第4話:魔族の王とのお茶会は、爆発物と外交と裏切りの香りがする。
王都中心部にある、かつて王妃のために作られた貴族向けのティールーム――『白薔薇亭』。
私は今、そこで魔族の王を名乗る少女と、紅茶を飲んでいた。
「人間の文化って、こういう洒落たところがあるから面白いですね」
「ええ。でも貴族のマナーがどうとか言い出すと、ちょっとめんどくさいのよね」
目の前の少女──リーネ=ラグヴァリエルは、見た目こそ10歳前後。
だが彼女の正体は、数百年を生きる魔族の王にして、破壊と再生の魔眼を持つ“死の姫君”。
──そんな存在が、今、紅茶に角砂糖を五個入れていた。
「甘っ……子ども舌すぎるでしょ、それ」
「私、こういうのに弱いんですよ。人間のスイーツって、悪魔的な魅力があるので」
この魔王、わりとポンコツなのでは?
「で、本題だけど」
私は紅茶を一口啜った後、静かに言葉を置く。
「あなた、なんでわざわざ私に“仲間にならないか”なんて言いに来たの? それこそ、魔族にとっては敵のど真ん中でしょ」
「ええ、それについては正直にお答えしましょう」
リーネはお菓子を口に運びながら、さらりと言った。
「“貴方なら、世界を焼ける”と思ったからです」
「……おい」
「魔族にとって、人間社会は長らく脅威でした。けれど、貴方という存在はその均衡を一瞬で壊した。
個の力で、王都全体の魔力環境を変動させる人間など、今まで存在しなかった。だからこそ、こちらに引き込みたかったのです」
言いながら、彼女はスプーンでテーブルに図形を描きはじめた。
──魔術陣。しかも、見たことのない構造。
(……やる気か?)
私は紅茶を置き、指先に魔力を集める。
だが、次の瞬間。
ガチャン!
「……あら、アリステリア様!?」
ティールームの扉を荒々しく開けて入ってきたのは──
「……あなた、誰?」
「えっ!? わたくしです、セリーヌです! ほら、乙女ゲームでの主人公枠! 侯爵令嬢で、前世であなたを断罪した……って、あれ?」
まさかのゲームのヒロインが登場した。
金髪に大きなリボン、花柄のワンピースにキラキラした瞳。
確かに、“いかにも”なヒロイン然とした彼女だが……今の私には一つだけ問題がある。
「ごめんなさい、あなたに恨みも怒りもないけど、ちょっと名前すら覚えてなかったわ」
「ひ、ひどいっ!!」
その場にうずくまるヒロイン。
魔族の王、リーネは目を丸くしている。
「なんだか、予想以上に色々と壊れてますね、この世界……」
「そうね。たぶん私のせいだけど」
そして、ティールームの外では。
王都の監視隊、聖騎士団、元婚約者である王太子たちが集まりつつあった。
そう、彼らは知らなかった。
魔族と悪役令嬢の“茶会”が、世界の命運を左右する外交会談になっていたことを。