせる小孝志郎と、それに向かって前髪を摘んで照れ笑いを返す小裕香。

「これって昔の私たち……?」

 小さな自分たちの姿を見て呆然と呟く裕香。その腕の中で、ルクスが眉を寄せて肉球で頬杖を突く。

『随分特殊なタイプの結界だね……場所の記憶を引き出して再現してるのかな』

 ルクスはそう言うと、呆れ交じりの視線を頭上の裕香に向ける。

『それにしても、コウシローに危ないとか言っておきながら、真似する原因を作ってたのはユウカじゃないか』

 その言葉に裕香は慌てて顔を逸らす。それにルクスは溜息を漏らして翼を広げると、羽ばたいて裕香の腕から飛び立つ。

『まあそれはとにかくとして、結界に取りこまれてしまった以上はどうにかしないと。このままじっとしていても後手に回るだけだ』

 言いながらルクスは窓に手をかけて、横に滑らせる。刹那、窓に手をかけたルクスへ小裕香が目を向ける。

『へ?』

 ルクスの口から間の抜けた声が漏れるや否や、小裕香が唇を真一文字に引き結んだまま、右腕を腰だめに、左腕を右斜め前に伸ばす形で構える。

「危ない!」

『わ!?』

 裕香が抱き寄せた次の瞬間、ルクスのいた空間を小裕香の拳が貫く。

 ルクスを抱き直し机を背にする形で身を引く裕香。そして顔を上げ、ルクスを攻撃した幼い自分を見る。すると小裕香は拳を引き戻し、左手を腰の前に倒して右腕を左斜め前へ伸ばして構えなおす。

『邪魔は……させない』

 小裕香は抑揚のない声でそう告げて、伸ばした右手の先に拳を作る。それを見て裕香は急いでドアを開けて廊下へ逃げる。

『トウッ!』

 廊下へ駆け出た裕香の背中を、気合の声とドアを蹴り開ける激突音が叩く。

『ユウカ、小さい頃はあんなに過激だったのッ!?』

「そんなことないよ!」

 言い合いながら廊下を駆け逃げる裕香とルクス。その背後から激しい足音が鳴り迫る。

 階段、そして階下へ向かおうとする裕香たち。その目の前に、お揃いのおもちゃのベルトを巻いた小裕香と小孝志郎が現れる。

「な!?」

 驚き背後を振り返る裕香。その背後からは部屋で襲いかかってきた小裕香が変わらずに迫っている。正面に視線を戻した裕香の目の前で、もう一組の小裕香たちはそれぞれに一枚のカードを取り出す。

『スター!』

 小孝志郎のベルトが二つの内、右のホルダーに挿入されたカードを読み込み叫ぶ。そしてそれが裕香のベルトの右ホルダーに転送される。それに続き、正面の小裕香が左ホルダーへカードを差し込む。

『ザ・フールッ!』

 二枚のカードを読み込み、待機音を鳴らすベルト。小裕香は無表情なままそのベルトのサイドハンドルを左右に開く。

『スター! ザ・フールッ!!』

 おもちゃのはずのベルトが二つのカード名を続けて叫ぶ。同時にベルトを巻いた小孝志郎が意識を失って倒れる。それに続き、ベルトを巻いた小裕香の右目が金、左目が濃い紫に輝く。

「そんな!?」

『物質界のおもちゃってあんなに高性能だったの!?』

 翡翠色の目を見開き、驚きの声を上げるルクス。その目の前で、ベルト付きの小裕香は肩から大きく左腕を回して拳を握った左腕を突き出し構える。

「あそこまで本物みたいなの、あるわけないよ!」

 腰の捻りに乗って打ち出される鋭い右拳を、体を右に振ってかわす裕香。続く左足による上段回し蹴りを潜り抜けながら、腕の中のルクスに返す。裕香はそのまま幼い自分をすり抜けて階段を駆け降りる。

 階段の半ばで上階を振り仰げば、二人の小裕香が横並びに構えなおして躍りかかろうとしていた。

「くッ!?」

 幼い自分の姿をした敵に歯噛みする裕香。

『トア!』

『オラア!』

 そこを目がけ、二人の小裕香は無表情なまま、雄々しい掛け声をあげて跳び下りてくる。

「せあ!」

 蹴り足を繰り出して飛び込んでくる二人を、裕香は階段から飛び下りて避ける。

 鋭い激突音が響く中、裕香はルクスを包むように前回りに受け身を取る。そこから靴の置かれた段差の前で立ち止まり、息つく間も置かずに振り返る。階段の踊り場で蹴り足一つで立つ二人の小裕香は、揃って逆の足を降ろして床を踏みしめる。

