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北の国、南の国

 グラスレイルは西内海であるトラペス海と東に広がるキサ湖の間を遮るホロル山脈、そのちょうど真ん中に位置する高地の土地である。冬は険しい山脈からの風と雪にさらされ、夏は高地特有の乾いた空気に包まれた初々しい春のような陽射しが続く。

 水源はホロルから流れるソテス川が頼りである。下流にゆけば支流を飲み込んで一端の河川に育つそれも、この山岳地帯では岩場を這う細い流れに過ぎない。

 家畜を放牧するための丘には辛うじて山羊を肥えさせるだけの芽吹きが期待できたが、それでも民の全てを満たす糧とは言いがたかった。

 グラスレイルの民がこの地を選んだのはひとえに一角天馬のため。

 稀少な空飛ぶ獣は常に権力者の所望するものであり、グラスレイルは常に時の権力者にその技能を提供することで辛うじて自治を守っている。

 東クロカース皇国。

 トラペス海の北に位置し、大陸の西に突き出た半島を擁する大国。

 それが現在のグラスレイルの同盟国であり、実質的な宗主国でもある。

 そしてその東クロカースの最大の敵対国がトラペス海の南方の国家。

 ギルメ帝国であった。

***

「ギルメの兵士が我が国土に侵入してきたのですよ?」

「落ち着け、リステリカ」

「お父様こそ、どうして落ち着いていられるのですか!クルイルが、我が国の王子が攫われたのです。今すぐにでも取り返しにいかねば!」

 傷つき横たわった国王の枕元にひざまずいて金眼の少女は叫んだ。

「お前一人で戦でも仕掛ける気か?勝ち目はないぞ」

「勝ち目がないから諦めると?」

「人の上に立つ者が、勝ち目のない戦を仕掛けるなど愚の骨頂。民の命をみすみす危険にさらすつもりか」

「そんな、つもりは……」

 静かな叱責にリステリカの言葉は詰まる。

「一国の王子を誘拐したとなればそれなりの要求があろう。おそらく天馬の要求か、あるいはグラスレイルの秘技を狙ってのことか。とにかくお前がギルメに乗り込むなど一利もないことだ」

 悔しげに顔を歪める娘の頭にガレルドが手を乗せる。

「落ち着け。心配なのはみな同じだ。それでも我々のみでギルメをどうにか出来るなどと考えてはいかん。お前は優しい子だ。私はお前のことも大事なのだよ」

 穏やかな声で諭されてリステリカはおもむろに顔を上げた。

 迸る激情を歯を食いしばって絶えているのが良くわかる。

 あらためて隼人はこのガレルド王の器の大きさを認識した。

 謁見のときからその聡明さと他人を受容する柔軟な態度を感じてはいたが、一時的な怒りで冷静さ失っている娘を包み込む様は善き父親であり良き君主であることが容易に察せられる。

(父親とは正反対なんだな)

 当のリステリカは馬上での戦いの後、そんままギルメの兵を追っ手いこうとしたところを隼人と一緒にいた男<イザルクというらしい>に説得されてやっとのことで王城まで連れ戻したのだ。

「それにまた襲撃があるかもしれない。その場合の備えをしないと」

「……はい」

 しおらしく返事をするリステリカをみて隼人は思わず口を挟んだ。

「だけどクルイルは?助けないのか?」

 思わぬ人物の発言、とでも言うように部屋の中にいた全員の視線が隼人に集まる。しかしコーネスカが嗚咽をこらえたのを見て隼人は自分の言葉を激しく後悔した。

「悪気はないんだ。ただ俺に出来ることがあればって思って……」

 しどろもどろに釈明するがもう遅い。マリシカに至っては真っ先に隼人に噛み付いてくる。

「あんた、王妃様に何てこと言うんだい!」

 部屋から追い出さんばかりの剣幕。この婆やは本当に王家の人々を慕っているらしい。いや、マリシカだけではない。このグラスレイルの国民が、みなガレルドを始めとする王家の人々を敬っているのがこの数日で隼人にも分かっていた。

 だからこそクルイルを取り戻す必要がある。

「俺だって誘拐された身の上だ。だからこそこんなことは許せないっていってるんだ」

 いきなり連れてこられた異世界。強制的に宿主とやらの役目を負わされて。

 自分がこれほど理不尽な怒りと恐怖を感じたのだから、幼い子供が敵国に攫われたとなればそんなに恐ろしい思いをしていることだろう。

 殺される心配はないとはいえ、どんな扱いを受けるのか想像もしたくない。

「……君の言う通りだ、隼人くん。申し開きのしようもない」

 ガレルドが包帯のまかれた半身を起こして隼人を見やり、そして強いまなざしでリステリカを見据えた。

「クルイルを取り返すため、東クロカースに助力を乞う。……王の名代として皇都エランジェに行け」

 

次回、旅立ち!

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