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メルトラーム英雄物語 黒衣の剣士と聖剣の聖女  作者: 洲厳永寿
第一章:運命の邂逅と聖痕の秘密

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第09話 青年と少女の出会いの話5 運命が交錯する二人の始まり

「それに、樹海の出口も近い。そこまで気張る必要はないだろう。もうすぐ帰れるぞ」


 レリュートがユリアを安心させようと告げたその言葉は、遠くから近づく複数の馬の蹄の音にかき消された。その魔力の気配は、これまで戦ってきた『蒼清教会カエルラエクレーシア』のそれとは異なり、より洗練され、不気味なほど強力な魔力を帯びていた。レリュートの顔に緊張が走る。


「……もう少し気張る必要があるようだな。何者かがまた近づいてきてる」


 レリュートは即座にユリアを庇うように前に立った。彼の指先が、無意識に『黒の雷輝(アーテルフルゴル)』の柄に触れる。木々の間から現れたのは、馬に乗って疾走する二人の騎士だった。その姿は、まるで嵐のように森を駆け抜ける。蹄の音が大地を揺らし、枯葉が舞い上がる。


「ユリア!」

「兄さん!?」


 二人の年若い騎士はユリアを見るや否や、彼女の名を叫び、荒々しく馬から飛び降りて駆け寄った。彼らの顔には、安堵と同時に、ユリアの無事を確認してからの剣呑な色が浮かび上がっていた。その瞳は瞬時に、ユリアの傍らに立つ黒衣の傭兵――レリュートを射抜く。まるで獲物を定めた猛禽のようだった。


「貴様……!ユリアを拐ったのは貴様か!」


 金髪の若い騎士の一人の声が、森に響き渡った。怒りに震えるその手が、腰に佩いた剣の柄を握りしめ、一触即発の構えを取る。その隣に立つ茶髪の騎士もまた、目の前の男への燃え盛る怒りから、露骨に敵意を隠そうともしない。全身から殺気が迸っている。


「ユリアさんから離れろ!」


 茶髪の騎士が雄叫びと共に剣を抜き放ち、地を蹴ってレリュートに襲いかかる。その剣は一直線にレリュートの心臓を狙っていたが、彼はわずかに後退し、その剣を紙一重で回避した。風を切る音が、二人の間を裂く。問答無用で襲い掛かる彼らに、レリュートは眉をひそめた。


(こいつらは、アルメキア軍の騎士か?ユリアの救助隊といったところだな……これは面倒なことになったな。まさか誘拐犯と誤解されるとは……)


 まさかユリアを救助した自分が賊と誤解されるとは、想定外の事態だった。彼は即座に状況を分析し、対処法を思考する。

 レリュートは、襲ってきた二人のユリアへの態度から、彼らがユリアの近しい関係者だと判断した。ゆえに、無駄な衝突は避けたかった。だが、このままでは相手は聞く耳を持たないだろう。誤解とはいえ、今後の関係を考えれば、平民である自分が貴族である彼らに一方的に攻撃を加えることには抵抗があった。


「待って!兄さん、カーナスさん!誤解です!」


 ユリアが慌てて割って入ろうと叫ぶが、彼女の言葉は間に合わなかった。ユリアに兄さんと呼ばれた金髪の騎士が剣を構え、レリュートに向けて水属性の魔法を放つ。彼の魔力が周囲の大気から渦を巻くように凝縮されていくのを、肌がひりひり感じた。やがてその中心から、唸りを上げるような鋭い風が、吹き荒れ始めた。魔力の粒子が視界を霞ませる。


「―――吹雪旋嵐アクア・ヒエムス・テンペスター!」


 声が紡がれた瞬間、集束した魔力が解き放たれる。視界を奪うほどの激しい吹雪が、轟音と共に猛然とレリュートへと押し寄せた。それは単なる風ではない。肌を刺す無数の氷の結晶と、全身の熱を奪い去る極低温の冷気が混ざり合った、破壊的な嵐が、そこに吹き荒れた。並の者なら瞬く間に体温を奪われ、その動きは鈍化し、やがて全身が硬質な氷の膜に覆われるだろう。凍てつく冷気が呼吸器を焼くように侵食し、意識さえも曖昧にさせるだろう。


上級魔法スプラ・マギアか……!?さすがグナイティキ家の嫡男といったところか、やるな()()()


