第11話 再訪の国境の大樹海2 戦闘訓練
バルドに見送られ、レリュート、ユリア、ティーユの一行は、再び大樹海の奥へと足を踏み入れた。かつてアルメキア王国とグラン王国が交流を持っていた頃に開かれた道は、古代魔導器によって形成された破邪の結界の力で守られていたものの、依然として魔物の気配が濃厚に漂っている。
レリュートが隣を歩くユリアに、穏やかな声で問いかけた。
「ここに来るのは、ユリアは三年ぶりだったな。覚えているか?」
ユリアはこくりと頷いた。その瞳は遠い昔の記憶をたどるように、わずかに潤んでいた。
「忘れるはずがありません。レリュートさんと初めて会った場所ですから」
ユリアは懐かしそうに目を細め、胸元で両手をぎゅっと握りしめる。出会いの思い出が鮮やかに蘇り、胸の奥がきゅっと締めつけられるようだった。
レリュートは二人の出会いを思い出しながら、この大樹海について語り始めた。どこか神秘的な響きを帯びたその声に、樹海の古木の間に差し込む木漏れ日が、静かに彩りを添える。
「この樹海は両国の国境となっているが、元々は古代の遺跡が多数ある場所でな。こんな場所に人が住んでいたのかと思うだろうが、その遺跡は天空に存在したと言われるメルトラームの都市の一部が、この樹海に墜落したものだと伝えられている」
ユリアは彼の説明に深く頷いた。その瞳は大きく見開かれ、驚きと好奇心に満ちている。息を呑んで口元に手を当てた。
「だから樹海の中に、住居のような遺跡が多数あるのですね。その遺跡にあった結界の古代魔導器を利用して作られたのが、この樹海の破邪の結界というわけですね?」
ユリアは瞳を輝かせ、新たな発見に興奮した様子で言った。
「その古代魔導器は元々、その都市で研究されていた魔法生物の拘束用の結界だったらしい。そのせいで都市と共に落ちてきた魔法生物が今もこの樹海に徘徊し、魔境となってしまったわけさ」
「では、その魔法生物で訓練をする場なのですね」
「そういうことだ。樹海の奥の方には強力な魔法生物の魔獣が徘徊しているとのことだが、今回行く場所はそれほど強い魔獣はいないとのことだ。しっかり頑張ってくれよ」
深く木々が生い茂る広大な樹海の中、レリュートは腰に佩いた愛用の長剣『黒の雷輝』に常に手をかけ、鋭い視線を周囲に走らせていた。わずかな木の葉の揺れや、獣の息遣いも見逃さない。
しばらく進んだ時、レリュートの鋭敏な感覚が、前方から新たな気配を捉えた。茂みの奥から、小型の狼のような魔獣が二匹、ずるりと闇の中から姿を現す。その目は、獲物を狙うかのようにギラついていた。
「よし……ユリア。あれと戦ってみよう」
レリュートは魔獣に指を差し、ユリアに指示を飛ばした。ユリアは緊張した面持ちでレリュートを見つめる。不安と期待が入り混じった複雑な表情が、その顔に浮かんでいた。
「え……? 私一人で? レリュートさんは……?」
ユリアは戸惑いながら問い返した。その声には、少しばかりの心細さがにじんでいる。思わず、隣に立つティーユの服の裾をぎゅっと握った。
「俺が手を貸したら訓練にならないだろう? ティーユと一緒でいい。それほど危険な魔獣でもないから大丈夫だ。危なかったら助けてやるから、頑張れよ」
レリュートはそう言って、ユリアの成長を促した。その言葉には、彼女への信頼と、厳しさの中に優しさが見え隠れする。温かい視線が、ユリアの背中をそっと押した。
「うー……頑張ってみるね」
ユリアは覚悟を決めたように返事をし、剣を抜くと銀の切っ先を天に突き立てた。その手はかすかに震えていたが、瞳の奥には強い意志が宿っている。
「光輝の矢を放て!―――― 光弓矢!」
彼女の剣先から眩い光の矢が四、五本、星屑のようにきらめきながら形成される。詠唱が終わると同時に雷光が迸り、魔物に向かって放たれた。魔獣は魔法の軌道を見切り、寸前で身を翻して回避し、ユリアに飛びかかろうと猛然と襲いかかる。その獰猛な動きは、ユリアを恐怖に陥れるには十分だった。ユリアは息を呑み、一瞬体が硬直する。
ユリアは剣で迎撃しようとするが、直接斬りつけることに躊躇してしまい、咄嗟に防御の構えに切り替えた。その顔には、焦りと恐怖が入り混じっていた。
