七番目の息子
「勘違いしてもらっちゃ困るのはあたしは善意の人助けなんかには興味はないのね。なに、別に穫って食おうってんじゃない。
要するにこのことは憲兵には黙って欲しいってことと、ちょっと宮中について聞きたいことがあるのさ。あんたグラスレイルの姫様だろう?」
よく通る早口でまくしたてると女は木の葉の色の瞳でリステリカを覗き込む。
「どうして、それを」
「おい!」
隼人は鋭くリステリカをたしなめる。うっかりと口を滑らせた彼女は慌てて口を押さえた。
そのやり取りに満足げにくつくつと笑った女は豪快に香草酒を煽った。
「はあ!この一杯の為にエランジェに寄ったようなものねえ!」
赤毛の女は陽気な声で隣に座る巨躯の男の肩を叩く。
鍛え上げられたあでやかな肢体に露出の多い衣装を粋に着こなす女に対し、黒髪に若白髪まじりの男は飾り気のない地味な色の旅装束だ。
「そんなのはお前だけだ」
「なにさ、酒もロクに飲まない男なんざ連れて歩いても面白くも何ともない」
「お前をおもしろがらせるためにいるんじゃない」
「あー!鬱陶しいったらありゃしない。辛気くさい男は用なしさ。ねえ?」
強引に同意を求められたリステリカはあっけにとられて眼を丸くしている。
「あたしの名前はウルネ・ハコラ。でこっちのむさ苦しいのがヘイリキ・クーン。あたしたちは真珠座っていう移動劇団の一座であたしが座長。もちろん役者もやるよ。
あんたたちのことは芸人仲間ではもう伝わってる。天馬を連れて宮殿を訊ねたグラスレイルの金髪金目の王女」
ウルネと名乗った女は一息にそういうとリステリカをまじまじと見つめた。
「それにしても噂以上だね。ほんっとに眼の覚めるような美少女じゃないか!それにキミ、何処の国の生まれかは知らないけど、細い目も低い鼻も独創的で凄くいい!どう?二人ともうちの役者になる気ない?」
「なんでそうなるんですか!」
「ウルネ。お前は余計な話が多過ぎる。さっさと本題に入れ」
冷たい声で促したのはヘイリキという無愛想な顔をした男。
ウルネはヘイリキをねめつけると隼人とリステリに向かって身を乗り出した。
「聞きたいことっていうのは第七皇子のことだよ。あの皇子様がいま宮殿にいるっていうのは本当なの?」
ひたと眼を見つめてウルネは声を低くした。獲物を狙う狩人のようだと隼人は身を硬くする。
「ね、どうなの?」
「そんなこと宮殿に自分で聞けばいいでしょう」
戸惑って言葉に詰まったリステリカを見て取って隼人が反論すると、ウルネは片方の眉を吊り上げて皮肉めいた口調で告げる。
「あんた第七皇子のこと、何も知らないみたいだね。あの人のことはね宮中では話題にしない、そういうことになってる。もちろん世間の眼にさらされることもない。存在はするけどその存在に触れることはない。七番目の皇子は裏切りの息子だから」
「ユーアンが裏切りの息子?」
「別にあの人が何かした訳じゃないさ。エランジェ皇室では代々七番目の皇子は裏切りの性を持つと言われ遠ざけられる。
エランジウタの古い伝承に八人の息子が登場するんだけど、その中で七番目の息子が父を裏切り、八番目の息子が父を皇位に導いたとなっている。だから伝統的に末息子である第八皇子が皇帝になるんだよ」
驚いてリステリカを見ると彼女はつまらなそうに視線をそらした。婚約者であるユーアンにまつわるこの話をリステリカが知らないはずがない。
グラスレイルとエランジェ皇室との力関係は隼人の思っているより平和的なものではないのだろう。昼間のイーエンとの謁見の際に感じた兄弟の確執。そして属国ともいえる小国の姫との婚約。
飄々と気軽な皇子が宮殿の拘束を嫌って辺境を放浪しているとばかり思っていたのだが、どうやら事情はもっと複雑らしい。
「で、どうなんだい?あの人はいま都にいるの?」
「いたとしたらどうすんだ?」
「もちろん、会うのさ。できればあんたたちに街に呼び出してきて欲しいくらいだよ。あたし達は芸人と言っても宮殿に上がるほど上等な一座じゃないからね」
そういってウルネが酒の杯に口を付けた時。
「麗しの婚約者殿にそんな手間はかけさせられないな」
次回、この人たちの狙いは?




