第3話 紋章者
赤い男はエイデンと名乗り、馬車への同乗を取り付けた。その後、彼が最初に行ったのは負傷者の手当てだった。
その作業は素早く、素人目にも手慣れているのが見て取れる程だ。仲間の命が掛かる中、残りの護衛達はただ見守るだけだった。
"手の施し用がない"のではなく、手出しする必要がないという意味で。
手伝いを名乗り出る暇もなく、エイデン1人の手によって治療は無事終了した。
治療風景を見ていたのは護衛達だけではなかった。商人として、そして御者として、再出発の支度を整えていたメルク。彼も作業をしつつ、意識は常にそちらにあった。純粋に興味があったのだ。
手綱を握り馬を前に進めながら、メルクは先の風景を振り返っていた。
淡い緑の光が優しく負傷兵を包む。風の暴力で地を荒らした人とは思えない、命を尊ぶ姿がそこにはあった。教会にでも飾られそうな一場面を美しいと、メルクは素直に感じていた。
「魔法士というのは、皆さん癒しの力をお持ちなので?」
そう、自然と尋ねていた。
御者席の隣に座るエイデンは頷いた。
「得意不得意はあるだろうけど、1つ2つは使えるだろうな」
「思いの外、習得難度は高く無いのでしょうか」
"意外だ"という感想を、メルクは素直に表に出した。
魔法士なら必ず1つは身に着けている。つまり希少性は低いのだろうと、回復魔法習得へのハードルが脳内で急激に下がっていた。
しかしエイデンは困り顔だった。
「そうあってくれれば良かったんだけどね」
やんわりとした否定が返ってくる。
「攻撃魔法に比べて、回復魔法はそもそもの数が少ないんだ」
「それは知りませんでした。魔法には疎いものでして」
「詳しい人の方がきっと少ないよ。この国は魔法士よりも戦士の育成に力を入れているから」
フォローを挟みながら、エイデンは続きを話す。
「100対1。攻撃魔法と回復魔法の数を比べた時の比率だよ」
"おおよそではあるけど"と、そう補足する。
想像以上の差に、メルクは思わず目を見開いた。
「それは、また……なんと言いましょうか」
「殺意が高すぎるよね」
「そこまでは言いませんが……まぁ、確かに」
"攻撃魔法に傾倒しすぎだな"と、そう思う。
不自然な偏りには理由がある。苦笑と共に、エイデンは述べる。
「何せ500年以上戦争が続いているから。魔法の成長分野に影響を与えるのは、自然だと思うよ」
「敵を倒すことを優先したということですか」
「剣で1人を倒す間に、魔法はその何倍、何十倍を倒せるからね」
野盗達を地面の染みに変えた魔法を思い出し、メルクは納得した。
「便利さの矛先が戦争とは、悲しいことですな」
「本当にね」
"だからこそ"と、エイデンは続ける。
「魔法士は中級の攻撃魔法を1つ覚えると、次は治療魔法を習得する風潮があるんだ」
「それは願掛けとして、ですか」
「似たようなものだね。魔法士の人生に、戦いは付き物だから」
メルクは再度、先の魔法を思い起こした。大きな竜巻。普通に生きていれば目にするのも稀な、自然の暴力。あれほどの威力の魔法だ。日常生活で使い道はないだろう。狩りをするにも、洗濯物を乾かすにも強すぎる。
ではどこで活かすのか。メルクの頭では、戦地以外の場所が思い浮かばなかった。
ブルリと身震い。手に汗が滲み、無意識に手綱を握り直す。
「誰だって、死にたくは無いものです」
「……そうだね」
一拍置いて、エイデンは肯定した。
若い外見に似合わない、老成した空気を纏って彼は語る。
「魔法の怖さを1番知っているのは魔法士自身だ。中級魔法を覚えれば自覚せずにはいられない。戦争ではコレが、あるいはコレ以上の魔法が自分に牙を向くということをね」
「ゾッとします」
つい先ほど、同じ気持ちを味わったばかりだ。鮮明にイメージできる。きっと初めて中級魔法を発動させた魔法士は、少しの高揚感の後に急激な恐怖に襲われたことだろう。
