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第11話 完勝

 

「──ヘレンッ!?」

「な、何が起こった!?」


 剣士──ヘレンの姿が忽然と消え、ヒジリとフダイが彼の名を叫ぶ。予想外の事態に動揺を隠せずにいた。

 その結果、彼らの詠唱は途切れてしまう。しかも同時にだ。発動しかけていた2つの魔法は、共に、霧散した。

 フダイは思わずは振り返り非難の目を向けた。対してヒジリも舌を打っている。何を振り返っているのかと、エイデンから視線を切ったフダイの姿に不満を露わにしていた。


「何をやってる!さっさと次の詠唱に入れ!」

「お前もだろ!早く距離を取れ!」


 互いに罵倒と指示を投げ合い、意識を戦闘に戻そうと努力する。しかし詠唱が途切れたことによる攻撃の遅延に加え、動揺に流された罵り合い。

 その無駄な時間は、明らかな隙である。


「ヘレンといったか。彼の言う通りだ」


 音もなく接近したエイデンが、目前のフダイに語りかける。

 彼は慌てて振り返ろうとするも体の動きは鈍い。距離を取って安全に魔法を使用することに慣れていたせいで、身体制御がお粗末だった。


「ッ我示す──」


 フダイが破れかぶれに詠唱に取り掛かるも、それは判断ミスだ。

 一言喋るより、剣を振る方が早い。


 ──シャラリと一閃。ドシャリと派手な音と共に、膝から崩れるようにフダイが倒れる。


「風よ 駆けよ 刃先に──」


 焦りを滲ませながら詠唱を行うヒジリ。腰は引け、頬や首元には脂汗が伝っている。それでも彼は詠唱を続けていた。目の前に迫った剣先に、間に合わないと理解していても。

 詠唱を唱えていないと、恐怖でおかしくなりそうだったのだ。


「──纏いてッ」


 三節目を言い終える間際。瞬きすら遅く感じる刹那の中で走った銀線。

 続いた二閃。同じようにヒジリも倒れる。


 仰向けになり白目を剥く彼を、エイデンはすぐ側で見下ろしていた。


「やっぱりこの距離は、剣士の距離だね」


 台詞を言い終えた時には、既に剣は鞘へと納まっていた。

 そして振り返る。


「君の同僚は良いことを言うね。そう思うだろう、フダイ君」


 初撃で倒されたフダイは、しかし意識を保っていた。エイデンが速さを優先した為に多少は軽くなった一撃に、辛うじて耐えることが出来たのだ。かといって、ここから反撃に移れるほどの余裕も気力もなかったが。

 何より今、彼の心は驚愕に占領されていた。


「バカな……あれは、あの"魔法"は……」


 剣に叩き落とされる形で崩れ落ちる最中、彼は目にすることができた。ヘレンが消えた地面に残った、足先で抉り掘られたような紋様を。

 草木や落ち葉に隠れるようにして描かれたそれが何なのか、その答えは魔法士として学んだ知識の中に存在していた。


「法陣、魔法……」

「さすがエリート魔法士。流石に知ってるか」


 関心したように頷き、エイデンはゆっくりとフダイに近づいていく。

 その余裕ある姿が恐怖を煽り、フダイの喉から引き攣った音が漏れた。


 "陣"という視覚情報を媒体に発動する魔法。それが法陣魔法。牢でエリスが使用した炎の魔法もこれに分類される。

 詠唱魔法に比べ、発動速度の遅さと難易度の高さに課題を抱えながらも、魔法が発動した後でしか探知不可能な隠密制と、威力の高さを誇る魔法系統。


「あ、ありえないだろ……」

「その疑問は、何に対してのものかな?」


 震える声に対して、エイデンが見下ろしながら尋ねる。

 既にフダイのすぐ側に立ち、いつでもトドメをさせる位置にいた。

 逃れられないことを理解したフダイが、せめてもとキツく睨みつける。


「……こんな場所で……法陣魔法が使える訳がないだろッ」


 陣に少しでも歪みが存在すれば、魔法発動が阻害される。その繊細さが問題視され、現代ではめっきり使われることがなくなったのだ。

 その筈なのにエイデンは森の地面を相手に、足先で、しかも相手にバレることなく使ってみせた。

 ありえないのだ。少なくとも、現代の魔法士の常識の中では。


「悪いけど、君たちとは年季が違うんだよね」


 さらりと、そう返す。

 若々しい見た目に反した、確かな積み重ねを感じさせる現実。

 エイデンが世界でも数えるほどもいない、魔法と近接を併用することを可能とした万能の戦士であることをフダイは突きつけられていた。


「化け物め……」


 ドサリと、気力を失ったフダイの意識が途切れる。

 彼に、そして先んじて脱落していたヒジリに対しても、エイデンは剣を抜かない。命を奪う様子は見せなかった。


「……そろそろか」


 そう呟き、再び歩き始める。

 最初の立ち位置で立ち止まると、徐に地面へと手を伸ばした。


 ──ズムッと。泥を相手にした時のように、ずんぐりと地面に沈む腕。

 いや、その場所は本物の泥だった。エイデンの発動した法陣魔法の効果なのだろう。数分前までは固い地面だったその場所は、ジメっとした水分を感じさせながら表面を波立たせている。

 まるで底無し沼のような有様である。


「ほら出てこい」


 "よっ"と、軽い掛け声と共に腕を引き抜く。その先にはぐったり意識を失ったヘレンの姿があった。頭からつま先まで泥だらけで、服も水を吸って酷い有様である。呑気に待っていたエイデンの期待通りに、彼は力無く四肢を投げ出している。


「よし。死んでないな」


 しかし息はあった。

 彼が泥に呑まれ、既に5分近くの時が立っている。空気もなく身動きも取れない場所で、5分。鍛えられた戦士だからこそ生存できていた。一般人なら2分も掛からず死んでいる。訓練の賜物だろうか。


 倒れた2人の魔法士も服から血が滲む気配はない。剣の腹を打ち込むことで、斬撃ではなく衝撃を与えていたのだろう。骨はいくらか折れているかもしれないが、命を奪わず気絶に追い込むことに成功していた。

 エイデンの目的はエリスの救出であり、殺生ではないのだ。


 確かに優秀であるはずの衛兵。それも3人を相手に完勝である。

 つまるところ、エイデンは手加減すら可能とするほど、余裕を持っていたのだ。


 しかしそれだけの結果を出した彼に、気の緩みは見られなかった。

 今も身につけた装備の様子を再確認し、不備がないかをチェックしている。


「さて、ここからだ」


 呟く意味は、ここまでは前座であり本番はこれからということ。


 ──ブゥオン!と、豪快な風切り音が、エイデンを肯定するかのように響く。

 そしてその音すら切り裂くように、何本もの大木が宙を舞っていた。


 落下予測地点は、今、ここ。






お読み頂きありがとうございます。

感想、評価、是非お待ちしています!


未沱(いまだ) (こい)

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