ペットの『くう』と散歩
病気になり大きな悲しい出来事の一つに犬のペットの『くう』のことがあった。後遺症の体への障害のため『くう』の世話をできなくなってしまった。体に触れることもできない。ましてや散歩などは不可能であった。昔のように元気で飛び回りたかった。そんな『くう』も年老いて自由に動き回れる訳でもなかったけれど。病気により生じた『くう』との距離は縮まらなかった。
ペットの『くう』は保護犬であった。娘たちからのねだられて航太の家に来た。かなり前より、娘たちから「犬を飼いたい」とせがまれていたが、『子供たちはいずれ犬の世話をしくなり、親が世話をすることになる』と考え聞き流していた。ところが、長女が小学校の6年生に進学すると、妻が犬を飼うべく積極的に動き出した。航太は妻に、
「子供たちが犬の面倒を見るのは最初だけだよ。いずれ親が全て面倒見ることになるよ」
とかねてからの考えを伝えたら、思いかけず妻から、
「私が飼いたいの」という返事が返ってきた。
「それなら仕方ないな」と、犬を飼うことに了承した。
子供たちがペットを家に迎えるのを楽しみにしている姿は、親として大変微笑ましいものだった。犬の絵や犬の散歩のコースを書いた地図を壁に貼るなど、絵本にでも出てきそうな光景が航太の家に現れた。
娘たちは航太の予測に反し長い間、面倒をよく見ていたが、時が経つに連れて朝の散歩は航太も役目になっていった。航太としても犬との触れ合いの機会が増えることと、日頃の運動不足解消のため、出勤前の時間を割いて『くう』の散歩に出掛けていた。『くう』と公園を散歩し、木々や草花の変化や陽の光により作られる影の形から四季の移り変わりを知り、公園の鉄棒で腕の筋肉を鍛えた。ある時は、『くう』と全力疾走して瞬発力を鍛えた。朝日の光の中でゆったりとした時間が流れていた。
そんなこともあり、数日間の出張に出かけた帰宅時には、尻尾がちぎれてしまうのではないかと思うほどお尻を振って、航太の帰りを歓迎してくれた。
このように、何処でもあるような平凡な時が流ていた年の瀬、航太は、年中行事のようにお風呂場の大掃除をしていた。お風呂場の大掃除が終わると来週は何処の大掃除をしようかと考えながら、外はまだ明るいので屋上でゴルフの練習でもしようと考えた。航太の住まいはメゾネット・タイプのマンションなので屋上があった。『くう』がまだ元気な頃は、航太が屋上に上がると『くう』も屋上に駆け上がってくる。航太は、古いスポンジのゴルフボウルで『くう』と遊んでやり、『くう』が飽きるとゴルフの練習を始めた。そんな『くう』も年老いて屋上への階段を上がれなくなり、航太、一人屋上へ上がった。
ゴルフの練習を始めて小一時間ほどが経つと、陽が西の空に傾き白い雲の隙間から溢れる黄金色の光が街をオレンジ色と真っ黒な影の世界に変えていた。そろそろ『くう』の散歩に行かなければと思い、ゴルフ・クラブを片づけ『くう』の散歩の準備にはいった。『くう』の元へ行く途中、キッチンからは湯気が狭い空間に広がり換気扇が空気を排出する音がしていた。妻が夕食の支度をしているようだった。
航太は家を出て、いつもの散歩コースを『くう』を連れて進む。冬の夕暮れは急速に暗くなってゆく。足早に帰宅を急ぐ子供達とすれ違う。散歩コースを周り家に着いた時には、家の周りはすでに暗くなっていた。家に入るとラザニア夕をオーブンに入れるところだった。ラザニアが焼き上がる間に、ワイン・ボトルを開け、チーズをつまみに一人でワイングラスをちょっと数杯。いつもと変わらぬ光景である。食事を終えテレビを見ていると次女がアルバイトから返ってきた。ここ最近よくある光景である。その後、それぞれ入浴し、ベッドに入った。
翌朝5時半ごろ、『くう』の散歩のため目が覚めた航太だが、左目の瞼に痙攣を感じた。起きようとした航太なのだが、『くう』もベッドの横でまだ気持ちよさそうに寝ているし、『もう少し寝ていれば瞼の痙攣も治るだろう』と思い、散歩はもう少し遅い時間に変更することにした。次に目が覚めた時、時計は9時を回っていた。ベッドから出ようとしたのだが体が思うように動せずベッドから転げ落ちた。『くう』の上に落ちなくてよかったと咄嗟に思った。妻は「明日は日曜だけど仕事」と昨晩言っていたので、もう家にはいないことは分かっていた。次女はまだ家にいるようだった。そこで可能な限り大きな声で次女の名前を呼び寝ている次女を起こした。何事かと言った表情で部屋から出てきた次女に、救急車を呼ぶように頼むとともに『くう』の散歩を頼んだ。