不慮の予言
「異界…?お前が?」
呟いた声に驚きはない。むしろ軽く呆れた風情ですらある。
「そうは見えないかもしれないが、俺はこの世界の人間じゃない」
値踏みするような視線に隼人は憮然とした。
「極東産の奴隷がお前のような顔つきをしていたな。女奴隷だった故、確かではないが。異界人であるという証拠は?」
「ここにいるリステリカが証人だ。彼女が俺を天馬に乗せてこの世界に連れてきた」
「ほう」
眉を上げたイーエンにリステリカは無言で頷く。
「一国の姫君が異界渡りとは勇ましい。グラスレイルの『宿主』が異界人とは噂には聞いていたが、さてどうしたものか。この少年が異界人であるとして『宿主』である証拠は示せるか」
冷めた問いかけに隼人は反駁した。
「『宿主』は血を流しても瞬く間に傷は癒え、流れたその血は永遠に凝固することはないそうだ。この場で刃物を使わせてもらえればすぐに証明できるぜ。俺の血がギルメが欲しがっている特殊な血だということがな」
その場に緊張が走った。刃物を使わせろとの発言は聞きようによっては武器を振り回させろ、と言っているに等しい。皇子の警護兵士の視線が痛いほど注がれている。
しかし当の本人はしばらく眉間に指を這わせたあと明くるい口調で告げた。
「なるほど。お前の言い分には一理ある。だがこの宮殿には祈りの宮もあるのでな、できれば流血は控えてもらいたい。…ファナ!」
控えていた少女が呼ばれてすぐさまイーエンのそばに寄る。
「この娘は私の管轄である八方占術院希代の占師だ。既に国の大事をあまた占っている。この娘がお前の八方を占い、事の真偽の証明とする」
少女は小首をかしげるように振り向くと、顎を引いて隼人を見据えた。
(こんな小娘に俺を占わせるって、マジか?)
ファナと呼ばれた少女は控えていた段から降りると石の床の上に自分の肩に羽織っていた幅広のショールを広げる。正方形をしたそれには唐草のような曲線のと正確な直線で構成された刺繍が施されていた。
当惑した隼人は周りの人間に助けを求めるように顔を窺う。眉根を寄せて、それでも事の次第を見守るのはウライ老師。ユーアンは少女の作法をじっと見つめる。
どうやらこういった場面で占い師が出てくるというのは珍しいことではないらしい。近代合理主義の洗礼を受けている隼人にとって、国同士の話し合いのさなか占いを判断材料にするなど信じがたいことだ。
古めかしい習慣にはグラスレイルで慣れたつもりではいたが、隼人にとってこの事態は予想だにしていなかった。
ユーアンに出会ったあの日から隼人たち一行はいかに皇国を動かせるか何度も話し合いをした。そしてその必要性をもっとも強調したのは皇族であるユーアンだったのだ。
『エランジェの一族は容易に他者に情けはかけない。自ずと駆け引きが必要になってくる。隼人、お前の価値を効果的に分からせてやらなければ皇都に赴く意味がない』
彼の言葉は正にその通りだったのだけれど、この占い師のことは考慮されていなかった。
こうなってしまっては隼人にはどうすることも出来ない。
四隅まで綺麗に広げられた布は眼にも鮮やかな緋色。金の刺繍は大きな八角形を描いている。
「こちらへ」
小鳥のさえずりのような声は褐色の少女のもの。促されるまま隼人は少女と布を挟んで向かい合う形で座り込んだ。
振り返ると白い顔をしたリステリカと目が合った。
思い通りに事が運ばずさぞ厳しい表情をしているに違いない。今までの経験上の隼人の思い込みは、しかしこのときばかりは間違いだった。
誇り高い姫は唇が白くなるほど引き結び、不安そうに顔を歪めている。今にも泣き出しそうな便りなさげな様子。
隼人は思わず口を開きかけ、そしてかわりに深く頷く。
いまの隼人にはそれだけしか出来なかった。何の効果もないかもしれないが、ここで自分がうろたえるべきではない。
僅かなアイコンタクトでしかなかったが、リステリカはそれだけで何かが伝わったようだ。彼女も本の僅かに頷いたような気がした。
「手を出して」
占い師が差し出した隼人の手に首飾りを掛けようとしたとき。
唐突に玉を連ねていた糸が切れた。拘束を失った色とりどりの飾り石が床にこぼれ、瞬く間に布の上に撒き散らされていく。
少女が声なき声をあげて立ち上がった。口元に手を当ててあらんばかりに眼を見開いて刺繍の上に飛び散った石を凝視している。
「……そんな」
漏れた声は震えている。信じられないものを見ているかのようだ。
「ファナ。かまわぬ、申してみよ」
イーエンに促されてファナは己の腕を抱きしめながら告げた。
「翡翠、一の方位。珊瑚、七の方位。紫水晶、十三の方位。残、天地の淵。……この御仁は聖八花の守護をも脅かす国家千年の憂いの凶象にございます」
次回こそ、外に。