 金髪の騎士のユリアへの対応から、彼の素性をなんとなく察したレリュートは、心の中でその上級魔法を使いこなす実力を称えた。唇の端に微かな笑みを浮かべる。


 レリュートは咄嗟に『黒の雷輝(アーテルフルゴル)』を水平に構え、横薙ぎに『閃衝斬破ウィース・ラーミナ・イムプルス』を放ち、迎撃した。刀身から放たれた力属性の衝撃波は、『吹雪旋嵐アクア・ヒエムス・テンペスター』を真っ二つに切り裂き、その勢いを削ぎ落とした。まるで巨大な見えない刃が空間を断ち切ったかのようだった。


「なにっ……!」


 金髪の騎士は自身の魔法を切り裂かれて驚愕に目を見開くが、すぐに切り替えてそのまま剣を構えて突進し、鋭い斬撃を放つ。だが、レリュートは側方に流れるような足取りで躱し、その剣は空を斬った。金髪の騎士の剣を躱したと同時に茶髪の騎士もまた、レリュートの側面から咆哮と共に力任せに剣を振り下ろしてきた。それはただの斬撃ではない。怒りが込められた、重く速い一撃だった。森の空気が、その衝撃で震える。


 レリュートはその剣を『黒の雷輝(アーテルフルゴル)』で受け止め、甲高い火花を散らしながら鍔迫り合いになった。互いの剣が軋む音が、森に響く。


「……問答無用か。ちょっと待ってくれないか?お前達は誤解をしている」


 レリュートは、やや眉をひそめながらも、冷静な声で告げた。鍔競り合いの状態で、レリュートは剣を交えるこの少年の素性を俯瞰した。


(こいつは何者だ?グナイティキ家の若様が通ってる士官学校の友人といったところか?身体強化フォルティスの強度はなかなかのものだが、剣筋はまっすぐすぎるな……カーナス、と呼ばれていたか……)


 茶髪の騎士の攻撃には、明確な怒りと焦燥が混じっていた。彼は全身の力を込め、食いしばった歯の間から荒い息を漏らしながら剣を押し込んだ。だが、レリュートはその剣を軽くいなし、茶髪の騎士の足元を払って体勢を崩させた。その隙に距離を取ろうとすると、金髪の騎士の魔法がレリュートに飛来する。レリュートは、金髪の騎士の魔法攻撃を片手で展開した魔盾スクートゥムで受け止めつつ、茶髪の騎士の剣を最小限の動きで躱し防いだ。

 レリュートの実力は、この二人に比べて遥か上の高みにあった。彼らの攻撃を同時に捌き、倒すことは容易だったが、レリュートはあくまで防御に徹した。その顔には、一切の焦りも見られない。


「なにが誤解なものか!誘拐犯め!」


 茶髪の騎士は怒りに顔を紅潮させ、血走った目でレリュートを睨みつけ、叫んだ。


 茶髪の騎士は怒涛の剣戟を繰り出すが、レリュートはそれらすべてを紙一重で捌き切った。そして、空振りした茶髪の騎士の剣を、手首を返す一瞬の動きで弾き飛ばした。キィン、という澄んだ音と共に剣は空中で一回転し、遠くの地面に突き刺さる。深々と地面に食い込んだ剣は、まるで忘れ去られた墓標のようだった。


「くっ……」


 茶髪の騎士は呻き、痛みに顔を歪ませながら手を抑えた。悔しさに唇を噛みしめ、弾き飛ばされた剣の元へ慌ただしく走り寄り、再び剣を掴んだ。


「まだ続けるのか?」


 レリュートは呆れ顔で、しかしどこか諦めを含んだ声で尋ねた。


「黙れ、誘拐犯が!」


 茶髪の騎士は、憎悪のこもった目でレリュートを睨みつけ、再び咆哮した。怒りに任せて剣を振り上げる。


「それが誤解だと言っているんだ。俺は誘拐犯ではない」


 レリュートは肩をすくめ、困惑したように答えると同時に、金髪の騎士が放つ次の魔法も軽くいなしながら、常にユリアの安全を確保できる位置を保った。その動きには一切の無駄がない。


(やれやれ……本当に話を聞いてくれないな。いい加減面倒くさくなってきた。力ずくで黙らせてから話を聞いてもらうか?)


