第1話:予兆
世界の檻を壊し、“断罪”を拒んだ最強の魔女。
だが、それはただの“シナリオ逸脱”だった。
本当の破滅は、もっと深く、もっと静かに忍び寄っていた。
これは、誰にも裁かれぬ存在となった魔女が、
“世界の構造そのもの”に抗う物語の始まり。
夜明けの空が、不自然に赤かった。
王都から遠く離れた山岳地帯、魔女の塔。かつて私が“亡命”して、研究に引きこもっていた場所だ。今はただの拠点の一つにすぎないけれど、それでも魔力の流れを見るには、ここがいちばん都合がいい。
「……魔素濃度、上昇値が規格外。しかも、方向性が逆?」
空に浮かべた魔術式が、警告を鳴らしている。魔力の流れが“外から内へ”と逆流しているのだ。自然界ではありえない現象。
まるで、世界そのものが“圧縮”されていくような――。
「アリステリア様、これは……」
助手の一人、ベレッタが蒼白な顔で私に報告書を差し出す。元・王立魔術研究院の天才少女。今は私の研究グループの一員だ。
「この現象、近い領域だけじゃありません。
全大陸で、“魔力の歪み”が観測されています。しかも、数日前から――共通のタイミングで」
私は目を細めた。
数日前。それは、私が“世界の中心で自由を宣言した日”だった。
――偶然とは、思えない。
「……やっぱり、“何か”が動き始めたのね」
私は塔の最上階に登ると、空間魔術で王都方面を視た。通常は見えないはずの王都上空に、かすかな“ヒビ”のような歪みがある。
裂け目。あるいは、世界そのものの亀裂。
そのとき、背後に現れた黒髪の少年が、静かに言った。
「アリステリア様。ご報告を。北方辺境の“消えた村”の調査が完了しました」
「……消えた?」
「はい。文字通り、村ごと消滅。地図にも、記録にも痕跡が残っていませんでした」
私はゆっくりと振り返る。少年の名はユアン=クロウリィ。私が拾った魔術師の卵で、記憶喪失の青年。だが最近、彼の周囲で“存在の書き換え”の兆候が確認されていた。
「ユアン。あなた自身は、何か思い出してきてる?」
彼はしばらく沈黙し――ぽつりと呟いた。
「……あの村には、“もう一人のあなた”がいた気がします」
――その瞬間、私は確信した。
この世界は、まだ終わっていない。
いや、私は断罪ルートを回避しただけで、“第二の破滅”は進行していたのだ。
そしてそれは、かつての乙女ゲームの“隠しルート”──
プレイヤーすら知らなかった、**“裏の断罪ルート”**の発動に他ならない。
「おもしろいじゃない。だったら――」
私は指を鳴らし、空中に新たな術式を走らせた。
「世界の底を暴きにいきましょうか。“最強魔女”として」
この世界を覆う“シナリオ”に抗うために。
私は、もう一度、立ち上がる。