灯り宵
「さあさ、エランジェ一の魚料理はいかがかね?」
「お嬢さん、今夜の宿はお決まりかい?今なら一等の部屋が空いてる。安くしとくよ!」
「銀細工の耳飾りはどうだい?娘さんの金髪によくお似合いだ」
生暖かい人の群れをかき分けてめまぐるしい喧噪にリステリカは息が詰まりそうだ。
道ばたでは手作りの装身具を客に披露する行商人、食堂付きの宿では若い青年が通りに出て店の味自慢をしている。傍らでは旅芸人が猫の回し芸を披露し、酔った見物人が気前良く投げ銭をよこしている。驚いたことに店の中では若い娘も友人たちと食卓を囲んで笑い話に興じているではないか。グラスレイルではまったく考えられない。
建物は延々と立ち並び、その庇を蛇行しながら連なる丸い玻璃灯。何処までいっても無数にざわめく人の波。人、人、人。
(こんなにたくさんの人を養うことが出来る街なんて。だいいち夜になってもこんなにたくさんの人が家の外に出ている。店が開いているからだわ)
その店先にも複数の蝋燭を美しく配置した燭台柱が飾られていた。それらが夜の闇を払って人々の顔を明る照らし出し街を浮かび上がらせている。光を溢れさせることが出来るのも、大量の蜜蝋が安価で手に入るからに他ならない。それは都人だけがもちうる贅沢でもある。
時刻が時刻だけに食べ物を供する店が活気がある。先ほどからもしきりに香辛料につけた羊を炙る香ばしい匂いや、露天で果物を切り分ける水っぽい香りが彼女の胃袋を刺激していた。
もちろん持ち合わせなど持ってきていないしそんな暇もない。自分は隼人を探すためにこの場所に来たのだ。
異国人の多いエランジェの街といえども隼人の起伏に乏しい容貌はかなり特殊だ。人に訊ねて歩けばきっと見つかるだろう。
リステリカが探す方向の当てをつけるため分かれ道で立ち止まったときだった。
「あの、落ちましたよ」
柔らかな声が背後からしてリステリカは驚いて振り向いた。
そこに立っていたのは背の高い見知らぬ顔の青年。すっと手を差し出すと遠慮がちに微笑んだ。
「さっきの店の前を通ったときに落としてましたよ。これ」
そういって青年は鼻の頭に皺を寄せるようにしてはにかんだ。
受け取ったそれは小さな釦。服のどこかから取れてしまったのだろうか。全く記憶はないが、だからといって自分の物でもないという記憶もない。
「ありがとう。ご親切に…」
「よかった。違ってたらどうしようかと思ったんだ」
「え?」
くだけた調子になるリステリカに青年は眼を細めた。
「だって、その君の気を引くために声かけたって思われるのも嫌だし。でも確かに君の服から落ちた物だったから。渡せて良かった」
リステリカはクスリと笑った。
「そんなこと、思わないわ」
「君が思わなくても、俺の仲間が思うんだよ。君、凄く綺麗だからちょっと目立ってたんだ」
思わず眼を見開いた。面と向かってそんなことを言われたのは初めてだ。姫として礼節に適った賛辞は受け慣れているけれど、こうして普通に女性として容姿を褒められたことなど今まで一度もない。
リステリカは視線をそらして何度か瞬きすると、妙に明るい声で青年に話しかけた。
「それよりも、奇妙な男を見なかったかしら?」
「奇妙な男?」
「奇妙っていうか、珍しい民族なのよ。短髪の黒髪で黒い眼をしてる黄色い肌をした17、8歳くらいの男。顔立ちが平べったくって凄く変な感じなの」
リステリカが早口でまくしたてると青年は、もしかして、呟いた。
「知ってるの?」
「多分、俺の友だちが見かけた奴じゃないかな。黒髪黒眼の男」
「何処にいたのか教えてくれない?」
「俺が直接見た訳じゃないから。良ければその友だちから直接聞けばいい。会わせてあげるよ」
気安く請け負って青年はリステリカに笑みを向ける。
「こっち」
返事を待たずに青年は足早に歩き出した。
(すこし怪しいけれど、迷って無駄に歩き回るよりはマシだわね。いざとなったら……)
腰に携帯している小刀にそっと触れるとリステリカは一拍置いて青年の背を追った。
次回、ピンチに。




