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角の秘密

 低い椅子に深く腰掛け指をゆったりと組んだ王の姿からは、威厳よりも物静かな老人のような思慮深さが感じられた。

「あの、はじめまして」

 ほかに適当な言葉が見つからず、生真面目に初対面の挨拶をする。王は目尻に皺を寄せた。

「君のことはリステリカから聞いている。突然のことで驚いただろう。この子は気性が激しいから失礼な振る舞いをしたのではないか?」

 お父様!と隣のリステリカが声を上げると軽く笑ってガレルド王は手で制した。

「分かっている。お前のような立派な娘をもって私は幸せ者だ。私の体が自由が利けば、お前にこんな苦労はかけなかったものを」

 隣に座った臙脂のドレスの女性がリガルドの手にそっと触れる。恐らく妃のコーネスカだろう。膝の上のクルイルも気遣わしげな視線で見上げる。

 夫妻と子供の仲睦まじげな様子に対して、一人で佇んみこちらを見据えているリステリカはどことなく距離を置いているように見えた。

 王の髪は琥珀色、王妃も王子も赤みがかった栗色で、差し込む夕日を浴びてますます蜂蜜色に煌めくリステリカの髪は、そのままこの家族の中での彼女の異質さのように思えてしまう。

 三つ編みにまとめた髪を肩に垂らし光沢のある碧い衣装を身にまとい、すっと背筋を伸ばしたリステリカは昨日とはうってかわって一国の姫らしい気品があった。

 王は改めて隼人に声をかけた。

「君の安全は保証しよう。生活にも不自由はさせない。欲しいもの、したいことがあれば何でも言ってほしい。最善を尽くそう」

「俺は……ただ元の場所に帰りたい。それだけです」

 隼人がそういうと場に硬い空気が漂った。

 少し口元に手を当てるとリガルドは隼人に告げた。

「大変申し訳ないことだが、君にはこの地に留まってもらわなければならない」

「帰る方法はあるんだろう?」

「あったとしても承知できない。この国に必要な人間なのだ。君は宿主になったのだから」

「……リステリカが飲ませたあれか」

 マリシカが咎めるようにこちらを見たがかまわず続ける。

「第一、宿主ってなんだ?俺は何のために連れてこられたんだ?説明もなしに留まれと言われて大人しく従う人間なんかいないだろ」

「たしかに君はそれを知る権利がある。——伝承に曰く、宿主の血は異界人によりもたらされた天馬を従える希なる力」

「天馬?」

「君が乗ってきた馬のことだ。額に角を持つ天翔る馬をグラスレイルの民は使役する技を持つ。生まれて間もない仔馬をホロル山から捕らえてくるが、それだけでは人は天馬に乗れない。乗ったとしても瞬く間に空へと駈けていき二度と戻ってくることはなだろう。天馬を使役するのには仔馬から抜け落ちた幼角を使うのだ」

 言葉をついでステリカが首からペンダントを引っぱりだして目の前にかざす。

 その革ひもの先に紅い牙のようなものがぶら下がっていた。

(あれが……天馬の幼角)

「冬に生まれた仔馬は春に角が生え変わり、それから宙を駆けるようになる。しかし宿主の血で染めた幼角を人間が持つと天馬はその人間に従うようになる」

「つまり宿主の血染めの幼角をもつ人間が天馬の主になれるってことか?」

「その通り。そして我が王国は東クロカース連合に加盟している国で最大の天馬の供給国でもある。天馬は人を乗せて空を飛ぶ唯一の獣ゆえ需要が高い。もちろん軍事にも重用される。毎年春になると一年間調教した天馬と一年分の小麦とを交換してきた。そういう盟約なのだ」

「軍馬の生産の為に俺を誘拐してきたっていうのか、あんたたちは」

「……そういうことになる」

「はっ、冗談じゃない!」

 隼人は吐き捨てた。

 聞けば聞くほど許しがたかった。

 この国がどれほど天馬を必要としてるかは知らないが、他人の人生をめちゃくちゃにする理屈にはならない。しかもこの話では毎年血の提供をしなければならないということで、それはつまり一生続くということではないか。

「それが俺とどんな関係があるって言うんだよ。俺を返せよ。行って帰って来れるんだ。帰れないとは言わせない」

「ゲートは一年に一度しか開かないわ。それにまだ今年分の血をとってない。もし貴方が帰れたとしても私は別の誰かをまた連れてくる。今度は貴方の家族かもしれないわよ。貴方、それでもいいの?」

 リステリカの言葉はどこまでも冷たい。

 卑怯だ、と隼人は唇を噛んだ。

 

次回、第三の勢力。

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