「――――― 炎弾!」
魔獣の牙がユリアに届く寸前、力強い詠唱が響き渡り、火炎の弾丸が爆ぜるように放たれた。赤と橙の炎が夜闇を切り裂き、魔獣に直撃する。
ティーユは素早く魔法杖を構え、炎の弾丸を放った。その表情は真剣そのもので、ユリアを守るという強い使命感が感じられた。炎の光が彼女の顔を赤く染め上げる。
魔獣は炎に包まれて地面でのたうち回り、苦悶の悲鳴を上げながらもがく。その隙を逃さず、ユリアは剣の切っ先を魔獣に向けて追撃の魔法を放った。彼女の目には、獲物を仕留める意思が宿っている。集中が極限まで高まり、魔力が剣に集中した。
「――――― 雷槍!」
剣先より放たれた雷の槍が、青白い稲妻となって空気を引き裂き、魔獣の急所を正確に貫いた。激しい電光と共に、魔獣は痙攣し、やがて昏倒する。その瞬間、ユリアは安堵と達成感から、両腕で力強くガッツポーズを取った。全身から力が抜け、へたり込みそうになるのを必死にこらえる。
「た、倒した……?」
ユリアが、まだ信じられないといった様子で尋ねる。
「まだ一匹いるぞ!油断するな」
レリュートはそう言いながら、潜んでいたもう一匹の魔獣を一瞬の踏み込みで捉え、流れるような剣閃から放たれた銀色の軌跡を描く風の刃は、魔獣の体を音もなく両断し、魔獣は断末魔すら上げられず、虚空に消え去った。レリュートの動きは、まるで風そのもののように流麗だった。
「ありがとうございます。レリュートさん」
ユリアはほっとしたようにレリュートに礼を言った。その顔には、緊張から解放された安堵の表情が浮かんでいた。
レリュートは二人の連携と奮闘に目を細めたが、同時に課題も感じていた。彼の脳裏には、次の訓練内容がすでに描かれていた。わずかに口元が緩む。
「まあ、そんなもんか。だが、実際に剣で斬りつけるのは躊躇があるようだな。人間の相手をする時になれておかないと、いざというときにうまく立ち回れないぞ?」
ユリアは剣の刀身を見つめながら呟いた。その表情には、まだ迷いと葛藤が残っている。
「そうですよね。剣で斬りつけて命を奪ってしまうのは、少し怖いです」
ユリアは少し顔を曇らせた。その声には、命を奪うことへの抵抗がにじみ出ていた。視線を伏せ、指先で剣の柄をなぞる。
「殺しに慣れろとは言わない。本来、君は自衛ができるだけの技術を身につければ十分だ。しかし、相手を無力化するぐらいの気概がないと、君自身に危険が及ぶこともあることを忘れないようにな」
「うん……そうだね」
ユリアは真剣な表情で頷いた。その瞳の奥には、レリュートの言葉を受け入れようとする強い決意が見て取れた。
「そこでお勧めなのは雷撃で剣に雷を纏わせて、剣の腹で殴りつければいい。それなら殺すことはあるまい」
レリュートはそう言って剣に雷撃の魔法を纏わせて見せた。彼の剣に走る青白い雷光は、見る者を魅了するような美しさだった。パチパチと微かな放電音が響く。
「威力をコントロールすれば、相手を麻痺させて殺さずに無力化できる。電撃の帯電は剣から伝わって感電しないように操作することを忘れないように注意を……って」
レリュートが説明を終える前に、ユリアは彼の言葉を試すように自身の剣に雷光を放出した。その瞳は好奇心に満ちていた。驚きに目を見開くレリュートの視線も気にせず、ユリアは集中する。
「……雷撃」
ユリアは目を閉じ、集中して魔力を練った。その額には、わずかに汗がにじんでいた。
初めは勢いよくパチリと放電したが、彼女は魔力のコントロールをして放出を抑え込んだ。剣身を薄い青白い光が覆い、微かに震える。その顔には、成功への喜びと、新たな発見への驚きが入り混じっていた。
「むむ……結構コントロールが難しい上に、魔力が常に放出されるから、枯渇に気を付けないといけないですね」
ユリアは額に汗を浮かべながらつぶやいた。その声には、新たな課題を見つけたことへの意欲が感じられた。
「いきなり試してみるとは思い切りがいいな。感電対策もしているようだな。常に放出することはないさ、相手に斬りつけるときだけ放出すればいい」
