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オマージュde行こう

【着信があります】

作者: 鈴村弥生

甘過ぎる野が苦手な方は、鬼門です。

 月の夜。

 メロディーが流れる。

 聞きなれていた曲。もう聞けないと思っていた曲。

 あれは、吟遊詩人の作った曲。

 聞いて、気に入って、着信メロディーに入力()れてみたんだったけ。聞き書きのスコアだから、めちゃくちゃヘタッピ。

 あれ? でもどうしてそれが聞こえるの?

 あの曲を入れた携帯は壊されちゃったはず。

 魔法学院の研究だとかで貸して、妙な事されて、分解されて焼けこげて、もう戻らなくて…

 悔しかった、悲しかった。

 修理屋のセルが取りあえず組み立ててくれたけど、入らない部品も何個か出てもう使えなかったはずなのに。

…まだ鳴ってる…

 夢かな?

 夢だよ。

 第一、 ここはもうグリュホンじゃない。

 時の精霊のカチュアのおかげで、帰って来れたんじゃない。

 もう一年半も前の事だよ。

 今は高3で、来週にも付属短大の受験があって…

 ここはあたしの部屋で、あたしの家で、あたしの世界。

 魔法も剣もありゃしない。

 平々凡々な当たり前の事しか起こらない、壊れた携帯が鳴るはずの無い世界。

 そしてあたしは、自分のベッドの上にいる。

 夜中だもん。寝てたんだもん。

……だから、夢だ。


 グリュホンかぁ。

 今になってみると、あの世界も夢の中みたい。

 王子様やお姫様、騎士に魔法使いまで居てさ。

 まるっきりファンタジーの世界そのもののような所。

 まあ、御当人達は、ファンタジー小説みたいじゃなかったけどね。

 みんな一癖も二癖もあって、一筋縄じゃ行かない連中ばっかり。

 特にあいつよ。

 グレン・カドフェル

 何か知らないけど、王国筆頭魔導士なんていう御大層な肩書のスチャラカ野郎。

 魔法使いらしい神秘的な所、かけらも無い俗人。

 いっつもセクハラ紛いの事言ってさ、おまけに陰謀の囮に使ってくれたりして、人をなんだと思ってんのさって奴。

 あんな奴に係わったのがあたしの一生の不覚よね。

 お陰でいまだに、忘れられない……


 あいつ、何でかずっと側に居た。

 異世界に落っこちたあたしの保護者やってたのは魔導士のルキセルだったけど、あいつはルキセルの保護者みたいだったから、あたしもひっくるめて保護者してるつもりだったのかな?

 いっつもへらへら笑ってて、余裕かまして、えらそうで、それでいてあたしが辛い時、苦しい時、判ってたのかな? 笑わすか怒らすかしてくれた。

 手玉に取られて癇癪おこしてから気がつくんだ、苦しいのが楽になってるのを……

 なんだかなぁ。

 わかんない奴。

 帰って来るの突然だったから会えなかったし、お別れも何も言えなかった。

 あいつ、あたしの事どう思ってたのかな?


 そう言えば、一度だけ告白紛いのセリフ聞いたっけ?

 お前は俺と同類だとか、本気になれるかも。なんて軽く言ってさ。

 そうそう、退屈させないとも言ってたな。これだけは本当だと思うけど、本気ってのはイマイチ信用できないよねぇ。

 だってさあいつ、女とっかえひっかえだもん。

 あたしにんな事言った次の日に、女官さんと別れ話してるの見たもんね。

 私の為に別れたなんて言ってたけど、他にもうじゃうじゃ居るに決まってるわよ。

 それに、あいつの態度かわんなかったし。

 相変わらずからかって、相変わらず子ども扱いで、『嬢ちゃん』って呼んでさ。

 ……あの声、耳にこびり付いて消えないよ。

 『サラサ』って名前呼ばれた事もあったっけ。

 振り向いたら、キスされた。

 ぞくっとするほど優しくて、気持ちのいいキス。

 あたしのファーストキス。

 そーよ、あいつに盗まれたの。持ってかれたのよ!

