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船の行き交う街

 エランジェはトラペス海の北方、その外洋に繋がる海峡の対岸を跨がるように広がる古くからの港町である。穏やかな三つの湾を抱え、その海路はこの都に多大なる富をもたらした。

 海峡を行き交う船には代々この街を治めた国が税をかけるので自ずと交易の要所となる。

 特にトラペス海の海岸沿いには湿った風と海に注ぎ込む川の灌漑水を利用しての香桃が盛んに生産された。その果実は豊潤で果汁を多く含み、硬い外殻が運搬に適していたためこの地方の特産として積極的に輸出されている。乾いたこの土地での貴重な水分として人々にとっては欠くことの出来ない果実でもある。またその花の蜜は栄養価に富み雑味のない味わいは極上の蜂蜜として他国で重用された。

 エランジェにはこれらの荷を積んだ船があまた行き交い、ゆえにこの海峡は甘露海峡と称される。もちろんそれらはそのまま東クロカースの国力を示す物でもあった。

 リステリカは窓の外に広がるエランジェの街の灯りをひとり食い入るようにみつめた。

 昼間の出来事は思いがけない事故だったのだと後になて思う。

 玉占いは八角陣の上に玉を零してその飛散を読み取る占術である。

 特に八方占術は方位と数字を組み合わせ高度な理論と歴史を持つ古代クロカース時代より続く由緒ある占術体系。国家でもその占いの結果は重視され、優れた占い師は国立の占術院により保護され育成される。

 自分と同い年くらいに見えた少女がその地位にあるとは正直驚いた。ましてやあれほどの結果を告げるとは。

 あのあとすっかり怯えてしまった少女を下がらせると、イーエンはリステリカ一行にしばらくの期間は宮殿に留まるように告げた。

 もちろん隼人がその筆頭である。異界人であるという以前に、国家に害なす凶象とすればむやみに都での自由を認めるわけにはいかない。それがイーエンの言い分だった。

 結局、その場ではグラスレイルへの兵の貸与について決着はつかずじまい。明日からまた説得と交渉がが続く。

 眼下には青い闇に街の建物の黒い影がくっきりと浮かび上がっている。まだ時刻は宵の口。人々の家に火が灯って厨の煙突から細い煙が海風に吹かれながら立ち上る。見渡す限りの民家にはみな人が住んでいる、その光景に山奥で生まれ育ったリステリカはしばらく想像をたくましくした。

 何万、いや何十万の民がこの建物のひしめき合った街で寝起きを繰り返し生活を営んでいる。

 水面に映り込んだ光は船につり下げられたランプの物だろうか。夜を迎え昼とは違った喧噪に包まれる街は不思議に魅力的だ。

 その中のいくつか、街の中に黒い塊として横たわる石造りの建築物に眼がとまる。

(グラスレイルの城より大きな建物。あれも商人の邸宅なのかしら)

 ユーアンに聞いた所、この街でもっとも力を持っているのは聖職者、その次に商人なのだと言う。エランジェの中でも三階建て以上の住居を構える豪商は枚挙にいとまがない。互いに商売上の徒党を組んでは効率よく利益を上げその組織は政治的な発言権さえ持っていると言う。

 一度この都を訪れたときはまだ子供で、宮殿の中庭で遊んだ記憶ばかり。咲き乱れる美しい花々と一緒に遊んでくれた皇族の子供たちはリステリカにとって懐かしく微笑ましい思い出だ。

 しかしこうして眺める市街地に降りたことは一度もなかった。

 きっと今頃ユーアンは街に降りて人々に混じって都の喧噪の中を身軽に泳いでいるのだろう。彼は自分の身分を隠して民と交わることを長年の習慣としている。それは都にいたときも今の辺境に赴任をしてからもらしい。

 彼が他の皇族とは違って批判的な意見を軽々しく口にするのはそうした中で育まれた彼なりの見識があってのこと。元々が扱いにくいと評判の第七皇子、彼は宮殿での皇子教育という物を上の空で聞いていたに違いない。

 ふと視線を海側の庭に落としたときだった。

 見覚えのある後ろ姿が薄やみにまぎれるように庭を移動したかとおもうと、一番石垣に近い枝を広げた樹に登りはじめたのである。

 黒い短髪に特徴的な顔つき。見間違えるはずもなくそれは異界の人間、隼人だった。

(何をしているの!あの男は!)

 リステリカはほとんど身を乗り出して隼人の一連の動きを眼で追跡する。どうやら塀を乗り越えて宮殿の外への脱出を計っているらしい。

 たどたどしくも樹を昇りきると辺りをしきりに見回し、そのまま宮殿と下界を隔てる塀の上に飛び乗って瞬く間にその姿を向こう側に消してしまった。

 リステリカは青ざめた。

 ここまで来たからと油断していた。まさか右も左も分からない都で異界人が逃亡を図る何て。

 イーエンに対して人質としての価値を持っているから、と自ら名乗り出たとき驚くと同時にひとかに隼人への認識を改めたのだ。軟弱な異界の男から弟を救う為に力を貸してくれる少年へと。

 怒りなのか悔しさなのか、自分でも分からない。しかし一つだけはっきりしていることがある。

(連れ戻さなければ、あの馬鹿男を!)

 「宿主」という切り札がなければ今後自分たちは交渉のテーブルにつくことが出来ない。

 決めてしまえばリステリカの行動は早い。あっという間に庭まで降りると隼人と全く同じ方法でいともあっけなく宮殿の外にでてしまう。

 隼人は頭は悪くない。a人が隠れるならば人の中だと考えるはずである。

 リステリカは迷うことなく街の中心に向けて駆け出した。

次回、都めぐり。

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