心臓がキュッと絞られ、汗が吹き出たに違いない。メルクは、そして馬車の横で耳を立てていた護衛達も強く共感できた。
"だから"と、エイデンは続ける。
「必ず、魔法士は回復魔法を求める。どれだけ希少で、どれだけ習得難度が高くてもね」
「精神安定剤のようなもの、ということですか」
「回復魔法習得しているという事実は、恐怖を薄れさせる為に必要なんだ。みんな死に物狂いで身に付けるよ」
"気休めでしかないけど"と、そう小さく付け加える。
「納得しかありませんな」
護衛達を回復させた魔法は確かに素晴らしいものだった。もし自分が身につけていたら、もっと肝の座った振る舞いができるだろうとも思う。
しかし空から飛び降りた場合はどうだろう。そもそも回復する余地が残るのか、という問題があった。戦地ではより強力な魔法が飛び交うこともあると聞く。気休めという言葉にも納得せざるを得ない。
死体に必要なのは、回復魔法ではなく蘇生魔法なのだから。
「そういえば、メルクはどうしてまた、わざわざこの道を通ってたんだい?」
冷えた空気を入れ替えるように、エイデンは話題を転換した。
これ幸いとメルクは乗っかり、声をワントーン弾ませる。
「もちろん、仕事の為ですとも」
「それはまた、随分と難儀な仕事だね。この道、かなり前から使われていないだろう」
穴だらけに溝だらけ。雑草も好き勝手に生えた歪んだ道。人の手が加えられていないことは一目瞭然の酷い有様だった。
今も度々、車輪が弾んでいた。
「ええ、ええ。こうして馬車は揺れるわ、賊に襲われるわ。散々です」
ため息を溢しながらも、手綱を操る姿は熟練だった。揺れも最小限だ。ここまで無事進んで来れたのは、彼の御者としての腕のおかげなのだろう。
「もちろん、エイデン殿との出会いは幸運でしたが」
おべっかが付け加えられる。
「俺も拾ってもらえて幸運だった。実を言うと迷子でね」
「迷子、ですか」
「案内用の看板がね。雨風にやられて朽ちていたんだ」
エイデンは困ったようにそう言った。
メルクは肥えた腹を弾ませる。
「はっはっは!道理で縁が結ばれる訳です。案内無しでは、道に迷うのも無理はありませんな」
「あまり言わないでくれよ。この年で森に迷子というのは、中々に恥ずかしいんだ」
「はっはっは!」
今日1番の大笑い。エイデンの恥ずかしげな苦笑が胸の奥を妙に擽っていた。ツボりは入ったとも言う。
聞くに、獣を追って森に迷い込んでいたらしい。食料補充が目的だったのだが、危うく遭難しかけた訳だ。
あれほどの腕を持つ魔法士が、これだ。等身大の人間らしさを感じ、メルクはもちろん、護衛達も一段と肩の力が抜くことができた。
ふぅ、ふぅ、と。メルクは緩やかに笑いを収める。手綱を握る手からも緊張が抜けて、馬車を覆う空気はすっかり緩んでいた。
「──それで、どんな仕事をしてるんだい」
話を戻すように、エイデンが尋ねる。
笑いを引っ張るようなことはせず、メルクは答えた。
「商品の流通ですよ。私、商人ですからな」
彼は片頬を上げて胸を張った。自信の滲む表情だったが、胸よりも腹が張られているのは少し情けない。視線を逸らしながらも道は逸れない綱捌きは、プロの御者と言われた方がシックリ来る姿である。しかし本人は商人の自負が強いらしい。今までで1番、力の籠った声だった。
チラリと、エイデンは後ろを振り返る。
「つまり、荷台の彼女達が」
"商品ということか"とはハッキリと口にしない。当人達にとっては不快な言葉だろうと、エイデンは自重した。
その無言の問いを正確に読み取って、メルクは頷いた。実にあっさりとした動きだった。
「まさしく。こうして送り届けるのが、私の仕事という訳です」
「労働補助事業、だったかな」
最初に名乗った際、メルクが添えた職業名。
労働補助事業。聞き慣れない言葉だった。
