第2話:元婚約者が土下座しに来たけど、許す気なんて一ミリもないです。
静かな朝だった。
鳥のさえずり。森の木々が揺れる音。風の流れる感触。
ここ、グランツ辺境領の古城での生活にも、私はすっかり馴染んでいた。
「さて……今日の研究は、時空間干渉魔法の試行ね」
軽く伸びをして、私は魔術式の書かれた分厚い本を開いた。
しかし、その瞬間──
ドゴォォォォン!!
玄関の扉が、盛大な爆音とともに破られた。
「……は?」
城の入り口に立っていたのは、かつて私を断罪し、婚約破棄を宣言した男――
王太子アレクシス・エル・ヴァンルージュ、その人だった。
「ア……アリステリア! やはりここに……!」
「不法侵入に爆破侵入? まず罪を重ねてない?」
「……すまない。だがどうしても、君に謝りたかったんだ!」
彼は息を切らしながら、私の前に膝をついた。
あろうことか――土下座した。
「すべては誤解だった! あの時、私は……」
「はいはい、ありがちな後悔ね。で、何しに来たの?」
「君の力を貸してほしい!」
アレクシスは顔を上げる。だが、その目に宿っているのは明確な“恐れ”だった。
「……王都が危機に瀕している。魔族の王が復活し、もはや君以外に対抗できる者はいない」
「……」
私は腕を組み、無言で彼を見下ろした。
何年も前に私を捨てた男が、今さら頭を下げて助けを乞いに来る。
ふざけるな。
けれど――
「ふーん。じゃあまず、過去の言動を逐一文字に起こして持ってきなさい」
「えっ?」
「国王陛下の承認入りで、『当時の私の行動が正当だった』という公文書つきで。あと……」
私はにっこりと微笑んだ。
「私のことを“最強の魔女様”って、五百回唱えてね。大声で。今すぐここで」
「……………………」
王太子は無言で地面に頭をこすりつけた。
“婚約破棄”から始まった物語は、今や完全に逆転していた。
そして私は思う。
(ふふ……これ、案外悪くないわね)