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第7話 時間切れ

 



 柵越しに睨みつけるエリス。苛立ちが隠せていない。

 対してゆるりと息を吐き出すエイデン。柵の出入り口の前で立ち止まり、肩から力を抜いている。早足に距離を詰めた時の焦りは消えていた。


「そうカッカせずに。お互い、まずは落ち着こうか」

(妹が殺しに来ると無神経に言われて、"はいそうですか"と頷く馬鹿がいるわけないでしょッ)


 それはそうだ。

 しかしエイデンは頷かなかった。どうやら例外に心当たりがあるようで。


「昔、姉に殺されると言われて頷いた奴はいたけどね」

(はぁ?)

「"そうですか"って、軽く返されたよ」


 本当にあった出来事なのだろう。何度も頷く姿は過去を懐かしんでいるように見えた。


 予想外の返答にエリスの勢いが削られる。

 そして少し不安になる。


(え……もしかして私って少数派?)

「いや、流石にそれはない」

(そうよね……)

「家族同士の殺し合いが常識になる程、世界は"まだ"荒れてないから」

(ちょっと、"まだ"って何よ。私世間知らずなんだから、不安になること言わないでよ)


 "嘘よね"と、エリスは視線で伺うも、エイデンは即答せずに顔を顰めている。


「……まぁ、何事も可能性はあるから」


 目を逸らしながら言われると、嫌に現実味が生まれるものだ。エリスの不安は大きくなった。

 森の外での暮らしに憧れがなかったと言えば嘘になる。こんな強制的な旅立ちでなければ期待で胸を膨らませていたに違いない。しかし今はどうだろう。正直、少し外が怖い。

 殺伐とした情報ばかりを耳にしたのだ、当然の反応である。


 話がまた逸れ始めていた。

 "とにかく"と、エイデンは軌道修正を図る。


紋章(インシグニア)が対となっている以上、殺し合いは避けられないと見ていい」

(対って、どういうことよ)

「妹さんにも紋章があったんだろう? 君と同じ形で、白い色の」

(ええ。でも紋章持ちが私達だけってことはないでしょう? 噂が広まってるってことは、複数人が目撃されているってことでしょうし)

「確かに紋章は複数存在する。種類は7つ。形も7つ。黒と白で対になった合計14個の紋章が、対象の体に刻まれている」

(私と妹の紋章の種類は"声"で、私が黒、妹が白で対になるってわけ。随分と物知りね)

「これでも紋章については詳しくてね」

("噂程度になら"って言ってなかったかしら?)


 それはアーケードに向かう馬車でのこと。商人メルクに紋章について問われたときに、エイデンが返した言葉だった。


「噂で流れている内容"なら"、噂程度に知っているという意味だよ」

(誤魔化す気満々じゃない)

「処世術と言ってほしいね。何事も、知りすぎた人間は不審がられるものさ」

(今のアンタみたいに?)

「覚悟の上で話してる。本当はもう少し腰を据えるつもりだったけど、状況が変わったからね」

(妹が殺しに来るって話ね。馬鹿馬鹿しい)

「残念だけど、殺し合いは必定だ」


 毅然とした声だった。

 エイデンはエリスの目をじっと見ながら続ける。


「それが例え、血の繋がった姉妹でもね」

(……それで私が納得するとでも? 説明不足だと思わない?)

「自覚はある。ただ君の納得を待っていられるほど、時間がないんだよ」


 "失礼"と、短く言いながら檻を押し開く。頑強な筈の鉄の柵はあっさり開き、エイデンを迎え入れた。エリスが止める暇もない。


(え……なんで開いてるのよ)

「こういうの、得意なんだよね」

(どういう……)


 エリスは気が付いた。錠前が外れている。呑気に大口を開いてしまっていた。

 破壊痕はなく、そんな音もしていなかった。まるで最初から開いていたかのような自然体だ。しかし鍵は固く閉じられていたことをエリスは知っている。牢に放り込まれた時、間抜けにも閉め忘れてやしないかと一番最初に試したからだ。もちろん、そんなことはなかった。


 では何故今開いているのか。


(ピッキング……音はしなかった筈なのに、いつの間に)


 "いやそれよりもッ"と、エリスは素早く後退した。柵から離れエイデンから距離を取る。

 四肢に繋がれた錠がぶつかり合い、耳障りな金属音が響いた。


(それ以上近づかない方が良いわ──痛い目見るわよ)


 右手を床に添えた中腰の姿勢で、鋭くエイデンを睨む。

 臨戦体制である。纏う空気も張り詰めていた。ハッタリを口にしている訳ではないだろう。


「素早いなぁ……よし分かった。中には入らないよ」


 エイデンは忠告を受け止めた。牢の中に踏み入れていた足を戻し、再び檻の前に立つ。


「この状況で自衛の手段があるとは……凄いね」

(何を呑気に褒めてるのよ。ちょっと嬉しいけど……アンタは今すぐにでも爆破される立場なのよ)