「ええ、ええ。労働力を求めている場所に、それを送り届ける。雇用側を補助する事業ですな」
よく聞かれることなのか、スラスラと説明した。所謂"派遣事業"ということだろう。
労働力と言われると肉体労働が頭に浮かぶが、するとある疑問が続けて浮かぶ。
「皆、エルフのようだけど」
「何も力仕事だけが労働ではありませんよ」
「と言うと?」
「彼女達は手先が器用ですから。裁縫や織物の現場で重宝されるのです」
"見目麗しい女性が店に立った方が人気も出ますし"と、明け透けにそう付け足す。
「実は森の奥にエルフの集落がありましてな。お得意様なのです」
「エルフは排他的と聞くけど、得意先になれる程に関係を重ねているのは凄いね」
「立ち寄る商人が他にいないだけですがね」
謙遜を挟み、続きを話す。熱が入ってきたのか少し早口気味だ。
「私は仲人なのです。彼女達の望むを叶える為の。エルフの方々は長命な上に、森住まいですから」
"ああ、なるほど"と、淡々と頷き、エイデンは返答する。
「閉鎖的な分、流通硬貨の枯渇が起こるのか」
何故、エルフたちが大人しく荷台に乗っているのか。
その疑問の答えであり、メルクが言おうとしていたことだった。
つまり彼女達は、出稼ぎなのだ。
「素晴らしい!全くもってその通り。働かざる者食うべからず、ですな」
答えを先に言われたことも気にせずに、彼は気分良さげに笑みを浮かべた。
金が無くては飯や道具を買えない。その当たり前が今の状況を生み出していた。
「エルフは森に住まう種族。山菜や狩りでも食っていけるとは思うけど……金は楽だからね」
「一度楽を覚えてしまえば、簡単には捨てられませんとも。誰しも苦労は嫌でしょうし、エルフは常人よりもそれが長く続きますからな」
「短くても数百年、だったかな」
エイデンやメルク達の純人間種とは異なり、エルフ種は長命である。このことは一般常識として知られていた。過去の記録の中では、1000年を超えて生きた個体も居たとのこと。70年も生きれば仙人扱いされる純人間種とはスケールが違う。
しかし同じ部分もあった。
「早めの貯蓄が将来を楽にする。種族が変わろうとこの考えは同じですな」
安心を金で買う。歴史が築いた思想は種族間を超えて根強いものだった。
「建設的な考えだ。それにしては男手が見当たらないけど」
「ああ、それは……」
少し言い淀みながらも、メルクは答える。
「……一部ですが、口減しも兼ねているのでしょう」
絞られた声量。耳にしたエルフが気分を害さない為の配慮だろう。
出稼ぎに出るということは金が不足している、あるいは貯蓄に不安があるということだ。村での生活は自給自足が基本。では生活が窮困した時、食料を確保できない人材はどうなるか。
働かざるもの食うべからず。
食いたいなら働きに出ろ。そういうことだった。
「男は森で狩りを、女は街で裁縫か」
「今のご時世、ありふれた話ですとも」
"まぁそれに"と、メルクは小さく付け足した。
「奴隷に落とすよりかは、良心は痛みませんからな」
「なるほど。家族への情か」
「金の代わりに奴隷となれ、とは言うのも言われるのも辛いものです。しかし働きに出て金を稼げていう話なら別でしょう」
だからこそ、働き口を凱旋する事業を運営しているのだろう。
時世を読み、需要を捉えている。メルクは御者としての腕に加えて、商人としての着眼点も良いようだった。
「流石。人の心を捉えるのが上手いね」
エイデンは素直に賞賛した。
はっはっはっ! 気持ち良さげな笑みが響く。
「雇い入れる側も外聞が綺麗な方が好ましいのでしょう。お陰様でこうして食っていけております」
「外聞どころか見栄えも整えているんだから、なかなか繁盛しているだろう?」
雇用関係で法に触れるものはなく、種族柄容姿の整ったエルフが働きに来てくれる。