 乙女の純情全開になって、真っ赤になっちゃったら、あのボケ『まだまだお子様だな』なんてほざいた。

 勿論殴ってやったわ。

 どーせそーよ。

 あんたは大人であたしはガキ。

 判ってるわよそんな事。

 だのにあんたは気がついたら横に居て、さりげなく守ってるって感じで、そういうのって嬉しいんだか腹立つんだかわかんない。

 あんたが私を本当に好きなのかも、なんて錯覚してしまいそうになる。

 大人が子どもに本気になる訳無いじゃない。

 あんた私で遊んでただけでしょう?

 なに考えてたのかわかんない。

 判んないからあたし“自分がした事”が欲しくなった。

 あたしの、存在(レーゾン)理由(デトラ)

 あの世界に私が居るには、あいつの前に堂々と立つには、“あたしが自分でやり遂げた事”がどうしても必要だった。

 でなけりゃ負けちゃう。

 あの男に。

 そう強く思った。


 妙なものよね。こっちの世界じゃあ、あたしそんなに目立つ女の子じゃないんだよ。

 飛び出さず、波風立てず、みんなと一緒。極々普通の女子高生。

 あっちであたし、はしゃぎすぎてたのかなぁ?

 『人間、意外性とハッタリ』なんて、こっちじゃ冗談程度にしか口にしないのに、あっちじゃ地で行ってたもんね。

 おまけに、偉そうに『自分の存在理由』なんて言っちゃったりして、スパイ映画のヒロインみたいに、『単独敵国潜入』な~んてことまでしちゃったんだよ。

 まぁ、ちょっとどたばたはしたけど。

 魔法を駆使して敵の城崩壊させて、戦争の勝敗ひっくり返したんだから。

 マジですごくない?

 こっちじゃ逆立ちしたって出来ない相談だわ。

 友達に話したって信じてもらえない。

 もう魔法も使えなくなったし。「半年もどこ行ってたの?」って聞かれても、覚えてないとしか言えなかった。

 身元不明の遺体と間違えられて、葬式まで出されてたし。

 あ~あ。

 フィズやダイナは喜んでくれたよ、すごいって誉めてくれた。

 崩れた敵城の廃虚の中に、駆けつけてくれてさ。

 偏屈野郎のルキセルだって、『よくやった』なんて言ったわ。耳疑っちゃったよ。

 でも。

 本当に誉めて欲しい声、聞いてない。

 あたしを認めさせたっていう確認していない。

 『やったな』って笑う顔、見ていない。

 国に戻る暇無くて、こっちの世界に帰ってきたもんな……

 あいつは皇太子殿下の側近で、国を離れる事できなくて、『帰ってきたら、いくらでも誉めてやる。子ども扱いも止めてやる』なんて、例によって、むかつく笑い顔で言ってたのに。


 メロディーはまだ流れてる。

 繰り返し、繰り返し。

 調子っぱずれな、あたしの入力()れた吟遊詩人の曲。

 本当に下手だわ。

 あれ入力れた時、あたしの耳おかしかったんじゃない?

 下手すぎて目が冴えちゃったわよ。

 頭の中ごちゃごちゃしてきて、要らない事ばっかり思い出させて、考えさせて。

 お陰で欠伸ばっかりで、涙が出てくるわ。

 そうよ、欠伸よこれ。

 泣いてなんかいない。

 向こうでもこっちでも変わらないのは、あたしが泣かないって事。

 絶対泣かない。泣いてなんかいない。

 あいつを思い出して、泣いたりなんかしてやらない。

 だってあたし、あいつの本音聞いてない。

 あいつは冗談みたいな言葉しか聞かせなかった。

 あたしがあいつをどう思っていようと、あいつはあたしを子供だと思ってた。

 はっきり判ってるんだ。

 周りに恋人だって噂されてたって、本当は恋人じゃなかった。

 だからあたしは泣くはず無い。

 泣いてないのに、涙が止まらない。

 あいつが悪いんだ。

 忘れさせないから。

 友達と話してても、いつもあの声がしないか待っている。

 路地の影から、ひょっこりと出てくるんじゃないかって思っちゃがっかりしている。

 ここは日本よ、あたしの世界よ。

 あたしの記憶にくっついていつまでも放さないなんて、止めてよ。

 行けるわけないのに、戻れるはず無いのに。

 もう、会えないのに!