「……ルーくん、私が変身したらドアを開けて、外に出よう」

 それに対して裕香は抱いていた相棒を左後ろへ飛ばし流す。

『分かった』

 頷き応える相棒。裕香はそれを背中に隠しながら右の拳を固め、脇を締めて立てた左掌に叩きつける。鋭い破裂音と共に光が弾ける。

 眩い輝きをものともせずに、駆け迫る二人の小裕香。裕香はそれを真正面から見据えて、輝く右手を左手に擦り合わせて横一文字に振り抜く。その軌道のままに輪を描き、裕香を取り囲む光。二人の小裕香は光の帯の前で床を踏み、それを越えてもう一度跳躍する。

『ユウカッ!?』

「変身ッ!!」

 だが裕香は眼前に迫る蹴り足から目を外すことなく、光灯る右拳を高く突き掲げる。

 瞬間、爆音を上げて広がった光が二人の小裕香を吹き飛ばす。ルクスと共に光の柱に包まれた裕香は、全身を覆う衣服を体の線を晒すボディスーツへと変える。続いてその上を、周囲の光の壁から伸びた光の帯が包み、白銀の装甲を翡翠の宝玉の収まったベルトから上下に形作っていく。

 頭を包む吊りあがった菱形の目を備えたフルフェイスの仮面。その上をシールドバイザーが覆い、頭を守る強固なヘルメットが完成する。

 特撮ヒーロー然とした鎧の完成。それに続き、裕香の肉体が爆ぜるように膨らむ。それと共に広がった風が周囲を覆う光の壁を吹き飛ばす。

 広がり散る光。その中心に立つ戦士へと変わった裕香。そして曇りなき白銀の装甲を煌かせて、右半身を引いて右拳を腰だめに、左掌を前へ翳す形で構える。

 構える白銀の裕香に対して、吹き飛ばされた二人の小裕香は、バク宙から片手片膝を突いて着地。腕を振るい、仮面の様な無表情で構えを取る。瞬間、ベルト付きの小裕香が膝を曲げて踏み込み、躍りかかる。

 眼前に迫るベルト付きの飛び込み蹴り。それを裕香は左手で受け止める。空気の爆ぜる高い音が響く中、もう一人の小裕香がその下を潜り迫る。

「ハァッ!」

 その頭上へ、裕香は左手に掴んだベルト付きを振り下ろす。だが小裕香は身を捩ってそれをかわすと、裕香の陰でドアノブを掴むルクスへ拳を突き出す。

『邪魔者は、潰す』

『わ!?』

 無感情に繰り出される一撃に、振り返り声を上げるルクス。

「させない!」

 裕香はその間に半歩ずれて割り込み、装甲で覆われた体で受ける。

 衝撃が装甲越しに腹を打つ。それに合わせてベルト付きを掴んでいた左手にも衝撃が響く。

「くッ」

 呻き、視線を落とす裕香。そこでは床を背に足を蹴り上げるベルト付き小裕香の姿があった。

 ベルト付きは裕香の左腕を蹴り払った勢いでバク転。床に手を突いて再度仕掛けてこようと身構え、すかさず踏み込んでくる。

『ユウカッ』

 躍りかかるベルト付きに身を強張らせる裕香。その背後で、ドアの開閉音とルクスの声が響く。

「ルーくんナイス!」

 相棒のファインプレイに喝采し、裕香は軸足をドアにぶつける様な勢いで引く。その勢いのまま二人の小裕香を掴み、倒れ込むように背中をドアへぶつけ開き、巴投げの要領で外へ放り出す。

