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赤の銀杯

 『日下部、お前これからどうするんだ?』

 渋い顔をした担任が顎を撫でる。

 (まだ決めてません。)

 『理工系の大学ならいいとこ狙えるぞ。機械とか好きなんじゃないのか?』

 (好きは好きですけど、進学してまでやりたいっことってないし)

 『もったいないと思うけどな、担任としては』

 本当に残念そうなのは彼が物理の化学の教師だからだろう。隼人の成績は悪くない。

 (うち、別に金持ちでもないし下に兄弟いるし親にあんま贅沢言えないんで)

 『奨学金とかも探せば色々ある。若いんだからとにかくチャレンジする前向きな姿勢が大事だ。勉強して損になることはないんだから』

 (勉強が嫌とかそういうんじゃないんです)

 『まあ日下部の気持ちも分からなくはない。色々悩むよな、この時期。けどな、一度きりの人生だ。後悔しないように決断するのがいい。将来どうやって生きていくのかも含めて真剣に考えてみる機会だと思え』

 期待に満ちた口調に隼人は仄かな罪悪感を感じてしまう。神妙な表情を作って返事をした。

 (わかりました。考えてみます)

 夜のグラウンドを歩きながら考えていた。考えるのは簡単だから幾らでも考える。でもいつかは決断しなくてはならない。自分の進む道を。自分のこれからを。

(明日の自分のことも分からないのに、将来の自分何て全然想像できねえよ)

 そう思ってため息をつく隼人の手を握る小さな指。

「お兄ちゃん」

 いつの間にかすぐ近くによく知った子供がいた。

「圭人、どうしてこんな所にいるんだ?」

 弟の圭人がその右手を掴んでいる。

「大丈夫だよ。僕がそばにいるよ」

 そう告げる弟がにっこり微笑む。

 微笑ましい仕草なのに、なんだろう、何かがおかしい。

「お兄ちゃんは何も心配しなくてもいいからね。僕たちの所にいれば奴らも近づけない」

「奴ら?」

 うん、と弟の姿をしたそれは自慢げに頷く。

「お姉様がやっつけてくれるもん。お兄ちゃんは安心して『しゅくしゅ』のお仕事をすればいいんだよ!」

 無邪気に言った子供の言葉が理解できない。

 なんだろう、この違和感は。

 隼人はいつの間にか夜の校庭ではなく、どことも知れない漆黒の闇にいることに気が付いた。

「お前、本当に圭人なのか?だって圭人は……」

 そう、弟は今年15歳ではなかったか?

 こんな舌足らずな幼児であるはずがない。

 では、これは。この子供は一体誰だ!

「おまえ……俺から離れろ!」

 ***

 自分の怒鳴り声が耳に届いて、それで隼人は目を覚ました。

 飛び込んできたのは天井から垂れ下がる幾重の布。顔に当たる光は柔らかいが澄んで明るいので、今は太陽が高く昇っている時刻なのだろう。

(俺は夢を見ていたのか)

 長くベッドに横たわっていたらしく体が酷く硬くなっている。首を動かすのに難儀しながらもようやく右隣を向くと、そこには金色の瞳が怯えたようにこちらを見返していた。

 しっかりと両手を胸の所で拳にして隼人を窺う様子にすぐに先ほどの夢が思い出された。

「さっき、俺の手を握ってたか?」

 コクンと小さくうなずくと子供は小首をかしげた。

「お兄ちゃん、どこか痛い?苦しくない?」

 どこか舌足らずなしゃべり方で隼人は納得する。やはりさっきの夢に出てきたのはこの子供。

「痛くもないし苦しくもない。もう大丈夫だ」

 ちょっとだけ口の端を緩ませると子供はあからさまに警戒を解く。直ぐに人なつこい笑みを浮かべてベッドの縁にすり寄ってきた。

 栗色の髪に世にも珍しい金色の瞳、薔薇色の頬をした子供はまるで天使のように愛らしい。その現実離れした容貌と古めかしい衣装に既視感を覚えたときだった。

「クルイル!離れなさい。あれほどこの部屋に入ってはいけないといったでしょう!」

 叱責の声とともに小さな潜り戸を開けて姿を現したのは、隼人をこの世界に連れてきた少女。

「やっぱり、お前か」

 ゆっくりと体を起こした隼人をリステリカは冷たいまなざしで見下ろした。

「喉が渇いただろうと思って。葡萄酒を持ってきたわ」

 感情のこもらぬ声でそう告げると、リステリカは銀色の金属で出来た杯を隼人の目の前に差し出した。

 昨晩の様子からではまるで囚人のように扱われるのかと思っていたのに。以外に立派な寝床を与えられリステリカ自ら飲み物をもってくるとは。

 相変わらず彼女の態度は高圧的なものだったが、この待遇を見ればひとまず生命の危機にさらされる心配はなさそうだ。

 隼人はひとまず息をつく。銀杯の中に満たされているのは赤褐色の濃厚な液体で、濁ったその見かけからは決して美味しそうには見えない。

(ワインとは少し違うみたいだな)

 寝起きに酒は若干の抵抗があったが、それでもリステリカのいうとおり体は乾きを訴えていたので隼人はありがたく口をつけることにした。

 喉に流しこむと鼻腔に金臭さが広がる。かすかなアルコールが感じられて隼人は思わずむせ返った。

「結構きついな……全部飲めそうもない」

 そういって隼人が顔をしかめるとリステリカは隼人の手から無造作に杯をひったくった。

「別に全部飲む必要はないの。『宿主の血』は一滴でも異界人の体に入ればあとは勝手に増えるから」


次回、リステリカについて。

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