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影なる皇女

 宮廷には魔物が棲むという。

 親しき人の顔をした魔物。美しき女の顔をした魔物。忠実なる家臣の顔をした魔物。そのどれもがイーエンには覚えがある。幼い頃からよく見知った魔物たちの顔だ。

 どんな人間も所詮はこの宮廷の権力の盤上の上の駒でしかない。己の欲望と願望を叶えるための力を欲してここに引きつけられてきている。

ー本当に危険なのです!イーエン様!

 耳には昼間のファナの滑稽なほど動揺した泣き声が残っていた。

 意図せずに八方陣に巻撒かれた玉の相を読み取った占い師の少女はあらんばかりに目を見開いて異界の少年の災厄を自分に訴えてきた。

 占いは本当ならばイーエンが采配を古い、こちらに有利な結果をファナが巧みに操る手はず。それが緒が切れるという事故のおかげでより劇的に演出できたくらだ。

 予想以上の成果をもたらしたファナにかけた労いの言葉をあの少女は身を震わせて拒絶したのだ。

(国家占術師といっても所詮は政に疎い東方民族の小娘。手なずけるのも骨が折れる)

 小さく息を漏らしてイーエンはほの明るく照らされた扉の前に立った。

 猫眼石をはめ込んだアーチには蔓の渦巻く様が彫られ、その鉄製の扉を妖艶に彩っている。

「私だ。開けよ」

 告げると直ぐに内側から扉が開かれ、中から顔を半分隠した女が恭しく頭を下げる。イーエンが目の前を通り過ぎると素早くその扉は閉められた。

***

 花模様の鉄格子を潜りぬける。それはこの国を象徴する八枚の花弁を持つ聖なる花。

 幾重にも重ねられた花々の最奥にその人物はいた。

 光沢のある深紅の絹織物の上で一輪の花のように背筋を伸ばし座っている。

 ランプの灯りを映す透き通るような長い黒髪。薄い唇に秀でた額、涼しげな目元は僅かに開かれている。

 そのまどろむような瞳が焦点を結ぶことはない。

 イーエンは目の前の女性の前にひざまずくと頬にそっと手を添え羽毛のような声で囁いた。

「お痩せになられたか?」

 仄かな液体を宿す瞳がうつろにイーエンを捉える。

「ええ。少しだけ」

 女性はイーエンの手のひらにすり寄るように頭を傾けると心地良さげに眼を閉じた。

「でも最近は調子が良いの。ずっと起きていられるわ」

「無理はなさらないでください。まだ夜は冷えます」

「ここには夜も昼もない。知っているでしょう?」

 黒髪の女はそういってイーエンの頬にも己の手をあてた。

 それはまるで鏡合わせの像。

 イーエンの首に金環があるのと同様に、女のほっそりとした首にも金の首輪が嵌められていた。

 女の眼が盲でなければ二人はまったく同じ人間といってもよかった。

「貴女の瞳に陽光は毒です。今しばらくはここに」

「お前もお父様と同じことを言うのね」

「姉上」

「いいえ、分かっています。貴方はいい子よ。イーエン」

 姉と呼ばれた黒髪の女は妖艶に微笑んだ。

 第二皇子の双子の姉姫。

 生まれたときから共にあるイーエンの影。

 父王から与えられたのはこの光の届かない牢獄と、その名前のみ。

 東クロカース第一皇女、ラーヒュラ。

 それは、破戒と虚無を司る禁忌の女神の名である。

さて、街の方では……。

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