 メロディーがしつこい。

 こんなぐちゃぐちゃした御託考えるのは、このドヘタな曲の所為よ。

 大体ね、壊れた携帯のくせに何時までも鳴ってるなんて非常識よ。

 壊れてるんだったらおとなしく壊れてなさいよ。

 こちとら受験勉強で疲れてるんだ。乙女の寝不足原因作ってるんじゃないわよ。


 あの携帯、どこにあったっけ?

 そうだ、グリュホンから着て帰って来た服とかと一緒にクローゼットの箱の中。

 止めてやるわ。

 そして寝るのよ。

 それで、あいつなんか忘れてやる。



【着信があります】


 月明かりの中、光る液晶に浮かぶ文字。

 非通知設定でも通知不可でも、TEL№でもなくて、その文字だけが浮かんでいる。

 本当に電話、きてるのかな?

 まっさかねぇ。壊れてるのよこれ。

 大体、電池も無いのに。

 深夜の怪談?

 え~い。

 通話ボタン、試しに押してやろうじゃないのよ。


「もしもし?」

「……よう、元気か?」

「!?」

 何これ?!

「ど~した嬢ちゃん? 聞こえてるのか?」

 この声、この喋り方。

「うそ…」

「何だよ、聞こえてるんじゃねぇか?」

 ちょっと待ってよ、何で携帯からあいつの声が聞こえるの?

 んなはずない。携帯は壊れてるんだよ。

 でもあいつは、そんなのお構い無しで喋ってる。

 非常識ここに極まれりだわ。

「お~い、嬢ちゃん。聞こえてるんなら、何か言えよ」

 相変わらずスチャラカな話し方。

 あんたって、なんでそんなに軽いのよ。

「おいおい、声だけなんだぜ、そっちで百面相してても見れね~ぜ」

 阿呆。見られて堪るか。

 泣いてる顔なんて、見せたくない。

「なあ、頼むぜ。お前さんの声、聞かせろよ」

 涙が止まらない。さっきよりどんどん出てくる。

 なんで? あたし泣いてるのかな?

 どうして?

「お前さんの声が聞きたいんだよ」

 うん、あたしも聞きたかった。あんたの声。

「頼むぜ……何か言ってくれよ」

 あんたよく喋るね、聞けて嬉しいけどさ。

 そっか。

 あたし嬉しいんだ。

 嬉しくて泣いてるんだ。

 こいつの声が聞けて、それで、嬉しくて。

 なら良いかな?嬉しくて泣くのなら、泣くのも良いかな?

「……何だよ、泣いてるのか? お前さん」

 まったくもう。何でこいつはいつも聡いのよ。

 電話口の気配まで、察しないでよ。

「何泣いてるんだ? 言えよ……」

 うるさい、そんな恥ずかしい事、電話でも言えないわよ。

「言わなきゃ判らねぇぜ」

 そうかな? 素直になった方が良い?

 そうかもね。

「サラサ……お前の声が聞きたい……」

 何? 今の声。

 そんな切ない声出さないでよ。あんたの身上は軽さでしょう? その軽さで世間様の目を欺いてるんでしょう?

