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紫巾の青年

「本当に貴方なの?どうして、なぜこんな所に……」

「それは簡単には説明できないな。とりあえず君」

 そういって男は隼人に顔を向けた。

「手を離してくれ。僕は見ての通り彼女の知り合いだ。捕らえられるいわれはない」

「あ、ごめんなさい!」

 言われて慌てて身を離したのはリステリカで隼人はそれに倣って男の手の拘束を解く。

 身を起こした男はその端正な顔を和ませた。

「リステリカはそのまま僕に乗っていてくれも良かったのに」

「やめてちょうだい。そういうところ相変わらずなのね」

「そういうところって?」

「言葉で相手を弄ぼうとするところよ。分かってるくせに分からない振りばかりして」

「それが僕の身上なんだから仕方ない」

 男は服に着いた埃を払って立ち上がった。袖の長い上着に共布のゆったりしたズボン。頭には藤色の長い布を幾重にも巻きそれでも余った端を肩に垂らしている。

「こいつ誰なんだ?」

 隼人が側に立つリステリカに訊ねると、素っ気ない声がかえってきた。

「ただの許嫁よ」

「ただのとは酷いな。未来の婿殿に」

「まだどうなるか分からないわ」

 取りつく島もない。

 親しげな間柄なのは分かったが、お互いが好意を持って婚約をしているという訳でもなさそうだ。

 すらりとした体躯の男は困ったような笑みを浮かべてリステリカを見下ろしている。小柄なリステリカと長身の男では兄と妹のようだ。

 やがて背後からイザルクたちが駆け寄ってくる。男の姿を認めるとウライ老師が声を上げた。

「貴方はまさか、ユーアン様ではありませんか!」

「ウライか。元気そうじゃないか。お前たちこそこんな所で何をしている?まさかトラペス海岸への物見遊山ではあるまいな」

「滅相もございません。我々はエランジェを目指しての旅の途中でございます」

「皇都へ?あんな忌々しい場所へいっても何もないぞ」

「火急の用があるのです」

 恭しく述べたウライの言葉にユーアンは思案顔になった。

「事情がありそうだな。よし、僕の天幕が近くにあるからついてこい。ここよりはマシな寝床を用意しよう。なに、僕一人では持て余していたところだ」

「随従は?連れていないの?」

「自分のことは自分で出来るさ」

 ユーアンは口の端で笑った。

***

 「で、ずっと彼が気になっていたのだけれど何者なんだい?」

 少し離れた所の天幕につくとユーアンは開口一番にリステリカに訊ねた。

 もちろん『彼』とは隼人のことである。

「彼はそう、グラスレイルの客人よ。臣下ではないの」

「君がもてなしているということは相当身分の高い人物なのかな」

「さあ、どうかしら」

 チラリと隼人を横目で見る。

(勝手に誘拐して無理矢理血を採って。自分とこの客人とは、よく言えたもんだ)

 平然とうそぶくリステリカに隼人は正直舌を巻く。核心に触れぬ紹介の仕方だったので、余計なことを言うべきでないと空気を読んで反論はしなかった。

 むしろこの飄々とした男について俄然興味がわいてきた。

「俺、隼人っていいます。よろしく」

 二人の会話に割り込んで男に手を差し出した。会話の主導権を握ってしまえば多少の不当な扱いにも眼をつぶろうというもの。

 しかし、ユーアンは差し出した手と隼人の顔を見比べるばかり。そしてパッと何かに思い当たった顔をすると急に親しげに手を握ってきた。

「はじめまして。僕はユーアン・エランジウタ。以後お見知りおきを。隼人」

「エランジウタ?」

「そう。エランジウタ。エランジェを治めている一族の七番目の息子といったほうが分かりやすいか」

 隼人にとって分かりやすいはずがない。

「つまり、東クロカース皇国の第七皇子ってことですな」

 反応の薄い隼人にウライ老師が助け舟を出してくれた。しかしそういわれても隼人にはいまいちその身分の偉さが実感できない。何せ王だの姫だのついこの間まで無縁の世界で生きてきたのだから。

 惚ける隼人にユーアンは面白そうな視線を投げ掛けた。

次回、目的地は目の前。

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