 宙を舞う小裕香二人に続き、投げの勢いに乗って外に転がり出る裕香とルクス。裕香はそのまま素早く身を起こし、左手を前に右拳を構えた半身の構えを取る。

 そこへ受け身を取った小裕香二人が、壁に跳ね返ったボールのように跳び迫る。

 拳を振り被り迫る小裕香。

「ハアッ!」

 飛び込み様の右拳を、裕香は白銀に輝く右拳を突き上げて迎え撃つ。変身によってさらに広がったリーチ差によって、装甲に覆われた拳が一方的に小裕香の胸を貫く。

 拳を受けて吹き飛ぶ小裕香。それに続いて、星明りにも似た輝きを纏う右蹴りを繰り出し迫るベルト付き。

「キィアアッ!!」

 それを裕香は左足を軸に回転。その勢いに乗せて背中越しに右蹴りを打ち出す。

『ぐふ!』

 小裕香は体をくの字に折って呻き、靴底へ重い蹴り応えを残して爆散する。

 散り広がる火の粉の中で身を翻し、ベルト付きへ追撃をかけるべく構え直す白銀の裕香。

「な!?」

 その瞬間、裕香は鋼鉄の仮面の顎を驚きに弾き上げる。

 その視線の先には、ベルト付きを支え起こそうとする孝志郎の姿があった。

「こ、孝、くん?」

 手を伸ばし、戸惑いに震える声で幼馴染みの名を呼ぶ裕香。孝志郎はそれを余所に、ベルト付きの小裕香の脇の下に入って支える。

「ひどいよ、裕ねえ……俺の大切な思い出の姿を殴るなんて」

「え?」

 俯きながらの孝志郎の言葉に、裕香はフルフェイスの仮面の奥から微かな声を溢す。その右隣にルクスが羽ばたきながら進み出る。

『コウシロー、まさか……!?』

 そのルクスの声に孝志郎が顔を上げる。そして裕香の右隣に浮かぶ白竜を見た瞬間、その眉と目が鋭くつり上がる。

「そこに、並ぶなぁッ!!」

 激しい怒気と共に、孝志郎の目から紫電が迸る。

『う、わっとぉ!?』

 とっさに体を左に傾けるルクス。その脇を電光がすり抜ける。狙いを外し、レンガタイルを吹き飛ばしたそれに舌打ちをする孝志郎。

「そこに並んでいいのは俺だけだッ!! お前にも、誰にも! 裕ねえの隣は渡すものかぁッ!!」

 孝志郎はルクスを睨み、腹の底からの怒声を張り上げて再び双眸を煌かせる。

「危ないッ!」

『わ!?』

 とっさにルクスを右頭で叩き飛ばし、射線から押し退ける裕香。その仮面で紫の閃光が爆ぜる。

「あッ!?」

 焼け焦げて白煙を上げるヘルメット。裕香はそれを仰け反りながら左手で抑え、苦悶の声を漏らす。 

「裕ねえ……」

 痛みを堪える裕香を見て、悲しげに目を歪める孝志郎。その一方で裕香は顔を抑えたまま立ち上がり、相棒を背後に隠す。

「孝くん、ダメ……ルーくんも、私の大切なパートナーなんだから! 絶対に傷つけさせたりしない! 孝くんも絶対に助けるからッ!」

 はっきりと告げる裕香に、孝志郎は歯を食いしばって軋ませる。

「ダメだ……! 裕ねえの、裕ねえの隣は俺一人だけでいいんだぁッ!!」

 裕香の言葉を振り切る様に頭を振り、叫ぶ孝志郎。それと共に孝志郎の担いでいた小裕香が紫の光となって散り、孝志郎の周囲を包む。

「行くぞ! インウィディアッ!!」

『いいぜ、小僧!』

 呼び声に応じ、孝志郎の額からずるりと現れる黒蛇。

「孝くん!?」

 裕香の叫びをよそに、孝志郎の腰に巻きつく蛇竜。それが臍の前で尾を咥えると、その体が無骨なベルトへと変わる。そして孝志郎は右手を左斜め下に伸ばし、そこから右へ振り抜いてベルトの中央部を掌で擦る。

「変身ッ!!」

 紫色の雷光が閃き、孝志郎の全身を黒いボディスーツが包む。吊り上がった楕円形の目を持つ、つるりとしたヘルメットが頭を包み、装甲付きのグローブとブーツが四肢の先を覆う。

 僅かに装甲を備えた素体らしき状態に変化した孝志郎。その周囲を取り巻く紫の光がいくつかにまとまり、装甲板を形作っていく。その紫の装甲は孝志郎を軸に取り巻くように回転し、正しい装着位置の前に来た所で吸いつくように張りつく。

