謁見の夕刻
狭い室内をうろうろと歩き回り、壁を叩き絨毯をめくり上げる。散々部屋の中を引っ掻き回したあげく、隼人は日が暮れはじめた頃になって出入り口はリステリカが使った小さな扉一つしかないと諦めた。
(これから俺、どうなるんだろう)
部屋の中央に置かれた低い丸椅子に腰をかけて暗い溜息を漏らしたときだった。
石壁のむこうから人が近づく音がして部屋の扉が開いた。
現れたのは黒いスカートに小豆色の前掛けをした見覚えのある中年女性。たしか昨晩リステリカの出迎えのなかにいて、隼人に失礼なことをいったマリシカという女だ。
「起きているね?あんた隼人っていうんだってね」
遠慮なく隼人に近づくと腰に手を当てて鼻息を漏らした。
「さあさ、ぐずぐずおしでないよ。ガレルド様があんたの顔が見たいといってる」
マリシカの言葉が言い終わらないうちに、更に後ろから若い男が二人隼人に近づき、両腕を引き上げ無理矢理立たせる。
「分かってると思うけど失礼なこと言うんじゃないよ」
「おい、ガレルドって誰だ?」
憮然としながら隼人が問うとマリシカはとんでもないものを見た、とでもいうように眉をつり上げる。隼人の目の前に指を突きつけた。
「もう一度そんな口をきいたらこの私が承知しないからね。ガレルド様はこの国の王様だよ。これからあんたを養ってくださる方だ。それはそれは立派な方なんだよ」
「王様……。ってことはリステリカの父親、なのか?」
「リステリカ様とお呼び。まったく鈍臭い子だよ。姫様とは大違い。姫様はガレルド様と前の王妃様の御子だよ。クルイル様が今のお妃様コーネスカ様の御子息」
「腹違いの姉弟ってことか」
「ああ。でもリステリカ様が王位を継ぐことになるだろうね。あんた、恐れ多くも未来の国王様の天馬に乗ったんだ。分かってるかい?」
分かっているも何も、そんな事情など昨晩は知りようがない。ましてやリステリカが未来の王様で、その天馬に乗ることが恐れ多いことだなんて分かるはずがないのだ。
マリシカの説教に納得のいかない隼人は眉間に皺を寄せた。
やれやれ、といった仕草でマリシカは肩をすくめると首を振って若者に合図をした。
「ちょ…ちょっと、まて。自分で歩ける!」
力づくで両脇を抱えて隼人を引きずろうとした若者たちを慌てて制止する。
主張のおかげか、隼人の腕は拘束されたままだったが、自分の足で部屋の外に出ることになった。
***
想像した通り、そこは中世の屋敷の中のような重厚な作りの建物だ。暗い廊下を抜けて突き当たりの階段を下ると踊り場の細いスリット状の明かり取りから夕暮れの光が差し込んでいる。
そのまま下がって地上階まで降り更に石の廊下を進むと小さな中庭に出た。頭上に茜色の空が切り取られた四角い庭を回り込むと、ひときわ大きな両開きの扉が現われた。中央には使い込まれた鈍い光沢の金属の取っ手が下げられ、その上に星のレリーフが刻み込まれている。
マリシカが取っ手を打ち付けるとゆっくり扉が押し広げられた。
「お連れいたしました」
落ち着き払った声でマリシカが告げる。
隼人は押し出されるように部屋の中を進んだ。
左右には縄模様を施された木の柱が規則正しく並び、隼人の背丈の5倍はあろうかという広い空間を支えている。薄暗い室内は天井近くの窓から夕日が差し込んで奥に座っている人物を斜めに照らしていた。
頭に飾り布のついた帽子をかぶった50がらみの壮年の男。隣には豊かな栗毛の女とその膝に乗ったクルイル。
そして厳しい目つきでこちらを見つめるリステリカ。
(この人が国王のガレルド、か)
マリシカ背中をつつかれ、隼人は静かな足取りでその男に近づいた。
目の前までくるとマリシカと若者たちが恭しく礼をとったので、とりあえず同じように膝を折った。
「かしこまる必要はない。マリシカ、彼を連れてきてくれてありがとう」
あたりの柔らかい低い声。意外な気安さに隼人は驚く。
しげしげと見つめると金色の物静かな瞳が隼人を見返していた。
次回、宿主について。