 まったくもう。本当に人を動かすの上手いんだから。

「グレン」

 絶対詐欺だよこいつの名前。

 軟らかで口当たりの良い響き。声に出す度愛しくなる。

「グレン……グレン、グレン! グレン!!」

 ほらもう、とまんない。

「はいはい、何遍もありがとさん」

 う~また笑ってる。

 見なくったって判るわ、こいつがどんな顔してるか。

 ああ、でもなんか、聞きたい事がいっぱいある。

「グレン。何であんた電話掛けてきてるの? なんでこれ壊れてるのに話せるの? なんでグリュホンとこっちで話せるの? それともあんたこっちに来てるの? 来てるんだったら今どこに居るの? 大体ねぇこんな真夜中に電話する? 普通。あ、そうだ、みんなは元気? 変わってない? あんたも元気してるみたいだね。ねぇちょっと、何か言いなさいよ」

「言う暇よこさね~のは、そっちだろうが」

「あ? そ~だっけ?」

 机に肘ついて、耳元であいつがくつくつ笑うのを聞くのって、なんか不思議。

 一年半過ぎてるのに、まるで昨日別れたばかりみたいな気がする。

 こいつの声聞いてると、安心する。

「まったく……お前さんの声を聞いてると、安心しちまうぜ」

 え…? なに? おんなじ事考えてたの?

「不思議だね。なんで話せるの? あんたの魔法?」

「ああ、電話っつ~のはイマイチ判んねぇけどな、俺は、お前さんが残していった機械の部品に術を掛けて、遠話をしてる。出来るかどうか判らなかったが、繋がって良かったぜ」

 あ、そうか、組み込めなかった部品、向こうに置いて来ちゃったんだっけ。

「そっかぁ…じゃあ、今、グリュホンに居るんだ」

 ちょっと期待しちゃったな。もしかしたらこっちで会えるんじゃないかって。

「ああ、どんなに捜しても、そっちに行く方法は見つからなかった」

「ふうん」

「ついでに言うなら、こっちは昼だ」

「時差があるねぇ」

 可笑しい。まるでグリュホンが、ヨーロッパにでも在るみたいな気がしてくる。

 騎士に王子様にドレスの王女様だったもんね。喋ってた言葉、日本語だったけど。

「お前さんが帰っちまって、半年か……結構過ぎちまったな」

「うそぉ……こっちは一年半過ぎてるよ」

「げ!? マジかよ」

 さすが異世界。半端な時差じゃないわね。

「あたし、グレンと八つ違いになったんだね。なんか面白いな」

 グリュホンじゃ九つだったもの。

「いそがねぇと追いつかれるな」

 小さい声がぼそりと呟く。

「え? 何が?」

「何でもねぇ」

 変なの。

「みんなも変わり無いぜ。殿下は今、皇太子妃にって押し付けてくる見合い話から逃げるのに必死だ、姫さんも頑として、嫁には行きたくないらしい」

「そりゃそうよ、ダイナは待ってるんだもん」

「誰を?」

 あ、ヤバ…

「う…言わない。約束したもん」

「大方あの見習い騎士だろう? 殿下も感づいてるよ。判り易いんだよ、あいつ等は」

 あうっ読まれてるし。

「まあ、あいつも戦でダークスと一緒に結構手柄立てたからな、何とか道も開けるだろうぜ」

 めっずらしーこいつが楽天的な事言うなんてさ。

 それともただの軽口?

「実はな、国王陛下が、奴さんを気に入ったんだよ。国家機密だぜ、これ」

「それを国外に漏洩して良い訳?」

「ヘ、盗聴できる奴なんかいねぇよ」

 相変わらず、すんごい自信。

「ルキセルの奴も、神代魔法の糸口、見つけたぜ」

「へぇ、良かった。ずっと研究してたんだもんね」

「ああ、お前さんを返す為に研究していた、帰還魔法が、かなり役に立ったらしい。それに、精霊族の全面協力も得られたからな」

 え? ってことは。

「もしかして…フィズ」

「先月婚約した。精霊族の長老も、孫娘の婿の為だからな、古文書の写本を許したそうだぜ。神代文字の解読も、お前さんが残した本やノートが、役に立ってる」

「何で?」

 なんか面白いの? 楽しそうな笑い声。

「ちよっと、何でよ?」

 あたしが向こうの文字を覚えたり、魔法の勉強の為に書き散らしたノート、全部あっちに置いてきた。あんな物が、なんで役に立つの?