 レリュートが物騒な思案していると、もう一人の人物がくる気配を察知して、そちらを見ると、後から駆け付けたと思われる長身の騎士が、森に響き渡る声で檄を飛ばした。


「双方、剣を引け!」


 そして、目にも留まらぬ速さで一閃が放たれた。その刀身からほとばしる力属性の魔力が空気そのものを切り裂き、目に見えぬ鋭利な刃の衝撃波となって、レリュートと茶髪の騎士の間に、まるで天からの裁きのように割り込んだ。

 地面が抉れ、砂塵が舞い上がった。レリュートたちに割って入った長身の騎士は、レリュートと襲い掛かってきた騎士二人の間に毅然と立ち、その手に握られた大剣を地を抉るように突き立てた。彼の魔力は、場の空気を一変させるほどの有無を言わせぬ絶対的な威圧感を放っていた。周囲の木々さえも、その魔力に圧されているかのように静まり返る。


「トラマティス卿!」


 金髪の騎士が驚きの声を上げる。長身の騎士は二人の騎士を厳しく睨みつけた。その眼差しには、一切の容赦がない。


「この者は賊ではない!おそらく彼はユリア嬢を誘拐犯から救い、ここまで護送してきたのだ!これ以上、無礼な振る舞いは許さん!」


 彼の声には、揺るぎない武威が宿っていた。レリュートは彼に見覚えがあった。数年前に知り合ったレリュートの親友であり、任務で一年間だけ通った士官学校時代からの旧知でもある、セイル・フォン・トラマティスだ。レリュートの真の身分や、その行動理念を深く理解している数少ない人物の一人だ。


 金髪の騎士は困惑と不満の表情を浮かべ、剣を下ろした。だが、その瞳にはまだ納得がいかない色が残っている。


「しかし、トラマティス卿。どのような証拠があって、この男を誘拐犯ではないと断定されるのですか?」


「証拠もなしに彼を誘拐犯と決めつけて聞く耳を持たず攻撃したのは貴公たちではないか!彼がいなければ、ユリア嬢は今頃どうなっていたか分からないだろう。状況をよく見ろ。ここに来る途中に転がっていた男たちがおそらく誘拐犯なのだ」


 セイルは冷静に諭した。その声には、確固たる信念が宿っている。茶髪の騎士もまた、セイルの介入に不満げな顔をしたが、彼の言葉には逆らえないようだった。その様子を見て、レリュートは、ようやく訪れた静寂に安堵の息を吐いた。肩の力が抜けるのが分かった。


「助かったぜ、セイル。どうやって説得したらいいか悩んでいたんだ。お前がもう少し遅ければ、彼らを倒すしかなかった」


 レリュートは皮肉めいた笑みを浮かべ、『黒の雷輝(アーテルフルゴル)』を鞘に収めた。カチリ、と硬質な音が森に響く。セイルは苦笑し、レリュートの肩を軽く叩いた。


「久しぶりだな、レリュート。まさかお前がユリア嬢を救っていたとは。だが、おかげで無事な姿を見ることができた。ありがとう、レリュート。わが友よ」


 金髪の騎士ことユリアの兄、ジークフリード・フォン・グナイティキと、茶髪の騎士ことセイルの弟、カーナス・フォン・トラマティスは、セイルの言葉に驚きを隠せないでいた。誘拐されたユリアを救助するため、偶然居合わせた友人であるカーナスと、その兄であるセイルの助力を得て、ユリアが樹海に連れ込まれたという情報をもとに、彼らは救援に向かっていた。まさか目の前の傭兵が先んじて救い出しており、しかもこの男がセイルの友人だとは。彼らの間には、新たな真実と、それによって生じる複雑な感情が渦巻いていた。疑念と、困惑と、そして少しの羨望が入り混じる。


「……ユリア、無事でよかった。しかしこれはどういうことだ!?」


 ジークフリードは困惑した声で妹に問いかけた。彼の眉間には深い皺が刻まれ、その瞳はレリュートへの不信と目の前の現実の間で激しく揺れ動いていた。隣のカーナスもまた、呆然とした表情で立ち尽くし、手にした剣を下ろすことすら忘れているようだった。ユリアは、兄とカーナスの視線を受け止め、安堵の表情でレリュートとセイルを見つめた後、深く頷いた。


「兄さん、カーナスさん。レリュートさんは、私を助けてくれた恩人です。何度も襲撃者から私を守ってくれました。それなのに、あんまりです!」


 ユリアの声には、彼らを責めるような響きが込められていた。


「そ、そうだったのか……」


 ユリアの言葉は、まるで森に差し込む一筋の光のように、彼らの間にあった誤解の闇を晴らした。ジークフリードの表情は、困惑から一転して悔恨の色を帯びた。感情に任せて話も聞かず攻撃した男が、まさか妹の命の恩人であったとは。深い衝撃が彼を襲い、矜持が砕ける音を聞いたかのようだった。彼はちらりとレリュートに視線を向けた。その表情は明らかに不本意そうであったが、妹の恩人に対する、そして自身の誤りを認めるかのように、硬い声で言葉を絞り出した。


