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メルトラーム英雄物語 黒衣の剣士と聖剣の聖女  作者: 洲厳永寿
第一章:運命の邂逅と聖痕の秘密

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第03話 少女の恋の始まり

私、ユリア・ルクス・グナイティキは、恋をしていた。


 いつからか、気づけばもう恋をしていた。最初は淡い恋心だった。それでも、彼への想いは揺るぎないものになっていた。


 十二歳の時、私は運命的に彼と出会った。五歳年上の、旅の傭兵を名乗る青年だった。三年前、私はある目的のために誘拐され、国境の森の隠れ家へと連行される途中だった。その時、彼に救出され、紆余曲折を経てグナイティキ家に生還したのだった。


 その後、青年が私の父であるグナイティキ公爵に要求した報酬は、グナイティキ家の用心棒として自身を雇用することだった。父は二つ返事で了承し、彼はグナイティキ家の特務武官として雇用されることとなった。こうして、彼は私の専属護衛として常に傍にいてくれるようになったのだ。


 彼は護衛になってから、私に自衛のためと、護衛の合間に剣術と魔術の指導をするようになった。元々、貴族の子としての嗜みで剣術と魔術の鍛錬はしていたものの、好きでやっていたわけではなかったので、腕前は一向に向上しなかった。貴族としての義務感から嫌々行っていた剣術と魔術の鍛錬は、彼と一緒にいられる時間へと変わったことで、自然と熱が入るようになった。素人に毛が生えた程度の腕前だった私が、同世代の貴族の子女よりも遥かに上の領域にまで成長できたのは、ひとえに彼の指導のおかげだろう。


 一緒にいる時間が長くなるにつれて、私の彼への想いは確信できるほど強くなった。堅苦しい丁寧語の口調を親しみやすい柔らかいものに変えたり、それとなく好意を示す行動をとったりもしたが、どうにも彼には伝わっていないようだった。出会った当初に比べれば、自分は随分と成長し、大人に近づいたと思っている。


 しかし、彼の私に対する接し方は、いまだに幼い子供に優しく接する保護者のようなものだと感じる。私を一人の女性として見てくれていない気がするのは、気のせいではないだろう。彼にとっては、出会った当初のままの子供扱いで、恋愛対象ではないのかもしれない。五歳の年齢差を考えれば、子供と見られてもおかしくはないのだ。私自身、一般的な十五歳の女性の体型よりも体つきが幼いことは自覚している。だが、だからといって、そんなに子供扱いされるほど子供っぽいわけではない。彼がもう少し大人の女性を好むのかもしれないとも思うが、その点はもう少しすれば成長するだろうし、さしたる問題ではないと考えていた。


 しかし、私と彼の間には最大の問題の壁があった。それは、私が貴族で、彼が平民であることだ。私自身は、彼の身分などまったく気にしていない。グナイティキ家が格式高く、尊い血筋の貴族だということは理解しているが、目に見えない格式や高貴な血筋といった権力を誇示し、人と人との関係に差をつける考え方は好きになれなかった。


 貴族という権力を持つが故のわがままかもしれないが、私は「グナイティキ家のユリア」としてではなく、一個人としての「ユリア」として、家柄ではなく私自身を見てほしいと願うのだ。だが、現実はそうはいかないことを多くの人間から学んできた。紛れもない大貴族の娘である私が、平民である彼と恋愛関係になることなど、父も兄も決して認めないだろう。


 家名が第一とされる貴族社会において、自由な恋愛など許されないことも理解している。父は今のところ私に婚約者を定めてはいないが、貴族の家に生まれた以上、私が他の貴族の家に嫁がされる可能性は極めて高い。私の母はアルメキア王家より降嫁した姫であったため、私はアルメキアの王家の血も引いているということになる。自分で言うのも恥ずかしいが、政略結婚の配偶者としての私の価値は非常に高いのだ。本来は誇るべき母の出自だが、私には彼との間に立ちふさがる壁の強度を増す要因になっているように感じられてしまう。


 さらに、私は王家の聖剣『ユグドラシル』の継承者でもあるらしい。継承者の証である聖痕スティグマは、胸元と首の付け根の間にある。聖痕に魔力を込めると、背中に聖痕を象った光り輝く紋章が浮かび上がるのだ。それは後光のようで、我ながら少し格好いいとは思うものの、軽々しく使用することはできない。なぜならその紋章は、アルメキアの国旗にある『ユグドラシルの紋章』そのものであり、自分が継承者であることが露見してしまうからだ。