「嬢ちゃん、知らなかったのか? お前さんの使っていた文字が、神代文字なんだよ」

「日本語が?」

「ああ。お前さんこっちに来たら、神代文字のオーソリティに成れるぜ。魔導士資格も、見習いから一気に肩掛け拝領だ。上手くすりゃ特級も夢じゃねぇ」

 うわーー。世の中どうなってるの?

「びっくりした」

「だろうな、俺もルキセルもびっくりしたよ」

「すごいね。でも」

行く方法無いじゃない……

「ん?」

「あ、あんたはどうなの? また女泣かしてるんじゃないの?」

「……いいや」

 ん? ワンテンポずれた。

「今は女に泣かされてるぜ…」

おやまあ。

「あんた泣かすなんて、すごい女傑ねぇ。どんな人?」

 き…聞きたくないなぁ本当は、何か、胸の奥が痛い。

「ああ、すげ~女傑だぜ。俺に一目惚れさせた女だ」

「ふうん…」

「けどな、その時は自分に気がつかなかった。どうってこたぁねぇって思ってた」

「そうなの…」

「俺は人間手駒にするの得意だからよ、思い通りに動かない奴が気になるんだと思ってた」

 痛いな。人の惚気なんて聞きたくない。

 話振らなきゃ良かった。

「それなのに、自分でも気がつかないうちに、そいつの側に行ってた、話をするのが楽しかった。そいつの言う事は、いちいち俺の核心を突きやがる。手痛い事もあったなぁ。それでも、そいつの顔が見れるだけで、満足してたんだ」

「そっか…」

 語んないでよね、こっちは痛いんだから。

「そいつのしたい事なら、なんでもさせてやりたかった。腕の中に閉じ込めて、身動き取れないように捕まえるのは簡単だったが、そんなことしたら、そいつはそいつじゃなくなっちまう。俺が惚れた女じゃなくなる。それが恐くて、冗談みたいな事ばっかり言ってた」

 あたし、なんでこんな話聞いてるの?

 胸が痛いよ、聞きたくないよ。

 あんたが他の人を好きだなんて話、嫌だ。

 なあんだ…

 やっぱりあたし、こいつが好きなんだ。

 自覚した瞬間に、失恋かぁ。

 なんでこんな電話かかってきたんだろう。

「らしくないねぇ……」

「ああ、らしくねぇ。だが、これが本音だ。女誑しだの色男だの言われていても、惚れた女にゃ手も足も出ない。一度口説いてみたが、その時も、冗談めかさないと言えなかった。お陰でまともに伝わっちゃいなかったな。情けない男さ…本気で捕まえようとした時には、そいつは手の届かない所に行っちまった…」

「知らなかったなぁ…って、あたしが帰った後の話?」

 こいつにとって、あたしって、自分の恋の話が簡単に出来るような相手なんだな。

 友達って訳か。

 やだな。

「そうだぜ。お前さんが帰った後だ。一月もたなかった」

「御愁傷様」

 一月ね。前に引っかけてた女の人達よりは長いんじゃない?

「そ~だな。本音でぶつかりたがる奴だったから、こっちも本音で口説かないと、絶対わかんねぇんだろうな……だから、今、本音で口説いてる」

 え?

「お前さんは帰りたがってた。ずっとな。よく知ってたさ。やっと帰れたんだ、良かったな、って思ってやるのが普通だろうさ。だが、一月持たなかったよ、そんな虚勢は」

 何? 何言ってるの?