「貴様……いや、多大な無礼を働いた。……礼を言う。」


 カーナスもユリアの言葉に衝撃を受け、顔を紅潮させた。ユリアを慕うがゆえに先に彼女を救出したレリュートに抱いていた嫉妬と、先ほど戦闘で明らかに手加減されてあしらわれていた劣等感を隠し切れないまま、彼はレリュートを一瞥し、小さく、ほとんど聞こえないほどの声で「……誤解をしてすまなかった」と呟いた。その声には、自分たちの早計な判断への恥じらいと、ユリアの無事への心からの喜びが入り混じっていた。


「不本意そうだが、謝罪を受け入れよう」


 レリュートは、二人の謝罪を受け入れた。彼はわずかに顎を引くと、その視線をジークフリードとカーナスに順に巡らせた。感情の読めないその瞳の奥には、どこか冷めた観察者の眼差しがあった。彼らの顔に残る戸惑いと、不服そうながらも自身の間違いを認めた様子を見て、レリュートは心の中で小さくため息をついた。余計な衝突を避けられたことに安堵する一方で、彼らの軽率な行動には呆れも感じていた。それでも、ユリアが無事であったことが何より重要だった。


 森の木々は、ようやく差し始めた朝日を浴びて、静かに揺れていた。彼らの複雑な関係性は、この新たな真実によって、さらに深まっていくことだろう。


 *


 数時間後、レリュートは事後処理をセイルたちに任せると、ユリアの身を案じ、その帰還を最優先とした。二人は無事にアルベルクの街に到着し、グナイティキ公爵の広大な邸宅の重厚な門をくぐった。


 重厚な門の奥、待ち焦がれたように公爵が駆け寄ってくるのが見えた。ユリアは父親の姿を認めると、弾かれたように駆け出し、「お父様!」と叫んだ。


 ユリアの細い体が、吸い寄せられるように公爵の腕の中に飛び込んだ。公爵は娘をしっかりと抱きしめ、張り詰めていた心が解けるかのように、深く安堵の息を吐いた。その瞳には、長き不安から解放された喜びに、うっすらと涙が滲んでいた。


「ユリア!よくぞ無事に……!」


 公爵は娘を慈しむように抱きしめ続けると、やがてゆっくりと顔を上げ、静かにレリュートを見やった。そして、深々と頭を下げる。その表情には、偽りのない心からの感謝が滲んでいた。


「娘を無事に連れ帰ってくれて、心から感謝する。貴殿には深く感謝申し上げたい」


 レリュートは恭しく一礼すると、公爵の真摯な視線を真っすぐに受け止めた。そして、これまでの経緯を淀みなく簡潔に報告する。その声は一切の動揺を見せず、まるで凪いだ水面のように落ち着いていた。


「お初にお目にかかります。グナイティキ公爵。私はアルベルクの街で傭兵をしております、レリュート・レグナスと申します。国境の大樹海での探索中に、()()お嬢様が怪しい輩に拘束されているのを見かけ、助勢いたしました」


 レリュートが『偶然』という言葉をことさらに強調したことに、公爵の眉がわずかにぴくりと動いた。彼の背後に、この男を動かす何者かの存在を改めて感じ取ったが、今はそれを問い詰める時ではない。娘の安全が何よりも優先されるべきだった。公爵は冷静を装いながらも、その奥底に鋭い光を宿した視線をレリュートに向けた。


「その怪しい輩とは何者だったのかね?」


「おそらく、『蒼清教会カエルラエクレーシア』の『執行者エクスキューショナー』かと……。退けはしましたが、彼らはお嬢様を諦める気はないようでした。それだけお嬢様の力が彼らにとって重要だということでしょう」


 レリュートは、ユリアが『聖剣ユグドラシルの継承者』であること、そして『聖痕スティグマ』の秘密についても、自身がすでに知っていることを知らしめるように言葉を選んだ。公爵は、ユリアの持つ力が政争の火種となりかねないことを危惧し、その秘密を家族と一部の信頼できる家臣以外には隠匿していた。だが、『蒼清教会カエルラエクレーシア』にはすでに知られていたことに、改めて危機感を覚えた。


 公爵は深く息を吐くと、意を決したようにレリュートの目を見据えた。


「そなたは知ってしまったようだな……。その事実を知った上でそなたは私に何を望むのだ?言ってみるがいい」


 公爵の言葉に、レリュートの口元に微かな笑みが浮かび、それはすぐに消えた。彼はこの瞬間を待ち望んでいたかのように、迷いなく言葉を紡ぐ。


「では……僭越ながら私をお嬢様の護衛に雇っていただけないでしょうか?」


 これは、『エントラルト』の調停者としての任務を遂行し、ユリアの持つ『聖痕スティグマ』の力を狙うあらゆる勢力から彼女を守るための、彼にとっての大義名分でもあった。


「ほう?」


 公爵は片方の眉を好奇心にかられるように上げ、レリュートの言葉の続きを促した。


 レリュートは臆することなく、真っすぐに公爵の揺るがぬ視線を受け止め、言葉を続けた。


「公爵としても、お嬢様の秘密を知る私に適当な報酬を与えて捨て置くのは不都合かと存じます。私をお近くに置いておくことで、不要な情報漏洩を避けることもできるはずです」


