その11:レッシュの過去
「聞いちゃいけないのかもしれないけど……」
「だったら聞かなければいいじゃない」
「でも、気になるからさ……」
「まっ、分かる気はするけどね。ハンターのことでしょ?」
シェラは無言で頷いた。長い髪を手早くまとめながら、口元を軽く緩めるレッシュ。
「本人に聞けばいいんじゃない?」
「教えてくれると思う?」
「いいえ、思わないわ。だけどそれなら、なおさらわたしからは言えないわ」
「でも……」
唇を噛みながら、シェラが悔しそうに顔をゆがめる。
「しょうがないわね……ハンターのことは話せないけど、わたしの昔話ならしてもいいよ?」
シェラの隣に座り、微笑んでみせる。シェラが頷くと、レッシュは記憶を探るように、顔を上向かせた。
「わたしはね、本当は第三部隊の人間だったんだ」
「えっ? 第三部隊って、射撃の部隊だよね?」
「そう。わたしはファリス姉さんに憧れて、小さい頃から射撃の練習をしてた。入隊試験は十六歳から受けられるんだけど、三年目でようやく合格したわ」
「でもそれって、すごいことよね?」
「まあね。十六歳で合格した人も知ってるけど、十代で合格する人はほんの一握りかな」
「だから射撃が得意なんだ」
感心するシェラの隣で、自嘲気味に微笑む。
「だけど、二年ほどで除隊になったのよね」
「どうして?」
「第四部隊の設立が計画されたからよ」
悔しそうに、歯軋りを鳴らすレッシュ。畏怖を覚えつつも、シェラは尋ねた。
「第四部隊って、盗賊の……」
「盗賊って呼ぶな」
「え、えっと……解除部隊?」
なんと呼んでいいか分からず、恐る恐る聞き返す。
「そうか、解除部隊か……それもなかなかいいかもな」
口元に手をやりながら、ひそかにほくそ笑む。少し機嫌が回復したらしく、硬かった表情が和らいでいく。
「だ、だけど、その第四部隊とレッシュと、どんな関係があるの?」
自然と沸き起こる疑問に、レッシュは淡々と答えた。
「新しい特殊部隊を作るとなると当然、隊長が必要となる。それも、特殊部隊の仕事に精通している人間が望ましい」
「そういえば、特殊部隊の仕事ってなんなの?」
シェラが尋ねると、少し呆れながら、
「本当に知らないの?」
レッシュが聞き返してくる。
「わ、悪かったわね……でも殊部隊に入るつもりなんて、なかったし。今回だってレッシュからの依頼がなかったら受ける気も起きなかったし」
身振り手振りを交えながら、言い訳を語る。レッシュは苦笑しつつ、説明を始めた。
「特殊部隊ってのは名前の通り、王都に仕える兵士の中でも特別な扱いを受けているの。普段の行動は自由。仕事がなければ、家で寝てたってかまわないし、旅をしてたってかまわない。だからわたしは、冒険家として世界中を旅して回ってるの」
「でも、それじゃあ仕事が出来たときに、困るんじゃないの?」
「それを解決するのが、この腕輪ってわけ」
右袖をまくって、緑色の腕輪を見せる。以前、レスチアが滝に爆弾を仕掛けた時に、自警団へと提示していたものだ。
「この腕輪は身分証明であるのと同時に、緊急時にはすぐに王都へと召還される魔法がかかっているの。確かに自由に行動はできるけど、ひとたび仕事ができれば、問答無用で王都へと呼び出されるってわけ」
「それって、落ち着いてられないんじゃ……」
「まあね。宿屋で寝てて、気がついたら王都にいたって時もあるし。だけど、固定給があるからね。仕事がなくても結構な額のお金が入るし、最近では仕事が終わると元いた場所へと戻してくれるから、これでも大分、働きやすくなってきてるのよ?」
レッシュはそう言っているものの、シェラはあまり乗り気でなかった。やはりお抱えという点では、普通の部隊と変わらない――それがシェラの感想だった。
「仕事内容は、まあ危険なものが多いといえば多いわね。敵対する組織と戦ったり、未開発の地に入って調査したり。通常部隊は専守防衛が常だけど、特殊部隊はこちらから打って出るのが主な仕事ってとこかしら」
ようやく仕事内容を理解できたシェラが、大きく頷いてみせる。そして先ほどの話を進めるべく、聞き返した。
「で、第四部隊の隊長に、レッシュが選ばれたってわけなの?」
「そういうこと。手先の器用さと身軽さを、運悪く買われたせいでね。当時の第三部隊長に勝手に決められたのよ。反抗の余地もなかった」
大きくため息を吐いてから、レッシュが続ける。
「それからの五年間――特に最初の二年間は、本当に地獄だったわ。性質の悪い隊員を統率したり、やりたくもない鍵開けや罠の解除を勉強したり……その上、盗賊呼ばわりされるんだから、たまったもんじゃないわ」
「だから、盗賊って呼ばれるの、嫌なんだ」
「正直に言うと、早いところ隊長を辞して、第三部隊に戻りたいんだけどね。まだできて間もない部隊ってのもあるのか、隊員として三年間勤続する人材がなかなか出てこないのよ。おかげで隊長は、未だにわたしのままってわけ」
「三年続いたとしても、その隊員が隊長になりたがるかどうか、分からないしね」
「そっか、その可能性もあるのか……気づきたくなかったわ」
うなだれるレッシュをみて、自分の失言に気がつくも、時すでに遅かった。
励まそうと言葉を捜すシェラ。だが、思いつく前に、レッシュがおもむろに立ち上がった。