下心抜きにしても、経営側が喜ぶツボを押さえている。これで人気が出ないわけがない。
しかしメルクは苦笑を返した。
「それがそうもいかないのですよ。何せエルフの方達は長寿。つまりは呑気な訳ですので」
「出稼ぎを決意する。そこまでのスパンが長いんだね」
「今回は5年振りの契約でした」
「お得意様とは名ばかりじゃないか」
「まったくです。私以外に商品が来ないのも納得ですよ」
弱々しくそう言って、メルクはため息を溢した。
他の村にも手を広げることでギリギリ黒字にはなっているようだが、ボロ儲け、とはいかないらしい。世知辛いものだ。
エイデンは苦笑を返し、お金のことから話題を変えた。
「乗っているエルフ達は納得済み。だからこんなに大人しいのか」
「暴れる理由もありません。行き先は真っ当な職場ですからな」
女性達が拘束されていない理由が判明した。襲撃の際に青ざめていた顔が、今では済ましたモノに戻っているのも納得だった。
何人かは未だ表情が固いものの、それは未来への小さな不安からくるものだろう。見ず知らずの地に働きに出るのだから、抱いて当然の感情だった。
総じて、彼女達の顔には納得の色が見えていた。
しかしそうなると例外が目に止まる。
手枷足枷をされ、他から遠巻きにされているたった1人のエルフ。
エイデンはチラリと後ろを振り返る。御者席と荷台を繋ぐ小さな小窓。そこから中を覗き見る。
深い緑色の髪。暗い荷台の中で、まずそれが見えた。こちらに背中を向けて寝転んでいたようだ。すると、肩口に切り揃えられた艶のある髪が揺れ動く。彼女も視線を感じたようで、のそりと顔を上げた。
「……」
無言。
彼女はただジッと見つめ返す。
エイデンもまた、静かにその目を見据えた。
「どうかしましたか?」
会話が途切れたことで、メルクがエイデンの様子に気がつく。
「あぁ、その者ですか。エイデン殿も聞いたことはありませんかな? 紋章を刻まれし者と呼ばれる者を」
「噂程度になら」
エイデンは後ろを向いたまま短く答えた。
未だその目は、緑のエルフを捉えている。
「では僭越ながら、軽くご説明を」
"私も詳しい訳ではございませんが"と、前置きを挟み、メルクは語り始めた。
「この地に生まれ落ちた時より、その身に紋章を刻まれし者達。御体の一部を神に下賜された、生まれながらの超越者。その身に刻まれしは祝福紋。御体の一部を神に没収された、生まれながらの大罪人。その身に刻まれしは失落紋」
スラスラと流れるように誦じる。それは詩のようにも感じられた。
「いつだったか、祖父から聞かされたものです」
「昔のことだろうに、よく覚えてたね」
「偶にですが、街などで耳にすることもありますから」
どうやら現代でも普及しているものらしい。
「吟遊詩人が消えた時代です。いつ廃れても可笑しくはない筈なのですが……根強く残っているのですよねぇ」
「不思議だね」
「不思議ですな」
感想を漏らし合い、咳払いを1つ。彼は本題に戻る。
「まぁ、そういう訳でして。場所によっては忌み嫌われるのですよ。失落紋を持つ者は」
神に罪有しと烙印を押された大罪人。信仰心の厚い地域であれば、さぞ生きにくいだろう。そうで無くとも、長く続く戦争の影響があちこちで燻っている時代だ。余裕があるとは言えない状況で明らかな厄ダネに、きっと良い顔はされまい。
「では、彼女は」
話の流れからして、緑の髪をもつエルフがそうなのだろう。
メルクは頷く。
「その者は神によって"声"を没収された大罪人。確か、声の失落者と呼ばれておりましたな」
「魔法適性の高い種族なのに声を発せないとは、随分な足枷じゃないか」
「まぁエルフは戦地に出ることも稀だと聞きますし、生きる分には問題ないのでしょう」
"こうしてこの年まで生きている訳ですし"と、メルクは感心薄めに考察した。