 そしてつるりとしたヘルメットの鼻先から、頭頂部へ向けてシールドバイザーが形成されていく。その完成と同時に、その身長が頭二つ分ほど伸び、筋骨逞しく膨れ上がる。

『こ、コウシロー……』

「そ、その姿は……」

 紫電を広げて完成したその姿は、色や細部の形状こそ違うものの、白銀の戦士へと変わった裕香とあまりにも酷似している。

 裕香の偽物へと変わった孝志郎は、無言のまま左拳を腰に添えて右の拳を低く前に伸ばす形で構える。

「こ、孝くん……」

 それに裕香は足を引き、緩く握った拳を所在無く泳がせてしまう。

 その隙に、紫の装甲を煌かせた孝志郎が踏み込む。

「はっ!?」

 とっさに頭を庇う様に腕を出す裕香。だが腕の隙間からその狙いが右に逸れていることを見て、右腕を伸ばしながら体を右に滑らせる。

「く……っ」

『ユウカ!?』

 ルクスを狙った左拳を裕香は右腕でブロック。瞬間、左頬を仮面越しに衝撃が襲う。

「ぐ!? うッ!?」

 鋼鉄の仮面を撃ち抜く拳に漏れる呻き声。それが口から抜けきらぬうちに、逆側から追撃の拳が迎え撃つ。

 左、右と立て続けに脳を揺さぶる衝撃に体勢を崩す裕香。だが浮きかけた左足を下ろして地を踏みしめると、鼻先に迫っていた右の拳をバイザーと装甲に覆われた額で迎え撃つ。

 激突音と共に離れる額と拳。裕香は色違いの似姿を見据えながら、右の拳を固めて腰だめに引き絞る。

 だがいざ放とうとした瞬間、相手のシールドバイザー越しの仮面に泣き顔の孝志郎が重なり、拳が詰まり勢いが鈍る。躊躇いを乗せて放った拳は、首を逸らしてかわされ、その手首を取られる。

「しまっ……!」 

 裕香が皆まで言うのを待たず、その視界がぶれる。

 一瞬の浮遊感の後に背を打つ衝撃。直後、その胸に上から重い一撃が撃ち込まれる。

「が、は……!」

 胸を軋ませ、その内に巡る空気を絞りだそうと押しこまれる右足。自身を地面へ縫い止めるそれを、裕香は漏れ出る息を堪えながら両手で掴む。だが紫の戦士はそれを気にした様子もなく、踏みつけた足を捻りこむ。

「ぐぅ……っ!?」

『ユウカ!? 止せ、止めるんだコウシローッ!!』

 呻く裕香の姿に、魔力光を溜めて飛びかかるルクス。しかし紫の戦士はその体を右手で掴み捕らえ、親指と人差し指で首を締めあげながら吊り上げる。

「る、ルーくん……ダメ、ダメだよ孝くん……」

 裕香はか細い声を絞り出しながら、自身を縫い止める足を押し退けようともがく。しかし弱々しい掴み手は紫の装甲を滑り抜けてしまう。

『ゆ、ユウ、カ……』

 弱々しくもがく裕香の姿に、ルクスも苦しげな声を零す。

 紫の戦士は自身の手の内に捕らえた白竜と、足の下の裕香を交互に見やる。そして再度ルクスへ目を戻すと、その肩が軽く上下に揺れ出す。

『フッフフフ……』

 含み笑いを零す紫の戦士。だがその声は孝志郎のものとは違う、低く、声変わりをとうに終えた男性の様なもの。

 そんな低い声音で笑い続けながら、紫の戦士は空いている左手を軽く持ち上げて、そこに視線を落とす。

『フフ……この熱く滾る嫉妬、そして力を求める餓え……この小僧の力は目をつけた通り、実に、実に素晴らしいッ!!』

 その言葉と共に、紫の戦士は空を握り潰す様に左手に拳を作る。

「お前、まさか……ッ!?」

 孝志郎とは思えない紫の戦士の口ぶりに、裕香は真直ぐに顎先を見据える。すると紫の戦士は顎を引いて視線を落とし、ゆったりと首を回して見せる。

『お前の考えている通りだ、白竜の契約者。今この体を動かしているのは小僧じゃあない』

 そう言って握りこんだ拳に紫電を迸らせて右手に吊り上げたルクスを見やる。

『だが、俺は契約には誠実な幻想種だ、この小僧が妬む白竜はきっちりと始末してやるさ』

『ぐ、うう……!』

 孝志郎の体をの取ったパンタシアの言葉とルクスの絞り出すような呻き声。それを聞き、裕香は自身を踏みつける右足の装甲に指をめり込ませる。

「そんなこと、させるものかッ!」

『な……!?』

 不意に足にかかる圧力に驚き怯む偽の戦士。その隙に、裕香は掴んだ右足を押し退けて、その下から転がり逃れる。そして回転の勢いのまま起き上がり、素早く懐に踏み込んで鳩尾みぞおちに拳を叩きこむ。

『ごぉ!?』

 苦悶の声と共に緩む手から逃れるルクス。裕香はそれを庇う様に背後へ隠して前に出る。

「スゥゥゥ……」

 そして鋭い呼気と共に、右、左と腕を横薙ぎに振るい、左拳を腰だめに、拳を立てた右手をゆっくりと顔の前に伸ばす。

「孝くんは、絶対に取り戻すッ!!」

 裕香は鋭い声と共に、その両拳を握り鳴らした。

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