第3話:“書き換え”の痕跡
帰還直後の魔女の塔は、異様な沈黙に包まれていた。
転移魔術の影響か、それとも“記録のない街”から持ち帰った情報が、魔術環境にノイズをもたらしているのか。
「……まるで、塔そのものが呼吸を止めているみたい」
私は塔の主であるにも関わらず、内部の魔力流をうまく掴めなかった。こんなことは初めてだ。
ユアンは無言で部屋の結界を確認し、うなずいた。
「防御機構は生きてます。ですが、何かが“上書きされている”ような……」
「……やっぱり、来てるのね。世界そのものの“修正プログラム”が」
私は自室の奥、禁術図書の最深部へと足を踏み入れる。
そこには、私が研究と実験の果てに完成させた“概念観測装置”があった。
世界に干渉する法則、歴史の連なり、構造式の揺らぎ――“見えないはずの構造”を視るための、禁じられた鏡。
私は意識を集中し、装置に魔力を注ぎ込む。
視界が反転し、あらゆる“記録”が透けて見える世界に変わった。
そこには、確かに“痕跡”が残っていた。
――世界線が、書き換えられている。
しかも、“過去の時点”から、断続的に。
細かい違和感。王国の法律条文の文言が微妙に違っている。貴族の家系図に、存在していなかった名前が混ざっている。
「……これは、“世界の修復”じゃない」
これは――**“強制的な帳尻合わせ”**だ。
私が断罪を拒否した。その瞬間、破滅というノルマを満たすために、別のルートが選ばれた。
犠牲となる“悪役”を再配置し、記録を偽装し、歴史を改ざんする。
それが、世界という“システム”の自己防衛。
私の存在そのものが、システムにとって“エラー”になっている。
「……やっぱり、私、“この世界にとって異物”なんだわ」
私はゆっくりと椅子に腰を下ろした。
ゲーム世界に転生した?
違う。**私は“転生”じゃない。アクセス、あるいはログイン――いや、“侵入”**かもしれない。
私だけが、この世界の構造式にアクセスできる理由。
私だけが、過去ログや隠しエリアに到達できる理由。
そして、最初に死なずに生き延びられた理由。
「……私は、この世界の“管理者権限”を一部、握ってる」
だとすれば――
この世界は、ゲームではない。“ゲームとして作られた世界”だ。
そしてその運営者は、どこかにいる。
「……ベレッタ、ユアン」
私は部屋の外に声をかけた。扉の向こうで待機していた二人が、すぐに入ってくる。
「今から、“この世界を設計した存在”を探すわ」
「ま、まさか……そんな存在が本当に?」
「ええ。いる。間違いなく」
私は魔力で空中に構造式を展開する。
その中心には、ひとつの文字列が浮かび上がっていた。
それは、通常の魔術言語ではありえない表記。
現実の私が前世で見慣れていた、コード文字列――
【System.Override:User:A-Glantz_Prototype】
「……やっぱり、そういうこと」
私は静かに目を伏せた。
「“アリステリア=グランツ”は、この世界に存在してはいけない名前だった」
この世界に存在するはずのない“最強魔女”が、世界の構造そのものに干渉していた。
つまり私は、この世界の“バグ”であり、“神の欠片”でもあった。
世界は、私を“修正”しようとしている。
なら――私はそれを、根本から書き換えてやる。
自由とは、与えられるものではない。奪ってでも、勝ち取るものだ。
この後はまだ書いていないので、明日以降投稿していきます。
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