 レリュートの言葉に、グナイティキ公爵は口元に僅かな笑みを浮かべた。それは、彼の底知れない計算高さと、常識を覆すような大胆さに感心し、あるいは彼自身もこの駆け引きを楽しんでいるかのような、得体の知れない笑みだった。


「面白いことを言う、続けたまえ」


「私であれば、お嬢様の秘密は絶対に漏らしませんし、どのような敵が来ようともお嬢様を守れると自負しています。公爵の旗下に加えさせて頂ければ、公爵のお仕事のお手伝いもできるかと……私としても、アルメキアの有力貴族である公爵様と縁を得ることができる上に、高額の俸給をいただける、またとない機会です」


 ユリアはレリュートの言葉に、ぱっと顔を輝かせた。まるで幼い子供が願いを請うように、父親の袖をぎゅっと掴み、縋りつくように訴える。その瞳は、純粋な期待と、レリュートへの信頼に満ちていた。


「お父様、ぜひレリュートさんを私の護衛として雇ってください。お願いします!」


 公爵は、レリュートの提案が理にかなっていることを理解していた。今回の誘拐事件でユリアを守りながら蒼清教会カエルラエクレーシアの実行部隊を一人で制圧したという、その実力は既に実証済みであり、喉から手が出るほど欲しい人材である。今後の計画を鑑みても、ぜひとも引き入れたい戦力であることは明白だ。今のグナイティキ家には、圧倒的な武力を持つ信頼できる人材が欠けている。自身の後継者であるジークフリードも貴族としては十分な実力を備えているが、常識の範疇のである。

 貴族社会において武力は、彼らの血筋に由来する特権であり、政治的支配、国家の拡張、そして自らの家門と民を守るための不可欠な要素である。強い魔力や武力を持つものを他家や平民でありながら高い魔力を持って生まれたものを積極的に取り込むことは、家の優位性を確立する上で必要不可欠といえる。


 アルメキア王国でも最強と名高いセイル・フォン・トラマティスのような、常軌を逸した圧倒的な武力を持つ人材こそが、公爵の今後の計画には不可欠であった。

 その圧倒的な武力を持つ男が配下になることを申し出ているのだ。そして何よりも、愛しい娘がそれを心から望んでいる。公爵は一つ、深く頷くと、レリュートの揺るがぬ目を見据え、その提案を静かに受け入れた。


「わかった。これからも、娘の護衛を引き続き頼む。このグナイティキ家がそなたを厚遇することを約束しよう。娘も君をたいそう気に入っているようだしな」


「はい、お任せください」


 公爵に恭しく一礼した後、レリュートは視線をユリアに向けた。


「……というわけで、しばらくの間、君の家で働くことになった。これから、どうぞよろしく、ユリアお嬢様」


 レリュートの言葉に、ユリアはぱちりと瞳を瞬かせた後、その顔に喜びと安堵が入り混じった満面の笑みを咲かせた。彼女の小さな胸に、ふわふわとした期待と、ようやく訪れた安心感が満ちていく。先ほど父親の袖を掴んだままだった小さな手は、いつの間にか、まるで春の陽光に誘われる花びらのようにふわりと開かれ、レリュートの方へ向けられた。


「はい! レリュートさんが護衛になってくれるなんて、心強いです! これから、色々と頼っちゃうかもしれませんけど、よろしくお願いしますね!」



 こうして、ユリアは無事にグナイティキ公爵の元へと帰還し、レリュートはグナイティキ公爵の信頼を得て、ユリアの護衛として雇われることとなった。


 こうして、青年と少女の運命は、確かに結び合わされた。この出会いは、まだ誰も知らぬ戦乱の足音であり、秘められし力が世界を翻弄する、新たな時代の幕開けを告げる、静寂なる胎動に過ぎなかった。

 やがて、彼らの歩む道は、国々を揺るがし、隠された真実を白日の下に晒すだろう。それは、希望と絶望が織りなす壮大な物語の、ただ静かな、されど確かな序曲であった。



青年と少女と出会いの話


――END




続きのエピソードをカクヨムの方で連載しています。

よかったらそちらの方でも読んでいただけると幸いです。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054882746106

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