第5話:魔族と悪役令嬢が手を組んだら、王都の聖騎士団がパニックに陥った。
ティールーム『白薔薇亭』の窓から、私はゆっくりと紅茶を飲みながら外を見下ろす。
聖騎士団の部隊が、遠巻きにこの店を包囲していた。
王太子の護衛騎士、宰相派の魔術師団、国教会の神官……ざっと見積もって100名以上。
まるで、魔王軍が攻めてきたかのような布陣だ。
「……というか、攻めてきたのは私たちでは?」
魔族の王リーネが、スコーンを食べながら言った。
「いえ、ただのお茶会だったはずなんですがね。まったく、過剰反応です」
「紅茶一杯でこんな大騒ぎになるなら、次はケーキ出すだけで内閣総辞職かしら」
「それはそれで見てみたいですね」
互いに笑い合う私とリーネ。
──まったく、どこからどう見ても、最悪の組み合わせである。
一方その頃、店の外では──
「陛下! 現在、“魔族の王”と“元侯爵令嬢”が接触しております! 状況は極めて危険と……」
「馬鹿な、なぜグランツ令嬢が……いや、なぜ彼女は、あんなものと仲良く……!」
王宮から派遣された宰相が、真っ青な顔で指を震わせている。
すぐ傍では、王太子アレクシスが額に汗を滲ませていた。
「アリステリアは、確かにかつて婚約者だった……だが、あんな魔王と……!」
「閣下、どういたしますか!? このままでは、あの二人が共同で動き出したら、王都は……!」
「――交渉だ」
アレクシスが静かに言った。
「彼女は“敵”ではない。“敵”にする方が、国にとっての損失だ。……だから、直接会う」
扉が開き、王太子アレクシスが再び姿を見せた。
正装に身を包み、長剣は外し、後ろに控える者もいない。
単身でここに来たということは、話し合う覚悟があるということ。
「……アリステリア、君にもう一度……正式に謝罪をしたい」
彼は膝をついた。
「君をかつて、断罪した。愚かだった。……でも、今はもう君の力が必要だ」
「ふうん。じゃあ今さら、なぜそんなことを言えるの?」
「君が“人類の希望”だからだ」
「……あははっ」
私は笑った。
そう、もう一度──心から。
「なるほどね。私を処刑しようとしたこの国が、今度は私を崇めて頼ろうとする。……面白い構図だわ」
紅茶を飲み干し、私は立ち上がった。
「いいわ。協力してあげる。ただし条件がある」
「条件……?」
「この国の上層部、過去に私を断罪した貴族たち、そして“乙女ゲームの筋書き”に乗っかって私を踏みつけた者たち――」
私はその場にいたセリーヌ(元ゲームヒロイン)をちらりと見た。
「“全部、私に頭を下げさせて”」
場が凍りついた。
だが、私の言葉は止まらない。
「土下座とは言わないわ。形式でもいい。でも、言葉で、形で。彼らが過ちを認める。
それができないなら、私は――この国と魔族の間に、完全に寝返るわよ?」
その瞬間、王太子の瞳に確かな覚悟が宿った。
「……わかった。国王陛下にも、伝える。必ず、全てを清算させよう」
こうして――
かつて断罪された悪役令嬢と、恐れられる魔族の王は、
手を取り合い、“外交的勝利”を王都の中心で得ることとなった。
騎士団の指揮官たちは、記録を取りながらつぶやく。
「この令嬢、魔族よりも怖いのでは……?」
「いや、魔王と手を組んだ令嬢だ。もはや世界災害だ……」
私は笑う。
誰にも裁かれず、誰にも触れられず、それでも世界の中央で――
今日も紅茶が美味しいわ。