その23:緊張感のない会話
「なあ、シングマスさんよ?」
シングマス王に近づいたハンターが、耳元で話しかける。
「なんだよ、ハンター」
「今はクラウディだ」
「言ってる場合かよ、まったく……」
「死にたいのか、黙ってろ」
レティシアは二人の様子を確認すると、拳銃を交互に二人へと向ける。
「別にいいだろ? 単なる世間話さ」
「脱出する作戦でも伝える気だろ?」
「この状況で、どうやって脱出すると? それに慌てなくてもシングマス王さえ死ねば、俺は助けてもらえるんだろ?」
「お、おい、ハンター! そりゃあないだろ!」
顔面蒼白にしてハンターに訴えかけるシングマス王に、レティシアは口元を小さく緩めた。
「そうだな。好きにしろ。どうせあと少しの命だ」
拳銃を引っ込めて、レティシアは腕を組んでそっぽを向いた。ここぞとばかりに後ろに下がりつつ、ハンターとシングマス王は囁き続ける。
「お前なぁ、俺を助ける気はないってわけか?」
「命あっての物種って言葉を知ってるか?」
「ひどい奴だな、まったく。バウンティの名が泣くぞ……」
ぼやくシングマス王を意にも介さず、ハンターは話を続けた。
「それで聞きたいんだが、心当たりは本当にないのか?」
「当たり前だろ。なんで俺が人民――しかも女性を苦しめなくちゃならんのだ」
「男だったらいいのかよ」
「時と場合による」
「やっぱり、死んだほうがいいかもな」
「じょ、冗談だって。人民は男女関係なしに俺の宝だよ!」
慌てて否定するさまを、にやけながら見つめるハンター。
「そう気を落とすな。俺だって、お前が悪政を行うような奴だとは思ってない」
「だろ? そこんところをよく説明してやってくれよ」
「信じると思うか? 世間話をするような仲の人間の言葉を。戯言だと思うに決まってるさ」
「そりゃ、そうだよなぁ……」
がっくりとうな垂れるシングマス王に、ハンターはさらに近づき、声を抑える。
「で、実際のところどうなんだ?」
「だから俺はやってない……」
「そうじゃなくて、お前が死んだら喜びそうな奴だよ。そいつがお前を陥れようとしている可能性が高い」
少し考えてから、シングマス王は口をへの字に曲げた。
「そんな奴、いないと思うけどな……」
「あのな、ウォルガレンの滝の事件で、レスチアが無罪になったのを忘れたのか? 裏であの滝を壊そうとしている奴がいるんだ。思い通りに滝を壊すには、どうすればいい?」
「王座につくってわけか?」
「そういうことだ。まだお前には跡継ぎがいない。そうなると王都で重要なポストについている人間が、次の王になるはずだ」
「そこまでやるかな……」
首をかしげながらも、渋々と思い当たるふしをあげる。
「まあ、もし俺が死んだら、候補として上がるのは宰相のクローヴィス、大臣のロタール、それに軍師のミュラーぐらいだろうな」
「じゃあ、その三人の内のだれだが怪しいんじゃないか?」
ハンターの意見に天を仰ぐシングマス王。その視界に、黒い人影が移る。慌てて目線を元に戻し、大きなため息をついた。
「どうした?」
ハンターの問いにも答えず、シングマス王はそれ以降、口を固くつぐんでしまった。