「となると火系統の魔法か。詠唱は、出来なかったね……なら法陣魔法かな」


 動揺せずに分析を行うエイデンに、エリスは眉を顰めた。

 まさか魔法の系統を特定されるとは思ってもみなかった。


(なんでそれを……エルフの中ですら知名度が低いのに)

「現代の主流は詠唱魔法。対して法陣魔法は古代の魔法。今では廃れてるから、知らない者がいるのも可笑しくはないよ」

(へぇ……本当に知ってるのね。なら分かるでしょ。法陣魔法は威力と隠密性が高い──火傷じゃ済まないわよ)


 脅し、というよりかは懇願に近い忠告だった。少なくとも能動的に傷つけようとはしていないことは分かる。もしそうなら、最初の呼びかけもなく攻撃していれば済んだことだ。

 あくまでも、彼女は防衛のために動いている。


 だからこそ会話を交わす猶予があった。


「でもそれ、ブラフの可能性もあるよね」


 軽い声での指摘に、エリスの目が細まる。


(……どうしてそう思うのかしら)

「詠唱魔法よりも高性能なのに、現代では廃れてしまってる。当然そこには理由がある」

(そんなの、使うのが難しいからよ)


 法陣魔法の発動難易度は詠唱魔法と比べ、段違いに高い。法陣を描く工程に職人染みた技能を要求するのだ。決まった言葉を魔力に乗せて読み上げるだけで済む詠唱魔法とは、魔法士に求める技能水準が違っていた。

 廃れた理由の1つとして存在する、確かな事実である。


 しかしエイデンは頷かない。


「それもあるけど、それだけじゃないよね」

(何のことかしら?)

「もうバレてるから、ごまかしは無意味だよ……答えは"時間"──発動速度の遅さ」


 視線で、エリスと自身の足元を一往復。普通に歩くだけでも、5秒あれば辿り着ける距離だ。走れば3秒を切るだろう。


「俺が動くより早く法陣を描けるようには、とても思えないけど」

(──なら、試してみる?)


 しばしの硬直。

 無言の両者。エイデンは面白そうに見下ろし、エリスは神経を尖らせて睨みつけている。

 どちらに余裕があるかは明白だった。事態が動くのもそう遅くはない。


 動きがあったのは、そう両者が察したタイミングだった。


 ──チュウッ


 そんな、甲高くも可愛らしい鳴き声が響く。


(……ネズミ、いやウサギ?)


 反射的に、エリスは顔を向けてしまっていた。牢屋越しに見えたのは、手のひらサイズの獣が1匹。体毛は青黒く、丸々とした体に長い耳と尖った顔が添えられている。ネズミとウサギを足したような姿だった。


 つぶらな瞳がエリスを捉えている。しかし、それだけだ。

 エリスが注意を向けるべきは他にあった筈。


(しまッ──アイツから目を離した!)


 状況を思い出し慌てて顔を戻す。

 彼女は思わず身を強張らせていた。エイデンは既に目の前まで迫っていると、そう予想していたからだ。


「マジか……」


 しかし予想に反し、エイデンもまた硬直していた。

 驚きに開いた目はエリスから逸らされている。


(何を、見ているの?)


 エイデンの視線の先は、一点。

 獣を、見ている。


「……嘘だろ。早すぎる」


 エイデンの呟きには、確かな焦りが含まれていた。


 ──チュウッ


 今一度、獣が鳴いた。

 鳴いて、そして煙のように姿を消してしまう。最初からいなかったかのように、忽然と。


「──エリス」


 エイデンが名を呼んだ。

 先ほどまでのどこか楽しげな声ではない。言い聞かせるような重い声だった。


(な、何よ急に……)


 圧のある声に思わず身を固くし、それでも気丈に返す。

 初めて面と向かって名前を呼ばれたことで、少しドキリとしたことは内緒である。

 もしバレていたとしても、エイデンは気にしていなかっただろう。優先することが出来たからだ。


「君の法陣魔法は火系統で爆発かそれに類する効果だよね。なら、この牢から地上までの脱出経路も作れるかな」

(それは、できるけど……)


 急な話題展開に困惑しながら、流されるように素直に答えた。

 あっさりと魔法の詳細を当てられて、本来なら悔しがる所だ。魔法士にとって魔法を発動する前に諭されるのは未熟の証とされるからである。

 しかし不思議とそんな気持ちは湧かない。淡々とした、確認染みた問いがそうさせたのだろう。


 期待通りの答えを得て、エイデンは素早く頷いた。


「発動は今すぐにでも可能かい?」

(ええ……問題なく)


 疑問を残しながらもコクリと頷く。元来の素直さもあるのだろう。

 さっきまで出し渋っていた情報をあっさり吐いてしまったことに、彼女は気づいていなかった。


「流石。本当に優秀だ」


 そう言ってエイデンが浮かべた満足そうな笑みに、つい見惚れてしまう。美しい外見がデフォルトのエルフ種を見慣れていても、吸い寄せられるように目がいってしまった。

 エイデンも顔は整っているが、それ以上に心底感心したような表情がエリスの心を惹きつけていた。育った環境の影響で、承認されることに飢えているのである。


 だから次の動きを止められなかった。


「──よし。ならやってくれ」


 言いながら檻の中に踏み入る。足が向かう先はエリスの隣。無警戒に近づいてくるものだから、エリスは反応が遅れてしまった。


(はぁ? ちょッ、急に何よ)


