王宮の憂鬱
「あの方の考えは我々にも分かりかねます故、バルゴット殿の心中もお察しいたします」
そういった男は馬の首を叩いて自分の首飾りを外すと、それと馬の手綱を小性の少年に預けた。額に角を持つ栗毛の馬は大人しく少年に引かれて城の一角にある厩舎に戻ってゆく。
それを見送りつつバルゴットは溜め息をついた。
「この度の異界渡りについても、アスタリエ殿の独断で貴重な天馬を2頭も失うことになったのだぞ。いくら己の配下といえども、天馬は彼女の私物ではないのだ。わかるか?2頭で1万ルコだ。マキの街の民が半年は養えるではないか!」
「そういわれましても、異界人の血を手に入れなければ、我等は永遠に天馬を育てることは出来ないと、そういう話だったと思いますが」
男は困ったように眉を寄せる。若くはないが壮年というにはまだ早い柔和な顔をしたこの男はその貴重な天馬に乗る騎士の一人である。名をクロク・モス・フラフト。天馬乗りでは珍しい貴族の男だった。
もともとが少年の頃からギルメでも一番の馬の使い手といわれ、城に上がってからは自ら望んで天馬の騎士となった変わり者である。どんなときでも怒ったことがないと言われる彼は、今日も己の上官にたいする苦情をやんわりと聞き流している。
バルゴットが謁見を求めても当然ながら王は出てこなかった。半ば予想していたことだが改めて気が滅入ってしまう。バルゴットにはこの王を筆頭に頭痛のタネが尽きない。
失った天馬をどう補うべきか、相談するべくバルゴットは天馬の管理を司り聖騎士の集う東塔へと赴いた所だった。
ちょうど良く朝の稽古を終えたクロクを捕まえるとバルゴットはここぞとばかりにアスタリエへの愚痴を述べ、彼の同意を得ようとした。そうでもしないと王への失望を口にしてしまいそうだったからだ。
昼夜の逆転した若い王は臣下の声に興味を示さない。己のみを拠り所とする、酷く社交の下手な青年である。だからといって惰弱なのではない。
むしろ頑なまでに独善的で些細な批判に耐えられず、しばしば激昂しては周りを困惑させ、ことあるごとに身近なものを罵った。それは彼が幼い頃から分かっていたことだったのだ。
ギルメの王、武勇を誇り荘厳な都を治めるのは、本来ならば彼ではなかった。王家には二人の王子がおり二人とも武芸に秀で聡明な統治者にふさわしい資質を兼ね備えていた。
しかし兄が15のとき流行病でこの世を去ると、1つの噂が流れ得た。
曰く、弟が王位を我が物にしようと兄の食事に毒を盛ったのだ、と。
事の真偽はさておき、それは弟の心を大いに乱すものであったのだろう。弟は即位して間もなく、泥沼に成り果てたリリシナの前線に自ら赴いたのである。
周囲に真実の王であると認めさせるには、己自身で武功をあげるのが最良の方法であると、血気盛んな青年が思うのも無理はなかった。
(私があの時お諌めしていれば、あるいは)
10年前、まだバルゴットがアスタリエとともに戦場に出ていた頃。若い王は慣れぬ天馬に跨がり兵士を鼓舞するため剣を閃かせて隊列の先頭に躍り出た。
彼まとう鎧は太陽の光を返し銀色に輝き勇敢な王の姿に兵士は沸き立つ。勇ましく敵陣に突っ込むとそのまま両者入り乱れての戦となったが、クロカースには天馬乗りの手練がそろっていた。
アスタリエの技量を持ってしても経験の乏しい王を全ての危険から守ることは出来はしなかった。
3騎の天馬に追い立てられ空に駆け上がった王の馬は、どこからか飛んできた矢を受け暴れ騎手を振り落とした。
他の騎士の助けも間に合わず地面に叩き付けられた王は致命的な傷を負い、そのまま城に引き上げると戦の勝利の知らせを聞く前に息を引き取った。
結果として、ギルメの王はなるはずのなかった傍系の従兄弟に当たる弱冠二十歳のオンウィドが癇癪王として玉座を埋めることとなり今に至る。
「この度の異界渡りでは『宿主』となるべき異界人を得るには至らなかった。それは思いもよらぬ邪魔が入ったからだと、そう呪術師が申しておりましたよ。どうやら同じく異界に渡った者がいたようですね。聞いた話ではグラスレイルの姫君だとか?」
「うむ。かの国ならば無尽蔵に天馬を使うことが出来よう。しかし、我が国の騎士がこうもあっけなくしくじるとは…」
「それだけ相手が優れていたということだけです。その姫君が聖騎士になってくれればありがたいのですがね」
軽い調子でクロクが笑う。仲間が殺されたというのに気楽な様子だ。笑い事ではない、とバルゴットがたしなめると、クロクは肩をすくめた。
「あながち冗談でもないでしょう。なにせグラスレイルの王子はこちらの手のうちにあるのですから。この私がみずからクルイル王子をこの城までお招きしたのです。大切な客人としてね。それは貴殿が言い出したことでは?」
「……そうであったな」
グラスレイルの幼い王子の姿を思い出して、バルゴットは苦々しく瞑目した。
久々に弟が出てきました。次はそっちの方へ。




