その22:異常事態
だが――、
「レティシア?」
耳元で名前を呼ばれ、レティシアは我に返った。心配そうにレティシアを伺う仲間と、怪訝そうに見つめるシングマス王とその配下。
「ああ、すまない……」
レティシアは仲間を手で制すると、きつい眼差しでシングマス王を睨みつけた。
「お前をここで殺すのはたやすい。だが、それで許されるわけがない。よく自分の悪行を思い出し、後悔に後悔を重ねるがいい。それからなぶるように殺してやる!」
そのままレティシアは見張りを続け、メンバーの一部に食事を取らせ始めた。運ばれてきた料理はシャンデリアの下敷きになっているため、それぞれが持参した携帯食を頬張っている。
医者にはすぐ殺すようにといわれていたが、それではレティシアの気がすまなかった。
『これでいいんだ。懺悔して、土下座して、自分の考えを悔い改めさせてやる』
集落に残した、病気に苦しむ娘の顔を思い出しながら、レティシアは唇を噛んだ。
シングマス五世の暗殺を企んだ二人を、牢屋へと入れたレッシュとフランカー。会食場へと戻る際に、不穏な空気を読み取っていた。
「何かあったんですかね?」
「かもな……」
二人は顔を見合わせてから、走って会食場へと向かった。
入り口の前へと辿り着くと、メイドの姿をした女性が三人ほど、首をかしげている。
「どうした?」
「あ、フランカーさん。よく分からないんですが、会食場の扉に鍵がかかってるんです」
「鍵だと?」
フランカーはノブに手をやり、捻ってみた。確かに鍵がかかっており、開きそうにない。
「わたしの出番ですか?」
「ああ、頼む」
背後から乗り出してきたレッシュが、懐からキーピックを取り出し、鍵穴へと差し込んだ。
だが、二、三秒ですぐにキーピックを引き抜くと、首を横に振ってみせた。
「どうやら、鍵穴になにか詰められてるみたいです。粘土のようなものかと……」
「ってことは……」
「間違いなく、中でなにかが起こって、誰かが故意に扉の鍵を開かなくしたんでしょう」
「くそっ、無理やりこじ開けてやる!」
フランカーがノブに力を込めると、ミシミシと扉のきしむ音が聞こえてくる。
「ちょっ、待ってください、フランカーさん!」
「だがレッシュ、早くしないとシングマス王が!」
声を荒げるフランカーを、レッシュは手で制した。
「何かあったのは事実です。ですが、中の連中が目的を達成してないのも事実です。でなければ扉に鍵をかける必要など、ないですからね」
「た、確かにそうだな……」
「中の状況も分からないのに、いたずらに飛び込んでも危険なだけです。シングマス五世が目当てなら、飛び込んだ瞬間に殺されるかもしれません」
「ああ、まったくだ。すまなかったなレッシュ。つい頭に血が上っちまって」
頭に手をやりながら、フランカーが謝ってくる。レッシュとは年の差が親子ほど離れており、本当なら若造が!と一喝したいところだろう。
だが、同じ特殊部隊長としての信頼がフランカーを謝らせた。レッシュは頬を緩めて、首を振る。
「いいえ、フランカーさんのシングマス王を守るという気持ちが、すごく伝わってきましたよ」
「それはいいとしてだな。どうするつもりだ? まさかこのまま指をくわえているわけにもいかないだろ?」
「大丈夫です。わたしが中の状況を調べてきますから。フランカーさんはここで待っていてください。もしも中で銃声や乱闘の音が聞こえたら、その時は迷わず飛び込んでください」
「ああ、分かった」
フランカーを置いて、レッシュは足はやに廊下を駆け抜けていった。目的地は一つ、中の状況を把握できる場所だ。