 遠い祖先にあたるフィーア・レス・アルメート様は、聖痕を背に輝かせ、ユグドラシルを手に戦ったと伝えられている。しかし彼女以降、その子孫であるアルメキア王家の代々の王にすら聖痕が現れることはなかった。それが、直系の血筋ではない私に、その継承者の証たる聖痕が現れてしまったのだ。


 王位継承権の問題にまで発展する可能性が高いと、父は危惧していた。そのため、聖痕のことは家族と一部の信頼できる家臣以外には秘密にされている。聖痕を発動すると、基本能力が多少向上し、ユグドラシルを手元に呼び出すことができる。だが、ユグドラシルは現アルメキア国王レオンハルト・ディス・アルメートの仮の所有物である上に、私が聖痕を宿していることは秘密であるため、召喚するわけにはいかなかった。


 普段、ユグドラシルはアルメキア王国の王城の宝物庫に厳重に保管されている。式典や戦の時以外、王が常に帯剣しているわけではないため、今のところ王家の関係者には知られていないようだった。だが、初めて聖痕の力を使った際に剣を召喚してしまい、王都では剣が行方不明になったと騒ぎになったことがあった。それ以来、剣を召喚したことはない。


 この聖痕のせいで私は、その存在を知った勢力に狙われることになってしまった。そのため、身分の差という問題以上に、厄介なものを抱えているのだ。こんな自分に告白をされても彼を困らせるだけかもしれない。それどころか、隣に居てもらえる今の関係が気まずいものになってしまう可能性もある。それだけは避けなければならない。今のこの関係が、私にとって何よりも大事なのだから……。何かきっかけがあれば、その関係も進むのだろうが、今はこのままでいいと考えていた。



 グナイティキ公爵の広大な邸宅の一角、使用人用の部屋を間借りして暮らすレリュート・レグナスは、今日もまた公爵からの呼び出しを受け、執務室へと向かっていた。彼の背中を見送ったユリア・ルクス・グナイティキは、胸に温かく、そして少しばかり切ない想いを抱きながら、使用人用の部屋へと足を進めた。彼の優しくもどこか距離を感じさせる微笑みが、彼女の心を掴んで離さなかった。


 部屋の扉を開けると、白を基調としたメイド服に身を包んだ少女が、読みかけの本を閉じ、にこやかにユリアを迎えた。彼女はティーユ・クア・ティアレス。ユリア付きの近侍であり、幼い頃から姉妹のように育った、何でも打ち明けられる大切な親友だ。彼女自身も貴族の子女だが、下位貴族の娘が上位貴族の家へ奉公に出されるのは、珍しいことではなかった。


 彼女のセンターネームである『クア』は、アルメキア王国で下位貴族に与えられる名前だった。上級貴族(公爵、侯爵、伯爵位にある人物とその配偶者と子)には、男性は『フォン』、女性は『ルクス』という名前が与えられる。下位貴族(子爵、男爵、騎士位にある人物とその配偶者と子)には、男性は『ヴァン』、女性は『クア』という名前が与えられる。王族(皇帝、国王、大公位にある人物とその配偶者と子)には、男性は『ディス』、女性は『レス』という名前が付く。ティーユの父親は子爵の位を持つアルメキア王国の貴族であるため、その身分を示す名前が『クア』なのである。彼女は、ユリアがレリュートに抱く淡い恋心も、その胸に秘めた秘密も、すべてを知る理解者だった。


「ユリア様、レリュートさんをお見送りでしたか?」


 ティーユの声は、いつもと変わらぬ穏やかさで、ユリアの心をそっと落ち着かせた。だが、その瞳の奥には、友の恋を知るがゆえの、優しいからかいの色が隠されているのが見て取れた。ユリアは、少し頬を染めながら、小さく頷いた。


「うん……お父様のお話が終わったら、レリュートさんと少しお出かけする約束をしてるの」


 彼女の言葉に、ティーユはふっと微笑んだ。


「いいですね、二人きりのお出かけなんてデートみたいです」


「もう! ティーユまでそんなこと言うの!? デートじゃないってば!」


 ユリアは慌てて否定し、可愛らしく頬を膨らませた。レリュートにも以前同じようにからかわれたことを思い出し、少し恥ずかしくなる。ティーユは、そんなユリアの反応を見て、くすりと笑みをこぼした。