「魔法を使えないこと以上に、やはり失落紋という事実が重いのでしょう。我々にとっては昔の文化や風潮ですが、長命の彼らの中では息が長いですから」
「他の娘達が同村の出でありながら彼女を避けているのは、それが理由か」
「ですな。親族からも縁を切られたようで……この場で唯一の奴隷落ちです」
先の話との食い違いに、エイデンは首を傾げた。
「君の仕事は、補助事業ではなかったかな?」
「縁を切られた大罪人。帰る場所もない彼女が働ける場所を仲介する。立派な補助ですとも……奴隷という、外聞の悪い形ではありますがね」
「嫌そうだね」
「本音を言いますと、関わりたくはなかったのですよ」
そう付け足して、メルクは眉を顰めた。
「商人にも組合があるのです。所属したからと言って、基本的に干渉はされないのですが……」
「例外もあると」
「ええ。まったく厄介なことに」
辟易とした声で肯定する。
「失落紋を見つけた際は可能な限り保護するよう、命が降っておりましてな。従わなければ、商人としての資格を剥奪されてしまうのです」
「過干渉も良いところじゃないか」
「困ったものです」
深いため息を溢し、愚痴を吐き出す。
「まさか私が該当してしまうとは。生きている内にお目に掛かることは無いだろうと、高を括っておりましたのに」
再度、ため息。
「奴隷でもいいから連れて行ってくれと、あの者の親族が言っておりました。気を失い力無く倒れる血縁を縄で縛りつけ、押し付けつけるように荷台に放り込んだのです」
「想像以上に荒っぽいな」
「突然のことで、あの時は訳も分かりませんでしたよ」
力無い声で苦笑を溢す。
「資格剥奪の事もありますし、衆目の前で差し出されてしまえば、連れて行かない訳にはいかないかったのです」
「"どうしてこのタイミングで"というのが引っかかるけど……承知の上なんだろうね」
未だこちらを見上げてくる彼女。外見は20前後に見えた。エルフの中では成人もまだしていない筈だ。年齢に対する価値観は種族柄異なるだろうが、若い世代を育てるという文化は生命の共通項。この年までは見捨てなかったという事実からは、家族の情を期待させる。
しかし今、こうしてここに居るからには何かがあったのだろう。
何故、今になって放り出したのか。エイデンはもちろん、メルクも気にかかっていた。
しかし彼は商人だった。人の情で動かず、損得を重視する。
「顧客のプライベートに踏み込みことですからな。踏み込みはしませんとも。私は粛々と仕事を熟すだけです」
彼は疲れた顔で口角をあげ、頑張って笑う。
"それに"と、小さく付け加えて、言う。
「お上に弱いのが、民草ですからな」
彼もまた、振り回されている側だっだ。そのことがよく分かる、老けた顔だった。
エイデンは彼の肩に優しく触れた。
「世知辛いね」
「まったくです」
気重げにため息を吐いて、すぐに被りを振るうメルク。
「まぁ、そのような訳でして……彼女が私の馬車に乗った、最初で最後の奴隷になることを祈っております」
エイデンは数度、彼の肩を叩いた。
「きっと大丈夫さ。何せ、あのタイミングで迷子の俺を引き当てた強運の持ち主だ」
「はっはっはっ!なるほど。それもそうです。それなら間違いございませんな」
「──そういえば、彼女の名はなんと言うんだ?」
「確か、エリス・グロッグでしたな」
何故そんなことを聞くのかと、メルクは不思議そうだ。
しかしその疑問もすぐに消えてなくなった。
森の出口が見えてきたからだ。
メルクは手綱を握り直し、掛け声と共に馬の足を早めた。
そこを抜ければ、目的の街──アーゲートはもうすぐだった。
「……エリス・グロッグね」
口の中で復唱しながら、今一度彼女に視線を落とすエイデン。
緑のエルフ──エリスはやはり、何も言わずにこちらを見ていた。
首の付け根に刻まれた痛ましげな黒い紋章が、服の隙間から覗いていた。