その後、航太はパジャマ姿で救急隊員と会うのは失礼だと思い普段着に着替え、加え、歯磨きしないのはエチケット違反だと考え歯を磨いた。あとから考えると、なんと律儀なことをしたのだろうと思った。子この時はまだ体を意思通りに動かすことができたが、次第に意識がもうろうとしてきて再びベッドに横になった。その後のことはよく覚えていないが、救急隊が家に入ってきた時、意識が戻り救急隊と何やら会話したことを朧げながら覚えている。担架に乗せられ救急車に運ばれた。徐々に左半身が動かなくなっていくことに気がついた。同時に吐き気を模様した。何処から戻ってきたのか妻が救急車に乗っていた。搬送する病院を探すために救急隊が電話か無線機で声が聞こえたが、また意識は遠のいていった。
気がついたら病院の集中治療室だった。左半身は麻痺し動けなかった。寝返りを打ちたいと思ったが体が動かず仕方なく看護師さんを呼んだ。集中治療室から一般病室に移る時は車椅子を必要とした。クリスマス、年末、正月を病室で過ごすことになった医師によると命に関わる状態だったらしいが、幽体離脱のようなことは起こらなかった。
年が明け、リハビリ病院に転院することになった。将来、車椅子での生活は避けられないと思っていたが、リハビリ病院での入院手続き時に回復度合いの要望を聞かれたので、駄目かと思いつつ自力での歩行との要望を伝えると病院からは入院4ヶ月と言われた。この時航太は、4ヶ月のリハビリで車椅子から離れられるとは信じていなかった。
入院当時、内階段があるメゾネット・タイプのマンションに住んでいた。階段の上り下りは歩行回復レベルのハードルが高く、しかも内階段という生活に密着していると生活にも支障が生じるので、ワンフロアーのマンションに移ることにした。仕事は続けられないので通勤は考える必要はないので移転先のマンションの場所は妻に一任した。坂が少ない事だけが要望だった。退院の日、入院した時は寒い冬だったが例年より暑い5月になっていた。嬉しくも不安な退院日であった。病院では歩行障害の患者がいることが前提の環境であったが、外では健常者の世界である。『周りの人は、よたよた歩く俺を気にしてくれるだろうか?』との不安があった。入院時の航太の予想に反して走行装具と杖で左足を引き摺りながら直立二足歩行が可能な状態であった。しかし、歩く速度は普通の人の半分以下、しゃがむことはできず、左手はほとんど機能していなかった。『くう』は、航太に近づくと、
『昔よく散歩に連れて行ってくれた航太の匂いのような気がする。姿もよく似ている。けれど、歩き方が変だし、体を触れてももくれない。いったい誰だろうこの人?』
と思った。『くう』が航太を見る目も怪訝な目であった。航太も、
『しゃがめないし、杖を離すと転んでしまうから体に触れることこはできないよ『くう』。それに、左手が動かず右手には杖だから、リードを持つことができない。だから散歩に連れ行ってあげられない』
『歩くのが遅いし不安定だから、散歩に行けても『くう』に引っ張られたら転んでしまうよ』『もう、あの時には戻れないんだよ、『くう』ごめん』
と思いながら『くう』を見つめていた。
『くう』の面倒は、妻と次女の役割になり、航太は『くう』の散歩をする妻や次女の後をついて行った。月日が流れ、『くう』に加齢による体が衰弱がみられた。友人の家に遊びに行き、そこで飼われているゴールデン・リトリバーが椅子に座る航太の腿に顔を載せた。航太はそのゴールデンにそっと触れた。
『そうか、大きな犬なら椅子に座りながら体に触れることができるのか』『『くう』も大きければ良かったのにな』
と『くう』のことを思った。『くう』は中型犬の上、年老いて首を項垂れているため航太が椅子に座っていても航太の腿まで顔を上げることができない。
そんな虚しい想いを抱いていても、お互いに相手への疑念や思いを晴らすことはできない。『くう』と航太の間に横たわる距離を縮めることができないまま1年の月日が過ぎ去ったある日、『くう』は力尽きてこの世を去って行った。『くう』は、
『航太は何処に行ってしまったのだろう』
と思いながら次の世界に旅発って行った。
『また、一緒に走ろうぜ『くう』』
ペットは人を癒してくれるが、そのペットの世話をできないということは、ペットを飼っているとは言えないように思えたしとても寂しく思った。ペットの世話は楽しみであり癒しだ。もし、また『くう』と会えるようなことがあったら、おもいっきり『くう』の世話を楽しみたい。




