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第13話 貫く牙


都合5度。

雷翔獣(ライトニング・ベア)が大木で柵を作り、そして壊した数だ。エイデンはその度に回避行動を余儀なくされた。可能な限り最小の、ロスの少ない動きを意識していても、それは結果を遅らせることが限界だった。

そしてついに、両者の距離がなくなる。


「ほんと、獣ながらあっぱれだ」


言って、乾いた笑みを浮かべる。着実に手を届かせるために一手を重ねていく獣に関心すらしていた。狩られる側の気持ちを、まさか獣に教えられることになるとは思っていなかったのだ。


乱雑に作られた柵を背にして足を止め、エイデンは獣と対峙する。


「油断でもしてくれないかと思ったが、無理な話か」


涎を垂らしながら睨む獣に隙はなかった。野生で生きてきた獣として、獲物の命を立つまで気を抜くことはないだろう。例え災害級という最上位の脅威認定をされていたとしても、それは人間側の都合だ。獣には獣の世界があり、そこでは油断したものから命を落としていく。弱肉強食の世界を生き残っているからこそ、獣は強いのである。


「体力も、余裕ありそうだなぁ」


それはエイデンも同じであった。両者に息切れはない。走ることに夢中で後のことを考えないような、ペース配分を間違える愚は犯さない。

だからこの時間は息を整える為のものではなかった。間合いを図っているのだ。獣はトドメの一撃のために。エイデンはそれを察知し対処するために。


──グルゥウ


獣は唸り声を漏らしながら油断なく距離を詰める。ジリジリと、いっそ焦ったく思うほどに慎重な動きだった。剣士が用いるすり足を思わせる。


「これだから知恵をつけた獣ってやつは……」


エイデンは剣を腰ために構え、その場から動かない。獣の一歩と人の一歩では移動距離が違いすぎる。無闇に動き先手を取られるようなことはできなかった。


足元では法陣魔法の準備をしている。衛兵を相手にした時と同じやり方だ。足先を使って地面に陣を描き隙を付く。その手法は奇襲としては効果的だが、こちらは間に合いそうにない。圧倒的に時間が足りていない。獣が飛びかかる方が早いだろう。


状況は不利に過ぎる。獣の速度と、その体格から生まれる間合い。対する、エイデンが剣を使用した際の間合い。正面から対面している現状。勝るのは圧倒的に獣の方である。


「辞世の句は、読み上げる余裕もなさそうだね」


そう溢すと同時だった。


──グォウッ!


獣が飛びかかる。エイデンは剣を振らない。その場から動くこともしない。ダラリと力を抜いて、柵に寄りかかるようにしてもたれている。諦めたのかと、そう見える姿である。


しかし、それは違った。


──ゾンッ!と。


氷柱が現れる。太く、鋭く、美しく透き通ったそれは、柵を貫き、瞬く間にエイデンの横を通り過ぎた。自然現象ではない。魔法の牙が、刹那を動いている。

向かう先は、飛び込んできた獣。氷柱の先が外皮に触れ、そのまま──頭蓋すら刺し貫いて、天を突く。穴から漏れ出た獣の命が、牙の色を赤く染めた。


あっという間のことだった。

獣には何が起きたのか理解できなかっただろう。苦しむことなく逝けたのは、せめてもの幸運だろうか。


「おっと、辞世の句を聞いてくれる相手がいなくなってしまった」


柵に背を預けたまま、エイデンは呑気にしていた。その顔には緊張感がかけらも残っていない。すぐ隣を超質量の氷が通り過ぎたというのに冷や汗一つ流さない。つまりは予定通りということだろう。


(なら、私が代わりに聞いてあげましょうか?)


思念が届く。続いてザリッと木片と砂利を踏む足音が響いた。氷柱がくり抜き、柵にできたトンネルを抜けてくる人影──エリスが、外套を揺らしながら姿を現した。


「実はまだ考えている途中なんだ。口にするのはいつになることやら」


ヘラヘラした軽い態度だ。命をかけた追いかけっこをしていたとはとても思えない。

エリスは呆れたように息を吐いた。


(呑気なものね。今しがた死にかけておいて)

「実際は死んでないしね。それに、君がいたからな」

(なにそれ。"信じてた"とでも言いたいわけ?)


"冗談でしょう"と、エリスは付け加える。嫌そうに眉を顰めていた。


「俺を信じてくれたのは君の方だろ。なら、俺もそれを返さないと」

(だからって、私が逃げ出すとは思わなかったわけ?)

「一緒に戦うと言ったの嘘だったのか?」

(そうじゃないけどッ……普通は疑うものでしょ)


ただでさえ、家族に裏切られたばかりのエリスには、どうしてこうも信用を向けられているのか意味が分からなかった。


(それに、間に合わなかったかもしれないじゃない。私の陣を描く技術がそのレベルか、貴方は知らないんだから)

「そうでもないよ」

(なんでよ)

「牢で一度、君の魔法を見ていたからね」


牢からの脱出の際に使用した炎の法陣魔法。その発動の瞬間に、一瞬だけ光を発した陣をエイデンは見ていた。


(たった一度、あんな少しの時間で?)

「とても綺麗で洗練されていた。積み重ねられたものだと、一目で分かるほどにね」


エイデンの浮かべる笑みは優しかった。


「だから大丈夫だと、俺は思ってたよ」


エリスは何かを言おうとして、しかし顔を背ける。


(そう……まぁこれで、逃がしてもらった借りは返せたでしょ)


仕方なくだと、そう主張した。


(だから、礼はいらないわよ)


そっけない言葉が本心でないことは、すぐに分かった。エルフの耳は人間種とは違って細長い。そのせいで髪に隠れることができない。赤みが刺しているとよく見えるのだ。


「そうか。なら、俺にも礼は不要だよ」


微笑ましく笑いながら、エイデンはそういった。






























お読み頂きありがとうございます。

感想、評価、是非お待ちしています!


ひとまずですが、こちらで更新を停止いたします。

また別作品でお会いできますと幸いです。


未沱(いまだ) (こい)

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