レリュートは苦笑しながらもその度胸に感心し、言葉を続けた。彼の顔には、教え子の成長を見守る優しい眼差しが宿っていた。
「だが、ある程度の魔法抵抗力を持つ相手には効果は薄いだろうな。なんせ殺さない程度の雷撃だからな」
魔獣を退けた一行は、何回か遭遇した魔物を退けながらさらなる深淵へと、大樹海の奥に足を進めるのだった。
鬱蒼とした樹海の奥深くへ、一行は進んでいった。かつて両国の交流があった時代に開かれた道は、古代遺物によって形成された破邪の結界の力で守られている。しかし、それでも魔物の気配は濃厚だった。
レリュートは、『黒の雷輝』の柄に手をかけ、鋭い視線を周囲に走らせていた。ユリアは細剣を構え、ティーユは魔法杖を手に、いつでも魔法を発動できるよう準備していた。
やがて、一行は異様な光景を目にする。ユリアは息をのんで指差した。
「あれは……?」
そこにあったのは、巨大な結界だった。樹海を覆うように張り巡らされ、アルメキア王国とグラン王国の国境を区切っているものだ。しかし、その結界の一部が、黒い瘴気に侵食され、ひび割れていた。レリュートは、その光景に眉をひそめた。
「これが、公爵が言っていた『ほころび』か……」
レリュートは、瘴気の濃度が異常に高いことに気づいた。これは、ただの魔物の影響ではない。何者かが意図的に結界を破壊しようとしているのかもしれない。
その時、背後から複数の魔物の咆哮が轟いた。
レリュートは素早く振り返り、声を張り上げた。
「来るぞ!」
刹那、『黒の雷輝』を抜き放つ。現れたのは、巨大な狼の魔物――瘴気狼だった。その体は黒く禍々しい瘴気に侵され、その目は血のように赤く光っていた。
レリュートは顔をしかめ、低く呻いた。
「瘴気狼か……。厄介な相手だな」
レリュートは、ユリアとティーユに素早く、そして明確な口調で指示を飛ばした。
「ユリアは聖痕の力で結界の修復を頼む。聖痕の力で治癒魔法を強化して応用すれば結界は修復できるはずだ。ティーユは俺の援護だ!」
レリュートは、地を蹴り、瘴気狼に斬りかかった。『黒の雷輝』から放たれる雷撃が、稲妻のように奔り、瘴気狼を薙ぎ払った。
「――理の深奥にて輝く大樹の聖痕よ、魔を打ち破る力を顕現せよ」
ユリアが祈るように手を合わせ詠唱すると、彼女の首と胸の間が強い光を放ち始めた。その瞬間、背中には光り輝く文様が鮮やかに浮かび上がり、亜麻色の髪は白金色に変化し、体全体に薄い光を纏った。
「聖なる光よ、結界を修復せよ!―――治癒光!」
ユリアの聖痕から放たれる光が、結界のひび割れを修復していく。
ティーユは、魔法杖から雷槍を放ち、瘴気狼の動きを封じようとした。しかし、瘴気狼は容易に魔法を打ち破ると、牙を剥き、ティーユへと獰猛に襲いかかった。
「伏せろ!」
レリュートは素早く身を翻し、瘴気狼を横から蹴り飛ばし、ティーユを間一髪で庇った。彼は短く問いかけた。
「大丈夫か?」
ティーユは息を弾ませながら頷いた。
「はい、助かりました!」
レリュートは身体強化を使用して、蹴り飛ばした瘴気狼に発光する剣を突き付けて魔法を詠唱する。
「―――閃衝斬波」
レリュートの剣が空を斬った刹那、鋭い刃のような衝撃波が瘴気狼を切り裂く。その体が黒い瘴気を散らしながらゆっくりと地面に崩れ落ちた。
レリュートは『黒の雷輝』を鞘に納め、静かに呼吸を整えた。
ティーユは張り詰めていた息を大きく吐き出し、安堵に顔を綻ばせた。
「やった……!」
レリュートは、倒れた瘴気狼から視線を外し、警戒を怠らず告げた。
「まだ油断はするな」
レリュートの鋭敏な感覚は、まだ周囲に微かな魔物の気配が残っていることを捉えていた。瘴気狼は単独で行動する魔獣ではない。ここが結界の「ほころび」であるならば、さらなる魔物が引き寄せられる可能性が高いと、彼は直感していた。
続きのエピソードをカクヨムの方で連載しています。
よかったらそちらの方でも読んでいただけると幸いです。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054882746106