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第1話

少女はゆっくりと目を開けた。

ベッドがきしむ音を聞き、ついさっきまで眠っていたのだと分かった。

窓から差し込む月明かりだけがこの暗い部屋を照らす。

体を起こし、部屋の中を眺めた。見知らぬ天井、壁、柱、家具。

目覚めた少女の目に映るすべてのものが、何もかも初めて見るものばかりだった。


ここはどこだろう?


そう思い、辺りを見渡していると、部屋の隅に置かれた鏡台が目についた。

ベッドから下りて、その鏡台の前に立ってみた。鏡に映った少女の顔。

「これが...私の顔?」

普通なら見慣れているはずの自分の顔。しかし、少女の瞳には初めて見るかのように映っていた。

これが私の顔...。違う。これは私の顔じゃない。こんな顔見たことない。

でも、それなら私の顔は?私はどんな顔をしていたの?

私の顔は...。分からない。思い出せない。いくら考えても答えは見つからなかった。

「あなたはいったい誰なの?」

少女は呟くように、鏡に問いかけた。もちろん返事は返って来ない。返って来るはずはなかった。

そして、ようやく少女は気が付いた。鏡に映っているのは、ほかでもない自分だということに...。


これが私の顔なの?本当に?


怖い。自分の顔が分からないなんて。

私の顔は...。私の顔は...。思い出せない。

不安と恐怖に駆られ、逃げるように部屋を飛び出した。

部屋を出た少女が目にしたものは、規則正しく並んだ扉とどこまでも続く廊下。

そして、廊下に点々と置かれたろうそくの灯りだけがこの廊下を照らしていた。

ろうそくの灯り以外は何も見えないのではないかと思うほど、ここはとても暗く、

その灯りで廊下に敷き詰められた赤い絨毯の色がかろうじて識別できるぐらいだった。

どんなに走っても、どこに行っても暗く、その景色は変わる気配を見せない。

少女は途方に暮れて立ち止まった。

そういえばここはどこだろう?...本当に私は知らないの?

自分の顔を思い出せないように、もしかしたら忘れてしまっただけ?

それとも、ここは私の知らない場所?

どちらでも同じかもしれない。今の私にはここがどこなのか分からない...。


「ねぇ。少しくらい喋ってくれてもいいじゃない。」

女の人?どこからか聞こえてくる女性の声が少女の耳に届いた。

「聞いてるの?」

少女は声だけを頼りにして、聞こえてくる声の持ち主を探した。

歩く度に少女の耳に届く声も少しずつ大きくなっていく。

少女が声のする方へ近づいて行くと、暗い廊下に一筋の光が見えた。

ほんの少し開いた扉から聞こえてくる声。

探していた声はそこから聞こえているようだった。

少女がそこからそっと中を覗くと、声の持ち主らしき女性が立っていた。

あの人に聞けば何か分かるかもしれない。

「あの...。」

そんな期待を抱きながら声をかけようとした時、その女性のすぐ傍にもう一人誰かが立っていることに気づいた。

黒い服を身に纏った、銀色の髪をした男性。


なんて綺麗な人なんだろう。


顔はよく見えなかったが、気が付くと彼に見とれている自分がいた。

どうしても目を逸らすことができない。

何かに取り付かれたかのように、彼だけを見つめていた。

少女にとっては彼の存在が美しく思えた。

「私の体を求めているんでしょう?ここに来る男はみんなそうだもの。」

部屋にいた女性が彼に歩み寄り、彼の首に両腕を回した。

「それとも、ほかに何か欲しいものがあるのかしら?」

女性は微笑みながらそう言った。

「血を...。」

「血?」

その男性は両腕でしっかりと女性の腰を抱え込み、体を引き寄せた。

それからあっという間のことだった。

あまりにも突然のことで、少女は何が起きたのか理解できず、思わずその場に立ちすくんでしまった。

彼が女性の体から腕を離すと、女性が床に倒れ、女性が起き上がることは二度となかった。

やっと状況を把握した時にはもうすでに手遅れだった。少女は言葉を失い、その場から動けなくなっていた。

目の前に広がる目を疑いたくなるような光景。

彼の唇からは赤い液体が滴り落ち、口元から覗いた鋭く尖った牙が人ではない証のようだった。

少女が恐る恐る彼を見つめていると、彼も少女に気づいたのだろうか。

冷めた目で扉から覗いていた少女を見つめた。

少女が初めて目にする彼の瞳は血のように赤く、凍りついたように冷たい。

そして、その整った顔立ちは美しいとしか言えなかった。

でも、どうしてそんな顔をしているんだろう?

こんなに綺麗な顔なのに...。悲しみで歪んでいる。

少女は扉を開け、彼がいる部屋の中に入った。

「どうして逃げないんだ?」

彼は冷たい口調で少女に言った。自分でもよく分からない。

彼の言うように逃げた方が良かったのかもしれない。でも...。

「見ただろう?僕は...」

赤い瞳が少女を拒絶する。それでも彼に近づいた。

「あなたは悲しんでいるの?」

そう言って、少女は右手で彼の頬を触れた。

少女の行動に彼は驚き、震えるような声で少女に尋ねた。

「怖くないのか?」

少女は頷き、赤い瞳を見つめた。

怖いとは思えなかった。

こんなに冷め切った体なのに、あなたは...。

「とても優しい目をしているから。」

少女が微笑むと、彼は何も言わず、触れられていた少女の手を握りしめた。彼の手は少し震えていた。

「名前...。」

「え?」

「君の名前は?」

「私の名前?私の名前は...。」


あっ...。


少女はやっと理解した。どうして今まで気がつかなかったんだろう。

分からないのは、思い出せないのは自分の顔だけじゃなかった。

「私...。」

彼は少女の名前を待っているようだった。決して少女から目を逸らそうとはしない。

握りしめている手の力が少しずつ強くなっていく。

しかし、いくら考えても、どんなに思い出そうとしても、少女には名前すら答えられない。

それどころか、覚えていることは何1つとしてなかった。何も分からない。何も思い出せない。

ここはどこ?私の名前は?私は...





私はいったい誰?



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