交錯する思惑
しどけなく開いた胸元に赤い唇のアスタリエはともすると城の者が連れ込んだ私娼に見えなくもない。実際、この城で彼女を罵る言葉の多くがそういったたぐいのものだろう。
しかしそれをおおっぴらに言えるはずがなかった。
「まったく、ここの宮廷も退屈になってしまいましたわね。リリシナでの日々が懐かしい。早く次の戦場を用意してくださらないと、私このままではクロカースの殿下のところに遊びにいって良からぬことをそそのかしてしまいそうです」
「何をいわれる。昨年にサンルチンの遠征で一年も城を離れていたではないか」
「優雅に空を翔ていただけでは空腹の足しにはなりませんの。ねえ、分かっていらっしゃるのでしょう?私は腹が減っているのです」
アスタリエは低く喉を鳴らして微笑んだ。
「アスタリエ・ディナーンは帝国の聖騎士ではありますがギルメの飼い犬ではないのです。大層な名誉も多くの部下も私には必要ない。私はただ己の力を使いたいだけ。天馬を駆って生きる喜びを感じていたいだけなのですわ」
そっとバルゴットの腕に縋るように体を寄せる。秘密を打ち明けるように囁いた。
「今日こそ王に是と言わせてくださいませ。チェルトルーニャへの侵攻を」
その言葉にバルゴットはアスタリエを睨みつけた。
「そなたは少し口を慎むことを覚えた方がよろしかろう」
「私は蛇の舌から生まれたのです。ご存じなかったの?」
「蛇の知り合いなどおらん」
掴まれている腕を振りほどきバルゴットは歩きはじめた。
後ろで不愉快な女の笑い声が聞こえている。まったく、この女はとは初めて会ったときから相性が悪い。
もう10年以上前になるが、当時のバルゴットは貴族の子息として小単位の兵士を取りまとめる隊長からはじまり比較的順調に自身の目指す軍の中枢、つまり王の軍事を司る軍事の側近として出世をしていた。
剣を持って戦うことが何よりも好きな先の王のおかげでふくれあがったギルメの軍を維持していく事が出来たのは、ひとえにバルゴットの采配のおかげと言っても良い。
リリシナ戦役で兵役に集められた若者にはそのまま国の警備と治安の維持、そして土木作業などの仕事を与え国の交通網の整備と経済的な雇用の両方を整えた。都は瞬く間に大きくなり、人が次々へと集まる都市になっていく。
バルゴットは王が政に疎いのをいいことにそのまま宮廷での人脈を築いて力を付けてきたのだ。
(三流貴族の三男坊でも政治の中心になることができる。俺の力は人を動かし、人に富をもたらすことが出来る!)
所詮、玉座など血統でしかない。王には適当な「遊び」を与えておけば問題がない。
遊び、といっても王の趣味は戦争である。とにかくお金を使うから、戦をするからには勝って貰わなければ困る。
そんななかでバルゴットが密かに暖めてきた計画を実行に移した。
天馬の騎士団を作ることである。
空を翔る馬を自由に操る騎士たちがいればどんな戦も圧倒的な優位に立てる。それは隣国クロカースの天駆ける戦士たちを見れば一目瞭然だった。
問題はその天馬を手に入れることが極めて難しいことと、それを乗りこなせる人間が皆無だった点である。
異国の天馬を手に入れるには敵国クロカースに大金を払わなければならない。
喉から手が出るほど天馬が欲しいと、あらゆる可能性を模索しているときにその噂を聞いたのだ。
恐ろしいほどに強く、天馬を自在に操る女がいると聞いたのは。
さらにギルメの話。