「でも、ユリア様のお顔を見れば一目瞭然ですよ。隠しても無駄です」


 ユリアは、自分の想いがそんなにも顔に出ていたのかと、ますます顔を赤らめた。ティーユの言葉は、まるで自分の心を見透かされているようで、少し照れくさかった。


「もう、ティーユはいじわる……。でも、レリュートさんたら、私のことまだ小さい子供だと思ってるのよ。『まな板みたい』だとか言うし……」


 ユリアは、レリュートに言われた言葉を思い出し、むっと唇を尖らせた。十五歳になり、身体も多少は成長したものの、同年代の貴族令嬢たちと比べると、まだまだ幼いことは自覚していた。それが、彼との心の距離を縮める上で、障壁になっているように感じてならなかった。ティーユは、ユリアの前に歩み寄ると、そっと彼女の小さな手を握り、励ますように軽く叩いた。


「レリュートさんは、ああ見えて鈍感なところがありますから。でも、ユリア様がどれだけ彼を慕っているか、きっとそのうち伝わりますよ」


 ユリアは、ティーユの優しい言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。彼女の言葉は、いつも的確にユリアの不安を和らげ、背中を押してくれた。


「そうだといいんだけど……。でも、私たち、身分が違いすぎるもの。私は貴族の娘で、彼はただの傭兵……お父様も、兄さんも、認めてくれるはずがないわ」


 ユリアの表情には、淡い恋心とは裏腹の、深い諦念が浮かんだ。グナイティキ家がアルメキア王国屈指の大貴族であること、そして自身が王位継承権を持つ身であることは、彼女自身が何よりも理解している厳然たる事実だった。政略結婚の道具とされる可能性だって、決して低くはなかったのだ。ティーユは、ユリアの肩をそっと抱き寄せた。彼女たち二人にとって、そうした身分の壁は、幼い頃からずっと存在してきたものだった。ティーユ自身、子爵家出身でありながら、公爵家であるユリアに仕えているのだ。


「そうですね……。でも、ユリア様が『ユリア』として彼を慕う気持ちは、何にも変えられないと思いますよ。身分なんて、私たちにとっては関係ありませんもの」


「ティーユ……」


 ユリアは、ティーユの言葉に、涙が滲みそうになるのを必死にこらえた。


「それに、今日はジークフリード様がお帰りになるから、お出迎えの準備もしなければいけませんよ」


 ティーユは、わざと明るい声色で話題を変えた。ユリアの兄であるジークフリードがレリュートのことを快く思っていないのは、ユリアもティーユもよく知っていた。


「兄さんが戻ってくるのね……。レリュートさんと一緒にいるところを見られたら、また何か言われそうね」


 ユリアは、小さくため息を漏らした。ジークフリードがレリュートに抱く露骨な嫌悪感は、いつものこととはいえ、やはり気分が沈んだ。


「ユリア様が出迎えればきっと喜んでくださいますよ。でも、レリュートさんとご一緒は……やはり、お控えになった方がよろしいかと」


 ティーユの言葉に、ユリアは複雑な表情で頷いた。


「うーん……兄さんには、もう少しレリュートさんに打ち解けてほしいんだけどなぁ……」


 ユリアの兄であるジークフリードは、庶民で傭兵という信用できない職のレリュートがユリアの護衛として傍にいることを快く思ってはいなかった。当然、彼との仲も良好ではない。

 ジークフリードの一方的な敵視といったもので、レリュートとしても、大切な妹の周りを傭兵という身分の男がうろついているのは気に入らないという気持ちはわからないでもないと受け入れている。しかし、だからといってレリュートの方から歩み寄って彼に気に入られようなどとは思わなかった。だが、彼も一応は護衛対象の一人であるため、支障のない程度に付き合い、彼の敵意を受け流しているのが現状だった。


 二人の間には、再び穏やかな沈黙が流れた。だが、その沈黙は重苦しいものではなく、互いの心境を深く理解し合った者たちだけが享受できる、温かな安らぎに満ちていた。ユリアは、ティーユの隣に寄り添い、レリュートが執務室から出てくるのを、胸いっぱいの期待と、ほんの少しの不安を抱きながら待つのだった。

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