「お前が居ない。一月目で、それに耐えられなくなった。街の中うろついて、お前さんを捜している自分に笑えた。二月目で、殿下にお前さんを取り戻す方法を探すと、宣言してた。四ヶ月、死にもの狂いで探し回った。帰還魔法は、俺にとってそっちは帰る訳じゃねぇから使えない。召喚魔法はお前さんを呼べるかも知れねぇが、確かなものじゃない。実際失敗しかしなかったよ 。時の精霊の神像に怒鳴りつけても懇願しても、うんともすんとも言いやしない。最後の望みで、この遠話を掛けてる」

「グレン」

「馬鹿みてぇだろ? 実際、女一人居ないだけで、こんな有り様に成るとは思ってなかったぜ。サラサ。お前の所為だ」

「せ、責任転嫁はよくないなぁ」

 あたし何言ってるのよ。

 これ、聞きたかった言葉じゃないの。

 こいつがあたしをどう思ってるのか、ずっと聞きたかった。

 本音のセリフ。

 嬉しい。ほんとに嬉しい。

「いんや、お前の所為だ。魔法の成立条件の、一番大事な所を、お前が握ってるんだぜ」

「成立条件?」

「魔法を習う一番始めに、ルキセルから教えられたろう? 魔法は呪文を組み上げる事で成立する。言葉によって発動するが、最も大切なのは、意志の力だと」

 そ~言えば、そうだっけ?

「明確な意思、強いイメージが、魔法を発動させる。呪文を丸暗記した所で、これが無くちゃあただの朗読になる。召喚魔法がまともに動かなかったのは、お前が、そっちに居たがってるんじゃないかっていう、懸念があったからさ」

「あたしを、尊重してくれたってこと?」

「まったく、このグレン・カドフェル様が、甘くなったもんだぜ。無理矢理引きずり込んで、またお前を悲しませるかと思ったら、まともに魔力も発揮できない。つまんねぇ男に成り下がったもんさ……笑えるよな…」

 電話の向こうであいつが笑う。

 乾いた笑い声。

 あたし知ってる。

 こいつが苦しい時、こんな笑い方するの。

「グレン。あたしに会いたい?」

「でなけりゃ、こんなことしてね~って…だがな、俺は肝心な事聞いてね~んだ」

「何?」

「お前が俺を、どう思ってるか。俺が冗談で隠していた分。お前から聞く事も出来なかった。こっちに来る気があるのか? そっちで暮らしたいか? 俺に会いたいか?」

 信じらんない。これって夢?

 グレンが、あたしの聞きたい言葉ばかり言う。

 大人の余裕も、何時もの軽さもかなぐり捨てて、あたしを求めてみせている…

 都合良すぎない?

 壊れた携帯が鳴り出す事自体。これ全部、夢なんじゃないかしら?

 そだね……夢なのかも。

 夢なら、少しは素直になっても良いかな?

 あたしが聞きたくて、知りたくて、夢に見ているのなら、自分の心にくらいは、素直になっても良いよね。

 あっちの世界で、現実で、素直になれない分、夢の中ぐらいは、素直になろう。

 でも、夢でも、勇気要るなぁ。

「グレン…」

「ん?」

「あんた…あたしの事、好き?」

 う~震えないでよ、声。

「いいや。違うぜ」

 なぬ?

「好き、なんじゃない」

「ど…ど~言う意味よ!」

 人が精一杯勇気出したのに、今までの本音の口説きってのは、なんだったのよ。

「好きなんじゃねぇよ。そんな軽いもんじゃねえ。そんな程度で納まるか」

………

「愛してる…」

 グレン。

「こんな言葉も薄っぺらいな。お前が居ないと、生きてるのも面倒くせぇ。今まで通りに暮らす事は出来るぜ。だがな、中身は違う。お前が変えた。変えて、そっちに持っていっちまった。ここに居るのは中身空っぽのグレン・カドフェルだ。責任とってくれよ」

