襲う影
睨み合うこと数秒。
お互いに折れる気がないのを感じ取ったのか、栗毛の女性が割って入った。
「リステリカ、隼人さんの気持ちも汲んであげなくては。隼人さん。私も民を代表してお願いいたします。この国には貴方が必要なのです」
義母にたしなめられたリステリカは口を硬く引き結んで視線をそらす。
「……俺にだって、学校もあるし、家族も友だちもいた。こんなの一方的過ぎる……」
「本当にすまない」
ガレルドがは沈痛な面持ちで陳謝したが、それだけに隼人を元の世界に返す気がないことが分かった。
(ここには俺の味方は誰もいない)
異界人としての自分を必要とする人はいても、隼人に同情して元いた世界に返そうとしてくれる人などいはしない。
全くの未知の世界で自分は残りの人生を過ごしていかねばならないのか。
その残酷な現実を前に、目の前がだんだんと暗くなっていった。
***
それから三日、隼人は運ばれてきた食事に手をつける気になれなかった。しかし空腹で眼を回して倒れてからは、隼人が食事を平らげるまでリステリカかマリシカに側で監視されるようになった。
そして十日目、銀盆と小さなナイフを携えてリスリカが隼人の元を訪れた。
「それで血を採るのか?」
背後に控えた屈強な男をみて隼人は薄く笑った。
「大して痛くないわ。宿主になると傷の治りもひときわ早くなるし。そういう能力なの」
「だったら自分でやれよ」
皮肉を込めてそういうとリステリカはキッ顔を上げる。
「出来るものなら当然そうするわ。さあ、腕を出して、男なら覚悟をきめなさい」
慣れた様子で隼人の二の腕に紐を巻き付けると、肘の内側の柔らかい部分を擦り手早く血管を浮かび上がらせる。そこをめがけて小さなナイフを静かに差し入れると、ふっくりと暗褐色の血液が流れ出てきた。
多少の痛みは感じたが、想像したほど野蛮な方法ではなかった。純粋に医療行為のような黙々としたものだ。
滴った血を受け止めている盆にはゆっくり赤い色が広がっていく。
「どのくらいとるんだ?」
「この器の底が見えなくなる程度よ」
そういってリステリカは白くなった隼人の手をさする。慣れた仕草だった。
しばらくすると銀の盆には十分な血液が満たされ、それは後ろの男達によって部屋から運び出された。
一連を見届けたリステリカは肩の力を抜くとすぐに向き直って隼人の腕の汚れを拭い包帯を巻いた。
全て処置し終わるとなんとあっけない。ものの十分もかからなかったろう。
「これで全部か?」
「ええ。来年の春まで貴方に用はないわ」
その言い方が相変わらず可愛げがない。
「お前、慣れてるんだな」
「当然よ。これは王族の大事な役目。毎年の儀式だもの」
「去年もお前が血を採ったのか?」
「ええ。そうよ」
その言葉に隼人は眼を細めた。
「その宿主になってた人間は今どこにいる?」
リステリカの手がとまる。白い顔が隼人を正面から捕らえ、口を開こうとしたそのときだった。
何かが爆発するような、耳慣れない衝撃音。続いて人の叫び声。
異様な気配にお互いに眼を合わせたとき。
「姫様!大変でございます!」
スカートを翻して部屋に飛び込んできた若い侍女をリステリカが受け止めた。
「どうした?何があったの?」
覗き込むようにして息の上がった女を促す。女はリステリカに縋って叫んだ。
「いま、王城にギルメa軍が……!クルイル様が人質に……」
言い終わる前に下から更に地響きのような音がした。
その轟音を聞くや否やリステリカは部屋を飛び出していく。
この世界の住人でただ一人、健気に隼人を心配してくれた小さな男の子。
「おい、クルイルが人質ってどういうことだ!」
床にへたり込んだ侍女の肩を揺さぶると女は口に拳を当てて震え出した。
「……なんの警告もなかったのです。突然ギルメの騎馬兵が城に押し寄せ、王の間に侵入しました。そこには老師と遊んでいたクルイル様がおりました。兵士は有無を言わさずクルイル様を連れ出し、それを阻止しようとしたガレルド様に向かって激しく燃える黒い玉を投げつけました」
「黒い玉?」
「ええ。見たことのない武器でした。私は柱の影に隠れましたが、ガレルド様は……」
そのまま手で顔を覆ってしまう。
隼人は一瞬の躊躇の後、小さな扉を潜ってリステリカの後を追った。
次回、外へ。




