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すべて夢の中  作者: 皆月くらら


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噂の屋敷へ

 馬車の揺れで目が覚めて、自分が転寝をしていたことに気が付いた。

ゆっくり進む馬車の揺れと春の暖かさに抗えず、初めて行く場所なのに、おまけに「お化け屋敷」なんて言われる屋敷へと向かっているのに、なんと呑気なことだろう。もっと緊張感を持ってしゃきっとしなければ、そう自分に言い聞かせた。

若くして親の決めた相手と結婚したものの、仕事で家を空ける事の多い夫、子供もできず義家族にも馴染めない日々を過ごすうち、夫は異国の地で病死してしまい数年の結婚生活はあっという間に終わりを迎えた。実家へ返されたものの、兄夫妻のいる家では肩身が狭く父に頼んで叔母の家に身を寄せていたが、その叔母も亡くなり、親戚の伝手を頼って身を寄せることになったのが今向かっている屋敷である。

聞いた話では、屋敷には主である中年の男性が一人で住んでいるそうだ。かつては家族も住んでいたそうだが、今では男性ひとりのみ。その静かな暮らしのせいか近所では「お化け屋敷」と噂されているらしい。

―お化け屋敷か…、どんなお化けが出るのだろう?どんな体験ができるのだろう?

いけない。いつも恐怖より好奇心が勝ってしまう。その様子が淑女らしくないと常々周囲から注意を受けてきた。屋敷に着いたら、溢れる好奇心は仕舞い込んでおかなくては…。

―お化け屋敷に住む主人はどんな方だろう?そんな噂を立てられて、さぞ気を悪くしているだろう。もし自分がお化け屋敷の主人だったら…。

頭の中のおしゃべりが始まると止まらなくなる。こうして夫が家を空けても、一人ぼっちになっても、いつも退屈しなかった。

こうして夢中になっているうちに馬車が止まって、御者が扉を開けた。馬車から降りて視線を上げると、これまで住んだ屋敷よりずっと大きな屋敷が目に飛び込んできた。多くの年数を重ねていそうだが、手入れは十分に行き届いていることが伝わってくる外観であった。

 使用人たちが微笑みを浮かべて迎えてくれた。年齢層は高めで、もう何年もこの屋敷に勤めているのではと思える仕事ぶり。屋敷の大きさに対して人数は多くない印象だ。ロビーを通り抜け、応接室に通される。すぐさまお茶が運ばれ、老いた執事は、主人が来るまでしばし待つよう柔らかな笑顔で言った。

はじめて来た場所なのになんと居心地のいい部屋なのだろう。出されたお茶を一口すすりながら部屋の中を見渡し、ふと、そう思った。「お化け屋敷」だなんて呼ばれていることを一時的に忘れていた。古い屋敷であることは確かだが、並べられた調度品のセンスの良さや手入れが行き届いている様子に、安心感を覚える。

―ああ、そうだった!わたしはこれからこの屋敷の主人と会うのだ!この「お化け屋敷」に君臨する主人と!もっと緊張感を持たなくては!きちんと背筋を伸ばしてご挨拶せねば!…どんな方があの扉からお顔を見せるのだろう。世にも恐ろしい外見だったら?とても高圧的な方だったら?わたしをこの屋敷に暫く置いてくださるだろうか?…さっきとは裏腹に少しだけ不安も混じり始めた。

 執事が部屋の扉をノックして声を掛けた。すぐさま返事をする。すると重厚な扉がゆっくり開いて、扉の向こうから一人の男性が現れた。

こんな広大な領地を治めているのだから、たいそう威厳のある主人が現れると思っていたが、目の前に現れたのは想像より余りに華奢で、色白な、少し神経質そうな雰囲気の男性であった。年齢は四十にも満たないくらいであろうか。

 わたしが目に入ると柔らかく微笑み、挨拶と歓迎の言葉を述べた。目が合うと澄んだ瞳の美しさに一瞬、時が止まった気がした…。

我に返って慌てながら挨拶を返し、お礼を伝えた。こうして一通り形式的なやり取りが済むと、わたしたちは腰掛け、お茶を飲みながら少し話をした。何か気の利いたことを言えたら良かったが、結局ここへ至るまでの経緯とか、初めて訪れたこの土地の印象とか、そんな当たり障りのないことしか言えなかった。主人の方もこの土地のこと、家の歴史を簡単に説明した。そして最後に、次の行き先が決まるまでこの屋敷でゆっくり過ごすと良い、と歓迎してくれた。良かった、これで今夜も屋根の下で眠ることが出来る。




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