 そう来るか。

「どうしてそう、あたしの責任にしたがるのよ」

「お前を取り戻したいから」

 きっぱりはっきり言い切ってくれるわね。傍若無人ってあんたの事だわ。

 夢の中でも、こいつは変わらない。無茶ばっかり言ってくれちゃってさ。

「無理いわないでよ。帰れる訳無いじゃない。方法捜して、見つかん無かったんでしょう? こっちじゃ魔法なんて使えないのよ。帰りたかろうが行きたかろうが、無理なものは無理なのよ。いくらあんたに会いたくっても、いくら声が聞きたくても、この一年半、あたしには何の方法も無かった。なのにいきなり電話よこしてさ、取り戻す? 滅茶苦茶言わないでよ!」

「俺に会いたかったか?」

「そうよ!」

「俺もお前の声が聞きたかったぜ」

「うん……」

「俺の所に来たいか?」

「だって方法が」

「無い訳じゃない。一番大事な成立条件を、お前が握ってるって言っただろう?」

「あたしが……何をするの?」

「意志だよ、こっちに。俺の所に来たいっていう、強い意志があれば、魔法は発動する」

 あたしの…意志?

「この遠話は、召喚魔法の応用なんだぜ、部品と、本体との微かな繋がりが、今、そっちとこっちをつないでいる。お前に恋焦がれて、死にもの狂いで掛けてる術で、声を届かせるのが精一杯だ。サラサ、後はお前さんだ。お前の意志だ」

「あたしが、決めるの?」

「ああ。前は、来た時も帰った時も、完全なお前さんの意志じゃなかっただろう? 今度は自分で決めろ。お前の人生を、自分で決めろ」

のど乾いてきちゃった。

 あれ? って事は、あたし起きてる? これ、やっぱ現実?

「夢じゃないの?」

「は? これが夢だったら、俺は救われね~ぜ」

 呆れたような笑い声が、時々擦れる。まるで圏外ぎりぎりで電話してるみたい…本当に、ぎりぎりの魔法なんだ。

 本当に、グレンがあたしを求めてるんだ。

 嬉しい。

 でも、どうしよう。

「そっちに行くか、こっちに残るか…決めるんだね」

「俺と生きるか、俺を捨てるかだ」

「容赦の無い言い方」

「俺にとってはそういう意味だからな」

 グレンの声が擦れる。どんどん引っ張られる。

 こいつって、まるで蟻地獄だ、結論なんて出てる、あたしが本当に望む事。もがけばもがくほど、本当の望みが、見えてしまう。

「サラサ……俺の事、好きか?」

 止め差さないでよ!

「……うん」

 ああ、言っちゃった。

「好きだよ。グレンが好き。多分、誰よりも」

 また涙出てきちゃった。

 ごめんね、父さん母さんそれに(とーる)。あたし、自分が居たい場所、見つけちゃった。

「普通の女が欲しがるような幸せは、やれないかも知れねぇ。一生苦労ばっかりかも知れねぇ。それでも、来るか?」

 否定的に言いながら、その確信に満ちた声は何なのよ。

 自信過剰が戻ってきてる。

 悔しいなぁ。

 でも、もういいや。

「毒を喰らわば、皿までだよ」

「望めよ。願えよ。どうしたい? お前がそれを言えばそれが呪文に成る。次元だろうと世界だろうと、壁なんて引き裂いてお前を取り戻してやる」

 うん。判った。

 あたしの望み。あたしの願い。

「グレンの所に、還りたい!」

 これだけが、たった一つの未来。

「来い」

 グレンの手が、伸ばされているのが見えた気がした。

 目の前で、白い光が爆発する。

 光に巻き込まれる瞬間、部屋のドアが開くのが見えた。

 母さんが驚いた顔をしている。

「母さん、ごめんね。あたし、お嫁に行く」

 聞こえたかなぁ?

 召喚魔法の渦に巻き込まれて、気が遠くなって行く…

 今度目覚めたら。

 きっと、グレンの、腕の中






END


ちなみに、後日談


サラサ「携帯、あっちに置いてきちゃった……」

グレン「いいんじゃね~か? これで、親に電話ってのができるだろう?」

サラサ「あ、そっか~それいいね♪」


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