 正気に戻り慌てて距離を取ろうとするも、エイデンの右手に肩を抑えられて阻止される。


(離してッ)

「こらこら、危ない」


 払い除けようとして振るった腕は、残った左手で掴まれる。急な動きの変化に、手枷から伸びる鎖がチャラリと鳴った。

 手枷越しに手首を握られてしまい、エリスの両腕はアッサリと封じられてしまう。

 "ならば足で"と思っても、肩を抑えられた中腰の姿勢では難しい。残った瞳で、エリスはキッとエイデンを睨みつけた。


「何もしないから。それより早く魔法を使ってくれ」

(……なんで私が言うこと聞く前提なのよ)

「困るのは君だから」

(──ッ!)


 エリスの肩が跳ねる。

 2人の距離は体が触れ合う一歩手前ほど。身長差もあり、エイデンが覆い被さるような態勢になっている。肩と腕を抑えられ身動きが取れない状態で、エイデンの言った"困る"の内容は貞操の危機を感じさせた。

 肩から伝わる高い体温が、反射的に体を硬直させてしまう。


 その反応に、エイデンは言葉選びを間違えたことを察した。


「あ、変な意味じゃないよ。ここから脱出しないと危険だと言いたいんだ」


 エイデンの瞳や声音に、情欲の気配はなかった。文字通り目の前で確かめたエリスは、少しばかり肩の力を抜くことが出来た。

 肩や腕を掴む力は乱暴ではない。むしろ優しいとすら感じる。

 怪我をさせないように配慮したものだと、今なら分かった。


(……危険って、どんなよ)


 男性にここまで近づかれたことがあっただろうか。記憶の中では、父を含めて初めてだった。

 "ヒャッ"と、間抜けな音が漏れそうになるのを耐えながら尋ねる。


「貞操や尊厳よりもっと大事な、命の危険だよ」

(……妹が殺しに来るって話、まだ続けるの? 私、信じてないんだけけど)

「だろうね。俺だって説明不足は自覚している」

(なのに、言う通りに動けって?)


 "それは無理があるだろう"と、エリスは両眉を上げた。

 エイデンは困ったように笑う。


「残念ながら、君から信用を得るための時間は無くなってしまった」


 "失礼"と、そう言ってエイデンはエリスを抱き上げた。肩と膝に素早く腕を通して体を攫っていく。


(──きゃッ! い、いきなり何よ!)


 所謂、お姫様抱っこの姿勢。

 思っても見なかった接触にエリスの頬は赤く染まった。


「できると君は言った。魔法の発動、なるべく早く頼むよ」

(ちょ、近いッ)

「道が開いたら君を連れて通るからね。この姿勢が都合がいいんだ。悪いけど我慢してくれ」


 "手枷足枷が無ければおんぶしたんだけど"と、ため息混じりに付け加えながら、エイデンは牢の中央へと足を進める。

 軽く頭上を見えげてから、トントンと、靴先で床を鳴らす音が小さく響いた。


「よし。いつでも良いよ」


 "魔法を使ってくれ"と、そう言いたいのだろう。

 エリスはそれどころではない。さっきから警戒と羞恥で心が反復横跳びをしていて、一杯一杯だった。


(急ッ!急なのよアンタさっきから!)


 返答はため息。

 暴れようとするエリスを腕の中で見事に抑えながら首を傾げる。


「免疫が無さすぎるなぁ。いや、エルフはこんなものか?」


 エルフは他者との接触に神経質な者が多い。そのことをエイデンは思い出していた。

 しかしエリスは否定を返す。


(エルフでも人間でも変わらないわよ! アンタ距離感壊れてるんじゃないのッ!?)

「不思議とよく言われる」

(やっぱり悪いのアンタじゃないッ)


 "ははは"と、エイデンは笑い、そして眉を下げた。


「俺もまだ、君と仲良くお話していたいけど……」

(誰が仲良くですってぇ?)


 噛み付くエリスを敢えて無視して、エイデンは言った。


「──時間切れだ」


 ──天井が、崩れる。

 つい先程まで獣がいた場所に向かって、降り注ぐ大小の岩。釜の底が抜けたような勢いで落下する。

 着弾。ブワリと、砂埃が地下を満たした。


(ちょっと!本当にさっきからなんなのよ!)

「敵だよ」


 腕の中で目を見開くエリスに端的に答え、目を細めて付け加える。


「君を殺しにきたね」


 視線の先、砂埃の奥で、一対の瞳が浮かび上がっていた。













お読み頂きありがとうございます。

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未沱(いまだ) (こい)

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